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作曲家、佐村河内 守氏の音楽 [音楽]

先週末はとんでもない天気となりました。
日曜日の朝、起きてみると晴れていたので、風はあるもののシーツなどを洗濯したのですが、物干し竿に干してしばらくして、その物干し竿が風にあおられたシーツやバスタオルによってベランダの床に落ち、結局洗いなおす羽目になってしまいました。
午後からはわずかに風も治まったので、洗い直しのシーツも乾いてくれて助かりましたが。
しかし、まさか台風並みの低気圧がやってくるとは思いもよりませんでした。
確かに春一番の吹き荒れる時期は瞬間的に30mくらいの強風が吹くことがありますが、もうその時期は過ぎているものと思っておりましたので。

昨年末、佐村河内守氏の作曲した交響曲第一番「HIROSHIMA」を取り上げたNHKの番組を観て、大変興味を持ったのですが、先日の3月31日、NHKスペシャルで再度、作曲家「佐村河内守」を特集したことがきっかけとなり、彼のCDを購入しました。
佐村河内守氏のことは、ゲーム音楽の「鬼夜叉」や「バイオハザード」で評判になっていたので、以前からお名前だけは存じておりました。
しかし、さすがに楽曲のCDを買うところまではいきませんでした。
今回も、交響曲第一番「HIROSHIMA」ではなく、先天性四肢障碍(右上腕欠損)の少女に献呈された「ヴァイオリンのためのソナチネ」と、ヴァイオリニスト大谷康子氏から委嘱された「無伴奏ヴァイオリンのためのシャコンヌ」を、とにかく一度聴いてみたいという想いから購入を考えたのです。
早速、HMVで検索をかけてみますと、CD2タイトルの購入で割引があるとのこと。
それならばせっかくだからと、交響曲第一番「HIROSHIMA」も一緒に購入したのでした。

昨日、そのCDが届きました。

まず、交響曲第一番「HIROSHIMA」を聴いてみました。

三楽章形式による80分を超える大曲です。演奏者も100名以上を要します。
暗く沈鬱な序奏から始まり、イ・嬰ト・ロ・トの十字架音型による第一主題が木管と弦により導き出されるあたりからぐんぐん引き込まれていきました。
「十字架音型」は、この主題のように四つの音を譜面の上で十字架になるように配置したもので、J.S.バッハのマタイ受難曲の第55曲から始まる「十字架への道」「来たれ、甘き十字架」などにも極めて印象的に用いられています。
佐村河内氏は、独学で作曲の勉強をした折に、バッハやベートーヴェンなどを相当突っ込んで研究したそうですから、これはもちろん意図的に作られているのでしょう。
数えていくのが煩瑣なほど特徴的な主題が次々に提示され、それらが極めて精緻な対位法を以て目くるめく展開していく様に、私は一種の戦慄と感動を覚えました。
殊に第3楽章のコーダで響く金管楽器のコラールは特筆すべき美しさで、こういう曲を現代人が書き得るのかと、改めて瞠目した次第です。
まだじっくりと聴きこんだわけではないので軽軽な評価は控えますが、17歳の時に着想しつつも完成までに20年以上の年月を必要とし、しかもその間に作ってきた12曲の交響曲を全て破棄した上で作られたというこの曲の重さと深さは痛いほど伝わってきました。
個人的な感想からいえば非常に晦渋な作品という印象であり、何故にこの曲が多くの人に受け入れられているのか、実はよくわかりません。
佐村河内氏が歩んできたこれまでの人生や、交響曲第一番「HIROSHIMA」自体に込められた想い、東日本大震災への鎮魂に重なる印象、などが副次的に作用しあって、より多くの、それまではクラシック、それも現代の作曲家の手による作品にさほどの関心を寄せてこなかった人々の心を強く揺さぶった、ということなのでしょうか。
聴覚を失うという、音楽家としては致命的なハンデを背負いつつも偉大な作品を残した先達としては、ベートーヴェンやスメタナといった名前がすぐさま想起されます。
佐村河内氏は、さらに頭鳴症という「常にボイラー室に閉じ込められているかのような轟音が頭に鳴り響く」症状に苛まれているとのことで、ひどい耳鳴りとも相俟って、凡人であれば到底作曲の道を目指そうなどとは考えられないことでしょう。
佐村河内氏が、そのような過酷な状況の中にもかかわらず何故に楽曲の創作に精力を傾けたのか。
恐らくその問いの答えは、彼の著作である「交響曲第一番(講談社:刊)」に書かれてあるのでしょう。
その著作を私は読んでいないので彼の想いが那辺にあるのかは残念ながらわかりませんが、この交響曲第一番「HIROSHIMA」の終盤に登場する清冽なコラール以降の安らぎをもたらす音楽から感ぜられる一筋の光のような希望への響きに、あるいはその答えがあるのかもしれない、そのように愚考しているところです。
因みに、先に述べたNHKスペシャルによる効果もあってか、このCDは売り上げが急速に伸びているようですね。

“現代のベートーヴェン”奇跡の作曲家・佐村河内守の名盤再浮上

さて、もう一枚のCD「シャコンヌ~佐村河内守 弦楽作品集」。

交響曲第一番「HIROSHIMA」とは打って変わって、これは多くの聴衆に受け入れられやすい音楽なのではないでしょうか。
特に「ヴァイオリンのためのソナチネ 嬰ハ短調」は絶品です。
しかし、11歳の少女が弾きこなすのにはかなり難しい曲なのではないかな、などとおせっかいな感想を持ったことも事実。
にもかかわらず、(当然のことではありますが)初演は、献呈を受けたその少女によって2011年12月になされました。
このCDでは、大谷康子さんがヴァイオリンを弾き、ピアノ伴奏は、なんと藤井一興さんなのです。
これまた実に精緻で美しい対位法的な響きが横溢する演奏で、できればこの曲を核にヴァイオリンソナタとして再構築して欲しいと思わずにはいられませんでした。
特に第二主題の息の長い旋律の美しさは特筆ものです。

それから「無伴奏ヴァイオリンのためのシャコンヌ」。
これにはさすがに驚愕しました。
佐村河内氏ご自身は、第一主題を、先にふれた「ヴァイオリンのためのソナチネ」の第二主題から派生したもの、と述べていますが、あのJ.S.バッハによる超有名曲の「無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第2番ニ短調第5楽章のシャコンヌ」を彷彿させる出だしなのです。
ソナチネの第二主題からの派生であって、バッハの同曲を模倣する意図は一切なかった、とのことですが、バッハのこの曲に対して子供頃から畏敬と憧憬の念を抱いていた(佐村河内氏は幼少の頃ヴァイオリンも弾いていたそうです)故に、バッハへのオマージュのごとく結果として似てしまったことの奇跡を喜びたい、と語っています。
改めて聴いてみると、バッハのシャコンヌを彷彿とさせたのは、恐らく聴く側の私の念頭にその曲が既に存在していたからそのように思ったに過ぎず、全く別物の変奏曲となっていることがわかります。
シャコンヌは三拍子の舞曲ですが、佐村河内氏はその拍子のみならず超跳躍的転調や無調性を試みるなど、大胆な変奏を展開し、正しく現代音楽としての新たなシャコンヌの形を見せてくれました。
特に、ピツィカートの表現が印象的で、ゲネラルパウゼを挟んだ単音の撥音は琵琶の音を想起させます。
このような大胆な変奏を繰り広げた後、最初のモチーフ(ソナチネの第二主題)に戻り、曲は静かに閉じられていくのでした。

そして、二曲の弦楽四重奏曲。
これもまた大変印象深い曲です。
両方とも三楽章構成ですが、性格は全く異なります。
第1番の方は基本的に無調性であり極めて「前衛的」な作りとなっています。
佐村河内氏の曲が基本的に調性音楽であることを鑑みれば、これは特異な曲というべきでしょう。
第1楽章に大変印象的なフーガが顔をのぞかせますが、ほかはテンポも含めてかなり自由な構成で、旋律もめくるめく変化を繰り返しています。
これに対し第2番は、全楽章を通じてアダージョを基本としており、調性も確立しています。
紡ぎだされる息の長い旋律がフーガなどを用いながら何度も何度も執拗に繰り返され、ある意味でのオスティナートという感じがします。
しかし、第1番とセットになっていることに鑑みれば、これは当然に計算された作りなのでしょう。
佐村河内氏は、この弦楽四重奏曲について第3番を引き続き作り、全体としての完成を目指したい意向を持っているようです。
どのような曲となるのか、是非とも実現して欲しいところですね。

以上、かなり散発的なことばかり書いてしまいましたが、NHKスペシャルなどの取り上げられ方のような、全聾者でありながら作曲をしているという側面ばかりを強調するのは如何なものかと思います。
確かに私も、そうした佐村河内氏の境遇などに多大なる興味を抱いて聴いてみようと思ったことは事実ですが、これらのCDを何度か聴くうちに、そんな前提はどこかに吹っ飛んでしまいました。
シェーンベルグが12音階を提唱し、無調性、旋律からの脱却、などを目指した行き方が現代音楽の王道だとされる中で、調性音楽を以て己の内なる世界を形作ろうとし、敢えて「異端」の道を選んだ佐村河内氏。
私は、この二枚のCDを聴いて、そうした彼の行き方を支持したいと思いました。
断っておきますが、私自身は、いわゆる12音階や無調性による音楽も好んで聴いています。
そこに創造者の明確な意図が反映されている限り、生み出される音楽は強い意志の力を持っていると考えるからです。
そして実際にそうでした。
日本の作曲家の中でも、ほかに肥後一郎氏、吉松隆氏など、調性音楽に創造の可能性を託した人たちがおられます。
楽壇(嫌な言葉ですね)のアカデミズムから正当な評価を受けることは期待できないのかもしれませんが、きっとその想いが伝わる聴き手は存在する。私はそう信じて止みません。

ただ、弦楽作品集の方はともかく、交響曲第一番「HIROSHIMA」に関しては相当に好みが分かれると思います。
全曲を通じて聴き通すことを苦痛に感ずる方もきっとおられましょう。
その意味でも、先に紹介した記事のような売れ方は、ちょっと俄に信じがたいものがありますね。

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hirochiki

こちらも、日曜日は風の強い一日になりました。
今週は一日のうちの気温差が激しいので、体調管理に気をつけて過ごしたいと思います。
好みが分かれる「HIROSHIMA」と万人に受け入れられるであろう「シャコンヌ~佐村河内守 弦楽作品集」を聴かれたのですね。
ヴァイオリンの美しい音色を聞くと、心が豊かになれそうな気がします。
疲れている心と体を癒してくれそうですね。
by hirochiki (2013-04-09 06:51) 

夏炉冬扇

こんにちは。
知らない方で申し訳なし。
14日ライブします。
mikiri
検索でヒットします。
by 夏炉冬扇 (2013-04-09 18:03) 

伊閣蝶

hirochikiさん、こんばんは。
このところ本当に気温の差の激しい、変わりやすいお天気が続きます。
どうぞくれぐれも体調管理にご留意下さい。
ヴァイオリンの音色、仰る通り、その美しい音色を聴くと心が洗われるような気がします。
疲れていても、ついつい聴いてしまいたくなるような、そんな魅力がありますね。
by 伊閣蝶 (2013-04-09 22:40) 

伊閣蝶

夏炉冬扇さん、こんばんは。
佐村河内さんは、私もNHKの番組を観るまではゲーム音楽を作った方、位の知識しかありませんでした。
今回、これをきっかけに知ることが出来、嬉しく思っています。
ところで、mikiriさん、youtubeにアップされているのですね。
「ぎゃらりい」へのご紹介もかねていることで、早速拝見しました。
by 伊閣蝶 (2013-04-09 22:45) 

九子

佐村河内さん,多分わたしも似たような敬意でお名前を知り、youtubeでお気に入りに入れたと思います。
伊閣蝶さんのように音楽の事は詳しくないのでぜんぜんわからずに聞いていましたが、四つの音を譜面の上で十字架になるように配置したもの・・十字架音などという技巧があるのですか!凄いですね。
バッハが作るならともかく、宗教色の薄い日本人の佐村河内さんがその技法を使われたというのは、なにか意図があるのでしょうか?

「ヒロシマ」はとにかく凄さを感じました。でも、おっしゃるとおり、私なんかは聴力の無い人が作った曲というところから入ってしまったので、先入観があったのかもしれません。そういう先入観を捨てても「凄い!」と思える耳が欲しいです。


by 九子 (2013-04-09 23:01) 

伊閣蝶

九子さん、こんばんは。
九子さんも佐村河内さんの曲をお聴きになったのですか。
凄さをお感じになったとのことで、やはり、と感じ入っております。
十字架音型のこと、バッハを崇拝し畏敬している佐村河内さんのことですから、もちろん意図的にその効果を引き出そうとしたものと思われます。
交響曲第一番「HIROSHIMA」は、最終楽章の最後の数分に祈りに似た救いに繋がる音を響かせて終わります。そこに至るまでの様々な苦悩や葛藤などを表すために使ったということもあるのかもしれません。
いきさつはどうあれ、youtubeのソースをお気に入りにご登録なさったという九子さんのお言葉に、私は大変感動しています。
by 伊閣蝶 (2013-04-09 23:22) 

Cecilia

佐村河内さんのことは知りませんでした。
今検索したらYouTubeで出ていて聴きながらこれを書いています。
http://www.youtube.com/watch?v=Rv6lXsrq1Hk
確かに出だしといいバッハのシャコンヌを彷彿させますね。
HIROSHIMAも出ていますね。
http://www.youtube.com/watch?v=iLQUd0hDyZ0
少し聞いただけですがこちらもなかなか素晴らしい作品と感じます。
by Cecilia (2013-04-10 21:43) 

伊閣蝶

Ceciliaさん、こんばんは。
佐村河内さんの曲、youtubeでもアップされ、かなり広まって来ているようです。
クラシック音楽としては異例の売れ方もしれいるようで、特に「HIROSHIMA」は、こんな難解な曲なのになぜだろうと、不思議に思ってしまいました。
by 伊閣蝶 (2013-04-11 22:59) 

佐村河内守展実行委員会

不躾な投稿で失礼します。
2013年8月17(土)~8月25日(日)、東京ミッドタウン(ホールC)にて「佐村河内守:交響曲第1番《HIROSHIMA》の世界展」を開催致します。同曲の自筆譜(コピー)の第3楽章全ページ掲示や、TVドキュメンタリーにもたびたび登場している「作曲メモ」のノートの現物陳列など、興味深い展示もございます。
開催初日の17日(土)19:00からは、音楽学者・野本由紀夫教授による交響曲第1番《HIROSHIMA》の楽曲分析を中心にしたスペシャル・ギャラリートークを開催。
ぜひお運びください。
(佐村河内守展実行委員会)

http://www.tokyo-midtown.com/jp/event/2013/7403.html
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130805-00000029-cdj-musi
by 佐村河内守展実行委員会 (2013-08-13 09:09) 

伊閣蝶

佐村河内守展実行委員会様。
ご丁寧なご案内、誠にありがとうございました。
私は現在、津に在住しておりますので、お伺いすることは難しいと思いますが、「佐村河内守:交響曲第1番《HIROSHIMA》の世界展」のご盛会を心よりお祈り申し上げます。
by 伊閣蝶 (2013-08-13 22:21) 

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