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「わが谷は緑なりき」ジョン・フォード監督 [映画]

当地でも、先週、梅雨入りとなりましたが、週末は比較的良いお天気に恵まれました。
このところ平日も休日も忙しくしており、洗濯物もたまっていたので、一気に洗濯やアイロンがけをし、二日続けて布団干しもしたところです。

そんな中、本当に久しぶりに、ジョン・フォード監督の「わが谷は緑なりき」を観ました。


最初に観たのは上京してすぐの頃でしたから、19歳のとき。
音楽や映画を、精力的に鑑賞し始めた時でしたから、感動もひとしおでした。
1941年製作の作品ですから、ちょうど太平洋戦争が勃発したときにあたりますね。
あの当時にこんな映画を作っていたアメリカという国の、思想的な深さと底力に圧倒される想いがしたものです。

ウェールズの炭鉱で働く一家を中心としたホームドラマの形態をとってはおりますが、炭鉱主による炭鉱労働者の賃金カットや馘首を巡って労働組合を立ち上げるシーンなども描かれており、アメリカ大好き人間で保守派と目されていたジョン・フォード監督作品としては「怒りの葡萄」とならぶヒューマニスティックな作品としてあまりにも有名です。
ただし、これらの作品は、原作の持つ社会主義的な視点や階級問題などについてはあまり深入りはぜず、逆境の中においても前向きに生きていこうとする家族や仲間たちの姿と、善意と誠実の溢れる人々の生き方を中心においています。
それゆえに、前衛的な立場に立つ批評家のうけはあまりよくなく、ジョン・フォードの持つ類まれな映像美とテクニックに寄り掛かった通俗的作品、という評価もありました。
実際、私も最初に観たときには、そのラストシーンがあまりにも厭世的に感ぜられ、なぜ虐げられた炭鉱労働者が勝利を収めるストーリーとならなかったのだろうと訝しく思ったものです。
ジョン・フォードの真意がそうしたところになかったことを知ったあとも、やはりこだわりは拭い去れませんでした。

父親であるギルム・モーガンに近い年齢となり、改めて観直しましたが、労働者の勝利という予定調和的な結末とはしなかったジョン・フォードの意図が、何となくわかってきたように感ぜられます。
映画や小説などの創作の世界では可能であったとしても、現実はそのようなユートピアは訪れないことを、私もまた数々の経験から痛いほど思い知ったのですから。

さて、そのような話の筋を取りあえず措いておくとすれば、これは正しくむせ返るような情感にあふれる傑作だと思います。
どのシーンを切り取っても、正に「映画」としかいいようのない表現で、この作品のみならず、ジョン・フォードの映画が、それに続く多くの映画人に多大な影響を与えてきたことも蓋し当然といえましょう。
黒澤明監督がジョン・フォードの大ファンであったことはあまりにも有名ですが、例えば、末っ子のヒューが学校のいじめっ子に痛めつけられ血だらけで帰ってくると、炭鉱の大人たちがヒューにボクシングを教えて、いじめっ子をやっつけるシーン。これは、森田芳光監督の「家族ゲーム」の中で、同じようなシチュエーションの宮川一郎太に松田優作の家庭教師が喧嘩に勝つ方法を教え、いじめた同級生を強烈なボディブローで倒すシーンにそのまま引用されています。相手のパンチをかわしてボディにパンチをたたき込む、という部分まで一緒です。

私は以前、ビクトル・エリセ監督の「エル・スール」について書きましたが、この映画にも「わが谷は緑なりき」のシーンが印象的に引用されています。
父親のアグスティンと娘のエストレリャの二人で水脈を探すシーン。
父親の掌に積み重ねられたコインを、最後にエストレリャがエプロンを持ち上げて受け取る場面は、モーガン家の親子が勤めから帰ってきた折に、その日の稼ぎを広げられた母親のエプロンの上に入れるシーンからの引用でしょう。
それから、アグスティンが階下の部屋にいるエストレリャに、杖を床に突いて音を立てながら「無言の会話」をする場面。これも、母親とヒューのやりとりをそのまま引用しています。
「エル・スール」を初めて観たとき、私はこれらのシーンではっと胸を突かれました。
そのことを懐かしく思い返しています。

この映画の中では、ヒューの姉であるアンハードとグリュフィード牧師との恋が、とりわけ胸を打つエピソードとなっていました。
二人はモーガン家長兄の結婚式で出会い同時に恋に落ちるのですが、アンハードには炭坑主の息子エヴァンスとの縁談が持ち上がり、聖職者としての道を歩む決意のグリュフィード牧師は、彼女に対する想いを断ち切ろうとします。
アンハードはグリュフィード牧師の気持を確かめるべく彼の家を訪ね、厳しい聖職者の連れ合いとしての道を共に歩もうとしますが、彼は彼女の現世的幸せを願ってそれを拒む。
この美しくも悲しいシーンにおいて、アンハードが常に主導的立場に立っています。グリュフィード牧師が留守の間に彼の家で帰りを待ち、口づけも彼女の方から行動を起こす。
初めてこの映画を観たとき、女性がこんなに大胆に想いを伝える行動に出たことに衝撃を受けました。
1941年製作という背景を忖度すればなおさらのことです。
この映画が日本で公開されたのは1950年のことでした。
そのときの観客の衝撃と感激は如何ばかりであったかと、しみじみ思ってしまいます。

改めて観て感動を新たにしました。
素晴らしい映画だと思います。
しかし、あのラストは何だかあまりに悲しすぎます。現実はそういう苛酷なものだということは分かってはいても、やはりやり切れなさを感じました。
だからこそ永遠に観る人の心に残るのかもしれませんが。

ところで、ヒューを演じたロディ・マクドウォール。子役ながら大変な熱演でした。
後に猿の惑星シリーズでコーネリアス博士を演じて当たり役になったことを思い出し、何だかちょっと複雑な想いに駆られたところです。
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夏炉冬扇

こんばんは。
高校生のころこの小説、よくわからなかった記憶うっすらと…
by 夏炉冬扇 (2014-06-10 18:02) 

hirochiki

年齢を重ねることで、現実は想像以上に厳しいものだとわかっていても
せめて空想の世界ではハッピーエンドを願ってしまうものですね。
若い頃に観た映画や耳にした音楽が、年月を経ることでまた違った楽しみ方ができるものだと感じることはけっこうあるような気がします。
私は、少し前に嵐の櫻井翔さん主演の「家族ゲーム」を観ていました。
by hirochiki (2014-06-10 18:41) 

伊閣蝶

夏炉冬扇さん、こんばんは。
高校生の頃に原作をお読みでしたか。これは敬服致します。
by 伊閣蝶 (2014-06-10 21:48) 

伊閣蝶

hirochikiさん、こんばんは、
映画というもののもつ宿命なのでしょうが、仰る通りだと思います。
私たちはその中に自分の果たし得ない世界をみつつ、やはりリアリティをも求めてしまうのですから。
ところで、櫻井翔さんの「家族ゲーム」。これは知りませんでした。
by 伊閣蝶 (2014-06-10 21:51) 

tochimochi

こちらでは今日は晴れ間が見えましたが、依然として不安定な空が続いています。
若い頃に見た映画が今見るとどういう風に感じるか興味のあるところではあります。
私が始めてみた洋画は『卒業』だったような気がします。
感動が薄れてしまうのが怖いですが、そのうち見てみようかと思いました。

by tochimochi (2014-06-10 22:22) 

伊閣蝶

tochimochiさん、こんばんは。
こちらは雨の一日になりました。
湿気があって不快ではありますが、気温が低いのでその点は助かります。
「卒業」、印象的な映画ですね。
そういえば、私も10年くらい観ていません。サイモン&ガーファンクルの歌を聴くと、場面を思い出したりしますが。
近々、見直してみようかなと思いました。
by 伊閣蝶 (2014-06-11 22:24) 

九子

伊閣蝶さんは19才でこんなに素敵な映画を御覧になっていたんですね。
私などこの頃、劣等感の塊で自分の中に篭ってばかりいました。

多感・・と言われる青春時代を素敵な映画や音楽に囲まれて過ごされた伊閣蝶さんがうらやましいです。

それにしても、伺ってるだけでいい映画ですね。
古き良きアメリカ!
日本もそのうち古き良き日本!って声高に言われる時代が来るんでしょうか・・。
by 九子 (2014-06-11 23:04) 

伊閣蝶

九子さん、おはようございます。
高校を卒業して就職し、親元を離れある意味では「自由」を得た頃ですから、何というか、やりたいことを何でもできる、という想いが当時はあったのでしょう。映画も音楽も思う存分楽しめる!と、それだけで嬉しかったものです。
仕事をしながら大学の二部に通っていたので、今思うとそれなりに忙しかったと思いますが、充実していましたね。

「わが谷は緑なりき」、映画の舞台はウェールズですが、こうした映画を生み出したのは仰る通り「古き良きアメリカ」なのでしょう。
恐らくレンタルビデオなどでもご覧になれると思いますので、宜しければ是非!

「古き良き日本」も、例えば相互扶助に基づく人と人との信頼関係や絆の強さを振り返るようなものなら宜しいのでしょうが、「滅私奉公」「一億火の玉」みたいな方向にずれて行くようなことにならなければ良いな、などと思ってしまいます。

by 伊閣蝶 (2014-06-12 06:03) 

九子

さすが伊閣蝶さん!苦学生でいらっしゃったのですね。・・と言うか、人一倍の努力は、この頃からのものだったんですね。

日本の方向性もこの頃気になりますね。

ところで珍しく二回目のコメントさせて頂いたのは、なぜか自分のブログにコメント出来ない(認証ではねられる!)事体が生じているため、お返事を少し待って下さいというお願いです。

今までこんなこと無かったのですが・・。???
by 九子 (2014-06-12 23:54) 

九子

伊閣蝶さん、すみません。やはりコメントがうまく表示されません。サポートは土日休みですよね。そこでご迷惑かもしれませんが、こちらにお答えを書かせて頂きます。

伊閣蝶さん、こんばんわ。
いつもながら深い読みをして頂き、有難うございます。
そんな立派なこと書いたつもりは無いんだけれど、伊閣蝶さんにそう言われると駄文が格調高くなるような・・。(^^;;

高江洲義矩先生は本当に凄い先生です。もちろん奥様のご献身もですが・・。

ネットで先生のことを取り上げた項目が少ないので、それもあって今回実名で書かせて頂きました。

飛行機は30年たってもそんなに変わってはいませんでした。今回荷物を預けなかったので(ぼーっとしている二人なので、ビニール袋の大きいみたいなバッグしか持って行かず、さすがにそれを預けるのは破損とかの心配を考慮すると出来なくて、結局すべて手荷物になりました。)、次回、預けるのにまごまごするんじゃないか?という心配はありますが・・。

今はみんなキャリーと言うのですか?ごろごろ転がすのを持っていますね。
私は昔ながらの大きなサムソナイト(両親が使っていた)を持っていくつもりでしたが、キャリーのタイヤがもう動かないかもしれません。そうしたらまた買わなければ・・。

結構余計なことにお金がかかりますね。

以上です。

もしかしてchromeから書いているからでしょうか?でも今までそれでちゃんと表示されていたし、いまさらIEを使うのは怖いし・・。
by 九子 (2014-06-14 17:05) 

伊閣蝶

九子さん、こんばんは。
コメントが認証ではねられるのですか!
ちょっと試してみましょう。
by 伊閣蝶 (2014-06-15 22:46) 

伊閣蝶

どうやら私の環境では大丈夫のようです。
九子さんの環境でも、もう復帰なさっておられますか?
確かにときおりはねられることがあり、何度も投稿を試み諦めたこともありますから、タイミングもあるのでしょうね。
因に私の環境は、Mac+Firefoxです。

ところで、私は決して苦学生などという立派なものではありません。
今も勤めている会社の採用試験に受かってしまったので、両親に学費の心配をかけたくない、なんて殊勝なことをいいつつ、楽な道を選んだだけのことです。
ただ、大学を自分で選び、自分でお金を出したことは、今振り返ってみれば正解だったかな、と思います。

サムソナイトのスーツケース、私も、20年前の欧州出張の折に、清水の舞台から飛び降りるつもりで購入しました(新婚旅行の時はレンタルでした)が、6年前のイギリス出張のときに使ったら取っ手が壊れて往生しました。
今のキャリーバッグは、その点だいぶ扱いやすいようですが、仰る通り、結構余計なお金がかかります。

九子さんのお書きになる記事は、いつも本当に瞠目させられながら拝読しております。
「駄文」だなどと、余りにもご謙遜が過ぎますよ(*^o^*)
by 伊閣蝶 (2014-06-15 23:06) 

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