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増村保造監督「妻は告白する」 [映画]

昨日の昼からのまとまった雨と、曇り空のおかげで、今日はだいぶ涼しくなっています。
それでも蝉はうるさく鳴いていますが、この涼しさはしばらく続くようですから、これまでの猛暑に痛めつけられた体には少し優しく感じられそうです。

山岳を舞台にした映画やテレビドラマはたくさんありますが、登山やクライミングに関する描写のいい加減なものが結構あって、そんなものにあたるとやっぱり不愉快になってしまいます。
近年では、「劔岳-点の記」などがかなりいい線を行っていたと思いますが、測量隊の生田信が滑落後にさほどのダメージを感じさせずに登ったシーンには、ちょっと唖然とさせられたりしました。

そんな中で、増村保造さんが監督を務めた作品は、現役の山岳会が技術指導に当たっていて、かなりレベルの高いものに仕上がっています。
装備が発達している現在からみれば、ええ!と思うこともしばしばですが、当時はそんな状況で登っていたのだと思うと、それはそれで感慨深いものがありますね。

なお、次の記事は、増村監督の「妻は告白する」がDVDで発売されたことに感動して、その折に別のサイトに書いた感想を転載したものです。

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妻は告白する
公開年等 1961年大映 妻は告白するDVDパッケージ
原 作 円山雅也
監 督 増村保造
脚 本 井手雅人
撮 影 小林節雄
音 楽 真鍋理一郎
美 術 渡辺竹三郎
録 音 長谷川光雄
照 明 渡辺長治
出 演 若尾文子、川口浩、小沢栄太郎、馬渕晴子


増村保造監督の「妻は告白する(1961年大映)」がDVD化された。

若尾文子の演技開眼ともいわれた話題作だが、確かにその存在感、とりわけラストでの雨に濡れて佇む姿の眼光が恐ろしい輝きを発していて、思わず身震いがする思いだった。

当時の時勢から見れば、山岳遭難において刑事責任を問う事例は極めて少なく、余程特異な例、つまり、この事例のように遭難者が他の遭難者のザイルを故意に切断する、などといったものに限られていたと考える。
現在では、たとえ客に落度があったとしてもガイドの刑事責任が問われる、などといったことが通例化しつつあるが、山岳遭難に関して、通常の事故とは違うある種の「尊厳」みたいなものをみていた当時の状況を一応頭に入れておいたほうがいいかもしれない。

この映画は、そのほとんどを法廷劇で描いており、「危機回避」なのか「故意の殺人」なのかという点について、ザイルを切った妻(若尾文子)と生き残ったもう一人のメンバー(川口浩)との間に恋愛感情があったか、を問題視する。しかも、墜落死した夫(小沢栄太郎)には500万円の生命保険がかけられていたため、保険金殺人の疑いさえかけられる、という、非常に面白い展開となっている。
今、改めて見返しても十分に映画の面白さを堪能できる一本で、さすがに増村保造、当時から40年以上先を行っていたな、なんて思ってしまった。

内容についてあまり書くと、これから観ようとする方に失礼なので深追いはやめるが、この映画のもう一人の主役である幸田(川口)の存在が妙に気にかかる。
この事故のある前は、商売上のパートナーであった滝川助教授(小沢)の妻(若尾)に対し、同情に基づく淡い想いはあったものと思われるが、法廷において保険金殺人罪を問われるようになるにつれ、それが確信的な恋愛感情に発展していくのだ。
脚本や映画の作り方が巧みなので、あまり根本的な疑問を抱くこともなく、「ああ、やはりひたむきな彩子(若尾)の愛情に応えるうちにそうなっていったんだな」などと思ったものだが、結末まで行くとやはりどうにも無理がある。

幸田は彩子に何度も問いただす。「あなたは本当にご主人を殺そうとしたわけではないのですね」。
最初はそれを否定していた彩子が、最終的に幸田のために夫を殺したと思しきことを口にしたことから、幸田の中にある恐れにも似た感情がわきあがってきた、ということかもしれない。
一度は、現在の婚約者を捨ててまでも彩子との結婚を決意したのに、最後の最後で逃げ出そうとする。
絶望した彩子が、大雨の中、幸田の会社を訪れ、幸田にすがるのだが拒絶され、会社の手洗いで服毒自殺を図る。幸田宛に500万円の小切手を残し。

こんなふうに書くと、なんだつまりはストーカーぢゃないか、などという反応もあるだろう。事実、それはそのとおりなのだ。
つまり、困窮の果てに、好きでもない男と一緒になり(しかも強姦同然で)、沙漠のような生活に耐えられずに逃げ出そうとする妻の思いが、たまたま仕事関係者として家に出入りしていた真面目な青年・幸田への恋慕として向けられる。

遭難時点では、この二人に肉体関係がなかったということが明らかにされているが、そこに幸田の性格の一端がうかがえるかもしれない。
不義というものに対する嫌悪感、ともいえようか。しかし、同情心から来る愛情はあったはずで、ある意味では滝川の存在が暴走を食い止める砦となっていたのだろう。
従って、滝川が死に、裁判で彩子がその刑事責任を追及されるに及んで、「彼女を守らなければならない」と思ったとしても、それは自然の流れかもしれぬ。

問題はそれを「愛情」と錯覚したことにあるのではないか。

そこに、付け込まれる隙があった。
彩子にとって、もう精神的にすがれるものは幸田以外にないのである。
愛が力を持って己を高める方向に働くのは、能動的な場合に限られる。
相手にすがって、相手の愛を求める方向に行った愛に出口はない。それは、畢竟、その相手方に負担を強いることになるからである。
そこから脱出するために新たなる愛の向かう対象を見つけることが出来なければ、不毛かつ悲惨なストーカー行為に走るしかなくなる。その行為は相手を脅迫することにほかならず、相手は更に距離を置いて逃げ出すことだろう。

従って、最終的に幸田の採った態度を、私はやむを得ないものだったと思わざるを得ない。

ラストシーンで、幸田は元婚約者から「貴方が奥さんを殺したようなものだわ。奥さんが殺人者なら、貴方も殺人者よ。さようなら。もう二度と会うことはないでしょう」みたいな捨て台詞を吐かれてしまうのだが、幸田がどんな罪を犯したというのか。
自分の現在の境遇から逃れるために、若い男の愛情にすがろうとした彩子に対し、優柔不断な態度で同情し、それを愛情だと錯覚した。その点こそが一番大きな過ちであったのかもしれない。しかし、それは果たして「罪」なのだろうか。

ところで、この映画、細部にわたって実に緻密に作られているが、山岳シーンのほとんどがセットだったというのは正直にいって驚きだった。
増村監督は、このほかに「氷壁」を撮っているが、この山岳シーンも秀逸で、しかも、当時の登攀技術がきちんと反映されている。獨標登高会など当時先鋭的な山岳会が監修に当たっていたという話も聞いた。

だが、氷壁のときの「8mmナイロンザイル・シングル」にも驚かされたが、この映画における3人登攀でのザイルワークも信じられない。
滝川以外は「山はほとんど素人」だという設定で、3級上とはいえ落石頻々たる滝谷第一尾根に取り付く神経も信じられないが、当然にダブルロープ登攀となるべきところを、どうやら核心部ですら、確保者(幸田)以外はコンテニアスで登っているようなのだ。
これは信じられない。命がいくつあっても足りないよね。
ハーネスはもちろんなくて、ザイルは直接体にブーリン結びで連結。流動分散もなく肩がらみ確保では、まあ、映画の中でも語られているとおり、あのままなら30分足らずで3人ともお陀仏だ。しかも、そんな状況で一番下にぶら下がった滝川が振り子を試みて岩壁に取り付こうとするのだから、全く以て信じがたい蛮行だといえよう。

ただ、その当時はそれが主流だったのかもしれない。
身体能力に優れた若者たちが数多く山に逝ってしまったのには、そんな時代背景もあってのことだろう。

この映画、真鍋理一郎の音楽が素晴らしかった。小林節雄のカメラ、渡辺竹三郎の美術、渡辺長治の照明と並んで、正に一級品というべきである。

***************** ここまで *****************

上の記事にも書きましたように、DVDが発売されています。

若尾文子さんは、今、朝の連続テレビ小説に出演されていますが、信じられないほど若々しい姿に驚かされます。

しかし、この当時の突き詰めたような美しさと妖艶さには、背筋が凍りつくような一種の恐ろしささえ感じました。
増村監督と若尾文子のコンビは、日本映画史上に数々の名作を残していますが、この映画はその中でも特に秀逸なものの一つではないかと思われます。
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コメント 10

ムース

偶然かもしれませんが、先日同コンビの名作「華岡青洲の妻」を借りてみたところです。名コンビも納得です。ただ、レンタル店にはなかなか古い作品は置いていないのが現状で、本作も機会があれば是非鑑賞したく思いました。
by ムース (2011-08-20 12:59) 

伊閣蝶

ムースさん、こんにちは。
偶然とはいえ、驚きました。
「華岡青洲の妻」、これも良い映画です。
市川雷蔵の演技も素晴らしかった。
この映画はモノクロですが、見応え十分だと思います。
機会がございましたら、是非ともご覧下さい。
レンタル店、仰る通りですね。
特に日本映画の古典作品のライブラリーが少なすぎるように感じます。
韓流ドラマをあんなにたくさん置くスペースがあるのなら、もうちょっと自分の国の名画にも目を向けて欲しいと思ったりしてしまいます。

by 伊閣蝶 (2011-08-20 13:24) 

きんた

いつもご訪問nice & commentsありがとうございます。
涼しくなりました。おっしゃる通り蝉がうるさいです。(+_+)
映画はよくわからなのですが、これから色々とご教示ください。<(_ _)>
今後ともよろしくお願いいたします。
by きんた (2011-08-20 14:21) 

hirochiki

こちらも、家の中に居るとあまり感じないのですが、
今日は、車で出かけた時にエアコンが要らないほど涼しくなりました。
蝉の声は聞こえなくなりました。
急に気温が下がりましたので、風邪など引かれませんようにお気をつけ下さい。

若尾文子さんは、とても美しい女優さんですね。
映画の内容を読ませていただくと、自分の生活とはあまりにもかけ離れていて彩子の気持ちは理解できませんが、このような難しい役柄も見事にこなされたのでしょう。
どうしたら、あのようにいつまでも若々しくいられるのか、是非お聞きしてみたいものです。
by hirochiki (2011-08-20 16:45) 

伊閣蝶

,きんたさん、こんにちは。
こちらこそ、いつもご訪問、nice!、コメントを頂戴し、誠にありがとうございました。
今にも泣き出しそうな曇り空が続いていますが、蝉はまだまだ元気に鳴いています。
映画のこと、もちろん私も単なる素人の鑑賞者にすぎませんが、そのように仰って頂き、心より嬉しく存じます。
これからもどうぞよろしくお願い申し上げます。
by 伊閣蝶 (2011-08-20 16:46) 

伊閣蝶

hirochikiさん、こんにちは。
ご心配を頂きありがとうございます。温かなコメントに感謝します。
名古屋でもだいぶ気温が低くなっておられるようですね。
蝉の声も聴こえないほど涼しくなっておられるのでしょうか。
それこそ、急な気温変化となっておりますから、hirochikiさんもお風邪など引かれませんように、くれぐれもお気をつけ下さい。

若尾文子さんは本当にいつまでも瑞々しい美しさを保っておられますね。
本当に、どうしたらあのように(お名前の通り)若々しくいられるのか、是非ともお聞きしたいところです。
この映画の内容は、仰る通り私たちの普通の生活感覚からはかなり隔絶されたものですが、何かに依存しなければ生きていけないという人が身近にいないわけでもなかったりするので、考え込んでしまいました。

by 伊閣蝶 (2011-08-20 16:55) 

don

今日は涼しくすごしやすいですね!
愛について考えさせられる映画ですね。。
by don (2011-08-20 17:02) 

伊閣蝶

donさん、こんばんは。
今日は一日涼しくて、過ごしやすく助かりました。
この映画、仰る通り、男女の愛について大変考えさせられます。
by 伊閣蝶 (2011-08-20 21:08) 

節約王

伊閣蝶様
こんにちは。記事拝見しました。登山にお詳しい伊閣蝶様から見た視点でご感想を述べられている所がとても面白いと思いました。
映画ひとつ取ってもそれがフィクションなのかリアルなのか分からない人が見ればそれをリアルと受け止めてしまい、それを真似しやしないかと心配にさえなってしまいます。映画製作も極力リアルに製作して山岳事故の遠因にならないようにしたほうが良いと感じました。


by 節約王 (2011-08-21 14:26) 

伊閣蝶

節約王さん、こんにちは。
全く仰る通りです。
この映画のような古い頃のことならともかく、近頃の山岳をテーマにした映画やテレビドラマ(時にはCMも)では、基本的な部分でおかしな描写があったりして大変心配になります。
以前、「バーチカル・リミット」というK2登攀を扱った映画がありましたが、余りにひどい作りで絶句したことを思い出しました。
調べればわかることばかりなのですから、きちんとした調査の元に作ってもらいたいものと切に思います。
by 伊閣蝶 (2011-08-21 15:37) 

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