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DES GENS SANS IMPORTANCE「ヘッドライト」 [映画]

今朝も少し雨が降りましたが、昼には上がっています。
しかし、やっぱり高曇りで蒸し暑い天気となりました。

以前にもちょっと、映画の話題で近松門左衛門「心中天網島」を取り上げたことがありますが、この一連の映画関係の記事は、もう6年くらい前に書いたまま、アップもせずにいまだ放置したままとなっています。
そのうちにきちんとまとめてアップするつもりでしたが、何だかそのままになりそうな気分も濃厚で、少々残念な気もしますから、時折、このブログに転載しようと思っています。

そんなわけで、私にとっては忘れられない作品である、フランス映画の「ヘッドライト」関連の記事を以下に転載します。

***************** ここから

公開年等 1956年フランス ヘッドライトの一場面
監 督 Henri Verneuil
脚 本 Henri Verneuil、Francois Boyer
台 詞 Francois Boyer
撮 影 Louis Page
音 楽 Joserh Kosma
出 演 Jean Gabin(Jean Viard)、Francoise Arnoul(Clotilde)


原題である「DES GENS SANS IMPORTANCE」を直訳すれば、「とるに足らない(しがない)人々」とでもなるのか(フランス語に疎いので全く自信なし)。
この頃の洋画の邦題には秀逸なものが多く、この「ヘッドライト」もその一つだろう。長距離便トラックのヘッドライトが照らし出す深夜の国道の深々とした闇は、この映画におけるもう一人の主役でもあるからだ。

ストーリーを要約すれば、「しがない初老の長距離トラック運転手が、立ち寄った安宿で働く若い女とデキてしまい、家庭を捨てる道を選択するものの、堕胎手術直後の無理が祟って女は死んでしまう」という、ミルクココアに砂糖を24杯入れたくらいの大甘なもの。
しかし、このトラック運転手をジャン・ギャバンが、薄倖の若い娘をフランソワーズ・アルヌールが演じ、ルイ・パージュの淡々としたそれでいて洗練され尽くしたカメラによって薄墨のような白黒画面で表現されるとき、何ともいえない深みと味わいが醸し出されてくるのである。
テルミンの系統(真空管の発信音を利用して音を出す)である電子楽器「オンド・マルトノ」を使用して咽び泣くような美しい旋律を歌わせるジョセフ・コスマの音楽は殊に秀逸で、この映画のすばらしい表現の何割かは、この音楽のもたらした成果といえるのではないか。
ジョセフ・コスマは「枯葉」などシャンソンで有名な作曲家だが、映画音楽の仕事も数多く手がけており、「大いなる幻影(1937)」「天井桟敷の人々(1944)」「愛人ジュリエット(1951)」などの名作に名を連ねている。
そんな中でも、この「ヘッドライト」の音楽は群を抜いていると私は思う。
この旋律に接した当初、「この音、ノコギリなのかな?そのわりにはブレが殆どない」などと首を捻りつつ、直にそんな音色のことは忘れて聴き惚れたものであるが、後にこれがオンド・マルトノと知って不思議な感慨に耽った。
弦楽器がかすかに身もだえしているかのようなあえかなビブラートが、よもや電子楽器から発せられているとは思いもしなかったから。
恥ずかしい話だが、もう20年近く前に、ある行事の記録ビデオを編集したことがあって、そのテーマ音楽をシンセサイザーで作ったとき、この旋律が頭から離れず粗悪なコピー的シロモノになってしまい狼狽えたことを思い出す(どうでもいいことだが)。
特筆すべきは、映画本編での音楽の使用がぎりぎりにまで抑えられていること。
つまり、映像と場面の構成がそれほどまでに計算されきっちりと作られているのである。ここであの旋律が欲しい、と思うツボに最小限の音楽が演出される。
それだけに、身重のクロチルドが螺旋状の階段を見下ろす場面の音楽が異様な緊張感をもって迫ってくるといった形で、ここぞという場面での表現に重みが加わるのだろう。

このころのフランス映画ではオープニング・クレジットの描き方に様々な工夫が凝らされており(例えば「禁じられた遊び」は机の上の本のページがめくられる)、この映画の場合、安宿「キャラバン」に入ってくる大型トラックの白い荷台をベースにして紙がめくられていくように表示されていく。そこに、先に述べたジョセフ・コスマの旋律がかぶさるわけだ。
そのトラックを降りたジャンが休憩をとるためにキャラバンの薄汚れたベッドに横たわり、そこからクロチルドとの出逢いと別れを巡る回想が始まる。1年前のクリスマスの夜、二人は出逢い、ジャンがキャラバンを訪れる毎に二人の愛情は深まっていく。そして、やりきれないほどに哀しい別れ…。回想が終わった後、ジャンは力無くベッドを離れ、何事もなかったかのようにトラックは国道を走り去る。

この、回想の中に「この男にとっての極めて重要な(しかし、世間的にはありふれた)事件を挟む」というオーソドックスな手法が、事件の前と後には恐らく(表面的には)何の変哲もない日常の時間が流れているのであろうことを類推させ、しがない人々がしがない生活に戻っていく様を描き出していく。
ストーリーとしては、もちろんジャンとクロチルドの恋愛が中心に置かれてはいるのだけれども、むしろそれを取り巻く状況を丹念に描いているところが印象的だ。
運送業舞踏会の席上で妻がジャンをダンスに誘う場面、女優志望の反抗的な娘(ダニー・カレル)とのやりとり、職場への不満と決裂等々。
特に、ジャンが家庭を捨てクロチルドと生きる決心を固めた後、娘が謝りながら引き留めようとするシーンは胸が痛んだ。

もう一つ印象に残るのは、鏡。
ジャンとクロチルドとが画面に登場するときに、鏡が用いられ、切り取られた一種のパンフォーカスのような効果を生んでいる(上の画像を参照のこと)。
鏡のこちら(此岸)と鏡の向こう(彼岸)を隔てられているような、その二人の出逢いがまるでおとぎ話であるかのような、現実から遊離した不思議な世界を表現している。
ルイ・パージュのような名手にしてみれば当たり前のことかもしれないが、このアングルで全くカメラを意識させない技術には舌を巻くばかりだ。どこにカメラを据え付けて撮影したのかと、興味は尽きない。

アンリ・ヴェルヌイユ、ヌーヴェルバーグの嵐の中に落ち込んだかのように目立たないトルコ系フランス人の監督という印象が強い。だが、その心の中は透徹した優しさに溢れている。そんな気がした。

ところで、この原作、日本でも映画化されたことをご存知だろうか。
1986年、東映において「道」という題名で公開された。監督は蔵原惟繕、主演は仲代達矢。
リメイクものは、(金子修介のガメラなどのわずかな例外を除いて)大概本編より劣っているものであるが、これはひどすぎる。
何のためにこんな映画を作ったのか、製作に携わった人たちの良識を真剣に問いたいところだ。
それでも若干の期待感を込めて観に行った私は、あまりのひどさにあきれ果て、口直しにこの本編を繰り返し観てやっとの思いで心のバランスを取り戻したのであった(って大げさですけれども)。

***************** ここまで

写真は、ビデオの画面をキャプチャーしたものですから、かなりクオリティが低く、雰囲気がかろうじて伝わるかな、というくらいです。
それから、私がシンセサイザーで曲を作った際に、このテーマ曲にかなり影響された、と書きましたが、惜しいことにこの記録ビデオが見つかりません。
尤も今見返したりすれば、あまりの稚拙な出来栄えに恥ずかしくて自己嫌悪に陥ることになるかもしれませんね。
それでも20代の後半で、音楽についても映像についてもいろいろと実験していた頃のこと。
妙に懐かしく思い出されて、見つからないことはやはりちょっと残念です。
因みに使っていたシンセサイザーはローランドのSystem100で、4トラックのオープンリールを使った多重録音でしたから、曲を作り上げるのはそれなりに結構大変でした。

このオンド・マルトノの音色は家内も気になったようで、どんな楽器なのかという問いに対し、電子楽器の一種でオンド・マルトノというものだ、というと、何だか侍みたいな名前だといいました。
なんだそれは?と訊き返すと、音頭丸!殿!みたいな感じ、などととんでもないオヤジギャグをかましてきて、大いに鼻白んだことを思い出します。

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コメント 14

節約王

こんばんは。今回は映画の記事ですね。私も映画は大好きです。
この映画は見たことはありませんが記事を拝見するととてもBGMが魅力的な作品のようですね。私はヒッチコック作品が大好きでやはりBGMの効果が映画を大きく盛り上げ、又作品自体を左右する事を自分なりに実感したことがあります。ストーリーは単純でも配役、描写や台詞などを工夫し、すばらしい作品に仕上がっている映画と私は受け止めました。
映画も音楽と一緒でさまざまな分野のプロが協力し、人々を感動させるすばらしい作品へと発展するものと記事を拝見し思いました。
by 節約王 (2011-07-28 21:02) 

伊閣蝶

節約王さん、こんばんは。
ヒッチコック映画は、私も大好きです。
特に、「サイコ」「めまい」「北北西に進路を取れ」「鳥」などの主要作品で音楽を担当したバーナード・ハーマンの才能は素晴らしいものでしたね。
「引き裂かれたカーテン」で対立し、その後、ヒッチコックと袂を分かったのは誠に残念の極みです。
節約王さんの仰る通り、映画は、脚本、カメラ、照明、美術、音楽などにおける様々な分野でのプロが集まって作り上げる総合芸術ですから、その要素のそれぞれが、互いに作用しあって作品の質を高めていくところに醍醐味があるのだろうと思います。
映画監督はそれを統合する役割を果たすわけですから、求められる芸術的な才能は限りなく高いものとなるのでしょうね。
by 伊閣蝶 (2011-07-29 00:00) 

hirochiki

映画のストーリーがたとえ大したことがなくても、そこに使われている音楽や小物が大いにそれを盛り上げるということがあるのですね。
しかし、リメイクものが本編より劣ってしまうのは、とても残念だと思います。
最後の奥様とのやりとりには、思わず微笑んでしまいました(*^_^*)



by hirochiki (2011-07-29 06:14) 

伊閣蝶

hirochikiさん、こんにちは。
私は、どちらかというと日常の些細な事柄を丁寧に扱う映画が大好きで、このヘッドライトもそうですが、そのような他人にとっては「どうでもいい」内輪の出来事から派生する葛藤などを丹念にみせられると、かなり琴線に響いてしまうようです。
たまにはハリウッド映画のようなものを観るのも楽しいものですが、些細な事件を扱うからこそ、細部に至るまで手抜きをしない作り方をしてはならないという気概を感じて、嬉しく感動することが多いので。
特に音楽は、決して映画の添え物ではなく、観客の想像力を喚起し映像の力を引き出す役割を担っているのですから、なおさらですね。

リメイク版、それもだいぶ後になってから作られたものは、結局、本作の作られた当時の情勢や環境や観客の志向などからはかなり乖離しているという現実を見極めずに、本作の人気などにあてこんで作ってしまう嫌いがあるから、どうしても凡作になってしまう傾向が強いのかもしれませんね。
最悪のパターンは、同じ監督が同じ題材で撮るという「自己模倣」でしょうけれども。

家内とのやり取りのこと。時折、私の想像をはるかに超える発想が出てくるので、これはこれで大変刺激的です。
このことについても温かなコメントを頂戴し、私も嬉しくなってしまいました。
ありがとうございます。
by 伊閣蝶 (2011-07-29 12:00) 

きんた

猫には会えませんでした(+_+)
by きんた (2011-07-29 15:11) 

cfp

ヘッドライト最高です!
何よりもアルヌールの美しさは、
フランス女優No.1。

私の中学時代の女優ベスト3は、
1位 フランソワーズ・アルヌール
2位 イングリッド・バーグマン
3位 レスリー・キャロン
番外 オードリー・ヘップバーン
原節子でした。


by cfp (2011-07-29 16:57) 

伊閣蝶

きんたさん、おはようございます。
猫殿には会えませんでしたか。
どこかに散歩に出かけていたのでしょうか。残念です(>_<)
by 伊閣蝶 (2011-07-30 07:24) 

伊閣蝶

cfpさん、おはようございます。
フランソワーズ・アルヌール、可憐な美しい女優でした。
そういえば、サイボーグ009の003の名前もフランソワーズ・アルヌールでしたね。
石森章太郎さんも相当なファンだったのでしょう。
それにしても、中学生時代の女優ベストスリーに「レスリー・キャロン」が入っていたのにはびっくり。
「巴里のアメリカ人」を思い出しました。

by 伊閣蝶 (2011-07-30 07:29) 

cfp

ジョセフ・コスマの音楽も最高でした。

by cfp (2011-07-30 14:44) 

伊閣蝶

cfpさん、再コメントありがとうございます。
この映画におけるジョセフ・コスマの音楽は極めて重要なもので、この映画のすばらしさのかなりの部分を担っていると思います。
仰るとおり最高ですね。
「天井桟敷の人々」での彼の音楽も忘れがたいものがあります。
by 伊閣蝶 (2011-07-30 18:00) 

don

>ミルクココアに砂糖を24杯入れたくらいの大甘なもの
結構そういうの、好きです^^
by don (2011-07-30 20:56) 

伊閣蝶

donさん、こんばんは。

>ミルクココアに砂糖を24杯入れたくらいの大甘なもの

実は私も結構好きなのです(^^;
by 伊閣蝶 (2011-07-30 21:10) 

トリーバーチ

非常にニース!!
超人気!!!

by トリーバーチ (2011-08-12 08:00) 

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