SSブログ

ピーターの法則 [日記]

10月も下旬となりました。
先々週の三連休は、家内の実家のある会津に帰省し、先週末は私の実家である八ヶ岳山麓の町に帰省するなど、このところ週末も結構多忙で、ブログの記事もなかなか更新できずにおります。
夏の天候が不順でしたから、紅葉はあまり期待できないのではないかと思いましたが、さすがに山の上はそれなりに紅葉が進んでいるようです。
先週末の帰省は、実家のある地区の共同清掃に参加するためで、こうした機会に近所の方々と話をするのは、年老いた両親が地区の人たちのお世話になっている現状からしても、重要なことかなと思っています。
ついでに、庭の斜面の崩落を防止するため、ブロックを積んで杭を打ち込み土止め作業をしました。
久しぶりに掛け矢をふるって杭を打ったので、両手の親指の付け根に筋肉痛が残っています。

さて、今回の帰省は往復に電車を使いました。
渋滞さえなければ車の方が便利なのですが、さすがにこの絶好の行楽シーズン(しかも秋晴れが半ば約束されている)に渋滞に遭わないなどということはありえません。
土日の高速料金半額も終わってしまっているので、一人での車利用ではコスト面でも高くついてしまいますし。
それでも、特急を使うと、車の方が安くなってしまいます。
そんなわけで、各駅停車でののんびり列車の旅、と相成りました。

その際に読んでいた本をご紹介します。

ローレンス・J・ピーターによる「ピーターの法則 創造的無能のすすめ」


非常に面白い内容だから、と職場の同僚が貸してくれたのですが、これは実に刺激的な本でした。

まず、基本法則は次のようなものです。

階層社会では、すべての人は昇進を重ね、おのおのの無能レベルに到達する。

そして、その結果、

やがて、あらゆるポストは、職責を果たせない無能な人間によって占められる。

という仕儀となります。

組織の中のあるポジションにおいて能力を発揮した人間は、通常、「昇進」という形で、より高い地位に就くことになります。
そこでも高い能力を発揮すれば、さらに上位の地位に昇進をすることになるわけですが、全方位的にパフォーマンスを発揮できる人間は皆無ですから、いつしか必ず自らの能力では務まらない地位に出くわしてしまう。
つまり、もともと低いパフォーマンスしか発揮できない人間は、低い地位で無能に達し、高いパフォーマンスを発揮できる人間も、昇進を重ねていくことによって必ず無能をさらけ出すポジションに就かざるを得ない、という結果に至るということなのでしょう。

しかし、これでは、世の中には無能な組織がはびこってしまうことになり、いくらなんでもそれは極論というべきではないかと思われるのですが、現実にそうなっていないのは、

仕事は、まだ無能レベルに達していない者によって行われている。

からにほかならない、というわけです。

詳しい内容をお知りになりたい向きは、是非ともこの本の中身に当たってほしいのですが、自分が無能レベルに達してしまったことを自覚することは本当に難しいことだと思いました。

人間には上昇志向があり、「評価してほしい」「認められたい」という想いから解放されることは非常に難しいものです。
あるポジションにおいて自他ともに認める成果を上げた人が、さらに上のポストを求めるのは無理もないこと。特にホワイトカラーの職場であれば、なおさらでしょう。
不幸な事例としては、製造現場で高度な技術力を発揮していた優秀な職人が、その功績を大いに評価される形で管理者ポストに処遇されたりすることが考えられます。
職人として類稀な実力と才能を発揮しているからといって、その人にマネージメント能力があるとは限りません。
下手をすると、己のこれまでの実績を基点とした個別的な技術レベルの達成を部下に求める方向に走る虞もあり、組織をまとめてより大きな成果を上げるどころか、部下を追い詰めたり造反を招くことになる可能性もあります。
これは、営業の第一線で成果を上げてきた人が内部統制面での管理者などに抜擢された場合でも、起こりうることでしょう。
組織としての損失のみならず、当の本人にとっても精神的・肉体的に相当な負担を強いられることになり、それによって重篤な疾病を招く虞もあります。
己自身が成果を上げてきたポジションに留まる限り、そうした「不幸」な目に遭わずに済む。
そのためにも己の限界や能力を的確に把握して、それを超える(あるいは場違いな)昇進などといった誘惑には迂闊に乗らないようにすることが大切なのではないでしょうか。

その意味では、役職定年のような形で現在のポジションに就いたことは、私にとってある意味では、無能レベルに陥り組織に損失を与えてしまう寸前で踏みとどまった、といえるのかもしれません。
果たして人事担当がそこまで見越していたのかどうかは知る由もありませんが、結果としてこれまでの自分の仕事上の軌跡や周辺の状況を冷静な目で見つめることができるようになったのは幸運と申せましょう。

この本を読んでいてふと思ったのですが、これはやはり「階層社会」が招きよせる法則なのでしょうね。
例えば芸術家などは、亡くなる直前まで素晴らしい作品を生み出す例もかなりあったりします。
その芸術家は、己の目指してきた道において、無能レベルに達する前に生を全うしたということなのでしょう。同じ芸術家であっても、ある時期を境にとんでもない駄作・凡作を送り出してしまう例も、これまた数多あるのですから。
シベリウスのように、交響詩「タピオラ」を発表した60歳を境として、作曲家としての活動をやめてしまうことも、また大変稀有な「決断」というべきかもしれません。

そういえば、スポーツ選手や芸能人や文筆家などが、さらなる高みを目指してのことか、政治家に打って出る例も結構ありますね。
そして、そのほとんどが、政治家として無能レベルに達し、一種の「裸の王様」になっていく様は、正しくこの「ピーターの法則」に合致している証左のようにも思えます。
例外的な人がいないだろうかと、ちょっと考えてみたのですが、石橋湛山さんくらいしか思い当りませんでした。あとは、ポーランドのパデレフスキ氏くらい。
これも私が、基本的には無能レベルに達しているが故の「無知」に基づくものなのでしょうけれども。
nice!(21)  コメント(12)  トラックバック(0) 
共通テーマ:

nice! 21

コメント 12

夏炉冬扇

皮肉な法則ですね。
by 夏炉冬扇 (2014-10-21 07:12) 

伊閣蝶

夏炉冬扇さん、おはようございます。
仰る通り、ある意味、人間に備わっている上昇志向が招く結果ですので、誠に皮肉だと思います。
by 伊閣蝶 (2014-10-21 07:16) 

九子

面白いです!
でもそういう事がわかると、昇進出来なかった人間もさほど自分を貶めずに済みますね。
by 九子 (2014-10-21 21:19) 

tochimochi

上司の無能さを嘆くことで鬱憤を晴らすこともありましたが、なるほどそういう見方もありますね。
自分のやりたい仕事なら昇進は関係ないと思っていましたが、現実には収入や回りの評価にも影響しますから気になっていました。

by tochimochi (2014-10-22 19:59) 

ヒロノミンV

こんばんは。
 『創造的無能』、ちょっとギョッとする言葉ですが、その趣旨は適材適所と組織内での無益な競争を回避することによる個人のパフォーマンスの最大化、というところでしょうか。
 お恥ずかしい話、伊閣蝶さんよりも一回り下の世代の私ですが40代に突入したところで早くも人事上の「行き詰まり」に直面し、ゼネラリストとしての管理部門への上昇を志向せず、第2の人生設計(転職)も視野に入れた、スペシャリストとして生き残る道を模索し、通信制の大学などで一から勉強し直しているところです。
 社会全体が成長基調の時代は、トリクルダウン理論で「無能」な者にも恩恵があったのでしょうが、限られたパイを奪い合う状況ではゼロ=サムの椅子取りゲームになってしまうことは必然。一方で
その組織内椅子取りゲームがかえって組織内の活力を削ぎ、外に対して打って出るエネルギーまで失いかけている。。。。そんな会社も多そうですね。
 無能の壁に当たる前に、無益な競争から降り、身の丈に合った持ち場で最善を尽くす。意外にこれが組織全体の成長の原動力になり得る、そんな気もします。

by ヒロノミンV (2014-10-22 23:00) 

伊閣蝶

九子さん、こんばんは。
「昇進」の目的が如何なるものであるか、ということを改めて考えさせられる契機となるのではないかと思います。
by 伊閣蝶 (2014-10-22 23:08) 

伊閣蝶

tochimochiさん、こんばんは。
無能な上司に仕えた時のストレスは筆舌に尽くしがたいものがありました。
せめて自分はそうはなりたくない、という気持と、自分の現在の処遇が人事考課などの評価の結果であることを素直に認めたくない気持がないまぜになっていた頃のことを思い出します。
今は少し、気持が楽になっている、というところでしょうか。
by 伊閣蝶 (2014-10-22 23:12) 

伊閣蝶

ヒロノミンVさん、こんばんは。
ゼネラリストとしての上昇を志向せずスペシャリストを目指し、そのためにご自身のスキルアップを目指す。すばらしいことだと思います。正に、この本の要諦でしょう。
ヒロノミンVさんの取り組みに満腔の賛意を表します。
私は結局のところ、ゼネラリストとしての上昇を目指してしまい、徒に馬齢を重ねてしまいました。
階層社会における無能者の処遇を解決する策として、管理職などの拡張による水平異動が、これまでは専ら用いられてきました。
その策がさすがに限界を迎え、それ故に、現政権では、一定程度の年収を確保する者における労働時間制限をなくす、などという案を出しているのでしょう。
無能に至る直前で踏みとどまらせる、また、踏みとどまることによるメリットを享受させる、そういう対応が、もしかすると今後は求められるのかもしれません。
いずれにしても、己の持ち味と限界を的確に把握することが肝要ではないかと思います。
by 伊閣蝶 (2014-10-22 23:25) 

koten

こんにちは
 「ピーターの法則」、興味深く感じたとともに、違和感も少なからず生じました。私の中のこの「違和感」は一体何なのだろうと思い、書き出してみたのが以下のような所感です。

 311震災をきっかけに色々調べて最近思うのは、多く(殆ど?)の企業組織は、本来的に、「昇進するほど人間が堕落する」ようなシステムになっている(仕組まれている)ということが実感として分かって来ました。

その根底には「1%の人間が99%の人間をお金で支配する」構造があって、かつその1%の人間は「善良な人とはほど遠い思想の持ち主」と言うことです。だからこそ何時まで経っても平和な世界が訪れないのだなぁと。なので、昇進して「人の上」に立てば、1%の人間の「思想」にどんどん染まっていくような「社会的構造」になっているのだと思うんです。言い換えると、私達を実効支配している1%の人こそが実は「無能者」なんじゃないかなってことです。

 99%の人間が1%の人間に対して抗議するデモが世界各地で起きていますが、日本ではそういう意識はナカナカ芽生えないですよね。報道規制も凄いですし。
by koten (2014-10-23 12:27) 

伊閣蝶

kotenさん、こんばんは。
コメント、ありがとうございました。
99%の人たちを支配する1%の連中が「善良な人とはほど遠い思想の持ち主」であり、そうした社会構造が、「昇進するほど人間が堕落する」ようなシステムを作り出す元凶、ということ。
なるほどなあと強く納得しました。
全く仰る通りだなと思います。
第2次安倍内閣で、閣僚が二人も同時に辞任し、後任もどうやらかなり危ない状況で、正にぴったり当てはまっておりますね。
1%の「無能者」に対するデモが日本ではなかなか試みられないのは、もしかすると、あわよくばその「1%」に入りたい、と思う人が結構な数いるからなのかなあ、と、ちょっと寂しく感じました。
by 伊閣蝶 (2014-10-24 23:30) 

Hirosuke

この本は、元・英文テクニカルライターとして数年前に取り上げました。

【予言】していた【ピーターの法則】
http://tada-de-english.blog.so-net.ne.jp/2010-08-17

だから【バカ】が【権力】を持つ.
http://tada-de-english.blog.so-net.ne.jp/2012-04-23

嗚呼、人間って一体・・・。
by Hirosuke (2014-10-30 19:54) 

伊閣蝶

hirosukeさん、こんにちは。
コメント、ありがとうございました。
ご案内の記事、拝見しました。
新版の方も、出版されて既に10年が経っています。
私が読んだのは最近のことで、こうして読まずにいる本は、当たり前のことですが無数になるのだなと、しみじみ感じています。
by 伊閣蝶 (2014-11-02 16:55) 

トラックバック 0