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ウルトラセブン4Kリマスター版 [音楽]

このところようやく気温が平年並みとなる日が多くなり、梅の花が盛りとなりました。
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例年ですと、白梅のほうが先に咲き始めるのですが、今年はほぼ同じ時期に花をつけているようです。
梅のさわやかな香りが漂い、嬉しくなりました。

ミツマタの花も蕾をつけ始め、この週末はぐんと気温も上がる予報ですので春の花も見ごろを迎えそうですね。

先日、日曜日の朝8時からNHKBSプレミアムで放送されてきた「ウルトラセブン4Kリマスター版」の放映が終わりました。
約一年間にわたる全49作(ただし第12話「遊星より愛をこめて」は欠番)の放映で、これはNHK地上波において先に実施されていたものです。

TBS系で最初にテレビ放映がされたころ私は小学校の5年生で、自宅のある地域で受信できる放送局では放映されなかったため、観ることができませんでした。
受信できる地域に住んでいた同級生などから内容を聞くにつけ無念の想いにかられたことを思い出します。

いくつかの回は、たまたま受信できる地域に住んでいる親戚の家で観ましたが、なぜかポインターの印象がより強く残っていて、番組がどのような内容だったのか、どうにもはっきりと思い出せません。
ポインターのデザインは当時としては斬新なもので、のちにギャランGTOとかセリカLBなどを見て、そのポインターのシルエットに似ているところからファンになった記憶があります。

また、三つの機体が合体するといったウルトラホークのアイデアもなかなか面白く、今回改めて見直しつつ、よく考えられているなと感心しました。

その後、何度か再放送されましたが、私はすでに就職をしており、またビデオなども所持していなかったことから、ほんのつまみ食い程度で観た、という感じでした。

ウルトラマンの大成功を受けて作られたウルトラセブン。

視聴者の拡大を図るという意図もあってか、内容的にはかなり大人の観客も意識して作られています。

宇宙からの侵略者から地球を守る「地球防衛軍」の活躍が主体であり、ウルトラセブンという命名も、「七番目のウルトラ警備隊員」という意味合いがあってのことでした。
内容的に非常に考えさせられる回も多く、当時小学5年生だった私には理解に及ばないニュアンスもあったのかなと感じます。

その中でも、強力な新兵器「R1号」を開発した地球防衛軍が、その実験を行うことによって他の星に恐怖を与え、結果としてギエロン星獣を犠牲にするという第26話「超兵器R1号」。
あるいは、地球人自体が侵略者の末裔ではないかという疑問を投げかけた第42話「ノンマルトの使者」などは、強烈に印象に残っています。
また、第30話「栄光は誰れのために」では、功名心にかられた新任の隊員が、功を焦るあまりにウルトラ警備隊を危機に陥れてしまうという、非常に生臭い描写が行われました。

著名な俳優がたびたびゲスト出演していましたが、その中でも、第31話「悪魔の住む花」での松坂慶子にはちょっと驚きました。セブンが極小までに小型化し、その体内に入って戦うという展開も斬新でしたね。

音楽では、いわゆるクラシックがかなり多用されていたという印象があり、第47話ではヨハン・シュトラウス二世の皇帝円舞曲が、最終話でダンがアンヌに「自分はセブンだ」と告白し別れを告げるシーンではシューマンのピアノ協奏曲の第1楽章が響き渡っていました。
音楽を担当されたのが冬木透さんであったことも大きかったのでしょう。
冬木さんは、実相寺昭雄監督とのタッグが多くあり、映画では「無常」「曼荼羅」「哥」で音楽を担当され、素晴らしい効果を上げていました。
私は特に「無常」の音楽が強く印象に残っていて、モチーフとして使われたJ.S.BACHの無伴奏ヴァイオリンソナタのシャコンヌが今でも耳朶によみがえります。
実相寺監督はクラシック音楽にも造詣が深く、特にバッハが大好きだったとのことですから、正に宜なるかな、というところでしょうか。

今回はすべての回を録画しておりますので、これからゆっくり鑑賞しようと思っております。
現在のVFXやCGなどに慣らされている眼には、いかにも時代遅れな特撮作品に見えるかもしれませんが、あの当時、テレビでの連続放映(しかも一年間)で、毎回飽きることのないシーンを提供し続けた努力には本当に頭が下がります。

先ほども述べましたように、監督や脚本家がストーリー展開でかなりの冒険を試みてもおります。
見直すことで、きっとまた新しい発見がありそうな予感にワクワクしています。

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坪井直さんをとり上げたNHKクローズアップ現代プラス [音楽]

10月24日、被団協代表委員の坪井直さんが亡くなりました。
広島に原爆が投下された折、爆心地から1.5kmの地点で直接被爆して顔や両腕に大火傷という重症を負いながら、90歳を超えても第一線で活動され、96歳で逝去されたことに、やはり感慨を禁じえません。

私事になりますが、私は1980年代の初めの頃から足掛け10年近く原爆忌に合わせて、広島や長崎を毎年訪れていたことがあります。
米軍が撮影した原爆投下関連のフィルムを買い取るための市民活動である10フィート運動にも参加し、それらを基に作られた記録映画である「にんげんをかえせ」「予言」などの上映会も企画してきました。
当時は16mmフィルムでしたので、映写機を借りたり会場を手配するのにそれなりの苦労をしましたが、カラーで撮影された当時の惨状の映像記録は、観る者にとって大きな衝撃を与えたことを思い起こします。

そうした活動の中で広島を訪れた折、坪井さんをお見かけしたことが何度かあります。
もちろん個人的に言葉を交わすことなどできませんでしたが、核兵器に対する怒りを胸に核廃絶を希求する姿勢には、誠に頭の下がる思いでした。
その坪井さんが、5年前に米国大統領として初めて広島を訪れたオバマ大統領と対面し、米国への憎しみを抑え笑顔で語りかけた姿は忘れることができません。

11月11日の夜、NHKのクローズアップ現代プラスで、坪井さんのことを取り上げていました。

https://plus.nhk.jp/watch/st/g1_2021111101904?playlist_id=c62990e7-250f-4817-b8ed-8c3366df4c87

ご覧になった方も多いことと存じます。

以前、映画「地の群れ」でも触れていますが、原爆を落とされた側としてみれば、落とした側である米国を恨むのは当然の感情であると思います。
坪井さんも、番組の中でご子息が話しておられるように、米国に対する憤りの気持ちは終生お持ちだったことでしょう。
しかし、そうしたある意味では「個人的な」恨みを昇華し、この地上から核兵器を無くすという理想を追い求めようと決意されたことに、どれほどの葛藤や苦悩があったことか。
番組を見ていて思わず涙を流してしまいました。

原爆の投下から76年が経つ現在、直接的にその被害を受けた方々は次々に鬼籍に入られています。
この番組も含め、残された多くの記録をのちの世まで受け渡していくことが、残された私たちの使命であるのかもしれません。

先ほど紹介した記録映画ですが、二本ともその後はビデオテープとして販売され、なんとDVDで入手も可能なようです。

長崎原爆資料館ミュージアムショップ
https://nabmuseum.raku-uru.jp/

私は両方とも個人的にビデオテープで購入しましたが、当時、それぞれ35000円という価格でした。
高額ではありましたが、職場の仲間や後輩たちに見せることがこれで大変便利になり、様々な機会を通じてみんなに鑑賞してもらったことを思い出します。

今回、久しぶりに見返してみました。

これらのフィルムのないころ、私たちが見ることのできた原爆投下の映像はモノクロでした。
このモノクロフィルムは、戦後間もないころに映画プロデューサーだった岩崎昶さんが、GHQの目を盗んで隠し持っていた原爆記録フィルムであり、占領明けになって日の目をみたものです。
そのご苦労と果たされた役割を鑑みればこんなことを云うのは罰当たりとは思いますが、やはりカラーは迫力と迫真性の点で段違いですね。

「にんげんをかえせ」は10フィート運動の記念碑的な作品ですし、若かりし頃の大竹しのぶさんが語りを担当されたりと、大変話題になりました。
明日への伝言」という、山川啓介さん作詞いずみたくさん作曲のテーマ曲も大変印象的でした(この曲は以前から歌われていましたが)。

しかし、恐らく作品の質としては「予言」の方がはるかに優れていると思います。
ドキュメンタリー映画の旗手でもあった羽仁進さんが監督を務め、音楽は武満徹さんでした。
武満さんは、反核・反戦平和に対して大変強い思いを持っておられ、例えば今村昌平監督の「黒い雨」でも音楽を担当されています。
NHKで放映された「夢千代日記」の音楽もそうでしたね。

国連が核廃絶に向けた決議を採択する中で、唯一の被爆国である日本はそれに参加しませんでした。
日本が今後どのような行動をとるのか目を離すことはできませんが、坪井さんの思いは是非とも継承していきたいと、個人的にはさらに想いを強くした次第です。

キューバ危機など核戦争一触即発の可能性はあったものの、多くの住民が普通に暮らしていた市街地のど真ん中に原爆が落とすという蛮行は長崎以来ありません。
その意味を改めてかみしめるべきなのかなとも感じています。

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カバレフスキー交響曲全集 [音楽]

金木犀の花が咲いています。
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この頃、香りに出会うことが多かったのですが、時期的にはまだ早いような気がしていたところ、近所の公園で花を見つけたのです。
お恥ずかしい話ですが、ここ数週間、ひざの痛みが酷く、長時間のウォーキングもままならない状況でした。
若いころから山やスキーなどで結構たくさん怪我をしてきたこともあり、どうやらその影響で足首とか股関節が変な風に固まっているようです。
その様な形でバランスが崩れ、それを補修するために膝への負担が増した結果、ということらしく、年齢を重ねるとともに顕在化してきたのでしょう。
仕方がないので、自宅ではラジオ体操と腹筋・腕立て伏せ、近所の公園では簡単なクライミングや懸垂などの運動をしております。
背景はがっかりするようなものですが、こうして金木犀の花に出会えたのはそのおかげかなと、気を取り直しているところです。

ドミトリー・カバレフスキー、20世紀のソ連における非常に著名な作曲家で、様々なジャンルの作品を数多く残し、また、青少年への音楽教育でも大変に功績のあった人ですが、教則本や子供のためのピアノ曲集のようなものの他は、例えば組曲「道化師」くらいが比較的知られているような状況です。
道化師の中の「ギャロップ」は運動会の音楽としてよく使われていましたから、恐らくお聞きになった方も多いものと思われます。

https://www.youtube.com/watch?v=BIkcSZFInaY

2001年と2001年にかけて、大植英次さんがNDRと共にカバレフスキーの交響曲全曲録音を行いました。
それが二枚組のCDとなって販売されています。

カバレフスキー:交響曲全集
CD1
・交響曲第1番 Op.18
・交響曲第2番 Op.19
CD2
・交響曲第3番 Op.22『レーニンのためのレクイエム』
・交響曲第4番 Op.54
 ハノーファー北ドイツ放送合唱団
 ハンガリー放送合唱団
 ハノーファー北ドイツ放送フィルハーモニー管弦楽団
 大植英次(指揮)

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カバレフスキー:交響曲全集
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大植さんはこれらの交響曲にかなりの思い入れがあったようで、時間をかけて研究し満を持して録音に取り組んだとのことです。
どの演奏からもその気迫のほどがうかがえ、実に充実した時間をもらえました。

第3番は、「レーニンのためのレクイエム」という副題が示す通り、レーニン没後10周年を記念して作曲されたもの。
死者の魂を慰撫するという本来的な鎮魂曲というよりも、歌詞に用いられた「ニコライ・アセーエフによる、レーニンの死を悼み、その遺志に従って前進しようと呼びかける詩」をもとにした力強さを感じさせるもので、合唱が入る第2楽章は三連符が堂々と響く行進曲風に仕上げられています。

第4番は唯一の4楽章制の交響曲で、序奏付きの第1楽章、緩徐楽章、スケルツォ、序奏付きソナタ形式の第4楽章と、オーソドックスな交響曲の形式を保っています。
大変聴きごたえのある曲で、第4楽章ではフーガも展開され、和声や対位法や管弦楽法に秀でたカバレフスキーならではの巧みさを味わわせてくれます。
ただし、第1楽章がかなり壮大な構えで作られているのにもかかわらず、第4楽章がなんとなく軽い印象で、失礼な言い方ですが「竜頭蛇尾」のような印象もうけてしまいました

第1番と第2番も、非常に耳に入りやすい曲で、ソ連における社会主義リアリズムとはこういうものなんだなと、変に納得させられました。
こういう曲は、戦中戦後時代の映画音楽によくありそうな感じで、そういえばカバレフスキーも多くの(映画音楽を含む)劇伴音楽や歌劇・オペレッタを作曲していましたね。

いずれにしても、19世紀後半から20世紀にかけて様々な形式の破壊や冒険を試みた当時の作曲家の行き方とは真っ向から対立する曲で、その意味では多くの一般的な聴衆には何らの葛藤も与えなかったのかもしれません。

これまで、お膝元のソ連=ロシアにおいてもメジャーな録音がなかったこと。
それは、そうした時代の中で先端走り切り開こうとしていた表現者=作曲家や指揮者やオケにとってあまりにも物足りないものであったからなのかもしれません。
ある意味では聴衆や観客を蔑視しているのではないか、という疑念も感じられたことでしょう。
同じく、社会主義リアリズムの作曲家の典型みたいに言われることのあるショスタコーヴィチの場合、あの第5番の交響曲でさえも、それを超える冒険が随所でなされており、それが息長く演奏会で取り上げられる要因になっているのだなと、改めて感じたところです。

なんだか貶めるようなことを書いてしまいましたが、カバレフスキーのこの交響曲全集は、自己模倣がはびこり新しいインスピレーションの閃きなどが見出しにくくなった21世紀の音楽の現状にある意味での警句を与えるものではないかとも考えます。
大植さんがどのようなお考えでこの全集録音に取り組まれたのか、日本語版のライナーノートなどが手元にありませんのでわからないのですが、様々に訴える力を持った熱演だと思います。

ご興味ある向きには力強くお勧めします。
少なくとも、運動会や子供のための音楽ばかりではないカバレフスキーの真骨頂のようなものを感ずることができると思われますので。


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ムラヴィンスキー・イン・モスクワ [音楽]

東京オリンピック、とうとう開始されました。
新型コロナウィルスの感染拡大は一向に収まる気配を見せず、ことに首都圏での新規感染者が激増を続けている中での開催強行。
海外からの参加者の中からも、既に153人の陽性者出ていると聞きます。

国立競技場の建て替えを巡るごたごたから始まり、エンブレムの盗用、組織委員会会長をはじめとする要人の交替や更迭、過半数を超える国民の反対や疑念(新型コロナウィルス感染拡大を危惧してのもの)、など様々な問題がありながらなぜ強行するのか?
沸き起こるのは疑問ばかりですね。

以前も書きましたように、そのそも私はスポーツ観戦というものには全く興味がありません。
従って、競技場に足を運ぶのはおろか、テレビ観戦すらもごめん被る、というのが目下の心境です。

そんなこともあって、連休中は、専らCDを聴いていました。

というのも、ムラヴィンスキー&レニングラード・フィルによるモスクワでの演奏(1965年・1972年)が7枚組のCDになって発売されたからです。


このコンビによるモスクワでのライブは、旧ソ連の他の都市のそれに比べて格段に録音の質が良いことで知られていました。
にわかには信じがたいことですが、例えばレニングラードなどでは1970年代に入るまでまともなステレオ録音もできなかったのだそうです。

その、モスクワ・ライブのリマスター、ということで音質もかなり改善されています。

ただし、PRのための次のような一文は、明らかに書きすぎのような気もします。
いずれも、かねてから知られていたお得意のレパートリーである。それどころか、既出の演奏の再発売がほとんどである。しかし、音質が信じられないほどよいのだ。とても同じ演奏とは思えないほどなのだ。細部が手に取るようにわかる。客席のノイズや雰囲気もクリア。まるで伝説のレニングラード・フィルをステージ間近で聴いているかのようだ。

実際に聴いた感覚では、これほどのものではないようにも思われますが、これだけバラエティーに富んだ演奏をいちどきに入手できるのはやはりありがたいものです。

ムラヴィンスキーといえばロシア物というくらい、正に自家薬籠中の物という感が強いのですが、CD1冒頭のグリンカ「ルスランとリュドミュラ序曲」は超絶的で、さらにショスタコーヴィチの交響曲第6番は初演がムラヴィンスキー&レニングラード・フィルということもあり、これこそが決定版!という演奏なのでしょう。
このセットでは、1965年と1972年の二つの演奏が収録されています。
この曲は、重く沈鬱で神秘的な第1楽章が印象的ですが、醸し出される緊張感は恐るべきものです。
特に1972年の方が私の好みです。

また、チャイコフスキーによる幻想曲「フランチェスカ・ダ・リミニ」の演奏に私はとりわけ感動しました。

この物語について、私は以前、このような文章をアップしたことがあります。

パオロとフランチェスカ

ダンテの神曲の中でも、「ウゴリーノ伯爵の幽閉」とともに胸が張り裂けそうになる悲しみを覚える逸話ですので、そのことももちろん影響しているのでしょうけれども、この物語を背景として聴くと誠に胸に迫るものがあります。

それから、モーツァルトの交響曲第39番の演奏も特筆すべきものと思います。
この曲では、ワルターやベームによる名演がありますが、それらとは全く別の次元での、極めつけの名演ではないかと私は思います。
いささかの混じりっ気もない純真無垢で透明な世界がそこには現れます。
しかし決して無機質ではなく、極めてデリケートなニュアンスがちりばめられている。
第一楽章の印象的な二つの不協和音にハッとさせられ、第二楽章のDurからMollに変わる部分のはかなげな美しさに胸を打たれる。
私は、とりわけこの曲の第二楽章が好きなので、この表現には全く参ってしまいました。
レニングラード・フィルが、ロシアのオーケストラにありがちな爆演系に落ちなかったのはやはりムラヴィンスキーの統御によるところが大きいのだな、と改めて感じているところです。

そのほか、シベリウスの「トゥオネラの白鳥」も、その透明な悲しさに感動しましたし、複数のテイクが録音されているワグナーについても、「なるほど、こういう行き方もあるのか」と思わされたところです。

いずれにしても、ムラヴィンスキー&レニングラード・フィルの演奏を好む人にとっては大変お勧めのセットだと私は思います。

ちょっといけないことかもしれませんが、在宅ワークにおける目下のBGMとして、このセットは大活躍です。
下手をすると仕事そっちのけで聴き入ってしまうのですが(汗)
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ブーレーズの「ル・マルトー・サンメートル」 [音楽]

COVID-19感染拡大の影響で、今年の大型連休も私にとっては自宅での待機となりました。
屋外で、しかも人と接触する機会のないところであれば危険は少ないのでしょうが、そうした場所に出向く過程で、やはり他人との接触は避けられないと考え、もう少しの辛抱かなと自重しているところです。

こういう時間をどのように過ごすか。
そのあたりの心の余裕が、もしかしたら一つの指標となるのかもしれません。

連休の間中、仕事の関係は忘れて久しぶりに本を読んでいました。
それも、芥川龍之介とか島崎藤村とか田山花袋とか、ずいぶん昔に読み終えていながら、なんとなくもう一度読んでみようかな、などと思う作家の小説を中心に、ちょっと懐かしい思いに浸っていたところです。
そのあたりの感想はまた日を改めてこのブログに書ければいいなと思っております。

音楽ももちろん頻繁に聴いていました。

一番多かったのは、ウォーキングに出かけるときのBGMで、これが不思議とブラームスばかりでした。
私はブラームスが大好きで、その意味では「不思議」でもなんでもないのですが、歩く速度にブラームスの音楽はあまりにも良くフィットした、ということなのでしょう。

それとは別に、自宅にいるときはちょっと毛色の違った音楽を聴いたりもします。
ブーレーズの「ル・マルトー・サンメートル」などは、その典型かもしれません。

Pierre Boulez - Le Marteau sans maître, INSOMNIO cond. Ulrich Pöhl

ブーレーズは、指揮者としての功績が前面に出てしまうことが大きいように思われますが、20世紀の前衛音楽における指導的・先駆的な作曲家であったことを忘れてはならないように思います。
その態度は誠に厳しく、自身が大きく影響を受けたシェーンベルクやウェーベルンですら十二音においては不徹底であったと批判し、全面的セリーを旗印に掲げたほどでした。

しかし、自身が指揮者として活動をしていく中で、これは私の勝手な思い込みですが、より聴衆に訴えかけられる表現を目指すべきと考えた可能性は高く、この「ル・マルトー・サンメートル」は、音響的にはむしろ非常に官能的で響きを重視した音楽であるように思われます。
楽器が中音域のものに収斂しているのも、ある意味では聴く人の聴覚に訴えかけているのではなかろうかと感じます(声楽がアルトなのも象徴的ですね)。

この曲を聴いていると、ブーレーズがジョン・ケージとたもとを分かった理由もわかるような気もします。
ブーレーズは、やはり音楽、それも響きに対する可能性を決して忘れなかったということなのでしょう。

この曲は、恐らく20世紀の前衛音楽の中でも一つの金字塔といえると思います。
今、こうした試みはほとんど影も形もなくなっているように感じます。
現代の作曲家たちの目指している地平はどのあたりにあるのでしょうか。

ところで、この曲を聴きながら、指揮者としてのブーレーズのことを考えてしまいました。

自身の音楽的な立場もあるのでしょう、ブーレーズの演奏においてやはり特筆すべきは前衛音楽であろうかと思われます。
ことに、自作を筆頭に、シェーンベルク、ウェーベルン、ベルク、バルトーク、ストラヴィンスキーなどといったあたりの作品の解釈や演奏は、ほとんど他の追随を許さないレベルなのではないでしょうか。

そして、マーラーや、とりわけワーグナー。

私も、彼の指揮による「リング」のLD(古すぎますね)を所持していますが、いまだに私にとっては(映像付きである中では)ベストです。
あの、一種醒めたような感覚からの「リング」の解釈。
醒めているからこそ、それに接する側の感性が問われるかのような演奏。
恐るべき冷徹さだなと、今でも感嘆します。

ところで、先に、このところブラームスばかり聴いていると書きました。

私が何故にブラームスを好むかといえば、やはり「好きだから」ということに尽きると思います。
あの、頑固なまでの古典へのこだわりは、ある意味、作品の根本を厳格な骨格から築き上げようと考えたからなのではないでしょうか。
ブラームス本人は、あのピアノ曲や歌曲からもわかるように、きわめてロマンティックな感性を持っていた。
しかし、それを徒に表すことをためらっていたような節があります。
己の想いを奔放に吐露しようとしたワーグナーとは、その意味でも大きな隔たりがありそうですね。

ブーレーズの演奏カタログには、残念ながらブラームスは「ドイツレクイエム」以外見当たりません。

考えてみれば、ワーグナーは、20世紀の前衛音楽における出発点ともいうべき作曲家でした。
あの、トリスタンで試みられた和音は、それまでの古典的な発想からは完全に別物なのであり、それゆえに、その時の時代のトレンドを目指したあまたのクリエイターの耳目を引き付けたのでしょう。

ブラームスは、むしろ、その時代において過去に遡ることによって己の創造の世界を打ち立てようとした。

ブーレーズが前衛である限り、ブラームスとは全く違う世界にいたとしても、それは不思議ではないのかもしれません。
少なくとも作曲家としての彼が、ブラームス的な方向を目指そうとしたはずはないと思われますので。

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セルジュ・チェリビダッケ DVDボックス&ブック [音楽]

三月に入って荒れたお天気が続きました。
台風並みの強風が吹き荒れ、東横線では、線路わきで建設中のビルの足場が線路に崩れて運行がストップ。
夜の22時過ぎの発生ということもあり、仕事帰りの乗客を中心に大きな影響があったとのことです。
運転再開は3日の昼過ぎでした。
この週末はまたお天気が荒れる予報ですので、注意が必要ですね。

連れ合いを亡くして以来、どうもふさぎ込むことが多くなり、一昨年は衝動的に様々なCDや音楽DVDを買い込んでしまいました。
購入しながらも、すぐに聴くということは少なく、何と言いましょうか、買うことでストレスを発散していたきらいもあったのでしょう。
今はだいぶ落ち着いていて、新たにこうしたものを購入することはほとんどありません。

そうこうするうちにCOVID-19の感染拡大という事態が出来し、在宅ワークが中心となりました。
そんな環境の中、これらは貴重な心の安らぎのもととなり、こうした音楽を聴きながら黙々と一人で作業をする生活にも慣れてきたように思います。

また、以前にも書きましたが、座りっぱなしとなることを避けるため、適度な運動をしています。
在宅ワークという関係上、平日に長時間の外出は不可能ですし、お天気が芳しくなければなおさらこもらざるを得ません。
そんな折、DVDを観ながら(聴きながら)踏み台昇降をしたりしています。

先日も、一昨年に購入した「セルジュ・チェリビダッケ DVDボックス」を再生しながら体を動かしました。
録音嫌いで知られるチェリビダッケですが、晩年はいくつかの映像録画を行っており、貴重な記録となっております。
これは、13枚に及ぶDVDボックスであり、中には、1950年のベルリン・フィルとの「エグモント」や1965年のシュトゥットガルトとの「ティル・オイレンシュピーゲルの愉快な悪戯」、1969年のトリノRAIとのブルックナー9番、といった貴重な記録もあります。


中でも、1992年、38年ぶりにベルリン・フィルを振ったブルックナーの交響曲第7番の映像は、きわめて感慨深いものでした。
世界一プライドが高い、ともいわれたベルリン・フィルに対して、まだ駆け出しともいうべきチェリビダッケが執拗なまでのリハーサルを要求し、楽団員を辟易させたのは有名な話ですが、決定的な軋轢を生じさせて関係を断ってしまったのは1954年11月の「ドイツ・レクイエム」の演奏をめぐってのことだったといいます。

この演奏は、そんなチェリビダッケが、時の大統領ヴァイツゼッカーに請われて最初で最後の復帰を果たした記念碑的なものです。

お互いの確執は、恐らく埋められることはなく、その微妙な緊張感がビデオ映像からもうかがえます。
終始悲しげな表情をしていたチェリビダッケが、時折、笑みを浮かべている姿を見ると、何とはなしに安心感を覚えたりしました。

恐らく、チェリビダッケの演奏としては、ミュンヘン・フィルのほうがより完成されたものなのだろうと思います。
それでも、やはり世界有数のオーケストラであるベルリン・フィルの響きは凄まじいものがありました。
この演奏では、第1・第2楽章だけで1時間くらいかかります。
その間、私は踏み台昇降をしながら聴いていたのですが、どれくらいの時間をそれに費やしたのか全くわからないほど集中してしまいました。

私は、中学・高校の頃に吹奏楽部に所属しており、ホルンやトロンボーンを吹いておりましたが、ワグナーチューバに一種の偏愛に近い感情を抱いています。
この曲は特にこの楽器が大活躍をし、ことに第二楽章のコーダの185小節目からの「ワグナー葬送の音楽」での響きは格別です。
フィナーレの最後でもワグナーテューバは活躍をし、分厚く充実した最後のホ音が鳴り響いた後、万雷の拍手が沸き起こりました。

その響きの幸せな余韻に浸りながらDVDの再生を終えると、テレビ番組に入れ替わりました。

たまたまそのときのチャンネルはNHK総合で、何と、乃木坂46の歌と映像!
そのあまりの音の響きの薄さと軽薄さに愕然とし、即刻テレビの電源をオフにしたのですが、それまで浸りきっていた至福の時間、特にあの最後のホ音が耳の中に残っていたこともあって、何というかやり場のない悲しみを感じてしまったところです。

もちろん、自分が迂闊だったわけなので、大変身勝手なことなのですが。


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ゲルト・シャラーによるブルックナー「交響曲第9番(シャラー校訂完全版・改訂稿)」 [音楽]

独り身になって、家のことを全部ひとりでしなければならなくなったとき、一番気が重かったのは掃除でした。
私は一応家事のほとんどは対応可能なのですが、好き嫌いということでいえば掃除は嫌いな部類です。
「埃なんかでは死なないよ」みたいなことを嘯き、連れ合いにはその都度叱られて尻を叩かれていました。
もちろん、単身赴任もしていましたし、掃除も片付けもせずに部屋の中が汚れ放題で平気、などということではありません。
その折でも、きちんと定期的に掃除はしていました。
でも、嫌いなものは嫌い、だったわけです。しなくてすむのならしたくない。

そんな私のことを熟知していたからでしょうか、
連れ合いが最期を覚悟した2018年の年末、それまで契約していたダスキンのワックスがけモップの契約を解除しました。
残された私に、あまり負担をかけたくないと思ったのでしょう。
必要なら近所のドラッグストアで床のワックスがけ用のシートを買ってくればいいから、と言いました。
その、自分に残された時間を測るような言い方は私に強い悲しみを与えましたが、結局私はそれを受け入れたわけです。

そんないきさつはありましたが、一人になると、やはり掃除は大切なものだなという感を強くしました。
不思議なもので、部屋の隅や桟などにたまった埃にも我慢がならなくなり、気が付くと掃除をしています。
テレワークになっていることもあって、布団を干すと、気分転換も兼ね掃除をするようになりました。
台所も、今まではせいぜいレンジフードの掃除くらいしたしなかったのですが、シンクなどの洗い場から三角コーナー、排水口、洗面台など、ちょっと汚れに気づくと洗い、まな板や三角コーナーなどは折に触れて日光消毒をしています。
風呂掃除はもともと私の役目でしたし、手洗いは汚れに気づいたほうが洗うということにしていましたが、換気扇の掃除は私の気の回るところではありませんでした。
ここに結構な埃がたまり、それが部屋の空気の循環などに影響を与えることも、一人になってから実感した次第です。
嫌だ嫌だ、といいつつ、今ではなんだか習慣化して、しないわけにはいかなくなった、という感じでしょうか。

先日ふと気づいたのですが、私はどちらかというと、やるときには徹底してやってしまう傾向が強く、つまり、掃除などに関しても、やり始めたらきちんときれいするまではやめられない、そんな思いが強く出るのかなと。
だから、連れ合いがいるときには、面倒くさいからみないようにしていた、ということかもしれません。
まことに厄介な性分です。

閑話休題

ゲルト・シャラーは1965年に、ドイツバイエルン州のバンベルグで生まれ、ヴュルツブルク音楽大学で音楽を学ぶ傍らフリードリヒ=アレクサンダー大学エアランゲン・ニュルンベルクで医学も納めました。
1993年、ハノーファー州立歌劇場でデビュー以来、ドイツ各地のオペラハウスなどで研鑽を重ねています。
その一方、1990年にフランコニアにあるエーブラハ大修道院附属教会でのサマーミュージックフェスティバルを立ち上げ、その芸術監督として「フィルハーモニー・フェスティヴァ」を指揮、ブルックナーの音楽を主体とした演奏に取り組んできました。

中でも、2018年7月に行われた「交響曲第9番(シャラー校訂完全版・改訂稿)のライブは出色の演奏であり、世の注目を集めたものです。


ライブ録音ゆえにもちろんいくつかの箇所での傷はありますが、エーブラハ大修道院附属教会の響きを最大限に生かした演奏は実に感動的です。
問題の第4楽章、シャラーの長年にわたる調査・研究と際立った熱意により2016年に校訂され2018年の改訂を以て完成しました。
シャラーは2010年のキャラガン校正版を使用した演奏も行っていますが、自身の改訂はさらに徹底していて、この曲に関するブルックナーの最も初期のスケッチなども取り入れ、欠落した部分の連続性を徹底的に埋めようと努力しています。
恐るべき執念であり、深い感動を禁じえません。
最終的には736小節の楽章となり、演奏時間は25分17秒。
もちろんこれまでの第4楽章補筆改訂版中、最大規模です。

これまで幾種類かの、この曲の補筆改訂版の演奏を聴いてきましたが、それぞれのピースが何となく不自然に配置され流れを阻害しているかのように感ずることを否めませんでした。
この演奏では、それが極めて自然に流れていきます。
シャラー改訂版の肝ともいうべきフーガは充実した緊張感の中で響き、最後のコーダになだれ込む感じです。
第1楽章の冒頭をはじめ、これまでのブルックナーの音楽からの引用も随所に見られ、私としては大いに楽しめました。
聴けば聴くほど新たな発見があります。

それから、このシャラー完全版では、特に中声部の厚みが増しているという印象を強く持ちます。
これまでの補筆版では、第3楽章までの和声の厚みとの差がかなり著しく出ている感があって、その点では不満を持っていたのですが、この演奏ではその点で非常に満足させられるものがあります。
ブルックナーは、年を重ねるごとに和声における大胆な試みに挑んでおり、それまでのセオリーを打ち破る冒険的な響きを作り出してきました。
その流れの中にこの第4楽章もあるように私には思えます。

「いくらなんでもやりすぎ」「これはブルックナーではない」という感想を持たれる方もきっと多かろうと思われます。
しかし、私はこのシャラーの試みの中に、彼の限りないブルックナーへの愛情が感ぜられてなりません。
彼が決して荒唐無稽なことをしようとしたわけではないことは、この演奏の第3楽章までを聴いてみれば明らかです。
ブルックナーの手のよって残された第3楽章までの未完成版でも、これまでのこの曲の数多くの演奏に決して引けを取るものではありません。
この、第3楽章までを聴くだけでも十分価値があると思うのです。
ブルックナーを愛するがゆえに、彼が完成させることのできなかった世界を何とか再現してみたい、という衝動を抑えることができなかった。それゆえに、全力を尽くして捧げた、ということではないのか。
私にはそのように思えてなりません。

さて、未完に終わった第9番。
後年の人々が、何とか完全な形で再現しようと試みていること。
そのことについて当のブルックナーご本人はどのように感じておられるのでしょうか。
以前にも何度か書きましたが、私個人としては、第9番の第3楽章のあの恐るべき深淵を受け止めることのできるフィナーレを、ブルックナーとしては完成することができなかったのではないか、と思っております。
そのことに関しては、シューベルトが未完成交響曲を第2楽章までしか書けなかったことと同じなのではないか、と。
たくさんのスケッチを描いたものの、あの第3楽章に匹敵するようなフィナーレまでもっていくことができなかった。
その意味では、そういう未完のピースをしまっておいた箱を、後年の研究者や識者が無造作に開け放ち、白日の下にさらしてしまったことに、ブルックナー本人は、あられもない姿をさらされたと思い恥ずかしさの極みにいるのかもしれません。
「テ・デウムをフィナーレの代わりに」と言い残したというブルックナーの想いは、いったい奈辺にあったのか、そのことも併せて感慨深く思います。

そのようなわけで、やはりブルックナーの交響曲第9番は、現在残されている第3楽章までの演奏で十分なのではないか。
それから先を見てみたいと思っている私たちは、所詮、興味本位ののぞき見趣味的な聴衆なのかもしれないと、時折振り返ってしまいます。
もちろん、シャラーをはじめとする、真摯な求道者の姿を敬意を以て眺めているのですが。



この全集は、交響曲の全曲のみならず、第4番「村の祭り」版やミサ曲ヘ短調、詩篇146のほか、現存するオルガン曲まで収録したものです。
このような全集が発売されることすら、ちょっと想像がつきませんでした。
これは実に貴重な記録だと思います。
因みに、当代一のオルガンの名手とうたわれ、反目しあっていたブラームス(これはどうも異論があって、反目していたのは当人たちではなく周辺の人間だったようですが)でさえ、その腕前について大変高い評価を与えていたブルックナーがなにゆえに、その最も得意としたオルガンのための曲をあまり残さなかったのか。
その理由の一つとして次のような文章があります。
彼は彼の教え子たちに次のように言ったと伝えられている。「もう私はバッハにあまりかまけたりしないつもりだ。そんなことは想像力のない人にまかせる。私は題による自由な即興演奏をやる。」これはオルガン演奏に対するブルックナー自身の態度を明瞭に示していて、オルガンの名手である彼がなぜ語るに足るオルガン曲を書き残さなかったか、その理由を明らかにしている。(H・シェンツェラー著「ブルックナー」より引用)

これは、ブルックナーが、オルガン演奏に対してどれほどの自信と誇りを持っていたかを示す言葉ではないかと思いますね。
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テレワークの中での生活 [音楽]

今日も暖かなお天気となりました。
明日は大雨になる予報ですので、朝起きて早速お洗濯をしました。
昨日は布団を干して、その間にお掃除。

一人暮らしとなってから家事全般自分でやらなければならなくなりましたが、結婚するまでの15年間は一人暮らしでしたし、結婚してからも二度の単身赴任がありましたので、そうしたことはそれほど苦にはなりません。

特に料理は、もともと嫌いではなかったこともあり、在宅ワークが主になる前の弁当作りも含めて、ほぼ完全な自炊です。
弁当を作っていたときは朝6時には起きていたのですが、在宅ワークによってその必要がなくなると、なんだかんだと7時過ぎまで寝床にいます。
出社の必要がある際には弁当を作らなければなりませんが、前日の夕ご飯の支度の折に一緒に作り、冷蔵庫に入れておくことが習慣になると、もはや朝早く起きて弁当を作る気力は失せてしまいました。
朝と昼は、どうしても似たようなメニューになってしまいがちですが、夕ご飯はそれなりにヴァリエーションをつけようと考えています。
冬の間は、大根が安いのでおでんなどを作ったりすると、一週間くらいはそれを使えますから便利ですね。
大根を買ってきて、根元の部分を切り取り、水栽培すると大根葉が収穫できます。
daikon.jpg
これは大根に限らず、小松菜とか分葱でもでき、思いのほかの収穫があって、味噌汁の身とか炒め物に使えるので非常に重宝します。
夏の間は日に二回くらい水を変える必要がありますが、冬場は一回で大丈夫。
自炊をしていると献立がどうしても偏りがちになりますから、特に野菜の摂取は積極的に行い、魚と肉を交互に使うなど、なるべく同じものが続かないように気を付けています。

こういう生活が続くと、外食をしようという気にはなかなかなりませんから、緊急事態宣言の中で外食産業が厳しい状態に追い込まれているのも宜なるかな。
また、世の中には「自炊警察」みたいなやっかいなお節介焼きが出現しているようで、これも非常に鬱陶しい。
私は独り身ですし料理が苦手というわけでもないので毎日の自炊も苦にはなりませんが、小さな子供などの家族がいて仕事に出かけなければならないご家庭では、外食やお惣菜に頼らざるを得ない場合も多かろうと思います。
要は合理的な選択をして、このCOVID-19感染拡大を乗り切ることが大切で、それは各家庭がそれぞれに合った方法で取り組めばいいのではないでしょうか。

ちょっと余計なことを書いてしまいましたが、昨年、次のようなCDが立て続けに発売されました。





トスカニーニの演奏が、ステレオで聴ける。
これはさすがに驚いてしまい、速攻で買い求めたところです。

特に、1954年のトスカニーニ&NBCによるラストコンサート「ワーグナープログラム」は、当時87歳だったトスカニーニのまさに白鳥の歌ともいうべき録音です。
この時すでに重度の記憶障害に陥っていたトスカニーニは、本来は「ドイツレクイエム」の予定であったプログラムを自家薬籠中の物としていたワグナーに替えて臨んだのですが、それでも破綻寸前であったそうです。
手兵であったNBCだからこそ、それをぎりぎりのところで押しとどめ、カーネギーホールを埋め尽くした聴衆に感動を与えたとのこと。
詳しくは、このCDに添えられたライナーノートをご覧いただければと思います。
そうしたぎりぎりのライブ録音ではありましたが、ステレオであることによって、トスカニーニがNBCからどのような響きを引き出そうとしたのかなどが音の広がりを以て感得できるのではないでしょうか。
恐らく、全盛期の頃のような水も漏らさぬ厳しいバトン・コントロールを尺度にすれば不満は残ることでしょう。
しかし、私はやはり、あのトスカニーニがステレオ音源で演奏を残してくれていたことに感謝の意をささげたいと思います。

一方のヴェルディの「レクイエム」ですが、これは事情が異なります。
1951年の演奏は、現在でもトスカニーニによるこの曲の代表的なものとしてCD化もなされておりますが、ライブ演奏の際に生じた傷をリハーサルの部分などを用いて差し替えることにより、しぶしぶトスカニーニが認めた録音です。
私もそのCDを所有していますが、ほかの凡百の演奏など足元にも及ばぬ苛烈極まりない名演で、殊に「Dies irae」における皮を極度に緊張させた太鼓の連打には身も打ち震える迫力でした。
その「傷物」とされたライブ録音テープがコレクターの間で流通し、さらにこれとは別の位置から録音されたテープまで残されていたとのこと。
今回の疑似ステレオCDは、つまりそれらを合体して作られてものです。
従ってこれは、トスカニーニが拒絶した録音に基づくものであることを認識して聴く必要があります。
しかし、これは後からの修正のない、まぎれもない当時のライブの記録でもあります。
不自然な部分は当然ありますが、84歳という高齢のトスカニーニが、この大曲を最後まで振り抜いた記録として考えれば、やはり万感の思いを禁じえません。



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テレワークの中で [音楽]

二月も半ばとなりました。

COVID-19の感染、もしかすると峠を越えたのかもしれない、と思わせるような風潮が出始めています。
しかし、医療機関の逼迫は依然として続いておりますから、緊急事態宣言の継続はやむを得ないところでしょう。
我慢を強いられる生活はつらいものですが、来週からワクチン接種も開始されるとのことで、もう少しの辛抱かなと思っております。

このブログに記事をアップするのもだいぶ久しいものとなりました。
先月の中旬に亡父の一年祭を執り行い、ようやくブログへの投稿などの気力を取り戻しつつあります。
これまでは、記事のアップはおろか、自分のブログであるのにも関わらず、閲覧すらも忌避しておりました。
浅はかな態度ですが、連れ合いや父の最期のことを書いてしまったので、ここに来ることでそうしたことのいきさつなどを思い返してしまい、どうにも耐えられなかったのです。

父の一年祭が終わって、以前にも書きましたが奇しくも連れ合いと父が同じ誕生日であったことから、先日、ささやかに誕生日のお祝いをしました。
母と妹はその日に二人のお墓参りをしてくれたようで、外出自粛の私としては望外の喜びを感じたところです。

さて、昨年の4月から、月の大半はテレワークとなり、業務の必要性から6月と7月は出社する日が多かったものの、9月以降はほとんど自宅で仕事をしております。
会社としても通勤手当支払いの必要がなくなったので、それはそれで多少の経費削減にはつながっていると思います。
もともと私どもの業界(IT、ソフトウェア関連)では、Web会議などでの打ち合わせも常態化しておりましたから、自宅で仮想デスクトップに接続し、メールや電話のやり取りを組み合わせることでたいていの用務はこなせますので。

ただし、仮想デスクトップで運用するにあたり、自宅のPC固有の各種デバイス(外部記憶装置やプリンタ、スキャナなど)との接続は厳重に遮断しなければなりません。
従って、プリントアウトなどを直接行うことはできませんから、量の多い資料などを印刷して読む、という、私などの古いタイプの人間の仕事のやり方では結構な不都合が生じます。
実をいうと、月のうちの何度かは、そういう必要もあって出社したりもします(もちろん、対面での営業や打ち合わせが主な目的ですが)。

30年あまり前に結婚してから、二度にわたる単身赴任を除き一人暮らしをしておりませんでしたから、常態化する在宅ワークはやはり精神的に厳しいものがあります。
人と直接会話するのは、例えばスーパーなどで買い物をするときに店員さんと一言二言かわす程度のもので、あとはひたすら会話のない生活なのですから。
人は社会的な生き物であり、コミュニケーションは本当に大切だな、と痛感しています。

そんな中で、たまに仕事仲間などとWeb飲み会を開催するのですが、これがとても楽しい!
ついつい時間を忘れて盛り上がってしまいます。
みんなきっと同じ思いでいるのでしょうね。

それから、これも一人きりでの在宅ワークの効用なのかもしれませんが、好きな音楽が聴き放題、ということ。
会社内で流れているBGMは、こういってはなんですが毒にも薬にもならないもので、始末の悪いことにどうしても耳についてしまいます。
自宅で音楽を聴くにつけても、以前は連れ合いと趣味が微妙に異なっておりましたので、今は自分の好きな音楽だけを聴くことができることに、寂しく思いつつも少し満たされた思いをすることも禁じえません。

連れ合いを亡くしてから、寂しさを紛らわす意図もあって、いくつかの新たなCDなどを購入しています。
その中で一番新しいのは、チェリビダッケがミュンヘン・フィルと録音したボックスCD。


これはなかなか聴きごたえがあって、たった一人で在宅ワークに勤しむ私の、目下の慰めの一つです。
49枚もあるので、もちろん玉石混交ですが、チェリビダッケが一番思うところを実現できた楽団との演奏歴史。
違和感のある演奏も、そうしたことを考えると、自然に頬が緩んできますね。

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ブルックナーとブラームス [音楽]

冬に戻ったような気温となりましたが、そのおかげで桜の花は散らずに残っています。
私の職場近くの桜坂は、その名にふさわしい桜の花が盛りとなりました。
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ブルックナーとブラームス。

しばしば対蹠的な関係として取り上げられますが、両者の残した音楽のいずれも大好きな私としては、どうもそのあたりに居心地の悪さを感じてしまいます。

これは恐らく、ワーグナーとハンスリックとの間の対立・反目が引き起こしたものではないかと思われ、ブラームスとしては自分の熱烈な支持者であるハンスリックの手前、ブルックナーの音楽を公式に認めるわけにはいかなかったのでしょう。
ハンスリックはワーグナーとその信奉者(ブルックナーなど)を徹底的に批判し、ブラームスを高く評価して擁護しましたが、当のブラームスとワーグナーは、ある点ではお互いに認め合っていたそうですから、偏屈者の評論家の存在は、今も昔も鬱陶しいものであったのかもしれません。

交響曲というジャンルから見てみれば、両者とも4楽章制を墨守しており(ブルックナーの9番は3楽章ですが、これは未完ゆえのことであり、本来は4楽章の交響曲としての完成を目指していたのは周知のとおりです)、両端楽章にソナタ形式かそれに類する重厚な楽想を置いて、第2楽章に緩徐楽章を配置するという、古典的な交響曲の形式に則っています。
ブルックナーの8番と9番は第3楽章に緩徐楽章を持ってきておりますが、これはベートーヴェンの9番に倣っているようにも思われます。

いずれにしても、交響曲の三大B(という言葉があるかどうかは不明ですが、ベートーヴェン、ブルックナー、ブラームス)の中で、ベートーヴェンを崇拝した両者が、「田園」の5楽章制とか「第九」の声楽導入といったような方向性を採ることなく、古典的な形式にこだわった点では、きわめて近似的な印書を受けてしまいます。

因みに「田園」はその後の交響詩方向(標題音楽)へ、「第九」はマーラーによって徹底的に巨大化が試みられます(ワーグナーの楽劇も、原点は第九にありそうな気もします)。

しかし、両者の音楽は大きく異なっています。

ブルックナーはいつ果てるともしれない高山の延々たる山脈を想起させ、ブラームスは堅固に凝縮された構造物を目の当たりにするような感覚を湧きあがらせます。
これを、両者の個人的な気質の違いに帰結させるのは常套と思いますが、私はそこに、オーストリアとドイツとの違いを感じてしまう。
これはもしかすると、カトリックとプロテスタントとの違い、ということもあるのかもしれません。

シューベルトもそうですが、オーストリア人の音楽では主題の反復がカタルシスに至るまで繰り返され、それこそ延々と続く印象があります。
「疾走する悲しみ」などと表現されることもあるモーツァルトの交響曲第40番。
ブリテンは、この曲における繰り返しの指定を忠実に再現したレコードを残していますが、これは実に考えさせられる演奏で、駆け抜けるように演奏されることの多かったこの曲の本来の響きがどのようなものであったかを知ることができます。
いうまでもなくモーツァルトもオーストリア人でありましたから、同様の感性を持っていたのではないでしょうか。

延々と続くかのような主題の繰り返しと、ほかの交響曲などからの引用も含めた壮大な念押しコーダ。
これはブルックナーの交響曲の大きな特徴であり、現在ではそれを美点として評価されていますが、ブルックナーの存命中は、それを欠点ととらえ、弟子たちによる「改訂」が猖獗を極めたわけです。

「本当に必要な音符しかモーツァルトは書かなかった」として、自分はともすれば無駄な音符を書きすぎると自身を戒め、徹底的な推敲を重ねたというブラームス。
無駄な音は一音たりとも許さず、納得のいかない作品や習作的なものは完全に破棄したといいます。
以前にも書いたことがあると思いますが、頭の中にある主題が浮かんだ時、いったんはそれを封じ込めるためにほかの仕事などに熱中し、ひと月くらい経ってなおかつその主題が頭の中から去らなかったときにはじめて使うことを考える、というほど、厳しい態度で作曲に臨んでいたのだそうです。

そうしたブラームスからすれば、ブルックナーの音楽は主題を次から次へと野放図に紡ぎだす我慢のならないシロモノと思えたのかもしれません。
オルガン奏者としてのブルックナーを高く評価し、ウィーン大学などでの音楽理論の講義についても、特にその対位法などに関しては肯定的に受け止めていたらしいのですが、彼の交響曲については「内容が全くなく徒にこけおどかしの大きさを持った交響曲の化け物」という評価を下し、認めませんでした。
ただ、これにも様々な見方が存在するようで、ブルックナーのような創作態度を才能のない人間が軽々に真似ることを戒めるという意図もあったらしく、仮にそうであるとすれば至極ご尤もな見解ともいえましょう。
因みに、ブルックナーの第6番が1883年にムジークフェラインザールで初演された折(ただし、第2・3楽章のみ)、聴衆からは絶大なる拍手が沸き起こりましたが、ブラームスもその観客たちとともに拍手を送ったそうです(例のハンスリックは冷淡だったようですが)。

同じドイツ語圏であることから、なんとなくドイツとオーストリアを同一視してしまう嫌いが私にはありますが、その成り立ちなどからみると国民性にはかなりの違いがあるようです。
ハプスブルグ家とメディチ家は、ヨーロッパの文明や芸術を語る上でやはり閑却できない存在ですが、考えてみればオーストリアも神聖ローマ帝国の流れを汲んでいるわけで、その意味では同根なのかもしれませんね。
15年以上前のことですが、たまたま職場で欧州各国の話をしていた時に、うらやましいとは思いつつも日本人には真似のできないこととして、私は「そういえばイタリアにおいて何よりも大切なのはmangiare(食べること)cantare(歌うこと)amore(愛すること)の三つで、これを聞いた時には驚きました」という話題を提供したことがあります。
すると、ドイツでの勤務経験のある上司がその話を受け取り「それはオーストリアも全く同じだ」と述べたのです。
そして、ハプスブルク家とメディチ家の話で、その場はしばし盛り上がったのでした。
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