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映画「あなたへ」 [映画]

今日はものすごく変わりやすい天気で、突然の驟雨が間歇的に襲う油断ならない空模様でした。
青空が出ていても、怪しい雲が急に張り出し来て、あっという間に強い雨が降る、という感じです。
雨が降った後はちょっと涼しくなりますが、風がなくなるとやはり蒸し暑くなり、どうにも処置なしでした。
明日は津に帰りますのでいろいろと買い物などをするために出かけており、結構ヒヤヒヤしたものです。

昨日、合唱団の練習の後、飲み会までの間の時間つぶし(失礼!)もあって、高倉健主演の映画「あなたへ」を観てきました。
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健さん6年ぶりの映画ということで、公開前から話題を呼んでいたこともあり、平日の16時前の放映というのに有楽町マリオンの東宝シネマズの座席はかなりの入りでした。

あらすじは、刑務所の指導技官にあった主人公が、奥さんの遺言を果たすために、奥さんの故郷である長崎の平戸に向かう、というもので、いわゆる「ロードムービー」です。
これといった大きな事件や出来事もなく、淡々としたストーリーの展開の中で、様々な人々との出会いを丹念に描いており、何といいましょうか、久しぶりにホッとできる映画に出会ったな、という感想を持ちました。
高倉健さんは81歳、監督の降旗康男さんも78歳、という高齢での作品。
私はそれだけで大変感慨深い想いを禁じ得ませんでした。

このコンビは、東映のやくざ映画時代から多くの佳作を生み出して来ており、「冬の華」「駅・STATION」「居酒屋兆治」「鉄道員(ぽっぽや)」など深い印象に残る作品を作り上げてきました。
降旗監督は、大スター高倉健を、むしろ市井の片隅に生きようとする人物として描き出そうとしてきたのではないかと思われ、年齢を重ねるに従ってその成熟度を増して来たのではないかと感じています。
今回の「あなたへ」は、正にその集大成のような映画といえるのではないでしょうか。

主人公である元刑務官・現指導技官の倉橋英二(高倉健)がどのような人物であるかということに関しては、その連れ合い洋子(田中裕子)との関わりを除いてはことさら語られませんが、富山から長崎に向かう旅の最中で出会う人々との交流の中で、徐々にその人間性が明らかにされていきます。
この描き方、実に心憎い限りでした。
ああ、降旗監督は本当に健さんのことが好きなのだろうな、と感嘆したものです。
そして、それは降旗監督に限らず、この映画に出演している全ての俳優さんやスタッフにも共通していることでしょう。
実際、健さんほどあらゆる人々から尊敬され愛されている俳優は稀なのではないかと思います。
ビートたけし氏との交遊は有名ですし、健さんを尊敬してやまないナイナイの岡村隆史氏も共演の願いが叶って出演しています。健さんを尊敬するあまり、芸名に一字をもらったという石倉三郎さんも顔を出していました。

あらすじはこちらをご参照下さい。
これ以上の内容は敢えて書きませんが、途中でいくつかの疑問がわき上がって来て、どうなることかと思って観ていると、最後に主人公倉橋英二が、それまでの刑務官人生の中で己を律し決しておかさなかった禁忌を自ら破ることで、それらが全て解消されます。
何気ない台詞の一つ一つが、そのラストに向かってきちんと収斂されていく、その映画的興奮を、この静かな映画から感ぜられたことが、私にとっては久方ぶりの大きな収穫となりました。
大滝秀治さんの誠に味わい深い演技も素晴らしいもので、とても87歳を迎えておられるようには思えませんでした。「久しぶりに美しい海を見た」という大滝秀治さんの台詞に込められた想いはいかなるものであったのか…。

それにしても健さんの姿や立ち居振る舞い、何という美しさかと改めてほれぼれしました。
健さんはとりわけその後ろ姿の美しさが印象的ですが、この映画における後ろ姿、とても81歳の人のものとは思えません。
ピンと伸びた背筋から踵までのラインのしなやかな美しさには、思わずため息をついてしまいました。
「昭和残侠伝」や「網走番外地」シリーズなど、やくざ映画によってその名を高めて来た健さんですが、自身は下戸で、もちろん博打もやらず、「自分は到底やくざなどにはなれない」とあるインタビューで答えていました。
別のインタビューでは、若い頃の女郎屋通いの経験を語っていましたが、江利チエミさんとの結婚と破局、そしてそれ以降は独身を続けていて、江利さんの命日には今も墓参を欠かさないということから鑑みて、とても額面通りには受け止められません。
大変気さくな方で、共演者やスタッフはもちろん、エキストラやロケ先の地元の人とも気軽に話をされる方だとも聞いております。
そういう真の意味でのスターである高倉健さん。どうか益々お元気で、これからも我々ファンの目を楽しませて頂きたいと、切に願っているところです。

この映画、先にも書きましたが、久しぶりに安心して観ることの出来る映画でした。
特にカメラワークの自然さが印象に残ります。
近頃の映画は、やたらにカメラが動き過ぎ、パンやチルトやズームや移動を芝居に関係なく使いまくる傾向があるように思われます。
私のような年寄りには実に疲れる絵作りだと思うのですが、例えばパソコンゲームなどに慣れた観客はそれを望んでいるのでしょうか。
黒澤明監督は、カメラは被写体が動くときに動き、静止しているときには止まっている、ズームは極力使わず、それが必要なときには移動の折に併せて使うのだと言っていました。
あの迫力満点の画像を見せられつつも、全く疲れを感じないのは、そのカメラの動きが人間の目の動きに自然に合致しているからなのでしょう。
この映画では、その映画の文法のようなものがきちんと守られている。
それゆえに自然で静かな感動を与えてくれるのではないか、そんなふうに私は思っています。
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hirochiki

写真の高倉健さんの横顔もとても素敵です。
彼がこの時に何を考えていらしゃったのか、色々と想像してしまいます。
健さんは、これだけの大スターであるにもかかわらず気さくな方なのですね。
江利チエミさんの墓参も毎年続けられているとのこと、心が温かくなります。
ところで、今日はまた津に帰られるそうですね。
お気をつけてお出かけ下さい。
明日からは、またお忙しい毎日になることと思います。
まだまだ残暑が厳しいので、くれぐれもお身体にご自愛下さい。
by hirochiki (2012-09-02 07:54) 

のら人

こんばんは。
高倉さんの渋い演技は想像できますが、大滝秀治さんの演技力も凄いですよね。と、いうか個性が凄い。 87歳ですかぁ。 ^^
倉本聰脚本で、新しいのをもう一回だけでも良いので見たい! と思います。
自分は堅気ですが、飲む、打つ、買う の内、現在も続けているのは飲む!、だけですかね。 ^^;  あと、しいて言えば ・・・ 攀じる、です。 ^^
by のら人 (2012-09-02 19:30) 

夏炉冬扇

こんばんは。
底井野、行ったことあります。健さんの故郷。
by 夏炉冬扇 (2012-09-02 21:20) 

tochimochi

高倉健さん、81歳ですか。
それにしても矍鑠たるものですね、ピンと伸びた姿勢からはとても年齢を感じさせません。
幸福せの黄色いハンカチ、南極物語くらいしか見ていませんが、謙虚な姿勢と存在感には圧倒されるものがありました。

by tochimochi (2012-09-02 21:34) 

Cecilia

高倉健、刑務所・・・とくれば私は「幸福の黄色いハンカチ」です。
他に彼が出演している映画で有名なものをあまり観ていませんが、じっくり観てみたいです。
by Cecilia (2012-09-03 16:19) 

伊閣蝶

hirochikiさん、こんばんは。
本当に素敵な横顔だと私もしみじみ思いました。
このシーンはとても大切なシーンで、これはぜひ映画をご覧下さい、としか申し上げられません。
いずれにしても、心がジーンと温まるシーンです。健さんの人柄がそこからにじみ出てくるような。
昨日、津に戻りましたが、おかげさまで目立った渋滞もなく順調に帰ることが出来ました。
休憩も入れて4時間くらいでしたから、上々でしょう。
本日は、予想はしていたものの、やはりごっそり仕事が待っていました(^^;
めげずにがんばります。

by 伊閣蝶 (2012-09-03 21:28) 

伊閣蝶

のら人さん、こんばんは。
大滝秀治さんの演技は、何といえばいいのか、余りに自然で驚くべきものでした。
本当にそういう漁師がいる!というふうに想わせるほどに。
飲む、打つ、買う。
私もこの中では「飲む」だけですね。
攀じる方も、現在ではとんとご無沙汰ですが、これだけはそろそろ復帰したいものです。

by 伊閣蝶 (2012-09-03 21:28) 

伊閣蝶

夏炉冬扇さん、こんばんは。
健さんは福岡のご出身でしたね。

by 伊閣蝶 (2012-09-03 21:29) 

伊閣蝶

tochimochiさん、こんばんは。
本当に81歳とは思えない立ち居振る舞いでした。
余程日頃からご自身を律しておられるのでしょうね。
「南極物語」は悲しい映画でしたが、私も大変印象に残っています。
「幸福の黄色いハンカチ」も名作でしたね。
健さんが三枚目的な演技をしていたこともすごかった。

by 伊閣蝶 (2012-09-03 21:30) 

伊閣蝶

Ceciliaさん、こんばんは。
「幸福の黄色いハンカチ」は、確かに素晴らしい映画でしたね。
健さん主演の映画はどれも話題作になっていますが、私はどうしても「冬の華」が忘れられません。
クロード・チアリの音楽がまた、大変に印象的でした。

by 伊閣蝶 (2012-09-03 21:30) 

ムース

時間つぶしの映画館という手、私もよくやりますね。時間が合えばですが・・・。
 洋物かぶれなのでついつい邦画を敬遠するのですが、最近の洋画は全体に低調ですね。レビューみまして、大変興味深く、久々に観にいきたいと思います。
by ムース (2012-09-05 00:07) 

伊閣蝶

ムースさん、こんばんは。
この映画、9月3日、第36回モントリオール映画祭でエキュメニカル賞特別賞を受賞したそうです。
丁寧に作られたこのような映画がきちんと評価されたことを嬉しく思います。
もしもお時間がございましたら、ご覧頂ければと存じます。
by 伊閣蝶 (2012-09-05 22:39) 

九子

そんなに見るつもり無かったのですが、伊閣蝶さんのお話を聞いて見たくなりました。「禁忌」っていったいなんでしょうね。( ^-^)
by 九子 (2012-09-05 23:02) 

伊閣蝶

九子さん、こんばんは。
久しぶりに丁寧に作られた映画を観た、という感じでしたから、よろしければご覧下さい。
「禁忌」のことは、彼の職務(刑務官)から鑑みれば当然のこと、ではないかと思います。
それを敢えて破ろうと思ったきっかけ、それもみものの一つでしょうか。
by 伊閣蝶 (2012-09-07 22:12) 

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