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篠田正浩監督「夜叉ケ池」 [映画]

台風15号と前線の影響で、晴れていたかと思うと突然の風雨になったり、大変不安定な天気となりました。
明後日辺りから雨になり、どうやら気温もグンと下がるようです。

映画「夜叉ケ池」。
1979年の公開当時、玉三郎の二役(百合と白雪姫)と迫力に溢れるリアルな特撮で大変話題になりました。
待ち遠しくて待ち遠しくて、公開されるや否や、すぐに映画館に向かったことを懐かしく思い出します。

***************** ここから *****************

夜叉ケ池
公開年等 1979年松竹 夜叉ケ池
原 作 泉 鏡花
監 督 篠田正浩
脚 本 田村孟、三村晴彦
撮 影 小杉正雄、坂本典隆
音 楽 冨田 勲
美 術 粟津潔、朝倉摂、横山豊
特 撮 矢島信男
照 明 飯島 博
出 演 坂東玉三郎、加藤剛、山崎努

極私的感想−荒れ狂う水の演出…

泉鏡花の夜叉ケ池を映像化するという、映像作家としては誠にやりがいのある、しかし非常に難しい冒険に、鬼才篠田正浩が挑んだ大作映画である。
「卑弥呼」「桜の花の満開の下」「はなれ瞽女おりん」といった秀作を次々に発表した篠田監督は、普通の観客が理屈抜きに楽しめるようなファンタスティックな娯楽映画を作ろうと考えたのであろうか。
実にサービス精神旺盛な映画に仕上がっている。

しかし、篠田監督のこと。
単なるエンターテインメント映画に堕ちることなく、能や浄瑠璃などの芸能における深い知識と共感に基づいて、実に幽玄な世界を描き出した。

怪異は「ふたあかり」の中にやってくる、といわれる。
「ふたあかり」とは、日暮れの薄明かりの中で灯をともす頃、つまり、落日の残照と行燈の灯りなどが重なるときをいう。
その夕暮れ時が一番危なく、人は影を奪われるのだそうだ。
山沢学円が百合に出会うのは、正にその「ふたあかり」のときで、ここの描写は思わず息をのむほど美しかった。
玉三郎は、この百合と夜叉ケ池の主である白雪姫の二役を演じているが、「ふたあかり」の中で振り向く百合の姿の清楚な美しさは、やはり彼自身の内面から導きだされるものであったのだろう。
玉三郎らしい妖艶な魅力は、もちろん白雪姫の方により大きく発揮されているが、この地味な百合の姿と対比されるが故に、その艶やかさが一層光るのである。
それはまた、百合の控えめで清らかな居住まいをも引き立たせていた。
白雪姫は龍の化身であり、百合も、彼女に夜ばいをかけた与十の証言によれば蛇体だったそうだから、この二人は一体の存在として考えられたものであろう。
ラストのカタストロフへの引き金は、百合を雨乞いの贄として差し出せと村人が押し寄せることであったが、以前、同じように雨乞いの贄として裸に剥かれて牛の背中につけられ引き回された白雪という娘が、その恥ずかしさと怒りから、自分を乗せた牛の背に大量の薪を載せて火をつけ、狂った牛が村中に走り込み村を焼き尽くした様を確認した上で夜叉ケ池に身を投げている。
夜叉ケ池の白雪姫は、つまりその白雪であるということが言外に示され、ここでも一致点をみているのである。
こうしてみてくると、この物語は能の形式を踏襲していることがわかるだろう。
つまり、百合は前ジテであり、白雪姫は後ジテ。
このカタストロフの中で、唯一生き残り、全てを見届けた山沢学円はワキということができるのではないか。
山沢学円は本願寺派の僧籍を持つ大学教員であり、諸国を旅する、という物語の設定からも、それは裏付けられよう。
「これは諸国一見の僧にて候」という、能の常套的な書き出しが俄に頭をよぎる。
そのように考えると、この映画の作り方、前半のもどかしいほどにスタティックで落ち着いた描写と、後半の大立ち回りと特撮を駆使した大スペクタクルシーンとを明確に描き分けた篠田監督の意図が明らかになってくる。

夜叉ケ池から巨大な水柱が立ち上り、それが大洪水となって村を襲い、一瞬のうちに水中に没しさせてしまう、そのシーンをリアルに描けなければ、この戯曲を演出することは出来ない、篠田監督はそのように考えていたのだそうだ。
従って、矢島信男という、当時、当代きっての特撮監督の存在がなければ、この映画の企画は成り立ち得なかったであろう。
矢島によって命を吹き込まれた水は、まるで生き物のように荒れ狂い、森や家屋や人々を次々に飲み込んでいく。
精巧に作られたミニチュアのセットと実写とを巧みに合成して描き出された大洪水シーンは、正に息をのむほどの迫力で、最初に映画館で観たときには、どこまでがミニチュアセットでどこまでが実写なのか全く分からなかった。
逃げ惑う村人の背後の家屋をなぎ倒す洪水の水しぶきと茅葺き屋根から立ち上る土ぼこり、村人達が逃げ出した直後の壁を突き破る水流などのリアルさは、殊に特筆ものであった。
一面が滝と湖に化してしまった琴弾谷の底から、白雪姫が湯尾峠の万年姥や木の芽峠の山椿らを引きつれて剣が峰に昇っていくシーンも、白装束に身をまとった面々が青空に吸い込まれていく様が何とも幻想的で印象に残る。
それを見上げて見送る山沢ががっくりと膝を折り泣き伏すラスト、それを俯瞰するシーンの壮大さも見事であった。
因にこのシーンはイグアスの滝で撮影されている。

矢島信男は、前年の「宇宙からのメッセージ」の特撮で、米アカデミー賞の特殊視覚効果部門にノミネートされた。結果としてスーパーマンが受賞してしまったが、この賞にノミネートされるだけでも、当時としては驚天動地な出来事であったはずである。何しろ、あの円谷英二ですらも一度たりとも対象にはならなかったのであるから。
現在ではCGの技術が飛躍的に発展しているため、特殊撮影による表現の幅も大きく広がっている。
しかしこの時期は、ミニチュア・ワークやブルーバッキングを使った合成などの光学処理に頼らざるを得なかった。
そんな中でこれだけの効果を上げたのである。矢島信男の力量、恐るべし、と心底から感動する所以である。

何だか、どうも皮相的な部分ばかりを書き連ねているような気がしてきた。
何故か、といえば、やはり私はこの映画を篠田監督の作品の中ではあまり高く評価できないからなのかもしれない。
一つには、あれほど映像と音楽の拮抗に鋭い感性を示していた篠田監督が、この作品においては、当時シンセサイザー音楽による編曲で売れっ子になっていた冨田勲の既存の音楽を無造作に使っている点にある。
この作品以降、例えば「悪霊島」のビートルズ音楽の使い方などにみられるように安直な楽曲使用が散見されるようになった。
篠田ファンとしては正に切歯扼腕の想いであり、売れることが映画製作継続の大切な要件であることは理解できるが、その作家的衰退に悄然としたものである。

***************** ここまで *****************

この映画は、劇場公開後、一度だけテレビで放送されました。
しかし、その後は権利者の間での調整が付かず、著作権の問題からビデオやDVD化はされていません。
この事情は、今後も劇的に解決される可能性は薄そうで、「パブリックドメインとなる2050年(公開後70年)まではソフト化、ネット配信は絶望的であり、それまでに原板やプリントが廃棄されれば永久に日の目を見ないことになる(wikipedia)」のだそうです。
私は、そのただ一度のテレビ放映をビデオに録画していたため、画像は荒れていますけれども、今でも取り敢えず鑑賞することが出来ます。
ある意味ありがたいことですが、日本の特撮映画史上でも一二を争うこの傑作が、このような一部の権利者の横暴によって日の目を見ないのは残念至極です。
芸術作品を私物化して門外不出にする行為は、どのような理由があるにせよ、その作品そのものに対する冒涜に他ならないのではないでしょうか。
嘆かわしくも悲しいことであります。

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コメント 18

niki

泉鏡花は大好きな作家です!!
この作品も高校の時から思い出しては読み返しています^^

やはり第三者の手が加わると、作品に別の表情が生まれてくるんですね・・・。
by niki (2011-09-18 01:27) 

hirochiki

こちらは、午前中は少し雨が降りましたが午後からは晴れ間も見えて蒸し暑い一日でした。
明日からはぐっと気温が下がるとのことですので、要注意ですね。

坂東玉三郎さんは、女性の目から見ても本当にお美しいと思います。
あの妖艶な美しさは、いったいどこから出てくるのかと不思議です。
きっと、日頃から様々な努力をされているのでしょう。
しかし、このような素晴らしい映画が一度だけしかTVで放映されていないのは、残念ですね。
by hirochiki (2011-09-18 05:46) 

Cecilia

「夜叉ケ池」、気になってきました。「悪霊島」も昔から気になっていましたが見ていません。観る時は音楽の使い方が気になってしまいそうです。
玉三郎は一度だけ舞台を生で観ています。本当に美しく素晴らしい役者さんですよね。
by Cecilia (2011-09-18 07:50) 

伊閣蝶

nikiさん、おはようございます。
そうですか、泉鏡花は大好きな作家でしたか!
私も大好きで、「高野聖」「義血侠血」「婦系図」「歌行燈」など、やはり高校時代から読みふけったものです。
映像的な作品が多いので、映画監督にとっては表現のしがいがある、というところではないかと思います。
by 伊閣蝶 (2011-09-18 08:33) 

伊閣蝶

hirochikiさん、おはようございます。
今日は朝から爽やかに晴れています。
この隙に洗濯をし布団を干しましょう(*^_^*)
坂東玉三郎さんは、もう61歳になられますが、ますますその美しさに磨きがかかっているような気がします。
立女形として、あの中村歌右衛門さんをしのぐ存在になるのではないかと、期待しているくらいです。
この映画のときは29歳。まさに絶品の美しさでしたね。
この映画が封印され、現在日の目を見ないのは本当に残念です。
by 伊閣蝶 (2011-09-18 08:37) 

伊閣蝶

Ceciliaさん、おはようございます。
映画における音楽の使い方は、私は大変重要な要素だと思っています。
篠田さんの場合、「乾いた花」「心中天網島」「処刑の島」「はなれ瞽女おりん」などの音楽との落差が大きく、本当にええ?と思ってしまいます。
玉三郎さんは、正しく役者らしい役者さんですね。
彼が映画などで演じた男の役もなかなかなもので、歌舞伎はもとより日舞からバレエなどで鍛え上げた芸と、演出に対する柔軟かつ斬新な感覚のものすごさにはいつも瞠目させられます。
by 伊閣蝶 (2011-09-18 08:45) 

TEXAS

http://www.youtube.com/watch?v=BjwiwuJHEfI&feature=related

で観られます。
いづれ消されてしまうかもしれませんが。
by TEXAS (2012-02-18 03:17) 

伊閣蝶

TEXASさん、こんばんは。
貴重な情報をありがとうございます!
これはさすがに驚きました。
ネットであるからこそ可能であることなのだなと思います。
画像も非常に良好ですね。
by 伊閣蝶 (2012-02-18 22:09) 

TEXAS

伊閣蝶さん、
突然お邪魔して失礼しました。
私は、劇場ではなくて、一回のみ放映されたTVで観ました。 VHSやDVDが、当然あるものと思っており、実情を全く知りませんでした。

先週、偶然に見つけたと時は、我が目を疑ってしまいました。 手が震えながら~〜〜クリックして全編を何度も何度も観ています。 龍神の化身に魂が引き込まれそうな、危ない世界に入りそうでした。 

早乙女太一も素敵ですが、玉三郎も素敵です。 このサイトが消されない様にと、いのるばかりです。 
by TEXAS (2012-02-18 23:55) 

伊閣蝶

TEXASさん、こんにちは。
とんでもない、大変貴重な情報を頂戴し、心より感謝申し上げます。
仰る通り、繰り返し観たくなる素晴らしい映画だと想います。
CGなど全くなかった時代に、これだけの特撮を駆使し、映像化し当時の映画人の心意気が伝わってきますね。
もちろん、玉三郎の演技は特筆ものです。
このサイトを見つけ、手が震えながらも何度もご覧になったTEXASさんのお気持ち、とても良くわかります。

by 伊閣蝶 (2012-02-19 10:00) 

TEXAS

またまた、お邪魔します。

いづれ、消されると思い全て記録しました。
何回も何回も観ても飽きません。 ついつい、ロケ地や撮影風景を想像してしまいます。

冒頭の蒸気機関車の走るシーンは、大井川鉄道でのロケ、吊り橋は、寸又峡温泉の吊り橋などなど。 使われた客車は、大正二年には存在しませんでした。 まぁ、しかたのないことでしょう。

続いて、妙チクリンな木?がでてきますが、アリゾナでよく見られるサボテンなはずです。 山並みといい、故に、山崎努が歩く砂漠は、アリゾナでしょうか(私は、テキサス在住です)。

その後、湿原が出て来ますが、富山県東礪波郡の水無平湿原かもしれません。

3/14の20秒辺りからの、萩原と百合が住む家の前にある湧き水がある小さい池?のような場面が出て来ます。 この水面下に、龍神の化身「白雪姫」の顔が写っているような気がします(左下)。 180度逆さまになっています。 ちょっと見づらいかも知れません。 

麓の村は、映画のクレジットから富山県東礪波郡城端町(ひがしとなみぐん/じょうはなまち)、現南砺市で平成7年ユネスコの「世界遺産」に登録された合掌造り集落のようです。 〒ポストがある建物は、岩瀬家住宅で国の重要文化財。  岐阜県の白川郷でもロケをしたようです。

DVDが、待ち通しいです。 とても2050年迄は、生きられません。
一方で、早乙女太一でリメイクも期待しています。
by TEXAS (2012-02-19 15:15) 

伊閣蝶

TEXASさん、こんにちは。
詳細な再コメント、ありがとうございました。
仰る通り、この映画におけるロケハンは相当に困難であったと、篠田監督も自身の著書の中で語っておられますね。
現在、テキサスにご在住とのことですから、山崎努の歩いている沙漠に関するご考察も、なるほどなあと納得いたしました。
ラストのイグアスの滝もそうですし、この泉鏡花の世界を描き出すために、それこそ様々な手段が考えられたであろうことは容易に想像がつきますね。
DVD化は恐らく現状では絶望的ではないかと思います。
何とか著作権関係での争いに決着がついてほしいと願うばかりです。
リメイクのことも、現在のCG技術からすれば可能ではないかと思います。
3D技術もこなれていることですし、新たな観客をつかめるかもしれませんね。
その点にも期待したいところです。
by 伊閣蝶 (2012-02-20 12:35) 

TEXAS

伊閣蝶さん、

そろそろ寝る時間なのですが、今も、観ながら書き込みをしています。

恐れ入りますが、篠田監督のその著書名を教えていただけませんか。
是非、当時の撮影苦労話を読んでみたいのです。

沙漠の撮影は、大変だったはずです。 そのせいかもしれませんが、山崎努の影に大きなズレが出てしまったようです。

30年もたっていましたので、画面は少し赤みを帯びたようですが、2009年に渋谷のシネマヴェーラで、公開されたようです。 

「イグアスの滝」は、この世にいる間に、一度は行きたい場所です。

by TEXAS (2012-02-20 13:22) 

伊閣蝶

TEXASさん、こんにちは。
正に「寝る間を惜しんで」という思い入れに、心から感嘆いたします。

篠田監督の著作のことですが、フィルムアート社の「闇の中の安息 篠田正浩評論集」です。
大変読み応えのある本ですので、是非ともご一読ください。これはお勧めです。
山崎努の影にズレが出ているとのことで、これは気づきませんでした。
ちょっと確認してみたいと思います。

それから、2009年にシネマヴェーラで公開されたことを、恥ずかしながら存じ上げませんでした。
そういうことであれば、もしかすると著作権の縛りが解禁される可能性も期待できそうです。

「イグアスの滝」、私も同じ思いです。
果たして生きているうちに出かけることができるかどうか、心もとないところですが。
by 伊閣蝶 (2012-02-21 12:02) 

TEXAS

伊閣蝶さん、

ありがとうございます。 本屋によると品切れだそうですが、『流通経路から探します』と言ってくれました。

「妙チクリンな木」をサボテンと書きましたが、「ジョシュアツリー」という砂漠に強い植物で、カリフォルニア、コロラド、アリゾナ、ニューメキシコ州で見られるそうです。 砂漠に見える場所は、『乾燥湖(雨が降ったとき水が貯まる)だろ』と友人のアメリカ人が教えてくれました。 この友人(ガンダムの巨像をお台場まで、見に行った)とともに、撮影場所を探しています。
by TEXAS (2012-02-21 23:34) 

伊閣蝶

TEXASさん、こんばんは。

そうですか、品切れになっていますか。
1979年発行の本ですから、無理もないことかもしれません。
古本市場ででも見つかることをお祈りします。

アメリカのご友人、お台場にガンダムの巨像を見に行かれたとのことで、これはまた大変な方ですね。
撮影場所を探しておられる由、もしもおわかりになりましたら、是非ともご教示下さい。
いろいろと貴重な情報を頂戴し、ありがとうございました。
心より御礼申し上げます。

by 伊閣蝶 (2012-02-21 23:47) 

みほ

はじめまして。
私もテレビで夜叉ヶ池を視た者です。
このところようつべにupされているのを発見、ゲットしました。
i-potに移して観ていたのですが、仰る通り何処までが実写で何処までがセットなのかマジマジと見直してしまいました。
感動のあまりこちらに辿りついてしまいました。
今、お仲間がいてくださる事に感謝しております。
by みほ (2012-11-06 23:09) 

伊閣蝶

みほさん、コメントありがとうございました。
どうやら、まだyoutubeにはアップされているようですね。
うまくダウンロードされた由、なによりです。
こういう丁寧な作りの映画が、そのままお蔵入りとは残念至極です。
なんとかDVDなどのかたちで復活されるようにと願っているのですが。
by 伊閣蝶 (2012-11-07 22:26) 

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