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ダイエットにはやはり食事の見直し [ダイエット]

ようやく春らしい爽やかな気候になってきました。
職場近くの愛宕神社ではツツジの花が真っ盛りです。
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シャガも咲いていました。
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今年の連休は10連休という超大型ですから、いろいろと計画を立てている人も多かろうと思います。
尤も、金融機関がこの間全休となったり、賃金が日給の方は大きな収入減となったりするなど、問題点も結構ありそうです。
もちろん、特定観光地や電車などの混雑とか渋滞といった、人々の移動に伴う混乱もかなりのものがありましょうから、よくよく考えての行動にした方がいいのかもしれません。
私の方は、今のところ、八ヶ岳山麓の実家に帰省し、連れ合いを鎮めたお墓の掃除とか、実家の用事をやろうと思っています。
時間を見つけて八ヶ岳などに出かけられればうれしいところ。
また、この連休を利用して連れ合いのお墓参りを是非!という方もおられ、本当にありがたい限りです。
連れ合いは召されましたが、こうして偲んでくださる方がおられる限り、魂はすぐそこにあるのだなとしみじみ感じ入っている次第です。

さて、久しぶりにダイエットのことを書こうと思います。

昨年の11月の連れ合いの入院から1月に亡くなるまで、そのほとんどを私は独居状態で暮らしており、もちろん、それは4月中旬になった現在でも継続しています。
連れ合いが入院する前までは68~9kgくらいだった体重が、現在では63kg台に落ち、私の身長が174cmですから、現在は標準体重(66kgくらい)よりも少し少ないというところでしょうか。
体脂肪率も11%台で、内臓脂肪レベルも7となり、こちらもほぼ標準値。
BMIも20.8くらいですから普通ですね。

これまで「ダイエット」の項で書いてきた通り、90kg近くまであった体重を20kgくらい落としてきましたが、標準体重まではなかなか届かない状況が続いてきました。
一時、そこまで行きそうだったのは津での単身赴任期間中のことで、「単身」という意味では状況的に近似といえるのかもしれません。
ただ、津にいたときはほぼ毎週末は山に登っていましたから、トータルの運動量という意味では現在の方が見劣りするように思われますが。

一つには食事によるところが大きな要因となっているようです。

私の主食は米ですが、友人の勧めもあり、今はもち麦を混ぜたものを食べています。
朝、朝食の用意に並行して弁当のおかずを作り、昼食はその弁当。夜も自宅でとり、野菜を中心に、適量の肉や魚を配した献立としています(弁当も含め三食とも基本はその路線です)。
外食・間食は基本的にしていません。

昼食を弁当にしているのは津の単身赴任のころからの習慣で、これは基本的に自分で作ってきました。
特に都心で昼食を外でとると、かなりの値段になる上、たいていは行列になっているなど、かなりストレスが溜まります。
一緒に昼食をとる同僚がいれば別ですが、一人でこんなコスパが悪いことをする気にはなれず、かといって、コンビニで弁当やおにぎりやサンドウィッチなどを買って食べるのも抵抗がありますから、やはり弁当は一押しのアイテムと思います。

毎食を自分で作ることから、まず念頭に置いているのは、先ほども書いたように野菜を中心とすること、できるだけ朝食時には果物をとること(ヨーグルトなどの乳製品も)、肉類や魚などの動物性たんぱく質もバランスよくとること、丁寧にだしを取りなるべく減塩に努めること、などです。

主食は、米1.5合にもち麦0.5合を合わせ2合炊いて、弁当込でおおむね二日間分となります(一日に一合というところ)。
みそ汁は必ず作ります。

お酒は、夕食時にビール系の飲料を350ml缶一本と清酒を8勺程度(たまに1合)。週末はちょっと量が増えるかな。
そんなわけで、夕食のおかずはちょっと品数が増えます(おつまみ用に)。

運動について。
通勤時に往復で30分をなるべく速歩で歩き、昼休みには30分くらいのウォーキング(一部に階段上り下りを加えている)などを日課としています。
週末は、付近の里山を中心に1時間30分程度のウォーキングを実施。こちらは山登りなどに発展することもあります。

などとつらつら書いてまいりましたが、効果的なダイエットという観点のみを考えれば、中心は食生活による対応となりましょう。
  • おおむね決まった時間に三食をとり、間食はしない。
  • 炭水化物を控える。
  • 糖質を控える。
  • おかずは野菜を中心にし、バランスよくたんぱく質もとる。
  • よく噛んで食べる(少量でも満腹感が得られます)。
  • 乳製品や果物をとる。

などが思いつきますが、一番肝心なことは、

お酒を控える。

これでしょうね。

お酒を控えると、脂っこいものや塩辛いものもあまり欲しくなくなりますし、夜遅くまでダラダラ食べ続ける(飲み続ける)こともなくなります。

この効果は覿面です。

私はなかなか68kgからの減量が叶わなかったのですが、それをクリアして63kg台まで落とせたのは間違いなく、酒量が落ちたことによるものと思っています。
特に外での宴会。
これが一番のネックだったことに改めて気づかされました。

連れ合いの加減が急速に悪化した昨年の11月以降、私は基本的に宴会などの外飲みを控えるようになり、家でも、緊急事態に備えてお酒を極力控えてきました。
一種の外的要因によって酒量を激減させられたのですが、結果として標準体重以下の現体重を得たわけです。

以前もダイエットの項で書いてきたことですが、運動だけで痩せるというのは、通常ではほぼ不可能だと思います。
私自身、一時期スポーツクラブに通っていましたし、姿勢矯正などによる効果や意識改革の上で大きな成果があったことは認めますが、ダイエットという観点からの効果を求めるのは間違いなのではないでしょうか。
ライザップのCMなどを見て、ジムに行けばあんな風になれるんだ、と安直に考えるのは危険です。
聞くところによると、ライザップが重視するのは食事、それも糖質制限だそうです。一日の接種糖質を50g以下(茶碗一杯分)に抑える指導がなされるそうです。
さらに、朝食・昼食・夕食の接種割合は3:5:2とし、夕食を少なめにすることが求められます。
その上でのジムでの各種トレーニングなわけですから、確かに効果的だし合理的でしょう(挫折する人も多いそうですが)。

先日テレビを見ていたら、あるスポーツクラブでは、月に一回スイーツの食べ放題という「お駄賃」を会員に提供するとのことで、これが女性を中心に大評判とのこと。
頑張った自分に対するご褒美、ということらしいのですが、正直に言って目が点になってしまいました。
ジムも差別化が進んで、会員獲得が非常に厳しい状況だそうですが、健康増進や体質改善という目的を見失って変な方向に進むのは考え物ですね。

ただし、私はジムを否定するつもりは全くありません。
事実として、(先ほども書きましたが)姿勢矯正や意識改革という効果がありましたし、それを念頭に置いた筋トレなどによって基礎代謝量も1530kcalを超えたあたりを堅持しています。
私の年齢は62歳で、先に書いた身長体重ですと、基礎代謝量の平均値は1330kcalだそうですから、それなりの筋肉を維持できているのかなとちょっと自負しているところです。
でも、別にジム通いをしなくても、腕立て伏せ・腹筋・スクワットなどで、いくらでも筋トレはできますから、わざわざお金を払ってまで行くつもりはいまのところありませんが。
むしろ、NHKで放映している「みんなで筋肉体操」の方が有益かもしれませんね。

ダイエットに王道はない。

何度かそのことを書いてきましたが、消費カロリー以上のカロリーを摂取しない、あるいは、摂取カロリー以上にカロリーを消費する、という単純な理屈に尽きます。

その意味でも、お酒を控えるのは大変効果的だと痛感しました。
「断酒」ができればより良いことだとは思いますが、連れ合いを見送った後、私は基本的に毎晩少量ながらもお酒を飲んでいます。
それで特に体調を崩したこともなく(風邪などは一切引いていません)、先日受けた人間ドックでも何ら問題はありませんでした。
先週、久しぶりに宴会が二件入り、その時は珍しく大量のお酒を飲んだのですが、その影響でひどい下痢を起こし、まるでムーベン液(大腸スコープ検査の折に腸内を洗浄する薬)を飲んだ時のような状況に陥りました。
発熱や腹痛はなかったので、食中毒などではなく、久しぶりに大量のアルコールが入ってきた腸が驚いてパニックを起こしたのかもしれません。
そう思うと苦笑を禁じえませんが、改めて少量のお酒をゆっくり味わいながら飲んで楽しもうと考えているところです。

ところで、いろいろと書いてきましたが、67kgあたりから65kgくらいまで短期間に体重が落ちた一番大きな要因は、いうまでもなく連れ合いを亡くしたことです。
最初の月命日を迎えるあたりまでは眠れない夜が続き、気力もどん底まで落ち込んでいました。
食事だけはきちんと規則的にとろうと努力したのですが、やはり精神的な影響は大きく、それに体が敏感な反応を示した、ということでしょう。
ただし、そのあとにもう一段の体重減少ができたのは、やはり食生活の変化によるものだと思います。
二人で暮らしていた時には、夕食のご飯の量も多く、夕食後などはお茶を飲みながらお菓子やアイスクリームを食べたりしていましたからね。

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ブルックナーとブラームス [音楽]

冬に戻ったような気温となりましたが、そのおかげで桜の花は散らずに残っています。
私の職場近くの桜坂は、その名にふさわしい桜の花が盛りとなりました。
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ブルックナーとブラームス。

しばしば対蹠的な関係として取り上げられますが、両者の残した音楽のいずれも大好きな私としては、どうもそのあたりに居心地の悪さを感じてしまいます。

これは恐らく、ワーグナーとハンスリックとの間の対立・反目が引き起こしたものではないかと思われ、ブラームスとしては自分の熱烈な支持者であるハンスリックの手前、ブルックナーの音楽を公式に認めるわけにはいかなかったのでしょう。
ハンスリックはワーグナーとその信奉者(ブルックナーなど)を徹底的に批判し、ブラームスを高く評価して擁護しましたが、当のブラームスとワーグナーは、ある点ではお互いに認め合っていたそうですから、偏屈者の評論家の存在は、今も昔も鬱陶しいものであったのかもしれません。

交響曲というジャンルから見てみれば、両者とも4楽章制を墨守しており(ブルックナーの9番は3楽章ですが、これは未完ゆえのことであり、本来は4楽章の交響曲としての完成を目指していたのは周知のとおりです)、両端楽章にソナタ形式かそれに類する重厚な楽想を置いて、第2楽章に緩徐楽章を配置するという、古典的な交響曲の形式に則っています。
ブルックナーの8番と9番は第3楽章に緩徐楽章を持ってきておりますが、これはベートーヴェンの9番に倣っているようにも思われます。

いずれにしても、交響曲の三大B(という言葉があるかどうかは不明ですが、ベートーヴェン、ブルックナー、ブラームス)の中で、ベートーヴェンを崇拝した両者が、「田園」の5楽章制とか「第九」の声楽導入といったような方向性を採ることなく、古典的な形式にこだわった点では、きわめて近似的な印書を受けてしまいます。

因みに「田園」はその後の交響詩方向(標題音楽)へ、「第九」はマーラーによって徹底的に巨大化が試みられます(ワーグナーの楽劇も、原点は第九にありそうな気もします)。

しかし、両者の音楽は大きく異なっています。

ブルックナーはいつ果てるともしれない高山の延々たる山脈を想起させ、ブラームスは堅固に凝縮された構造物を目の当たりにするような感覚を湧きあがらせます。
これを、両者の個人的な気質の違いに帰結させるのは常套と思いますが、私はそこに、オーストリアとドイツとの違いを感じてしまう。
これはもしかすると、カトリックとプロテスタントとの違い、ということもあるのかもしれません。

シューベルトもそうですが、オーストリア人の音楽では主題の反復がカタルシスに至るまで繰り返され、それこそ延々と続く印象があります。
「疾走する悲しみ」などと表現されることもあるモーツァルトの交響曲第40番。
ブリテンは、この曲における繰り返しの指定を忠実に再現したレコードを残していますが、これは実に考えさせられる演奏で、駆け抜けるように演奏されることの多かったこの曲の本来の響きがどのようなものであったかを知ることができます。
いうまでもなくモーツァルトもオーストリア人でありましたから、同様の感性を持っていたのではないでしょうか。

延々と続くかのような主題の繰り返しと、ほかの交響曲などからの引用も含めた壮大な念押しコーダ。
これはブルックナーの交響曲の大きな特徴であり、現在ではそれを美点として評価されていますが、ブルックナーの存命中は、それを欠点ととらえ、弟子たちによる「改訂」が猖獗を極めたわけです。

「本当に必要な音符しかモーツァルトは書かなかった」として、自分はともすれば無駄な音符を書きすぎると自身を戒め、徹底的な推敲を重ねたというブラームス。
無駄な音は一音たりとも許さず、納得のいかない作品や習作的なものは完全に破棄したといいます。
以前にも書いたことがあると思いますが、頭の中にある主題が浮かんだ時、いったんはそれを封じ込めるためにほかの仕事などに熱中し、ひと月くらい経ってなおかつその主題が頭の中から去らなかったときにはじめて使うことを考える、というほど、厳しい態度で作曲に臨んでいたのだそうです。

そうしたブラームスからすれば、ブルックナーの音楽は主題を次から次へと野放図に紡ぎだす我慢のならないシロモノと思えたのかもしれません。
オルガン奏者としてのブルックナーを高く評価し、ウィーン大学などでの音楽理論の講義についても、特にその対位法などに関しては肯定的に受け止めていたらしいのですが、彼の交響曲については「内容が全くなく徒にこけおどかしの大きさを持った交響曲の化け物」という評価を下し、認めませんでした。
ただ、これにも様々な見方が存在するようで、ブルックナーのような創作態度を才能のない人間が軽々に真似ることを戒めるという意図もあったらしく、仮にそうであるとすれば至極ご尤もな見解ともいえましょう。
因みに、ブルックナーの第6番が1883年にムジークフェラインザールで初演された折(ただし、第2・3楽章のみ)、聴衆からは絶大なる拍手が沸き起こりましたが、ブラームスもその観客たちとともに拍手を送ったそうです(例のハンスリックは冷淡だったようですが)。

同じドイツ語圏であることから、なんとなくドイツとオーストリアを同一視してしまう嫌いが私にはありますが、その成り立ちなどからみると国民性にはかなりの違いがあるようです。
ハプスブルグ家とメディチ家は、ヨーロッパの文明や芸術を語る上でやはり閑却できない存在ですが、考えてみればオーストリアも神聖ローマ帝国の流れを汲んでいるわけで、その意味では同根なのかもしれませんね。
15年以上前のことですが、たまたま職場で欧州各国の話をしていた時に、うらやましいとは思いつつも日本人には真似のできないこととして、私は「そういえばイタリアにおいて何よりも大切なのはmangiare(食べること)cantare(歌うこと)amore(愛すること)の三つで、これを聞いた時には驚きました」という話題を提供したことがあります。
すると、ドイツでの勤務経験のある上司がその話を受け取り「それはオーストリアも全く同じだ」と述べたのです。
そして、ハプスブルク家とメディチ家の話で、その場はしばし盛り上がったのでした。
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