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ビクトル・エリセ監督「ミツバチのささやき」 [映画]

台風15号と16号の影響から、日本列島は各地で不安定な天気となっていますが、南関東では、ちょうどその間にあるせいか、今日も昨日に引き続き晴天となっています。
おかげで連日、布団干しも出来、カーテンやシーツまで洗うことが出来ました。
しかし、夕方から休息に雲が広がりだし、夜には突然の雨。
やはり、台風の影響は侮れないようです。

スペインの映画監督ビクトル・エリセの長編処女作「ミツバチのささやき」は1973年という、まだフランコ政権下でスペインが微妙な時期に作られました。
日本での公開は1985年2月。
エリセの長編第二作である「エル・スール」が作られたのが1983年であり、日本公開は1985年の10月でしたから、このタイミングでエリセの作品が日本に紹介されたということでしょう。
当時の映画好きの間では、エリセは伝説のような存在であり、私なども、この映画の公開を心待ちにしていたものでした。

***************** ここから *****************

ミツバチのささやき「EL ESPIRITU DE LA COLMENA」
公開年等 1973年スペイン ミツバチのささやき
製作 ELIAS QUEREJETA
監督 VICTOR ERICE
脚本 ANGEL FERNANDEZ-SANTOS、VICTOR ERICE
撮影 LUIS CUADRADO
音楽 LUIS DE PABLO
美術 ADOLFO COFINO
録音 LUIS RODRIGUEZ
出演 FERNANDO FERNAN GOMEZ、TERESA GIMPERA、ANA TORRENT、ISABEL TEIIERIA

極私的感想ー映画を観る喜びに満ちた世界…

スペイン出身のビクトル・エリセ監督は寡作として知られている。
この「ミツバチのささやき」が長編処女作であり、二作目にあたる「エル・スール」は、その10年後に公開されたほどであった。
当時、伝説のような存在としてその名前のみが先行して知られていた彼の処女作が、やっと日本でも公開されると聞き、正に欣喜雀躍して、シネ・ヴィヴァン・六本木に出かけたことを、今でもありありと思い出す。
1985年2月のことである。

そして、何とその年の秋に、二作目の「エル・スール」も公開された。
誠に以て幸せに包まれた記念すべき年となったのである。

「ミツバチのささやき」で設定された時代は1940年。
スペイン内戦が、フランコ反乱軍の勝利によって一応の終結をみた直後である。
この映画においては、その要素は表に出てこない。
しかし、様々に張り巡らされた伏線の背景にはそれが見え隠れし、それがこの映画の味わいをさらに深めているともいえよう。

イサベルとアナの姉妹の住む村に巡回の映画がやってきた。
映画はなんと「フランケンシュタイン」。
画面を食い入るように見つめるイサベルとアナ。
アナがイサベルに訊く。
「イサベル、なぜ(少女を)殺したの?」
イサベルは答えない。
アナはさらに同じ問いかけをし、イサベルは「後で教えてあげる」と答える。
イサベルの答えは、少女も怪物も死んではいない、映画は嘘ばかり、私はあの怪物が生きていて村はずれに住んでいるのを見た、あの怪物は精霊で他の人には見えないの、アナだってお友達になればいつでもお話が出来るのよ、目を閉じて彼を呼ぶの「私はアナよ」って。

この精霊が、アナの目を通して現実の世界の中で夢のような空間を広げていくのである。

一方、姉妹の父母は、それぞれに重い背景を背負っていた。
特に母親のテレサは、夫のフェルナンド以外に心を通わせている存在があるらしい。
彼女は次のような手紙を書き、投函する。
「皆一緒に幸福だったあの時代は戻りません。神様が再会させて下さることを祈っています。内戦で別れてから、毎日祈っています」
「この手紙はあなたに届くでしょうか。外からの知らせはわずかで、混乱しています。あなたが無事でいることを知らせて下さい…」

父のフェルナンドは、ミツバチの飼育に関する記録を認める中で厭世観に近い雑感を書き付ける。

精霊が住んでいる所を見たとイサベルがいった、村はずれの井戸のある廃屋。
アナが一人で出かけたときに見つけた大きな足跡。

そのような小さなエピソードが積み重ねられ、それが有機的に繋がっていく。
この映画の上映時間は99分であるが、そうした伏線のようなエピソードは、どれをとってもそれだけで一本の映画になりうるのではないだろうか。
それをアナと精霊とのコンタクトに向けて一本化していく力技は、正に瞠目すべきものであるだろう。

ビクトル・エリセという監督が、如何に映画の文法を熟知しているか、ということは、例えば、脱走兵に食べ物や衣服を上げたアナを前に、父親のフェルナンドが脱走兵のオルゴール付き懐中時計のふたを開け閉めするシーンのカットバックとか、イサベルとアナが井戸のある廃屋に向かって丘の上からかけ下っていくシーンの中飛ばしとか、母親が自転車で駅に向かう俯瞰撮影などからも感得できることだろう。
また、連続する扉が次々に開いていくその先の無限のような空間の広がりなどは、正にため息をつくほどだ。
特に、遠景を描くときのパースペクティブのうまさは筆舌に尽くしがたいものがある。

もう一つ特筆すべきは、その音楽・音響の処理に関してであろう。
この映画の音楽を担当しているのは、スペインの作曲家ルイス・デ・パブロであるが、前衛的な手法を突き詰めた創作を進めてきた彼にしては珍しく、ピアノ、フルート、ギター、リコーダーなどを使ったシンプルで素朴な美しいメロディを随所に見せている。
私が特に胸を突かれたのは、丘の上に立つイサベルとアナが、井戸のある村はずれの廃屋に向かうシーンにつけられたリコーダーの音楽である。
走っていく二人の映像が中飛ばしでみるみる遠ざかっている場面に、かなり強めの旋律的なリコーダーの音が重なっていく。
余りに感動して、そのメロディを採譜してしばしば私自身が演奏したくらいであった。
こうした音楽の使い方は、恐らく監督のエリセの構想の中に既にあったのではないかと思われる。
というのも、第二作の「エル・スール」では、シューベルトなど既存の楽曲を利用して、「ミツバチのささやき」以上の音楽・音響効果を上げていたのだから。

アナは最後にフランケンシュタインに出会い、それは精霊に出会うことに繋がる。
それが彼女の心の中だけの世界であり、成長するまでの多感な感受性の所以ということも出来よう。
しかし、そのアナの、一種の精神的な意味でのスペクタクルを、恐らく我々観客は同感しながら体験している。
それは、アナを演じたアナ・トレントという女の子の類い稀な演技と可憐さ故のことなのかもしれない。

因に、この父母と姉妹は、その役柄上の名前を、演ずる役者の名前と同一にしている。
当時5歳であったアナ・トレントが戸惑わないように自然に演技に入っていけるように、という監督の気遣いだったのではないかといわれているそうだが、アナ・トレントの自然な演技に接する限り、その意図は十分に生かされているように思う。
「ソイ アナ(私はアナ)」というラストの台詞まで、きっとエリセはアナ・トレントに対して、「アナ、アナはこうする」と囁きながら演技をつけていったのだろうから。

***************** ここまで *****************

真に映画らしい映画、というべき作品。

先にも述べましたが、1985年、28歳だった私は、この映画が公開される喜びに我を忘れて興奮したものでした。
映画はもちろん、封切り直後に観に行き、LDも発売と同時に購入したものです。
これは、「エル・スール」も同じです。
この二作のLDは、私のライブラリの中でもとりわけ大切なもので、今回もこの古い記事を採録するに当たって、改めて観ました。
そして、深く感動を新たにしたところです。
録音はモノラルでしたが、先日迂闊に購入した5.1chサラウンドシステムで聴いたところ、結構ステレオ的かつサラウンド効果に近い広がりを得られ、あれ?やっぱり意外に使えるんだな、と感心したところです。
特に、この映画で重要な音響的ファクターになる、風の音とか木々のざわめき、汽車の近づく音などは臨場感に溢れていましたね。

この映画の中で、私は最初に観たときから、彼我の違いといいますか、日本とスペインの(当たり前なのですが)違いに軽いカルチャーショックを受けました。

まず、姉妹が父親と茸採りに出かける場面で、食べられる茸の名前を「タマゴタケ」と言いますが、これは日本における「タマゴタケ」とは似ても似つかない、どちらかというとアブラシメジとかイグチの類いに見えます。
また、名前は明らかにされていませんが、食べれば死ぬと父親がいうキノコ(名前は明らかにされない)は、猛毒のドクツルタケやシロタマゴテングタケなどではなく、テングタケかオニタケのように見えました。
恐らく、生息地域によって種類も異なってくるのでしょうが、私はキノコが大好きなので大変興味深かった。
それから、アナが脱走兵の靴の紐を結ぶとき、私たちは蝶結びにすることが多いと思うのですが、アナはまず一重に靴ひもを結んだ後、左右の紐を輪にしてそれを直接結んでいました。
確かに理論的には同じ効果があるのですが、この違いは大変新鮮に感じられたものです。

ところで、この映画は、ビデオやDVD化されましたが、現在、単体では廃盤の扱いです。
しかし、この作品に「エル・スール」と「挑戦」も加えたビクトル・エリセの代表作のBoxセットが11000円台で購入できるようです。

高い、というご意見もあろうかとは思いますが、私がLDで購入したときは、「ミツバチのささやき」も「エル・スール」も、それぞれ7800円でしたから、それを考えれば、まあまあ目をむくほどでもあるまい、とは思います。
ただし、LD一枚を一万円くらい出して買っていた頃は独身でしたからそんなことも出来ましたが、今はかなり躊躇します。
というか、恐らく買えないでしょうけれどもね(^^;

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hirochiki

私は、学生時代に少しだけスペイン語を勉強しました。
しかし、社会に出てからはまったく触れていませんので、
この映画を吹き替えでなく観てみたいとちょっとだけ思ってしまいました。
(たぶん、ほとんど理解できないと思いますが^_^;)
一万円以上のお買物となると、私もかなり躊躇いたします。。。

ところで、こちらは、朝からかなり激しい雨が降っています。
今日から明日にかけては、くれぐれもお気をつけてお過ごしください。

by hirochiki (2011-09-20 06:26) 

きんた

我が家もカーテン洗いました(^^)/。
by きんた (2011-09-20 07:17) 

節約王

おはようございます。今朝は昨日とは間逆の肌寒い朝となりましたね。
体調にはお互い気をつけましょう。
記事拝見しました。私は恥ずかしながらこのような映画があったこと自体知りませんでした。とてもファンタジックでかつ、どこか現実的な感じがしました。アナという名前を本名で使うなど監督の手腕がすばらしいと思いました。又、五歳の少女の視点でストーリーが進展し、かつ同時に別のエピソードを進行させるなど見てみないとわからない魅力満載の映画だと受け止めました。レトロファンの私はよく古い映画のDVDを見ます。戦前のヒッチコックの”サボタージュ”などリアルタイムでその時代の風景が見ることができることが魅力でした。機会があればぜひ見てみたいです。
by 節約王 (2011-09-20 10:09) 

伊閣蝶

hirochikiさん、こんにちは。
こちらは、今日は朝から小雨交じりの肌寒い天気になりました。
まだ本格的な雨にはなっていませんが、そちらはかなり荒れた天気となっているようですね。
どうぞ、十分にお気を付け下さいますように。
ところで、学生時代にスペイン語を習われたとのこと。
これはすばらしい!\(^o^)/
私も、ラテン語を少しばかりかじりましたので、ところどころわかる単語が出てきますが、もちろんほとんど理解できません。
スペイン映画は、「汚れなき悪戯」などのように、とても美しい映画がたくさんありますから、是非とも挑戦なさっていただきたいと思いました。
でも、一万円を超える出費はかなり躊躇しますね(^_^;

by 伊閣蝶 (2011-09-20 12:42) 

伊閣蝶

きんたさん、こんにちは。
きんたさんもカーテンをお洗濯なさいましたか\(^o^)/
今日は予報通りの雨天となりました。
昨日・一昨日と絶好の洗濯日和で、カーテンの洗濯をしておいてよかったなと、私も思っています。

by 伊閣蝶 (2011-09-20 12:43) 

伊閣蝶

節約王さん、こんにちは。
そちらでも雨の寒い日になっておられるのではないでしょうか。
どうぞ、くれぐれもご体調などを崩されませんように。
この映画は、大げさな言い方かもしれませんが私としては「映画を観る喜び」を与えてくれた数少ない貴重な作品です。
映画が夢の世界であることを認識させてくれた、ということもいえるのかもしれません。
このような作り方をしていたのでは、それは寡作にもなるだろう、と納得してしまいます。
日本でも小栗康平監督のような例がありますが、次回作の待ち遠しい監督の一人でもあります。
ところで、ヒッチコックの「サボタージュ」とはまたお詳しいことですね。確か主演はシルヴィア・シドニーでしたか。

by 伊閣蝶 (2011-09-20 12:53) 

Cecilia

学生時代何かの映画を観たついでに予告編かなにかで知った映画です。
とても観たいと思った記憶があります。すでに日本で公開済みだったころのことですが、何年間か上演されていたのでしょうか。

by Cecilia (2011-09-20 16:21) 

ムース

「ミツバチのささやき」、とてもいい映画です。あのジャケットがいいためか、結構有名で非アート系の人たちにも意外と浸透しています。こういう名画は見れば見るほど深みを増すと思いますし、映画そのものも昨今では作られすぎて深みがなくなってきています。そのような未来を予想したかどうか知りませんが、エリセ監督の寡作ぶりには非常に好感がもてます。

さて、私はエリセ監督のベストとして「エル・スール」を挙げます。尤も、この監督作品に順位をつけること自体ナンセンスかもしれませんが・・・。「エル・スール」をみたときに(BSですが・・・)、かつて味わったことのない深い感慨・真の感動を得たのを覚えています。映画も何千本とみてきましたが、なかなか得られない体験です。

数年前に映画を大量に観ていた頃、マイベストを勝手に作ったりしていました。「エル・スール」は当然ベスト10でした。その他、「抵抗」(ブレッソン監督)とか、「惑星ソラリス」とか、「ブリキの太鼓」とか「思春期」(トリュフォー)とか・・・何を選んだか忘れましたが、20世紀後半の欧州映画には本当に名作が多かったと思います。これらを一通り観れたことは、自身の誇り?ですし、夢のような時間でありました。

最近では昔ほどみなくなりましたが、いい映画を観たあとの感動・感慨。これは人生そのものに強い影響力を持つものです。それこそが映画のもつ力なのだと思いますし、エリセ監督はその点では第一人者かもしれません。
by ムース (2011-09-20 20:54) 

伊閣蝶

Ceciliaさん、こんばんは。
予告編をご覧になったのですか。
私は1985年の公開当時のシネヴィヴァン六本木しか記憶に残っておりませんので、その後、再上映があったかどうか存じ上げませんが、映画好きの間では根強い人気がありましたから、数年経ての上映もあったかもしれませんね。
by 伊閣蝶 (2011-09-20 23:47) 

伊閣蝶

ムースさん、こんばんは。
すばらしいコメントをありがとうございます。
私もエリセの作品では、「エル・スール」が最高だと思っています。
実は、引き続き、「エル・スール」についてもこのブログで取り上げようかな、と思っていた矢先でした。
本文にも書きましたが、「ミツバチのささやき」を観たあと、何とかして「エル・スール」を観たい!と念じていたところ、なんとその年の秋に日本公開がなされました。そのときの気持ち、正に天にも昇るような喜びに満たされたことを思い出します。
自転車に乗って走り去る幼女のエストレリャが少女になって戻ってくるシーンや、父親のアグスティンと踊るパソ・ドブレのシーン、水源を探し、その深さをコインで測るシーンなどなど、思いつくだけでも次から次へと眼交に浮かんできます。
また、「抵抗」「惑星ソラリス」「ブリキの太鼓」「思春期」、いずれもすばらしい映画で、これはもちろん私の好みの映画でも最上位に入ります。
特に「惑星ソラリス」と「ブリキの太鼓」は特別ですね。「ノスタルジア」「サクリファイス」なども忘れられません。「ベルリン天使の詩」もすばらしかった。
仰るとおり、20世紀の中盤から後半にかけての欧州の映画は特別の深みがありましたね。
正に映画らしい映画のオンパレードでした。
今は、そうした是非とも観たい映画の新作になかなか当たりません。
私自身に年間劇場で100本も観たころの馬力がなくなっているのも確かですが。
by 伊閣蝶 (2011-09-21 00:03) 

hirochiki

こんにちは。
今日は、お見舞いのコメントをありがとうございました。
おかげさまで、今のところは家族全員無事でおります。
夕方には関東にも上陸の恐れがあるとのことですので、
伊閣蝶さんもお気をつけてお過ごしください。
by hirochiki (2011-09-21 12:50) 

伊閣蝶

hirochikiさん、こんばんは。
皆様ご無事でいらっしゃるのですね!
良かった\(^o^)/
こちらも大変な一日でしたが、先程帰り着きました。
本当にひどい台風でした。
by 伊閣蝶 (2011-09-21 23:23) 

松本ポン太

はじめまして。
ボクも勤め始めた直後の東京転勤生活のときに、この映画をどこかのミニシアターで観ました。
幻想的な美しい映画だったという印象が残っており、いつかまた観てみたいと思いながらも、レンタルもないしビデオもDVDも手に入れられないままです。
by 松本ポン太 (2011-09-25 09:10) 

伊閣蝶

松本ポン太さん、こんにちは。
ご訪問とnice!、そしてコメントありがとうございました。
この映画、松本ポン太さんもご覧になりましたか。
仰る通り、一部の映画館での上映に限られた感があり、ビデオのレンタルもなかったように思います。
こうした映画は、商業ベースに乗らないと勝手に判断される嫌いがあり、大変残念でなりません。
by 伊閣蝶 (2011-09-25 10:13) 

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