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麻布チェチーリア10周年記念演奏会 [音楽]

朝からきれいに晴れ上がりました。
今日の最高気温は20度を下回っており、4月中旬くらいの気候なのだそうです。
爽やかな気分ですね。

麻布チェチーリア10周年記念演奏会パンフレット今日は、女声合唱団「麻布チェチーリア」の第三回目となる演奏会が開催され、演奏会場である浜離宮朝日ホールに出かけてきました。

この演奏会は、麻布チェチーリア創立10周年の記念演奏会でもあり、メインの曲目はペルゴレージのスターバト・マーテルです。
以前もこのブログで触れたことがありますが、今年はペルゴレージ生誕300周年の年に当たっておりますから、その意味からも誠に意義深い演奏会と申せましょう。

麻生チェチーリアは、その名称からもお察しの通り、麻布学園のPTAを中心メンバーとして、2000年6月、阿部葉子先生のご指導の元に創設された合唱団です。
メンバーには音大の声楽科を卒業された方もおられ、ピアノなどの楽器も当たり前に嗜まれる方が多くを占めておられます。

私などのように、虫・鳥・魚・獣を追って山の中や川をかけ巡っていたり、野草を摘んでいたりしていた山出しの田舎者とはそもそもその出自からして別世界の方々であるはずなのですが、合唱という共通のパラメーターによっておつきあいさせていただけるという僥倖に与っているのでありました。

それはともかく、高度な技量をお持ちのメンバーで構成された大規模な女声合唱であるだけに、その作り出す音色は精緻かつ大変に豊穣です。
その上、誠に優しく艶やかなアンサンブルを聴かせてくれて、こういう言い方は大変失礼ながら、女声コーラスとはとても思えないほどの完成度に達しておられると私は思っております。

さて、演奏会は、まず木下牧子さんの作曲による「アカペラ・コーラス・セレクション」から開始されました。
谷川俊太郎、まどみちお、やなせたかし各氏の詞に曲がつけられたもので、個性的な詩人の方々の言葉がどのような表現をもって伝えられるものか、心を躍らせて聴いたところです。
アカペラ故のピュアな美しさが染み渡る演奏でしたが、特筆すべきと思われるのは、すべての言葉が極めて明瞭に客席まで聞こえてきたことです。
ラテン語の曲などでは皆かなり子音を慎重に歌うよう努めるものですが、母国語である日本語の場合どうもそのあたりが甘くなることが多い嫌いがあります。
母音だけがモワモワと聞こえてくるような居心地の悪さを感ずる演奏も結構あるのですが、ここではそうした曖昧模糊としたものが一切感ぜられませんでした。
子音を明瞭かつ大切に歌い、その上できちんと響きを作り上げることは、口で言うほど簡単なことではないので、この点でまず脱帽です。

続いて、チルコット作曲の「A Little JAZZ Mass」。
この曲、私も歌ったことがあるのですが、無調性の和音が頻繁にでてくる難曲です。
それを鮮やかに歌いこなす合唱団の力量もさることながら、オルガン伴奏の加藤久美子さんの演奏が実にすばらしく、これにも感動しました。
パンフレットによれば、加藤さんは今年の3月に第7回東京声楽コンクール本選で伴奏者最優秀賞を受賞されたとのこと。
誠に宜なるかなという感があります。

15分の休憩の後、いよいよ本日のメインステージ、ペルゴレージのスターバト・マーテルの演奏が始まりました。
麻布チェチーリアとしては初めて弦楽伴奏付の楽曲演奏に取り組むわけであり、なみなみならぬ意気込みと精進を重ねてこられたことでしょう。
心なしか、前半のステージとは全く違った緊張感が漂ってきます。
伴奏は東京室内合奏団。絹の滑り出すように滑らかな前奏が始まり、掛け合わせる二声の合唱となります。
以前このブログで紹介したアバドの演奏は二人のソリストによる重唱でしたから、最初はほんの僅かに戸惑いを感じたものの、すぐにその精緻にコントロールされた合唱に心を奪われました。
麻布チェチーリアの美しさの本質は、おそらくその統一された音色にあるのでないか、私は以前からそのように感じてきましたが、今回、改めてそのことを強く再認識しました。
私自身がヒキガエルすらも恐れ入るような悪声の持ち主なので、合唱において音色をそろえることの難しさは身をもって痛感しております。
その上で、音がとれていない、などということが重なるわけですから、音色を揃えたアンサンブルなど想い半ばのものがあるわけなのでした。

それがここでは完璧に実現されている。
これはメンバー全員が、発声のレベルからきちんとしたベルカントの基本を身につけ、きちんと聴きあわなければ達成できないことであります。
ご自身が二期会に所属されるプロのオペラ歌手であり、数多くの合唱団の指揮やボイストレーニングをなさってこられた阿部先生の、それこそ心血を注いで育ててこられた成果によるものなのでしょう。
そしてそれに応えてこられた麻布チェチーリアの皆さんの努力と精進の結果がここに現れているのではないか、私にはそう思われてなりません。

それでも、やはり合唱ではコントロールが難しいのではないかと思われる箇所もあるわけで、私は、例えば第二曲「Cuius animam gementem」の高音域に連続で現れるトリルの部分の演奏に際し、心配で胸がドキドキしていました。
しかしその心配は誠に幸いなことに杞憂に終わり、合唱とは思えぬほどの見事にコントロールされたトリルが演奏され、安堵の気持ちとともに驚嘆の念に駆られたのです。

第12曲、粛然としたQuando corpusから、一転、急速にAmenコーラスへとなだれ込み、フィナーレとを迎えます。
会場には惜しみない拍手が鳴り響き、私も大感動の演奏を堪能したのでした。

その後、熱狂的な拍手に応えて、二曲のアンコールが演奏されました。
「夏の思い出」と「ふるさと」です。
編曲は、伴奏を担当された東京室内合奏団のチェリストである藤沢俊樹さんの手によるもので、正に弦楽器を知り尽くした名手の技、歌い手達の呼吸に合わせつつ、奇抜な前奏を持った誠に瞠目すべき素晴らしい作品となりました。

最後に、大変下世話な話で恐縮ですが、一言。この演奏会のチケット代は2000円でありました。
これだけの演奏を成し遂げてこの値段は法外の安さだと思います。
もちろん、アマチュア合唱団の演奏会なのですから、常識的に考えれば自ずから上限は存在することでしょう。

しかし、対価に対する満足感はあくまでもその演奏そのものの内容にあります。

かなり前のことになりますが、自他ともに認める世界一のオーケストラ(毎年の年始に開催されるニューイヤーコンサートが全世界レベルでテレビ放映される)の来日公演を聴きに行ったことがあります。
そのときのチケット代、腹が立つので値段は敢えて書きませんが、本日の演奏会とは一桁以上違う値段でした。
そのときの演奏のひどさは今をもっても忘れることができません。
大ファンであったそのオーケストラの生演奏をやっと聴くことができる!そんな私の想いを木っ端微塵に吹き飛ばすようなものだったわけですから。
とてもプロの仕事とは思えませんでしたが、後から考えてみれば悪しきプロ根性ゆえの「仕事」ではなかったか、とも感ぜられます。
彼らにとって、日本の聴衆は正に格好の「お客様」であったことでしょう。
私がさらに愕然としたのは、その演奏に関する非難めいた話が、殆どメジャーにならなかったことです。
誰に気遣っていたのか、今となっては知る由もありませんが、一つの興業と考える人々にとってみれば、とにかくチケットが売れて儲けが出ること自体に意味があったのかもしれませんね。

どうもつまらない愚痴を書いてしまいましたが、今日の麻布チェチーリアのような演奏に接すると、やはりこうした真剣勝負のライブ演奏の素晴らしさに想いを馳せてしまいます。アマチュアゆえにこそ、対価を取っての演奏という大きなプレッシャーを感じておられたことでしょう。
そして、それが演奏会全体を支配する研ぎ澄まされた緊張感につながり、この日の感動的な演奏を実現させたのだと思います。
一期一会という言葉がありますが、正にこの日のこの演奏はそれに値するものでした。
素晴らしい演奏を聞かせてくださったことに、この場をお借りして、心より御礼を申し上げる次第です。

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コメント 4

cfp

ペルゴレージのスターバトマーテル美しい曲です。
ロッシーニの作品もすばらしいですが…
by cfp (2010-05-16 09:27) 

伊閣蝶

cfpさん、コメントありがとうございました。
スターバト・マーテルは、やはり、十字架にかかるイエスを母の目から受け止めざるを得ないマリアの悲しみという極めて人間的な感情に根ざした曲であるからでしょう、古今から胸に沁みるような美しい曲が多く存在しますね。
私は、スカルカッティの同曲も大変魅力的だと思っていますし、ドボルザークのものもすばらしい曲だと感じています。
ロッシーニは言わずもがな、ですね。

by 伊閣蝶 (2010-05-16 09:47) 

Cecilia

ペルゴレージの「スタバト・マーテル」、本番で歌ったことはないのですが練習で歌ったことはあります。
ブログでも何度か取り上げています。
麻布チェチーリアの演奏がいかに素晴らしいものだったかが窺える記事でした。
アマチュアでも素晴らしい演奏を聞かせてくれるところが多いですよね。
プロの演奏でも聴衆をなめきった演奏に接するとがっくりきますよね。
名前の通った演奏家(演奏団体)ならなおさらです。
アマチュアが演奏会にかける意気込みとか意欲が演奏に表れ、それが感動を呼ぶと言う部分もありますが、それだけでなくいろいろ勉強して意識が高い方々で構成されている団体も多いですよね。
プロはそういう方々から学ぶ必要があると思います。
麻布学園・・・あの麻布中学高校ですよね?
by Cecilia (2010-05-16 11:31) 

伊閣蝶

Ceciliaさん、nice!とコメント、ありがとうございます。
スターバト・マーテル、私はロッシーニのものを本番で歌って経験があります。
アマチュアにとって、対価を支払ってきて下さるお客様の前で演奏することは大変なプレッシャーです。
少なくとも、自分自身が観客の側に立つことの方が遥かに多いため、その観客の気持ちを深く察することができるからなのではないでしょうか。
その意味では、たとえ無料で招待したとしても、その観客の大切な時間を自分の演奏のために使わせているという点では同じことなのかもしれません。
プロはいい意味でも悪い意味でもある種「職人的」な立場で、仕事として自分の技術を示す必要があるため、それと無関係のことに関してはかなり認識が浅くなることが多いように思われます。
もちろん真の意味での芸術家は、他の様々な芸術と深く接することによって自らを高めていかれますから、そうした方々とは峻別すべきとは思われますが。
私もたまたまご縁があって、プロの演奏家や音楽大学で学ぶ学生の方々と接する機会がありましたが、いろいろお聞きすると、例えば声楽をやっておられる方などが管弦楽曲や交響曲のことに関して一般人よりも知識がなかった、といったような事例があるのだそうです。
つまり、ご自身が極めようとする道のみに邁進し、その他のことは同じ音楽の関連であっても無関係という整理になるのでしょうか。
私などのような者にはどうも良くわかないところではありますが。
ところで、麻布学園は、仰る通り「あの」麻布中学高校です。
by 伊閣蝶 (2010-05-20 18:36) 

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