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武満徹「ギター作品集成」 [音楽]

武満徹さんはギターという楽器をこよなく愛していました。
その想いは、このCDの中にも収められている「ギターのための12の歌(1977年)」のための、ご自身による解説文の冒頭を読んでも明らかです。
ギターは、音色変化に富んだ美しい楽器です。「小さなオーケストラ」とさえ言われるほどですが、機能の点でかなり不自由な面をもっています。しかし、そのために反ってこの楽器は作曲者(あるいは編曲者)に、特殊な愛着と好奇心を喚ぶのでしょう。

その「ギターのための12の歌」の全曲も収められているCDをご紹介します。

このCDは、武満さんの最晩年(亡くなる直前)、フルート曲の「エア」とともに完成された最後の曲でもある「森のなかで(三部作)」から始められます。
第1曲の「ウィンスコット・ポンド-コーネリア・フォスの絵画から」について、武満さんは、
ウィンスコット・ポンド-Wainscot Pond-を、実は、私は未だ訪れたことがない。それがアメリカの何処にあるのかも知らない。友人から送られてきた絵葉書に印刷された美しい風景画の下に、小さな活字で、Wainscot Pondとあった。池の向こうに、私には、沈黙する森が見えた。

と語っておられ、単なる森の描写ではなく、「森のなかで」感じ考えたことや行動をともにした人々の懐かしい思い出を描こうとしたのだそうです。
絵はがきの中の森は、武満さんにどのような情景を描かせたのか、その答えがこの曲に現れているのでしょう。
このCDを聴く人は、この第1曲目からその武満さんの深い想いを聴くことになるのではないかと思います。
この曲の初演は1996年2月29日、武満さんが亡くなって九日目のことでした。

最初に触れました「ギターのための12の歌」は、ギターを愛する武満さんが、古今東西の人々に愛唱されている歌をギター独奏曲に編曲したもので、聴いていて思わず頬がほころんでしまいます。
ただ、誠に独創的かつ絶妙な編曲であって、演奏者には相当高度な技術を要求することとは思いますが。
どの曲も甲乙は付けがたい懐かしさを感ずるのですが、私はなかでもジョセフ・コスマの「失われた恋」と、最後を飾る革命歌「インターナショナル」がお気に入りです。
インターナショナル、この歌を何度歌ったことか、数えることすら不可能です。
立て飢えたる者よ 今ぞ日は近し
醒めよ我が同胞(はらから) 暁は来ぬ
暴虐の鎖断つ日 旗は血に燃えて
海を隔てつ我ら 腕(かいな)結び行く
いざ闘わんいざ 奮い立ていざ
ああインターナショナル、我らがもの

俳優の佐々木孝丸によって翻訳されたこの歌詞、私は今でもこうして何も見ずに書きつけることができたりします。
苦しいとき悲しいとき悔しいとき、そして嬉しいとき、仲間とともにこの歌を歌ってきました。
そんな思い入れもあるせいか、どうしても心を惹かれてしまいますね。

次に三つの楽章からなる「フォリオス」。
とりわけIIIの最後で唐突に奏でられる、バッハのマタイ受難曲のコラール(「おお、血と傷にまみれし御頭」などに用いられているハンス・レーオ・ハスラー原曲の旋律)のモチーフが印象的です。

さて、武満さんのギター曲というと、私はどうしても映画音楽に使われたいくつかの曲を想起せずにはおられません。
日本の前衛音楽における金字塔を打ち立てた武満さんですが、実は美しい旋律を次から次へと紡ぎ出す稀代のメロディメーカーでもありました。
このCDの「不良少年」や「ヒロシマという名の少年」につけられた音楽をお聴きになれば、前衛音楽作曲家としての武満さんをイメージされている多くの人たちはきっとびっくりなさることでしょう。
この二つの映画の主題となる「少年」の心にぴったりと寄り添うように鳴り響くリリカルなメロディの美しさは格別なものがあります。
「不良少年」は羽仁進監督作品で1961年に公開されましたが、なんと同年のキネマ旬報のベストテンにおいて、あの黒澤監督の「用心棒」を抜いて堂々の一位に輝いた映画です。
武満さんはこの「不良少年」につけた音楽で、毎日映画コンクールの音楽賞を受賞しています(因に、佐藤勝さんの「用心棒」の音楽はブルーリボン賞音楽賞を受賞)。
白黒スタンダードで著名な俳優は使わず、主演の浅井少年を始め不良経験豊富な素人少年が殆どの役柄を占めるという、かなり冒険的な映画でありました。
素人ではありつつも、実際にそうした行為を実践してきた連中ばかりですから、作り物ではない迫真性に満ちていて、全編を異様な緊張感を以て描ききった野心作というべきでしょうか。
この映画を初めて観たときには、正直に言って吐き気を催すほどの嫌悪感に襲われましたので、印象は最悪でした。
しかし、何度か観なおすうちに、そうしたカツアゲや喧嘩に明け暮れる少年らの、将来に対する怯えに似た焦燥感があらわになってきて、それに寄り添う武満さんの音楽が身に染み、たまらないいじらしさを感ずるようになってきたのです(因みに「○と△の歌」もこの映画で用いられた歌です)。
しかし、ラストシーン、入院中の作業に対する対価の320円を手に少年院を退院する浅井少年の不敵ともいうべき表情によって、そうした我々の甘い感傷めいた同情的感覚は粉砕されてしまう。
観客には一切媚びない、正に「辛口」の映画なのでありました。
誠に残念極まりないことですが、この映画も「ヒロシマという名の少年」も、現在、ビデオやDVDにはなっておらず、殆ど目にすることはかないません。
20年近く前、たまたま深夜にテレビ放映されたとき運良く私はビデオに録画したのですが、それ以来、テレビでの放映はなされていないようです(ケーブルテレビなどでは放映されているのでしょうか)。

思いつくままに感想などをつらつらと書き綴ってしまい、失礼しました。

さて、武満さんのギター曲、というと、やはり荘村清志氏が最右翼というところでしょうが、このCDの演奏者である鈴木大介氏は、武満さんご自身が「今までに聴いたことがないようなギタリスト」と評されたほどの有望な若手奏者であり、この難曲ぞろいのギター作品集を完璧なテクニックで叙情的に弾ききっています。
録音の状況も大変良好と私は思っております。
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Cecilia

「○△の歌」は福田進一さん&荘村清志さんと米良美一さんのコラボではまりました。
数年前のハクジュホールでの演奏会の様子(武満徹を記念した演奏会)を期間限定で配信していた時にダウンロードしましたがその中にあった曲です。
鈴木大介さんの演奏もあったのですがそれはダウンロードしていません。
この頃現代ギターでも特集されていてやはり米良さんが出ていたことから購入しました。
最初に武満徹にはまったのは米良さんのこちらのCDです。
http://www.amazon.co.jp/%E3%83%8E%E3%82%B9%E3%82%BF%E3%83%AB%E3%82%B8%E3%82%A2~%E3%83%A8%E3%82%A4%E3%83%88%E3%83%9E%E3%82%B1%E3%81%AE%E5%94%84-%E7%B1%B3%E8%89%AF%E7%BE%8E%E4%B8%80/dp/B000A1EDKW

記事を拝見し、「○△の歌」が出てくるその映画が見たくなりました。
by Cecilia (2010-05-18 08:41) 

伊閣蝶

Ceciliaさん、nice!とコメント、ありがとうございました。
米良さんのCD、これはなかなかすごそうですね。早速私も購入して聴こうと思います。
あの「ヨイトマケの唄」が聴けるのもすばらしい!
「死んだ男の残したものは」は、1965年のベトナム反戦集会のために谷川さんが作った詩に武満さんが一日で曲を書き上げたという逸話が残っていて、武満さんの歌のなかでは最も世の中に知られていますね。
私個人の好みとしては、森谷司郎監督の「弾痕(加山雄三主演で、武満さんが音楽を担当)」の中で、高石とも也がギター一本で歌ったものが一番なのですが、この映画のために武満さんが書いたギター曲も大変美しいもので、この映画に感動した私は、そのギターのモチーフと「死んだ男の残したものは」をコラボしてピアノ伴奏付きバリトン独唱の曲に編曲し、自分で歌ったことがあります。
身の程知らずの恥ずかしい真似ではありましたが、聴いて下さった方の殆どは「弾痕」という映画を知らず、従ってこの美しいギターの旋律を知らなかったわけですから、それが伝えられただけでも良
かったなと、今は思っております。
ところで、「「○と△の歌」は映画「不良少年」の中で、少年院のグラウンドに集う少年たちが半ば投げやりに歌っていて、それが大変印象に残っています。
先に挙げた「弾痕」は、今年の7月にDVDで発売される予定のようですが、「不良少年」には当面そうした予定はなさそうですね。
京橋にある東京国立近代美術館フィルムセンターにフィルムは存在しているので、上映される可能性はあるかもしれませんが、こうした佳作が埋もれていってしまう現状は大変に情けないことです。

by 伊閣蝶 (2010-05-18 23:08) 

cora

こんにちは。
武満徹作品のコンサートは、3年半前に1度行っただけですが、その時に会場で販売されていた「~作品集成」シリーズを何枚か買ってきました。
鈴木大介さんも出演者の1人だったので「ギター作品集成」も買ったし、同じく鈴木さんの「どでかすでん」のCD、それに「室内楽作品集成1・2」と「鍵盤作品集成」も買いました。

きょうは、そのコンサートの思い出話として「小さな空」を書いてみました。
コンサートでは「フォリオス」や「どでかすでん」「不良少年」なども取り上げられて、素晴らしい発見がたくさんありましたよ。
by cora (2010-07-21 08:13) 

伊閣蝶

Coraさん、こんばんは。
コメントありがとうございました。
ブログの記事、拝見しました。
「小さな空」曲もですが、武満さんの詞もすばらしいもので、文筆家としても大変な才能をお持ちだった武満さんを彷彿とさせます。
ガン・キングを巡ることも少し書かせていただきましたので、お読み頂ければ幸いです。

by 伊閣蝶 (2010-07-23 00:21) 

サンフランシスコ人

10/21 サンフランシスコでのギター演奏会に武満徹の作品....

http://noontimeconcerts.org/concerts/black-cedar-duo/

Toru Takemitsu (1930-1996)

Toward The Sea

The Night

Moby Dick

Cape Cod
by サンフランシスコ人 (2018-10-18 02:58) 

伊閣蝶

サンフランシスコ人さん、こんばんは。
武満徹さんのギター曲が、未だに米国で演奏されていることに感激しています。

by 伊閣蝶 (2018-10-21 17:58) 

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