SSブログ

時代を超越する音楽と時代を感じさせる音楽のこと [音楽]

連日、冷え込みが厳しくなっています。
首都圏でも雪が降り、交通機関はほぼマヒ状態に陥りました。
月曜日、駅構内への入場制限、列車の間引き運転、駅での発車待ちなどの影響で、職場への出勤に4時間半(通常は1時間半弱)を要しました。
もちろん車内は大混雑。
ようやく乗れた列車も各停車駅で長時間の発車待ちとなり、さすがに疲れ果てました。
乗車後小一時間ほどして少し体を動かすことができたのでiPodを出し、ブルックナーの交響曲7番を聴き始めました。
そして、8番が終わるころにようやく仕事場に到着。
この二曲のトータルの演奏時間は3時間弱かかりますから、状況をご想像頂けるのではないかと思います。
ブルックナーのおかげで少し心は和みましたが、出勤だけで一日の体力の大半を使い果たしたように感じたところです。

現在、都内の雪のほとんどは消え、日陰に多少残っている程度となりました。
hikagenoyuki.jpg
しかし、天気予報によると土曜日にはまた雪が降るようです。
先日出かけた丹沢も、通勤途上で眺める限り相当量の積雪があったようで、近々時間を作って出かけてみたいなと思いました。

ブーレーズの訃報に接し、久しぶりに彼の指揮によるワグナーの「リング」を鑑賞しました。
全曲とまではいかず、「ラインの黄金」と「ワルキューレの騎行」のみではありましたが、そのクリアなサウンドに改めて瞠目した次第です。

その後、何となく思いたち、フルトヴェングラー指揮による「トリスタンとイゾルデ」を聴きました。
フラグスタートがイゾルデを歌った1952年録音の演奏で、65年近く前のものです。
直前にブーレーズの精緻な演奏で耳を洗われていたせいもあるのでしょうけれども、いつも以上に生々しく聴こえ、音だけのものであるのにもかかわらず、そこにうごめく登場人物の輪郭や情景が実体を持った重みで迫ってきました。
もちろんモノラルでありますし、音質も(デジタルリマスターとは云い条)極上とはとてもいえません。
しかし、何と云いましょうか、正しく今現在ここで演奏がなされて、その音の渦の中に自分が入り込んでしまっているという精神状態に陥ってしまったのです。
少なくとも、「65年近く前の演奏」という時代を全く感じませんでした。

無論、前出のブーレーズの「リング」も同じです。
40年という時間の隔たりは一切感じさせず、そこにワグナーの楽劇「リング」が繰り広げられている、という思いに浸らせてくれました。

「芸術は未来において完結する」

これは、小説家福永武彦が著作「草の花」の中に書いている言葉ですが、創造された作品のみならず、再現芸術である演奏においても、やはりそうした境地は存在するのだなと、改めて感じ入った次第です。

J.S.バッハやモーツァルトそしてベートーヴェンを始め、私の大好きなブラームス、ブルックナー、マーラーといった人たちは、それぞれ、17世紀・18世紀・19世紀・20世紀を生きた、その意味では「過去」の人々ですが、残された曲からは、それに接するたびに新しい発見をさせられる。まさに現代に脈々と生をつないでいる確かな存在です。
これらの曲を聴いて、それが作られた過去の時代をことさらに意識することはなく、大げさな言い方をすれば時空を超えて永遠にそびえる創造物、とさえ感ずるのです。
逆に云えば、こうした長い年月を強かに生き、かつ未来に向けてもいささかも陳腐化しないであろう作品こそが、こうして現代に生き残り私たちに音楽を聴く喜びを与え続けてくれている、ということなのでしょう。
ちょっと語弊があるかもしれませんが、例えば「モーツァルトとその時代の音楽」などというコンセプトで、同時代に活躍した作曲家(現在では一般にほぼ忘れ去られた存在)の作品を紹介する、という企画があった折、そうした作品に接すると、「なるほどモーツァルトの時代の音楽っぽいな」などというように当該時代背景などをまず考えてしまいます。音楽そのものの質ではなく、それが生み出された時代の響きという観点で受け止めてしまう。
モーツァルトの音楽が、あたかも永遠の生命を有しているかのごとく、たった今そこに存在している、という感動を以て受け止められるのに比して、何という違いかと思います。

今ではもうあまりいわれなくなった感もありますが、「懐メロ」というものがあります。
私の父は、(子供の私を音楽好きにするほどに)様々なクラシック音楽を愛好してきた人間で、それこそバロックから始まって、ドビュッシーの「海」やストラヴィンスキーの「春の祭典」まで聴いておりました。
それが、私が高校生になるころだったのではないかと思うのですが、昭和初期の歌謡曲のシリーズものLPを買い求めるようになり、懐メロばかりを聴くようになりました。
当時、40歳代の半ばを迎えた父に、どのような心境の変化があったのかはわかりませんが、恐らく自身の幼少時から青年時代に想いを馳せつつ、その当時の様相などを反映するこうした曲を聴き、その「時代」を懐かしんでいたのではないかと愚考します。
自分の若き日を懐かしむ心が、その時代を反映する懐メロにシンパシーを抱かしめる。
今思うと、そういう音楽の聴き方があっても、それはそれで良いことだろうと思うのですが(当時はかなり反発した記憶があります)。

こうした「懐メロ」を聴く感覚は、恐らく、先に述べたブーレーズの「リング」やフルトヴェングラーの「トリスタンとイゾルデ」における時代を超越した感動を求めるものとは全く逆で、むしろその同時代的意識を喚起することそのものに喜びを見出すものなのでしょう。
つまりこうした音楽を「懐メロ」として聴いている限りにおいて、そのリスナーの存在こそが「懐メロ」の存在意義なのです。それにシンパシーを感ずるリスナーがいなくなったしまった時に、同時にこうした楽曲もその命を失うことになるのではないでしょうか。

そして、それは演奏の場合でも当てはまってしまう。
ワグナーの曲を例にとれば、大好きな曲の一つに神聖舞台祝典劇「パルジファル」がありますが、私が最初にその全曲盤を購入したのは、カラヤン指揮ベルリン・フィルによる演奏でした。
全編がこれ以上ないほど完璧に彫琢され、正に光り輝くような美しい演奏で、このコンビの計り知れない実力に打ちのめされたことを思い出します。
ところが、ほどなくして、クナッパーツブッシュ&バイロイト祝祭歌劇場管による1962年の演奏に接すると、今度はその造形の巨大さと時代を超越した響きの深さに圧倒されました。
パルジファルの成長と、クリングゾルの呪いから解放されるクンドリの魂の浄化とその最期までの情景が、眼前に目くるめく展開されて大団円に至る光景がありありと浮かんできたのです。
まだ若かった私は、そのあまりの違いに打ちのめされ、それ以降、クナッパーツブッシュの大ファンになってしまいました。

50歳に近い壮年となったあるとき、久しぶりにカラヤン&BPOの「パルジファル」を聴きましたが、彫琢された美しさは感じたものの、私はそこに(自分自身の)過ぎ去った時代の面影を見たのです。それ以来、私はその演奏を耳にすることはなくなりました。
もちろん、クナッパーツブッシュ&バイロイト祝祭歌劇場管の演奏は、今でも私にとって大切な愛聴盤です。
録音年代からすればこちらの方がはるかに古いのに、今聴いても少しも時代を感じさせません。感動を以て一気に聴きとおしたときのことを鮮やかに思い出させてくれるばかりです。

芸術というものは本当に不思議なものです。「時間」という、万物の存在を統御する巨大な力を、しばしば空無化してしまうのですから。
そういう演奏を、たとえレコードやCDという媒体であろうとも所持することができる幸せ。
ありがたいことだなと改めて感じずにはいられません。

タグ:懐メロ
nice!(29)  コメント(10)  トラックバック(0) 
共通テーマ:音楽

nice! 29

コメント 10

夏炉冬扇

音楽は、いつもユーチューブです。
今は作業しながら演歌です。朝はクラシック系です。
by 夏炉冬扇 (2016-01-22 18:30) 

のら人

芸術と言える音楽にも触れる機会が少なくなってきたことを恥ずかしく思います。(苦笑)
かといって流行を追っている訳でも無いのですが・・・。
自分は耳の穴が常人よりかなり狭く、イヤホンが直ぐ外れてしまい通勤時にほぼ使えないのが理由に挙げられます。イヤホンを普通に装着している皆様がうらやましい限りです。><
by のら人 (2016-01-22 21:19) 

tochimochi

ニュースで伝えられる交通機関のマヒ状態にびっくりしていましたが、伊閣蝶さんも巻き込まれていましたか。
4時間半とはお疲れ様でした。
私はそもそも本数の少ない路線を利用しているのであまり影響を受けずに済みました。
ワルキューレの騎行だけは分ります ^^;
映画名は忘れましたが、米軍がヘリで爆撃するときに演奏していたのが記憶にあります。

by tochimochi (2016-01-22 22:54) 

伊閣蝶

夏炉冬扇さん、こんにちは。
youtubeには、本当に様々な音楽がアップされていて、驚かされます。
作業中の演歌、お仕事が捗りそうですね。
by 伊閣蝶 (2016-01-23 12:39) 

伊閣蝶

のら人さん、こんにちは。
これまで、音楽にもかなりのめり込んでこられたものと拝察いたします。
私も一時期に比べて、音楽に深く接することがだいぶ減りました。
イヤホンは、確かに耳の穴の狭い方には不便なアイテムですね。
私は片方の形が良くなくて、外れてしまうことがしばしばです。
かといってヘッドホンタイプにするのは、さすがに年齢的な観点から躊躇しますね。
by 伊閣蝶 (2016-01-23 12:43) 

伊閣蝶

tochimochiさん、こんにちは。
18日は久方ぶりにひどい目に遭いました。
この状況をみて「八甲田山雪中行軍のようだ」と評した方がおられましたが、宜なるかなと思います。
映画は「地獄の黙示録」ですね。
ガンシップ(軍事用ヘリコプター)に乗ったロバート・デュバルが、ショルティ指揮ウィーン・フィルによるワルキューレの騎行のオープンリールをガンガン鳴らしてナパーム弾を撃ち込むシーンは、正に戦慄ものでした。
by 伊閣蝶 (2016-01-23 12:48) 

ぼんぼちぼちぼち

あっしは恥ずかしながらクラシック音楽には疎いのでやすが、戦前のジャズやブルースをよく聴きやす。
仰るように、CDやレコードで時を超えた文化を所有できることの幸せを噛みしめてやす。
by ぼんぼちぼちぼち (2016-01-28 11:40) 

伊閣蝶

ぼんぼちぼちぼちさん、おはようございます。
ジャズ、それも戦前の演奏は、私もレコードで聴くことが多いのですが、スピーカーの向こうに広がる音は、今でも生き生きと響きます。
魂の表現、という感じで、仰る通り、それをこの現代に味わえることは本当に幸せなことです。
by 伊閣蝶 (2016-02-04 07:15) 

サンフランシスコ人

「8番が終わるころにようやく仕事場に到着....」

指揮はカラヤンでしょうか?
by サンフランシスコ人 (2016-02-13 02:34) 

伊閣蝶

サンフランシスコ人さん、こんばんは。
指揮はカール・シューリヒトです。演奏はウィーン・フィルで、私の最も好きな演奏です。
by 伊閣蝶 (2016-02-16 23:38) 

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0