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第24回三重バッハ合唱団定期演奏会「マタイ受難曲」 [音楽]

今日は、朝のうちは曇り空でしたが、昼過ぎからは晴れ間が広がりました。
昨日は、時折小雨も降るあいにくのお天気でしたから、やはり晴れ間のありがたさを痛感します。

1997年・1998年・1999年の三年間、私は、バッハのマタイ受難曲の演奏に参加しました。
97年と98年は第2バス、99年は第1バスでの参加でしたが、その折、ご一緒させて頂いた先輩が三重県のご出身で、会社を定年退職されたあと、津市の「三重バッハ合唱団」に所属され、なんとマタイ受難曲をお歌いになるとのこと。
私のメインサイトの掲示板に書き込みを頂いたことがきっかけで10数年ぶりにご連絡がつき、昨日の午後、三重県総合文化センター大ホールで開催されたマタイ受難曲の演奏会にご招待頂きました。
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三重バッハ合唱団は、1988年の設立で、代表をお務めの羽根功二先生のご指導の下、毎月一回の練習、毎年一回の定期演奏会を実施しているとのこと。
先輩は、練習の折に全員がそろうことはなかなか難しくて、期待に応えられるかどうか少々不安、と仰いましたが、マタイ受難曲の全曲演奏に取り組んでおられるというその情熱には、心からの敬意を表せずにはいられません。

舞台での合唱団員は70名弱、真ん中に三重大学教育学部付属中学校音楽部によるリピエノを挟んで、第1コーラスと第2コーラスが配置されていました。

やや速いテンポで導入合唱の前奏が奏でられ、瞬間的にオケの高い技術力が感得されました。
管弦楽の大阪チェンバーオーケストラは、フルーティストとして世界的な活躍でも知られる金昌国さんのもとでモーツァルトの交響曲全曲演奏を手がけたほどの実力派オーケストラで、殊にバッハの宗教曲演奏には定評があるとのこと。
実に精緻で美しいアンサンブルを聴かせてくれました。
これは、個々の奏者のレベルが極めて高いことにも起因していて、独奏パートが多いこの曲においてその実力を遺憾なく発揮していました。
殊に、ペテロの否認でのアルトのアリア(第39曲)における第一バイオリンのソロはため息をつくほどに美しく、絶望的な悲しみに打ちひしがれるペテロの心情を映して余りあるものがあったのでした。
第35曲のテナーのアリアや第57曲のバスのアリアにおけるヴィオラ・ダ・ガンバ、第49曲のソプラノのアリアにおけるフルートも、大変心に残る素晴らしい演奏です。

そして、福音史家を担当した清水徹太郎さん。
これもまた文句なしの素晴らしさでした。
透き通るような、それでいてヴォリュームも響きも満点のテノールで、私がこれまでに聴いてきた多くのエヴァンゲリスト歌いに勝るとも劣りません。
その上、テノールのアリアまで担当されていましたから、体力的にも相当厳しいものがあったのではないかと思われますが、そのような当方の杞憂をよそに、最後まで余裕たっぷりに歌われたその実力には正に「脱帽」ものです。
バッハの受難曲は、エヴァンゲリストの出来如何で演奏の質が大きく左右されます。
その意味でも、最高の立役者だったのではないでしょうか。

それから、バスのアリアを担当した三原剛さんも素晴らしい響きを聴かせてくれました。
私は、第65曲のバスのアリア「我が心、我を清めよ。我が体を墓となしイエスを葬らんがために」が大好きで、自分でも歌った経験がありますが、この三原さんのアリア、何という豊かな響きであったことか。
バッハの信仰告白ともいわれるこの曲が、このように心の奥底まで響き渡る愉悦を、私は心底からの感動を以て聴きほれたのであります。

しかし、私が最高に魅かれたのは三重バッハ合唱団の演奏です。
前にも述べましたように、私もこの曲の演奏には三回参加をした経験がありますが、三時間に垂んとするこの大曲を、最後まで緊張の糸を切らすことなく歌いきるためには相当の覚悟が必要だと思います。
バロックの、とりわけバッハの音楽の演奏においては、縦の線での和声の構造などに細心の注意を払わなければなりません。
つまり、己の歌うパートの旋律のみに囚われて全体の響きをおろそかにすることは赦されないのです。
そのためには、その音の縦の線上にあるほかのパートの音をきちんと聴きながらアンサンブルを作り上げていく必要がある。
月に一回の練習ということであれば、恐らくその練習時はアンサンブルの調整に全てを割かなければならなかったのではないか。
当然のことながら、自分の担当するパートの音取りなどは、全て事前に各々が完璧に済ませて臨まねばなりません。
この演奏会において、ユダ、ペテロ、下女・下僕、大祭司、ピラトの妻など、イエスやピラトを除く独唱は、三重バッハ合唱団のメンバーが歌っていました。
何れもなかなかハイレベルな歌唱力で、殊に大祭司を担当したバスの方は玄人はだしの豊かな響き(特に低音が素晴らしかった)を出しておられ、さすがに驚きましたが、こういうメンバーが真剣にアンサンブルを作っているが故の劇的な成果なのでしょう。
第45曲における「バラバ!」の叫びの迫真に満ちた強烈な響きに圧倒され、速いテンポと複雑な対位法で畳み掛けるように展開される第58曲の一糸の乱れも感じさせぬ統一された完璧なアンサンブルにも舌を巻きました。
メンバーの皆様の、何という精進と努力、そして、この曲に対する愛情なのだろうかと、終曲合唱を聴きながら、「Ruhe sanfte, sanfte ruh!」を思わず共に口ずさみ、不覚にも涙してしまったのでした。

指揮者の本山秀毅氏は、ヘルムート・リリングやヴォルフガング・シェーファーなどといった名だたる宗教音楽指揮の大家から指揮を学び、ライプツィヒ・バッハ・フェスティバルにも招聘された経験を有しておられますが、この三重バッハ合唱団では2005年より指揮を担当されているそうです。
その実力をいかんなく発揮され、この大曲の隅々にまで光を当てるかのように精緻な表現を聴かせてくれました。
この大曲の「実演」を、些かの破綻もなく終曲まで描き切ったその統率力と芸術性には心底から感服しています。
何よりも、バッハとこの曲に対する深い愛情を痛感させられました。

この津において、ここまで磨き上げられたバッハのマタイ受難曲の演奏を聴くことができるとは夢想もしておりませんでした。
帰宅してからも、その興奮冷めやらぬ体で、何よりもこの曲の素晴らしさを強烈に再認識したところです。
三重バッハ合唱団はもちろん、指揮者もオーケストラも独唱陣も、恐らくギャランティを度外視してこの演奏に臨まれたのでしょう。
こうした演奏に接するたびに感ずるのですが、日本のクラシック音楽シーンは、私などが思う以上に深く感動的な広がりを有しているのでしょうね。
そんな演奏を聴くことができる幸せを、しみじみと噛みしめているところです。

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hirochiki

他のパートとの調和も考えながら三時間も集中力を持続するなんて
とても大変なことだと思います。
演奏を聴きながら涙されてしまったとのこと、本当に素晴らしい演奏だったのでしょう。
こちらは、雨は降っていませんが蒸し暑い毎日が続いています。
私の会社は7月まではエアコンはつけられないので辛いです。
午後からは、うちわであおぎながらPCの前で仕事をしております。
by hirochiki (2013-06-04 06:44) 

tochimochi

門外漢ですが精緻な描写の解説に素晴らしさが伝わってきます。
ほんとに奥が深そうですね。
実に多趣味な活動に感心してしまいます。

by tochimochi (2013-06-04 22:08) 

伊閣蝶

hirochikiさん、こんばんは。
今、振り返ってみても、そのときの緊張感は尋常ならざるものがありました。
ただ、やはり、「バッハのマタイ受難曲を演奏できる!」という悦びと高揚感があったが故に、その重みを受け入れられたのだと思います。
そんなことを思い起こしながら聴いていたら、やはり涙が出てしまいました。
「Ruhe sanfte, sanfte ruh!」は「眠り給へ、安らかに、安らかに眠り給へ!」という意味で、十字架にかけられたイエスを葬るお墓に向かっての呼びかけです。
この終曲はことのほか美しく劇的で、正直なところ、ああ、これで演奏の緊張から解放される、などと考えたこともありました。
そんなことがどうしても頭の中を渦巻いてしまいますね。
ところで、今日は快晴の一日で、気温もグンと上がりました。
私の職場もエアコンは使えないので、団扇を使っています。尤も、今日は終日出張で、さらに厳しいものがありましたが。
hirochikiさんも、どうぞ体調にはお気をつけ下さい。
by 伊閣蝶 (2013-06-04 22:21) 

伊閣蝶

tochimochiさん、こんばんは。
過分なご評価を頂き、大変嬉しく存じます。
バッハの音楽の奥の深さは、一度取り付かれると虜になりましょう。
どうしてここまで精緻な構成を音楽の上で実現できるのか、誠に、恐るべき才能と思います。
「芸術が人生である人。その人の人生は芸術である」
これはバッハの言葉ですが、真にこうした言葉を発することのできる人は、歴史の上でも本当に類い稀な存在なのだろうと思います。
久しぶりにバッハの曲を歌いたくなってしまいました。
by 伊閣蝶 (2013-06-04 22:28) 

Cecilia

お近くで伊閣蝶さんにとって大変興味深い演奏会があったとのことで私もうれしくなりました。しかもマタイを通して深い関わりのあった方から連絡があったということで何よりですね。
私も機会を作って三重バッハ合唱団の演奏を聴きたいと思いました。
私の県にもバッハ合唱団があるのですが、遠いので興味があっても団員になるということは不可能です。(そこまで行くことは多いのですが、練習に参加するということは大変ですよね。)
私もいつかマタイの全曲演奏に参加してみたいです。取りあえずはソロ曲を歌う機会を作るところから始めたいです。
by Cecilia (2013-06-07 09:48) 

伊閣蝶

Ceciliaさん、こんばんは。
このたびのマタイ受難曲の演奏、本当に貴重な経験でした。
それに、10数年ぶりに先輩にお会いでき、お元気にご活躍のお姿を拝見できたのは、誠に嬉しいことです。
もしも機会がございましたら、是非お聴き下さい。
次回の定期演奏会はクリスマスオラトリオだそうです。
私ももう一年こちらにいられるようなら、入団をお願いしてみようかと思っています。
Ceciliaさんのソロのお歌、是非ともお聴きしたいところです。
by 伊閣蝶 (2013-06-08 22:41) 

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