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類まれなアーティストの訃報 [音楽]

暖冬といわれていましたが、先週末から本格的な冷え込みが始まり、都心でも雪が舞う冬の様相となってきています。
宵の空に浮かぶ三日月が冴え冴えと美しく、零度まで下がった早朝の空気はピンと張りつめた清々しさまで感じさせてくれました。

デヴィッド・ボウイが亡くなりました。


享年69歳で、癌による闘病の末のことです。
ビートルズの解散後、様々な方向性をもったロックスターが登場してまいりましたが、その中でも極めて異彩を放つ存在で、1972年当時、一応「多感」な高校生の端くれでもあった私にも強い衝撃を与えたことを思い返しています。
尤も私個人としては、キング・クリムゾンやピンク・フロイド、ムーディ・ブルースといったプログレッシブ・ロックに血道をあげていたことから、熱心なファンというわけでは決してありませんでしたが。
むしろ、「戦場のメリークリスマス」など、映画俳優としての存在感の方が印象に残っています。
私はまだ未見ですが、ニコラス・ローグ監督の「地球に落ちてきた男」は、正にデヴィッド・ボウイのための映画というべき作品で、その魅惑的な姿を見るだけでも価値がある、という評価もあるようですね(個人的には、ジョン・フィリップスの音楽に多大なる興味があります)。
2004年に心臓疾患で倒れ、その後、第一線からは退いたと思われていた2013年に突如iTunesで配信開始、世界を驚かせ、今年1月に最新アルバムを発表。ファンを驚喜させた直後に死去。
何ともドラマティックな人生だなとため息をついてしまいましたが、やはり69歳で逝去とは残念無念です。
もっともっと活躍して欲しかった。

ピエール・ブーレーズが亡くなりました。


享年90歳。
年齢を鑑みればやむを得ないこととは思いますが、やはり大きなショックです。
指揮者としての活躍があまりに大きかったため、一般には見過ごされがちですが、いわゆる「現代音楽(しっくりこない表現ですね)」の作曲家として、メシアンなどとともに並ぶことのない大きな存在でした。
極めて厳格なトータル・セリエリズム(総音列技法)による楽曲の創造に取り組み、ピアノソナタ第2番(1950年)やストリュクチュール(構造)第1巻(1952年)などの記念碑的作品を生み出します。
そして金字塔ともいうべき「ル・マルトー・サン・メートル」が生み出され、十二音技法の将来性に対して大きな希望を見出すことにつながったのでした。
十二音技法やセリエリズムなどについての詳しい説明は省きますが、無調性つまり調の束縛からフリーになることを目指してより自由な音空間を構築しようとの試みでありました。
それを達成するために、オクターブの中に存在する12の音を一回ずつ使用しかつすべての音が出そろうまで同じ音を使ってはならないという縛りを設けます。
これは音の高さのみですが、トータル・セリエリズムでは強弱・アタックポイント・音色など音楽を形成するすべての要素において、同じような制限を設けようというわけです。
試してみればわかるのですが、これは非常に困難な作業で、しかもその中に創造者としての明らかな個性も盛り込まねばなりません。
ブーレーズと親交のあったジョン・ケージが、この行き方に疑問を持って袂を分かち、それならいっそのこと完全なる偶然性に頼った楽曲の創造(チャンス・オペレーション)に向かったのもわかるような気がします。
こうした厳格な考え方から、十二音技法の生みの親でもあるシェーンベルクに対しては、例えばウェーベルンなどに比べてロマン派的な形式をとどめていると批判し、同じような理由でバルトークなども批判的に見ていました。
そもそも、十二音技法自体がトータル・セリエリズムからみれば中途半端、と考えていたのかもしれません。
ものすごい徹底ぶりですね。

そして、こうした考え方を、指揮者となってからも踏襲したことは特筆すべきことではないかと思います。

先にも書きましたが、ブーレーズといえば、恐らくウィーン・フィル、ベルリン・フィル、ロンドン響、クリーヴランド管、ニューヨーク・フィル、シカゴ響といった一流どころのオーケストラでの指揮、バイロイト音楽祭への出演などに示される、指揮者としての活躍の方がより大きいのではないか。
ニーベルングの指輪全曲演奏とレコーディング及びビデオ化やマーラー・チクルスの完成、ウェーベルン作品の全曲録音、ラヴェルやドビュッシーやストラヴィンスキーの楽曲における積極的な解釈と演奏など、指揮者としての功績においても正に枚挙の暇がありません。
さらに、自身の楽曲をはじめとする現代音楽の演奏にも積極的に取り組み、多くの作品を紹介しました。
ブーレーズといえば、知的・精緻といった評価がただちに返ってくるのではないかと思いますが、例えば「ニーベルングの指輪」の全曲盤(ライヴ)などに接すると、バイロイト祝祭歌劇場のあの深いオーケストラピットの中からの音とはとても思えない緻密かつクリアな響きが溢れてきます。
私は、この(賛否両論のあった)パトリス・シェロー演出のニーベルングの指輪全曲盤LD(なんと「レーザーディスク」です)を所持しておりますが、演技と音楽との極めて緻密な融合には正しく舌をまく想いがしました。
フルトヴェングラー、ベーム、ショルティなどによる全曲盤のLPも当時は所持していましたし、映像ではサヴァリッシュ指揮バイエルン国立歌劇場管弦楽団によるヴィデオも持っておりましたが、これほど視覚・聴覚面で完全なる一致を見た演奏は寡聞にして知りません。
恐るべき才能と感性だと感じました。
その精緻な演奏は、この壮大な悲劇的ドラマの有する悲しみをたたえて、間然とするところがありませんでした。

今、改めて振り返ってみれば、アーティストとして文字通り稀有の存在であったと思います。

職業的な指揮者の嚆矢はハンス・フォン・ビューローではないかといわれておりますが、それ以前は作曲家がオーケストラの指揮を兼ねることがほとんどでした。
古典派以前の、オーケストラで音楽を聴くということがいわゆる特権階級の娯楽であった頃はいざ知らず、市民階級や労働者階級まで聴衆や観客の範囲が広がってくると、音楽演奏の提供に当たって、やはりそうした聴衆や観客へのアピールを考えなくてはならなくなります。
職業的な指揮者は、生み出されてくる作品を、如何にこうした相手方にわかりやすく感動的に届けるかにも腐心しなくてはなりません。
従って、作曲家でもあり指揮者でもあるアーティストは、いつしか自分の創造する作品に対してもそうした観点を取り入れ、嫌な言い方を敢えてすればその作風は折衷的で複合的な傾向、さらに敢えて言えば一種大衆迎合的な性格を帯びてくるのではないでしょうか。
ツェムリンスキー、フルトヴェングラー、クレンペラー、バーンスタインなど、指揮者として一流であった人たちが作曲した作品を聴けば、やはりそこにはそうした傾向が色濃く表れるように思われます。
その意味では、マーラーやリヒャルト・シュトラウスも例外ではありえなかったことでしょう。

しかし、例えば、ウェーバー、ベルリオーズ、ワグナーといった人々は、指揮者としても極めて斬新かつ先鋭的な表現を用いつつも聴衆を魅了する力量を示したうえ、自身の生み出す作品は常に新たな地平を見据えていて決して妥協などはしなかった。
ブーレーズは、恐らくこうした、今は途絶えてしまったかに見える真に創造的なアーティストの系譜に連なっていたのではないでしょうか。

90歳という年齢に鑑み、今回の訃報はやむを得ないこととも思いますけれども、こうしてブーレーズさんを失ってしまった後、それに続く才能が見いだせないことは、やはり無念でなりません。
無理を承知なのはわかっておりますが、やはりもっともっと長生きをして頂きたかった。
心の底からそう思います。
あの、悲しいまでの精緻な響きが、今も耳朶に蘇ってきます。

ピエール・ブーレーズ/エラート録音全集(14CD)


ル・マルトー・サン・メートル ブーレーズ&EIC


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tochimochi

ほんとに急に寒くなってきましたね。
これでスキー場の雪不足も解消されるかもしれませんね。
山も冬らしい景色になるのを期待しています。
デヴィッド・ボウイ、名前だけは知っていましたが登場したころはフォークの全盛期・・・あまり興味を持たなかったのが残念です ^^;

by tochimochi (2016-01-16 19:02) 

のら人

不勉強故、指揮者の方は存じ上げませんが、デビットボウイは存じております。その昔、レコードを買いました。残念です。
by のら人 (2016-01-16 20:19) 

夏炉冬扇

わかかったんですね。
南無阿弥陀仏
by 夏炉冬扇 (2016-01-16 21:21) 

伊閣蝶

tochimochiさん、こんばんは。
今、表は強い雨が降っていますが、恐らくこれから雪になるものと思われます。
やっと本格的な冬の到来ですね。
デビッド・ボウイ、私の周辺でも、かなり温度差がありました。
ファンは、相当に凄まじいものがありましたが、私は記事にも書きましたように、どちらかというと冷めた目で見ていました。
by 伊閣蝶 (2016-01-17 22:53) 

伊閣蝶

のら人さん、こんばんは。
デビッド・ボウイのレコードをお買い求めでしたか。
私も購入した口ですが、それほど深入りをすることなく終わってしまいました。
しかし、あの才能は素晴らしいものがあり、やはりもっと活躍して欲しかったと思います。
本当に残念でした。
by 伊閣蝶 (2016-01-17 22:55) 

伊閣蝶

夏炉冬扇さん、こんばんは。
ブーレーズの90歳はやむを得ないとしても、デビッド・ボウイはまだ活躍して欲しい年齢でした。
残念です。
by 伊閣蝶 (2016-01-17 22:56) 

サンフランシスコ人

(クリーヴランドで)ブーレーズ/クリーヴランドの演奏会に一度だけ行きました...

ピエール・ブーレーズ指揮
クリーヴランド管弦楽団
1986年11月
クリーヴランドのセヴェランス・ホール

ブーレーズ 『プリ・スロン・プリ』 (1984年「マラルメによる即興曲」改訂版)
バルトーク 『かかし王子』


by サンフランシスコ人 (2017-11-04 06:04) 

伊閣蝶

サンフランシスコ人さん、こんにちは。
私はブーレーズの実演を聴いたことがありませんので、これは大変うらやましく思いました。
by 伊閣蝶 (2017-11-08 12:09) 

サンフランシスコ人

ブーレーズ/クリーヴランドは極醜の美音でした....
by サンフランシスコ人 (2017-11-09 04:28) 

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