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グリーグ「抒情小曲集」、ギレリス(P) [音楽]

大型の台風18号の影響で、この週末は大変な天気となりました。
昨日の午後から暴風雨に突入。今日の午前中まで吹き荒れ、夜中も凄まじい勢いで窓やドアを風雨が叩きまくっていたような状況です。
幸い、私の住まい付近では目立った被害はありませんでしたが、津市でも山間部などでは避難指示や勧告が出て、三重県全体では相当な被害も出ている模様です。
近所の岩田川に様子を見に出かけると、やはりかなり水位が上がっていました。
iwatakawa.jpg
相変わらずの怪しい雲間に青空が覗き、経が峰や青山高原も見え始めています。
15時くらいになると風も少し弱まり陽射しもたっぷり降り注ぐようになったので、布団を干しました。

こんなお天気ですから、酷くならないうちに買い出しに出かけ、カレーなどを作って篭城の準備。
掃除・洗濯・アイロンがけなどの家事をしながら、CDを聴いたり、リコーダーを吹いたり、久しぶりに作曲などをしたりしておりました。
先日ご紹介した、テンシュテット&ロンドン・フィルによるマーラー交響曲全集のほか、エミール・ギレリスのピアノによる、グリーグの「叙情小曲集」などを聴いていたのですが、この「叙情小曲集」にはとりわけ胸を打たれた次第です。
このCDは、LP時代から名盤の誉れ高い演奏で、叙情小曲集全曲をカバーしていない点は残念ですが、ギレリス自身がチョイスした珠玉のような20曲が収められています。


グリーグは、ノルウェーの生んだ音楽の世界的大家ですが、当の本人に全くそのような自覚はなく、真の意味での「ミュージックサーバント」を貫いた作曲家でした。
余りに有名なピアノ協奏曲イ短調やペールギュントなどを世に出しながら、例えばバッハやベートーヴェンといった普遍的な創造者と同列にあるとは考えず、自分の才能の限界に早くから気付いていたといいます。
これほど才能に溢れた作曲家であったのにもかかわらず、何という謙虚さかと、私などはため息をついてしまいますね。
そのグリーグにとって、恐らく自身が最も大切に思っていた作品がこの「叙情小曲集」なのではないでしょうか。
21歳の青年期から58歳の壮年期に至る35年あまりをかけた全10巻66曲からなるピアノ曲集です。
稀代の名ピアニストであり、ノルウェーの自然、民衆の歌、民衆の暮らしを愛した文字通りの「国民楽派」の偉大なる作曲家であり、ドビュッシーなどの印象派にも大きな影響を与えた先進的な創造者でもあったグリーグの、その創作の変遷を物語るような曲集ということもできましょう。

ギレリスは、先にも述べた通り、この中から20曲を選びました。
  1. アリエッタ(第1集)
  2. 子守歌(第2集)
  3. 蝶々(第3集)
  4. 孤独なさすらい人(第3集)
  5. 音楽帳(第4集)
  6. メロディ(第4集)
  7. ノルウェーの踊り:ハリング(第4集)
  8. 夜想曲(第5集)
  9. スケルツォ(第5集)
  10. 郷愁(第6集)
  11. 小川(第7集)
  12. 家路(第7集)
  13. バラード風に(第8集)
  14. おばあさんのメヌエット(第9集)
  15. あなたのおそばに(第9集)
  16. ゆりかごの歌(第9集)
  17. 昔々(第10集)
  18. バック(第10集)
  19. 過去(第10集)
  20. 余韻(第10集)

「アリエッタ」が響き始めると、周囲の空気が変わっていくような、何とも言葉に窮する不思議な空間が現出していきます。
親しみやすいメロディの中で、不意に調の変化が起こり、それが音の広がりを感じさせてゆく。「子守唄」は、その優しい音色の中にシンコペーションや三連符が組み込まれ、それがまた心地よいリズムを醸し出します。そして「蝶々」の軽快でいながら優雅で明るい世界…。
等々、この調子で書き続けていくと切りがないので少し控えますが、「ハリング」におけるドローン・バス(空虚5度)の意表を突くオスティナートの響き(ノルウェーの民族弦楽器であるハルダンゲル・フィーデルに張られている4本の共鳴弦の響きを模しているそうです)や「夜想曲」深い世界観にも驚かされました。
中でも、愛妻ニーナのための「あなたのおそばに」と、そのニーナとの間に生まれ僅か1歳で天に召された愛娘のための「ゆりかごの歌」は、そうした背景もあってか惻々と胸を打ちます。
ほかの曲同様、調性は動くのですが、それがとても自然に響きます。
「ゆりかごの歌」、durの旋律が心地よく流れていくのですが、時折mollに振れそうになり、その一歩手前で踏みとどまる絶妙な呼吸に、何ともいえない優しさを感じます。愛娘を亡くした悲しみの究極の表現のように思われてなりません。
「昔々」はスウェーデン民謡を使った大変親しみやすいメロディが特徴的で、中間部の舞曲風の旋律はノルウェーの民族舞踊を題材にとったものとのこと。1905年まで同君連合が続いたノルウェーとスウェーデンとの民衆の調べによる競作ともいえましょうか。
「過去」における半音階進行と複雑な和声展開というグリーグの重ねてきた年月の重みを感じさせる響きを経て、「余韻」では、冒頭の「アリエッタ」のリズムをワルツに変えて展開されます。全10集66曲にも及ぶこの曲集全体を締めくくる曲であるのにもかかわらず、些か唐突な感じで終わります。

どの曲も、掌の中に包み込んでおきたいような美しさと魅力をもっておりますが、しいて私の好みを申し上げれば、「孤独なさすらい人」「メロディ」「バラード風に」「昔々」辺りになりましょうか。
何れも非常に印象的な旋律が展開し、間断するところがありません。

エミール・ギレリスは、以前も書きましたように、ベートーヴェンの演奏などで超絶的な表現をなしとげる「鋼鉄のピアニスト」とも謳われた巨匠です。
そのギレリスにとって、グリーグの叙情小曲集は、技術的にはほとんど問題のないメニューであったはず。
しかしギレリスは、この、ベルリン、イエスキリスト教会での録音に六日間をかけました。
滞在先のホテルに練習用のピアノを用意させ、事前に十分な練習を行い、毎回ベストコンディションで録音に臨んだのだそうです。
それでもこれだけの時間がかかった。
ギレリスが、この作品にどれだけ深い思い入れを持っていたかがわかるようなエピソードではありませんか。

ギレリスは、この曲集を通して、グリーグが作り上げた精神世界の再現まで成し遂げようとしたのではないか。
グリーグは大きな伝統の流れのなかに位置している。すなわち何かを求めてさまよう孤独な人間の“真実”を、音楽で表現しようとしているのだ。

ギレリスの言葉です。
ギレリスも、恐らくグリーグと同様、音楽に仕えるミュージックサーヴァント、音楽の使徒なのでありましょう。
この曲集を、大切に愛おしむかのように録音したギレリスの、グリーグに対する共感と尊敬の念が、このCDの曲間から聴こえてくるような気さえしました。

冗漫になってしまったこの記事の最後に、私が以前知ったグリーグのエピソードを紹介したいと思います。
ある日、グリーグは親しい友人とともに湖に舟を浮かべて船遊びに興じていた。
その折、グリーグはある音楽的なモチーフを思いつき、それを紙にメモしたが、うっかりそのメモを落としてしまう。
友人がその紙を拾い上げ、しばらくしてから、そこに書かれたモチーフを口ずさんだ。
それを聴いたグリーグはギョッとして、友人に尋ねた。
「君が今口ずさんだモチーフ、どうやって知ったんだ?」
友人は、「たった今、自分の頭の中に浮かんだのさ」、と答える。もちろん、グリーグをからかうつもりで。
その友人の返答を聞いたグリーグは、感に堪えないような表情をして、次のように呟いた。
「以心伝心というものは、本当にあるのだな」。

如何でしょう。グリーグの純粋かつ誠実な心根がわかるような逸話ではありませんか。
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hirochiki

お住まいの地域では、台風の大きな被害はなかったようで何よりでした。
こちらも大丈夫でしたが、昨日の出勤時に雨風がピークだったので
遅刻してきた方もいらっしゃいました。
大雨の中、駐車場からオフィスに向かってあるいている時に、ペットボトルが飛んできてひやりとしました。
by hirochiki (2013-09-17 05:21) 

tochimochi

近畿圏特に京都の被害は酷かったようですね。
御住まいではたいした被害がなかったとのこと、何よりでした。
私も出掛けておりましたが冷や冷やものでした。

by tochimochi (2013-09-17 08:03) 

のら人

家の近くに堤防の低い河川がある方々は肝を冷やしたのではないでしょうか。
伊閣蝶さんの家の近隣は大丈夫だったんですね。
まだ、この秋は大型台風が来そうな予感がします。
お互い注意したいですね。

by のら人 (2013-09-17 08:12) 

伊閣蝶

hirochikiさん、こんばんは。
御地も大きな被害はなかった模様でなによりです。
しかし、あの台風の最中にご出勤とは驚きました。
以前、休日もお仕事とお伺い致しましたが、さすがに昨日は往生なさったことと存じます。
ペットボトルが飛んできたとは、とんでもない風だったのですね。事故等にお遭いにならなかったとのことで安堵しました。
今日は一転してさわやかな秋晴れでした。
by 伊閣蝶 (2013-09-17 22:31) 

伊閣蝶

tochimochiさん、こんばんは。
京都の被害にはびっくりしました。あの辺りはこれまでこうした台風被害はあまり出ておりませんでしたから。
ところで、tochimochiさんは、あの荒天の中、お出かけでしたか。
ご無事で何よりでした。
by 伊閣蝶 (2013-09-17 22:34) 

伊閣蝶

のら人さん、こんばんは。
仰る通り、堤防の低い川が近くを流れている方々はヒヤヒヤものだったと思います。
次の台風19号がまたまたやってきそうな雰囲気で、今回の大雨で地盤の緩んでいるところは軽快が必要です。
大きな被害が出なければいいのですが。
by 伊閣蝶 (2013-09-17 22:37) 

夏炉冬扇

今日は。
被害さしてないようでよかったですね。
by 夏炉冬扇 (2013-09-19 15:56) 

伊閣蝶

夏炉冬扇さん、こんばんは。
ありがとうございます。幸い、私の周囲は無事でした。
by 伊閣蝶 (2013-09-19 21:32) 

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