SSブログ

佐藤春夫、生誕120年 [日記]

Satoharuo.jpg引き続き穏やかな晴天となりました。
日中の気温は20度を超え、突然季節が二月(ふたつき)ほど飛翔してしまったような心地がします。
水曜日は、どうやらまた無情の風と雨がやってくる模様ですので、ソメイヨシノの花は明日までが見頃ということになりましょうか。

しかし、どうやら暖かさは一気にやってきそうですから、次の八重桜はあまり間をおかずに満開になるのかもしれません。
私の家の近くの街路樹の八重桜も、もう蕾はだいぶ膨らんでいましたから。

ところで今日は、作家で詩人でもある佐藤春夫の生誕120年に当たります。
大林宣彦の映画にもなった「野ゆき山ゆき海辺ゆき」は、佐藤春夫の「少年の日」という詩から取られていますが、文語体で作られた彼の数々の詩は、どれも私の心に染みいる美しさを持っていました。

とはいいつつ、私が佐藤春夫という詩人を知ったのは、恥ずかしながら、NHKのテレビドラマの主題歌によってです。
1974年、NHKの銀河テレビ小説で放映された「黄色い涙」で、小椋佳が「海辺の恋」に曲をつけて歌っていました。

海辺の恋
 こぼれ松葉をかきあつめ
 をとめのごとき君なりき
 こぼれ松葉に火をはなち
 わらべのごときわれなりき。
 
 わらべとをとめよりそひぬ
 ただたまゆらの火をかこみ、
 うれしくふたり手をとりぬ
 かひなきことをただ夢み。
 
 入日のなかに立つけぶり
 ありやなしやとただほのか、
 海べの恋のはかなさは
 こぼれ松葉の火なりけむ。

小椋佳らしいしみじみとした曲もさることながら、この詩の何ともいえぬ美しさと儚さに、高校三年生だった私は深く胸を打たれたものです。

その後、岩波文庫などで詩集を読み、「病める薔薇」「田園の憂鬱」などの小説も読みました。

そして、その人となりの中で、あの谷崎潤一郎と千代夫人との間に起こった不倫三角関係と、その果ての「細君譲渡事件」を知ります。
佐藤春夫が谷崎夫人の千代さんに横恋慕した、という整理を一般にはされていますが、それに至る谷崎氏の夫人に対する精神的虐待と裏切りとを慮ると、あまり一般論で論評しても意味がないような気にもなります(谷崎の女性に対する感覚は、ちょっと私のようなものには理解しがたいものがあります)。
佐藤春夫も千代さんとのこともあって、先妻と離縁しているわけですから、これもまたとんでもないことと、いえばいえるのでしょう(夫婦の間は冷めきっていた、ということではありますが)。
様々な紆余曲折の後、この三名は次のような声明書を発表し、これが文壇を揺るがしたのでした。
「・・・・・・我等三人はこの度合議をもって、千代は潤一郎と離別致し、春夫と結婚致す事と相成り、・・・・・・素より双方交際の儀は従前の通りにつき、右御諒承の上、一層の御厚誼を賜り度く、いずれ相当仲人を立て、御披露に及ぶべく候えども、取あえず寸楮を以て、御通知申し上げ候・・・・・・」
読売新聞社:「読む年表・20世紀と昭和天皇」から引用

同情から始まった佐藤春夫の千代夫人への想いは、大変深く情熱的なものであったらしく、有名な「秋刀魚の歌」からもそれは痛切に読みとれます。
 あはれ
 秋風よ
 情(こころ)あらば伝えてよ
 ー 男ありて
 今日の夕餉に ひとり
 さんまを食ひて
 思いにふける と。
 
 さんま、さんま、
 そが上に青き蜜柑の酸をしたたらせて
 さんまを食ふはその男がふる里のならひなり。
 そのならひをあやしみなつかしみて女は
 いくたびか青き蜜柑をもぎ来て夕餉にむかひけむ。
 あはれ、人に捨てられんとする人妻と
 妻にそむかれたる男と食卓にむかへば、
 愛うすき父を持ちし女の児は
 小さき箸をあやつりなやみつつ
 父ならぬ男にさんまの腸をくれむと言ふにあらずや。
 
(以下、略)

有名な詩ゆえ、検索をかければすぐにヒットすると思いますので、よろしければ是非とも御一読ください。
蛇足ながら付け加えれば、「妻にそむかれたる男」「父ならぬ男」は妻である香代子と離婚したばかりの佐藤春夫、「人に捨てられんとする人妻」は千代夫人、「愛うすき父」は谷崎潤一郎、そしてその「女の児」は谷崎と千代夫人との間に生まれた娘の鮎子さんを指すのでしょう。

私が佐藤春夫を知るきっかけとなった「海辺の恋」も、千代夫人への恋慕の念を歌ったものとのこと。
恋は人を詩人にするといいますが、詩人が恋をすれば、これほどまでに心に痛切に響く作品が生まれてくるということなのかもしれません。
その意味で「この三つのもの」も忘れられぬ作品だと思います。

一方、評論や随筆の分野での佐藤春夫の筆も大変優れたもので、私は殊に「好き友(よきとも)」と「吾が回想する大杉栄」が好みです。
詩人が、その卓越した語感を以て散文を書くと、文章はこのように煌めき匂い立つのだなとしみじみ感嘆させてくれますので。

nice!(18)  コメント(12)  トラックバック(0) 
共通テーマ:

nice! 18

コメント 12

九子

私も谷崎が大嫌いです。女性を見下していて、最初に読んだ痴人の愛だったかなんだったか、途中から「ケッ!」って言いながら(^^;;、それでもなんとか読み通したのを覚えています。昔はああいうタイプの男性が多かったのでしょうか。

世に名高い三角関係ですが、千代子夫人は佐藤春夫に出会えて良かったと思います。・・と言いながら、彼の著書は読んでいません。
これを機会に読ませていただこうと思います。( ^-^)
by 九子 (2012-04-09 20:55) 

hirochiki

今日は、オフィスの中に居る時はわからなかったのですが
外に出てみたら暖かくて、ほっとできました。
こちらの桜は、もうすでに散り始めています。
1974年といえば、私は小学生だったのですが、「黄色い涙」はなぜか記憶にありません。
小椋佳さんと聞いて真っ先に思い浮かぶのは、布施明さんの「シクラメンのかほり」です。
人が恋をすると、素晴らしい作品が生まれるというのはわかるような気がします。
お近くの八重桜の開花も楽しみですね。
是非とも、ブログにアップをお願いいたします。
by hirochiki (2012-04-09 21:25) 

伊閣蝶

九子さん、こんばんは。
私も、千代さんは、佐藤春夫に出逢って本当に幸せだったと思います。
少なくとも、谷崎のもとにいなくて済んだだけでも良かった。
谷崎の著作は確かに素晴らしいのですが、私も素直には評価が出来ません。
少なくとも、この細君譲渡事件はひどすぎますし。
ただ、そうはいっても、佐藤春夫はたいしたものだと思いますが。
by 伊閣蝶 (2012-04-09 23:41) 

伊閣蝶

hirochikiさん、こんばんは。
今日はかなり暖かくなりました。お昼に外に出ることは出来ませんでしたが、だいぶ暖かだったようです。
「黄色い涙」、永嶋慎一の漫画の映像化だったと思います。
しみじみと胸に響く番組でした。あまりきちんとは思い出せませんが。
あの頃の小椋佳は、本当に素敵な歌を届けてくれました。
この番組のことが忘れられないのも、彼による主題歌故のことなのかもしれません。
by 伊閣蝶 (2012-04-09 23:50) 

のら人

三角関係ですか・・・。
人間らしいと言えば人間らしいですね。 ^^;
最近は岩波文庫本どころか本自体全然読んでいません。
ゆっくりと晴耕雨読が出来る日を夢見て、日々精進です。 ^^
by のら人 (2012-04-10 08:23) 

Cecilia

「海辺の恋」「秋刀魚の歌」・・・初めて読み、佐藤春夫をもっと知りたくなりました。
三角関係のことは知っていましたが、谷崎潤一郎がそれほど好きだったわけでもなく、その流れで佐藤春夫もあまり読んでいませんでした。読まなければいけないとは思っていましたが。
谷崎の小説では「痴人の愛」を何度も読みました。好きだったからではなくなかなかその世界を理解できなかったからなのですが、何度読んでも理解できませんでした。

by Cecilia (2012-04-10 08:33) 

夏炉冬扇

お早うございます。
120年ですか。
やっぱり「秋刀魚」を思います。
by 夏炉冬扇 (2012-04-10 08:49) 

伊閣蝶

のら人さん、こんにちは。
作家の愛憎劇というのは、結構底知れぬものがあるようですが、谷崎潤一郎はその中でも群を抜いているような気がします。
そういえば私もゆっくり本を読むことがなくなってしまいました。
晴耕雨読、私も理想としていますが、いつになったら実現できることやら、です。

by 伊閣蝶 (2012-04-10 12:09) 

伊閣蝶

Ceciliaさん、こんにちは。
佐藤春夫は非常に語感の優れた作家だと思います。文章も論理的で描写が的確なので、すっきり頭に入ってきます。
谷崎潤一郎は、確かにすぐれた小説家だとは思いますが、時折受け入れがたいものを感じます。
「痴人の愛」は、千代夫人の妹(小林せい=葉山三千子)に魅かれた自身のことを題材に書いたもので、よくもまあ臆面もなく、と呆れました。
ただ、「陰翳礼讃」と源氏物語の現代語訳は、文句なしに素晴らしいと思いましたが。

by 伊閣蝶 (2012-04-10 12:11) 

伊閣蝶

夏炉冬扇さん、こんにちは。
120年前といえば明治25年です。なんだかとっても遠い世界のように感じました。
「秋刀魚の歌」、しみじみと良い詩だなと感じます。

by 伊閣蝶 (2012-04-10 12:12) 

tochimochi

昔、『さらば青春』を聞いてその声のすばらしさに感動しました。
その後、小椋桂さんの姿を見てギャップに戸惑いましたが、やはりいいものはいいと思い直したことがあります。
三角関係といってもこの記事からはどろどろしたものが感じられません。
作家は自分の心情を詩や小説の中で美化してしまうゆえでしょうか。

by tochimochi (2012-04-10 20:45) 

伊閣蝶

tochimochiさん、こんばんは。
「さらば青春」良い歌でしたね。
私は「ほんの二つで死んで行く」や「少しは私に愛を下さい」なども好きでしたが、小椋佳さんのあの柔らかな声は、本当に胸にしみました。
この三角関係においていえば、佐藤春夫と千代夫人との間は、真の意味での愛情と信頼があったようで、ドロドロしていたのは谷崎潤一郎でしたから、先の二人にスポットを当てると、あまりドロドロ感は出ないように思います。
谷崎潤一郎は、かなり自虐的にそうした関係を小説に書いていますが、佐藤春夫の方は、仰る通り、かなり美化しているから、ということもいえるのかもしれませんね。
by 伊閣蝶 (2012-04-10 23:41) 

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0