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ポール・シュレイダー監督「Mishima: A Life In Four Chapters」 [映画]

今朝も相変わらずの暑さでしたが、予報通り昼近くから雨が降り、どうやらこれで猛暑も一服という感じです。

さて、またまた映画の話題です。
このブログで映画のことを取り上げるようになったいきさつについては以前も書きましたが、もともとは、優れた映像作品であるのにもかかわらず、再上映やビデオ化・DVD化がなかなかなされていない映画を紹介したいという気持ちから、でありました。

その極めつけの一作が、次の作品です。
書いた当時(6年前)と現在とでは、ほんのわずかですが状況は変化しています。

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Mishima: A Life In Four Chapters
公開年等 1985年米国 三島由紀夫を演ずる緒方拳
製作総指揮 George Lucas and Francis Ford Coppola
監 督 Paul Schrader
脚 本 Chieko Schrader, Paul Schrader and Leonard Schrader
撮 影 John Bailey、栗田豊通
音 楽 Philip Glass
美 術 Catherine Craig
録 音 Leslie Shatz
衣 装 Eiko Ishioka
出 演 緒形拳、坂東八十助 、佐藤浩市、沢田研二、池辺良、根上淳

極私的感想-Mishimaとその悲愴美…

標題の通り、小説家・三島由紀夫の生涯を描いた伝記映画である。
三島が自決した1970年11月25日のドキュメントと、彼の作品である「金閣寺」「鏡子の家」「奔馬(豊穣の海第二部)」、それに三島の半生を回想的に描いたモノクローム映像から成り立っており、この回想部分は中心となる4つの章にそれぞれ付随するような用いられ方をしている。
それゆえ、題名は「Four Chapters(4章)」とされたのであろう。

1985年に公開されたこの映画は、その年のカンヌ国際映画祭において最優秀芸術貢献賞を受賞。アメリカでは興行的に失敗したが、各方面で絶賛されている。
因みに共同脚本を担当したレナード・シュレイダーはポールの兄であり、三島由紀夫との親交もあったそうだ。
同志社大学の講師(英文学)を務めていた経歴もあり、日本語にも堪能で、世界で唯一、英語でも日本語でも脚本をかける人物として知られている(長谷川和彦監督の「太陽を盗んだ男」でも、原案と脚本を担当している)。なお、同じく共同脚本のチエコ・シュレイダーは彼の妻である。

三島の盟友でもあったドナルド・キーンやエドワード・G・サイデンステッカーなどの尽力もあり、彼の作品は英訳されて米国や欧州に広く紹介され、世界的にも高い評価を勝ち得た。
「午後の曳航」が、ルイス・ジョン・カルリーノによって映画化されたり、「サド侯爵夫人」がフランスでしばしば上演されているのは、その象徴的な事例であろう。
今では村上春樹のように海外でも成功している小説家の事例もあるが、三島由紀夫は正にその嚆矢ともいうべき存在だった。

シュレイダー兄弟もコッポラも三島文学の熱烈なファンであり、この映画も、その三島に対する愛情と尊敬の念から企画され製作されたものである。

しかし、この映画は、三島由紀夫夫人である平岡瑤子氏の抗議等の理由から、日本での公開はできなくなってしまった。
没後の三島に関する書籍などの表現物に対する瑤子夫人の対応はかなりエキセントリックなもので、中にはフライデー創刊号のような常識を欠いた酷い事例(三島の生首の写真)もあったが、ジョン・ネイサンの「評伝」といったかなり真摯で誠実な内容のものまで出版差し止めの憂き目をみている。
瑤子夫人にしてみれば、殊に彼の性的な嗜好(同性愛志向だったといわれている)を持ちだされることに我慢がならなかったのではないかと憶測されているが、所詮は憶測の域を出てはいない。

いずれにしても、この意欲作は封印されしまい、本邦における正式な形での上映は今後も望めないものと思料する。
だが、一時期、この映画の海外版ビデオがレンタルショップなどに出回り、それによって我々の目にも触れることとなった。
私も公開間もない頃(1987~8年?)にレンタルショップで見つけ、早速借りてきて、しかもダビングしてしまった。
間もなく、レンタルショップからこのビデオは姿を消し、今現在観ようとすれば、海外版のDVDを購入するしかないものと思われる。

実に残念だ。

先にも述べた通り、この映画の製作は、純粋に三島を信奉する表現者たちの想いを結実させたところでなされているのであり、実際に観てもらえば分かるが、決して奇をてらったり、興味本位で作られたようなものではない。

柱のとなる4つのシークエンスは、それぞれに相応しい趣向を凝らした構造で撮られており、舞台装置の絢爛たる金閣が割れるシーンや、「鏡子の家」におけるピンクを基調とした人工的なセット、「奔馬」の檻の向こうに見える青空、徹底的に写実にこだわる1970年11月25日のドキュメントなど、どのシークエンスにおいても毛筋ほどの弛緩もなく、緊張感に溢れ、それでいて極めて美しい映像がめくるめく展開されていく。
さらに、音楽を担当したフィリップ・グラスは、ここでも注目すべき成果を上げており、全体の構成、映像、美術、音楽、演出、どれをとっても最高レベルの水準に仕上がっているのである。
また、緒形拳を始めとする豪華な出演陣も特筆ものだ。
緒方拳の熱演は、複雑な三島由紀夫のそれぞれの顔を見事に演じ分け、傷つきやすいナイーブな心、人を見下すような傲然たる態度、目標に向かって一筋に突き進むストイックなまでの真摯さ、人を惹きつけてやまないカリスマ性、などを実に的確に見せてくれた。
楯の会学生長であった森田必勝を演じた塩野谷正幸や楯の会班長役の立原繁人(現在の徳井優)なども、この映画をきっかけに躍進した人々ではなかろうか。因みに青年時代の三島を利重剛が演じている。

今、改めて荒れた画像のVHSビデオを観ているが、斬新な映像的実験が試みられているシーン(「鏡子の部屋」など)は想像力をたくましくして補わなければならない。
そんな劣悪な画像であってもなお、一瞬たりとも目を離せない魅力にあふれた作品である。
なんとか再び本邦において日の目をみることができないものだろうかと、つくづく慨嘆してしまった次第。

******************* ここまで *******************

長らく本邦において封印されていたこの映画、昨年の11月25日(三島の命日)、鹿砦社が刊行した「三島由紀夫と一九七〇年」に本編を収録したDVDが付録として付いてきました。
これにはさすがに驚きを禁じ得ませんでしたが、よくぞ発行できたものです。
おかげでやっとまともな映像を入手することができました。
この本は5000部限定で販売されたそうで、今後の増版は恐らく望めないでしょう。
現在、店頭で購入するのは困難と思われますが(鹿砦社でも品切れとのこと)、古本市場ではまだ入手が可能なようです。


劣悪な画像のビデオを見慣れた目には、さすがに本編の美しさは段違いで、本文の中にも触れています「金閣寺」や「鏡子の部屋」や「奔馬」の美しさには胸を打たれました。

三島事件から40年という年月を経た節目ということで鹿砦社はこの本を企画・刊行したわけですが、DVDもさることながら、本の中身自体も実に充実したすばらしさです。
三島事件がなぜ起こったのか、あの自決の意味するところは何であったのか。
この事件をテーマにした本はかなりありますが、この「三島由紀夫と一九七〇年」は類書の中で断然屹立する内容のものではないかと私には思われます。

ところで「三島事件」を「楯の会事件」と呼ぶ例もあるそうですが、決起に同行した4名以外の楯の会会員には全く知らされていなかったそうですので、「楯の会事件」と呼ぶのは事実に反しているのではないでしょうか。
楯の会は、三島の遺志によって同日解散することになりましたが、事件後に集まった会員たちからは、毎年11月25日がきたら、一人ずつ死んで三島さんに殉じようという提案までなされたのだそうです。
何とも純粋な人たちだなと感嘆しますね。
対抗的立場にあった全共闘でも、純粋に理想を求めた人々は結局その純粋さゆえに破滅の道を歩む例が多かったように思われますが、左右どちらに思想の基本をおいていようとも、純粋な人々の間ではその行動に共通する点も多かったのではないかと感じます。

日本の民族・文化・伝統を統べる存在としての天皇を崇拝していた三島でしたが、昭和天皇に対しては、2.26事件の反乱将校への厳罰と人間宣言を、どうしても受け入れがたいものととらえていたそうです。
「などて天皇(すめろぎ)は人間(ひと)となりたまひし」と嘆いたという三島。
自衛隊に憲法改正のための決起を訴え、それが受け入れられないと知るや自決を覚悟した彼が、最後に残した「天皇陛下万歳」の三唱。
そこにはどのような想いが渦巻いていたのでしょうか。
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hirochiki

このような素晴らしい映画が、一度は公開が中止されたようですが再びDVDで観ることができて良かったですね。
緒方拳さんは、晩年は穏やかな役柄が多かったような印象がありますが、お若い頃はこのような役を演じておられたのですね。
素晴らしい俳優さんでした。
by hirochiki (2011-08-19 16:35) 

伊閣蝶

hirochikiさん、こんばんは。
日本の作家を題材にし、日本を舞台にした映画が、様々な事情はあるにせよ、これまで当の日本で公開されてこなかったのはやはり残念なことでした。
鹿砦社という、かなりゲリラ的な出版社であったからこそ踏み切れたことなのかもしれません。
緒方拳さんは、もともとかなりまじめでストイックな方であったそうですが、そうだからこそ、様々な役柄を演ずることができた、ともいえましょう。
晩年の穏やかな役もですが、「復讐するは我にあり」の連続殺人犯とか「破獄」の脱獄犯とか「鬼畜」の子殺し父親役などといった役も、実に鬼気迫る迫力で演じきっておられましたね。
本当にすばらしい俳優さんでした。
by 伊閣蝶 (2011-08-19 18:11) 

Cecilia

機会があれば是非観てみたいです。
三島由紀夫が特に好きというわけではないのですが、興味深い人物だと思っています。
私のおばは若いころ吉兆と言う料亭で仲居をしたことがあるそうなのですが、三島由紀夫が奥様と一緒に来ていたと言う話を以前していました。
また私の恩師がオペラ「金閣寺」に出演したことがあります。あまり読んでいませんが久しぶりに読んでみようかと思います。
by Cecilia (2011-08-21 00:49) 

伊閣蝶

Ceciliaさん、こんにちは。
三島由紀夫は、私もそれほど熱心に読んだわけではありませんが、「金閣寺」には打ちのめされましたし、「鏡子の部屋」「仮面の告白」「午後の曳航」などは強く印象に残っています。能楽の現代語訳も大変面白く読みました。
ただ、思想的には全く正反対なので、その点に共感を覚えることはありませんでしたが。
オペラ「金閣寺」も、ドイツ語に翻訳された本作を元に作ったということもあって黛敏郎の音楽の中では印象に残るものの一つですね。
また、私は映画「炎上(「金閣寺」が原作)」の黛敏郎の音楽を大変気に入っています。映画自体も素晴らしいものでした。
いずれにしても、45歳という若さでそのように死ななければならなかった彼の想いが那辺にあったのか…。
うーん、やはり私のような凡人には計りかねます。
by 伊閣蝶 (2011-08-21 10:14) 

節約王

伊閣蝶様
こんばんは。コメント遅延お許しください。
暑い日が続き、私も少々体調を崩してしまいました。
精神的にも肉体的にもタフな 伊閣蝶様を見習い、回復後運動を再開したいと思っています。
記事拝見させていただきました。海外での評価が高かった事、知りませんでした。私は「潮騒」という小説にとても強い印象を受けました。又戯曲に『サド侯爵夫人』、『わが友ヒットラー』、『近代能楽集』などがある事、おかげさまで知る事ができました。小説家としてだけではなく戯曲も手がけておられたのですね。
この映画4章からなる伝記映画という構成もユニークですね。又アメリカ映画である事も驚かされました。硫黄島からの手紙も日本映画でありながらアメリカ映画であった事と重なります。緒方券の名演技、国際的にも評価が高かったのですね。
このようなすばらしい作品を記事にしていただき感謝しています。
by 節約王 (2011-08-21 17:51) 

伊閣蝶

節約王さん、こんにちは。
体調を崩しておられるとのこと。
このように気温の変化も激しいと、体に対する負担もひとしおです。
お仕事の面でもいろいろとご苦労が多いことと拝察致しますので、どうぞくれぐれもお大切になさって下さい。
私は、もともと大変な怠け者で意気地なしでもありますので、節約王さんから過分なご評価を頂き、汗顔の至りです。
ご体調回復後にはまた運動を再開されるとのこと。どうぞご無理をなさいませんように、お互いに楽しんで取り組みましょう。
ところで、「Mishima」について。
嬉しいコメントをありがとうございました。
「潮騒」も大変刺激的な小説でしたね。
こうした小説を読んでいると、三島由紀夫にとって小説とは、完全なる創作だったのだなとしみじみ思います。

by 伊閣蝶 (2011-08-21 18:13) 

サンフランシスコ人

6/3 『ミシマ:ア・ライフ・イン・フォー・チャプターズ』をサンフランシスコの近くで上映します...

http://www.bampfa.berkeley.edu/event/mishima-life-four-chapters
by サンフランシスコ人 (2017-05-21 02:39) 

伊閣蝶

サンフランシスコ人さん、こんにちは。
アメリカ映画ではありますが、現在でもこうして上映されていることに感動しました。
by 伊閣蝶 (2017-05-21 09:18) 

サンフランシスコ人

2010年 『ミシマ:ア・ライフ・イン・フォー・チャプターズ』をサンフランシスコの日本町で上映しました...

http://www.sanfrancisco.com/mishima-retrospective-e1058301
by サンフランシスコ人 (2017-05-23 01:45) 

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