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赤ちゃん本部長 [日記]

週末になると春の嵐が吹き荒れる中でも、まだ頑張って花をつけている桜の木もありました。
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テレビ番組を話題するのもどうかなと思いましたが、ちょっと感動してしまったのでご紹介いたします。

赤ちゃん本部長

日曜日の晩(3月29日24時40分)、何とはなしにテレビをつけていたら、このアニメが始まりました。
一話5分ずつで、トータル40分の番組です。

寝る前にちょっとだけ、と思っていたのですが、ついつい引き込まれてみてしまいました。
おそらくどこかのタイミングで再放送されるとは思いますが、NHKプラスで視聴できるので、ご興味がおありの方はぜひともとおすすめします。

このアニメの原作は、竹内佐千子さんのコミックです。
47歳の武田本部長が、ある日突然赤ちゃん(生後8ヶ月くらい)になってしまう、という一見荒唐無稽なお話ですが、中身がおじさんの赤ちゃん目線で世の中のありようをみる、という面白い設定です。

この物語の一つの肝は、赤ちゃんになってしまった本部長を職場の人たちがきちんと受け入れサポートする、というところ。
しかも、本部長のお世話(ベビー用品の調達、食事の世話、おむつなど排せつの世話、外回りや会議などのサポートなどなど)を、職場の男性の部下が自発的に(困惑しつつも愛情を持ち面白がって)行っている。
おそらく、女性社員がこれらを担当したとすれば、なんだかありきたりのジェンダー決めつけ的絵面になってしまったことでしょう。
赤ちゃんの世話は女性(母親など)がするもの、という決めつけを軽々と超えているのは、天野課長や西浦君のように、そもそもそうした決めつけからフリーであるパーソナリティの存在もさることながら、「中身が本部長」という設定によるところも大きいのかもしれません。
武田本部長は部下思いで愛社精神にも満ち、人間的にも優れているという設定です。
そうした前提があったので、少なくとも私にはまったく違和感がなく、自然に受け入れられました。

短いながらもそれぞれの回に唸らせるテーマがあって、いわゆる一般常識的なものが果たして本当に常識なのか、と考えさせられます。
「結婚しなくてさみしくないですか?」と西浦に問われた天野課長が「結婚も恋愛も無理にする方が何倍もさみしい。自分の生き方を模索しているうちにこういう形になった。それをお前にさみしい形だと思われていることの方がさみしい」と返し、自身が同性のパートナーとともに暮らしていて女の子(1歳半)を育ている西浦は、ハッと胸を突かれて謝るシーン、などは私も心を打たれました。

また、旧態依然とした価値観にとらわれている橘部長(55歳)をめぐる回なども非常に興味深いものがありました。
西浦君が同性愛者であり、しかもパートナーと一緒に女の子を育てていることに対して、「悪いことだ」「そんな家庭に育った子は不幸だ」「子供は父親と母親がいてその中で育つのが一番幸せなんだ」と橘部長は赤ちゃん本部長に訴えかけますが、それに対して本部長は「もしもその子たちの家庭が幸せになれないとしたら、橘さんのような考え方の人がいるせいでしょうね」と答えます。
橘部長は絶句。
しかし実は、橘部長は息子から「ゲイだ」と告白され途方に暮れていたのでした。自分の価値観を押し付けていたのではないかと。
そこから橘部長は変わろうと努力を始めます。

こんな感じで、さりげなく世の中の不自由な部分に光を当てて考えさせてくれる。
こういう良質なコミックやアニメもあるのだなと、またまた瞠目させられました。

私などもそうした部分が残っているのではないかと反省させられるのですが、一昔前は常識だと思われていたものが覆されていくとき(例えば、五輪招致委員会の森前会長に関する顛末とか、同じく五輪開会式演出を任されていた佐々木氏の顛末など)生きづらい世の中になった、などとため息をつくおやじの姿を時折見かけます。
しかしそれは、そうしたおやじたちの思い込みの中で、声を上げることができずにそれこそ生きづらい思いをしていた人たちの言葉や主張にようやく光が当たり始めた、ということでもあるのでしょう。
少なくともこうして点に関しては、世の中は良い方向に進んでいるのではないかと私は思います。
そんな「気づき」も味わわせてくれたアニメでした。

エンディングテーマであるヒャダインの「また明日逢いましょう」も非常に良い曲で、「生きているだけでいいじゃないの また明日逢いましょう」という最後のフレーズには心が躍りました。



タグ:赤ちゃん
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映画「新聞記者」 [映画]

桜の季節となりました。
このところ週末になると春の嵐が吹き荒れ、先週開花した桜の花もどうかな、と心配しておりましたが、さすがに咲き始めの桜の花は強いものがあり、大丈夫でしたね。
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連れ合いが亡くなって三回目の春を迎えますが、やはりなかなか花見をしよう、などという気持ちにはなりません。
近所の公園の桜は結構見事な花をつけるため、それが気に入って連れ合いはここに住もうと提案してくれました。
それから毎年、この時期になると花見に出かけていたので、どうしてもそうしたことを思い出してしまいます。
毎日出社していた時にはさほど感じておりませんでしたが、在宅ワークが主体となると、そんなことが頭をよぎってしまいます。
緊急事態宣言は解除されたものの、花見の宴会などは自粛してほしいという要請もあるようで、今の私としてはそのほうがありがたいように感じてしまいます。

と、なんだか湿っぽい話になってしまいました。妄言多謝。

先日、第44回日本アカデミー賞の授賞式の模様が放映されました。
今回のプレゼンターは、松坂桃李さんとシム・ウンギョンさんで、ちょっと胸に迫るものがありました。
いうまでもなく、昨年の日本アカデミー賞で、それぞれ、主演男優賞・主演女優賞の最優秀賞を受賞されたお二人だったからです。
その作品であった「新聞記者」は、そのほかに最優秀作品賞・優秀監督賞・優秀脚本賞・優秀編集賞をしており、毎日映画コンクールにおいても日本映画優秀賞と女優主演賞を受賞しています。
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この映画が公開された頃、私は連れ合いを亡くして間もない時でもありましたから、映画館に出かけようという前向きな気持ちにはなかなかなれませんでした。
しかし、この映画が製作された過程や、それに携わった人たちの苦難・葛藤を知り、また、この映画自体の持つ力に惹かれ、重い腰を上げました。
2時間足らずの上映時間の間、まさに身じろぎもせずに見入ったことを思い出します。
以前であればおそらくそのまま立て続けに三回は連続して観たと思いますが、現在の映画館では上映ごとに入れ替えとなっているので、さすがにそれはできませんでした。
というのも、この映画は、繰り返し観たくなる魅力を備えていたからです。

そんなわけで、DVDの発売を待って速攻で買い求めました。
以来何度も観ていますが、その都度新しい発見があります。そういう面白さを持った稀有の作品なのではないでしょうか。

モリカケ疑惑とそれにかかわる近畿財務局の赤木俊夫さんの自殺、前川喜平文科次官の更迭と出会い系バー問題、伊藤詩織さんへのレイプ事件と刑事告訴の不起訴処分など、ほぼ同時代に勃発していた当時のアベ政権下での出来事を、微妙に設定を変えつつも再現し、それらの裏側で内閣情報調査室が暗躍していた、ということを東都新聞社会部の若手女性記者・吉岡エリカが調査と取材を重ねて記事にしていくという展開。
対象となったアベ政権下では、首相の意向を第一とする官邸が様々な政策を主導し、その一環として人事権を握られていた霞が関の官僚は唯々諾々として官邸の方針に従う。
流行語にもなった「忖度政治」ですね。
さらに内調は、ネットや官邸の息のかかった報道機関にフェイク情報を意図的に流し、世論を捻じ曲げていく。
公文書偽造の責任を取らされ自殺に追い込まれた先輩は、畢竟そうした「内調」の犠牲者だったのではないかと義憤にかられた外務省から内調に出向している杉原が、その吉岡とタッグを組む形で事実の公表に力を貸そうとします。

などなど、またまた書きすぎてしまう虞がありますので、ここまでにいたしますが、こうしたストーリー展開から想像されるような、いわゆるコテコテの社会派映画ではなく、この映画はあくまでも優れたエンターテインメント作品であるところが多くの観客を引き付けた所以でしょう。

先に書いたような、官邸や内閣情報調査室の動きは、おそらくほとんどの人たちが気付いていること。
しかし、それをあくまでもフィクションとして扱い、一流の娯楽作品に仕上げた藤井監督の手腕には脱帽せざるを得ません。

それともう一つ、いくらフィクションであるとはいえ、官邸やそれに同調するマスコミに対して挑戦状をたたきつけるようなこの映画に出演した俳優の皆さんの意気にも感じ入ってしまいました。
主演を務めたお二人の覚悟は次のようなものであったそうです。

シム・ウンギョン&松坂桃李、衝撃作『新聞記者』に挑む覚悟

お二人がなみなみならぬ想いでこの撮影に臨んでおられたことがひしひしと伝わってきますね。
吉岡役は、当初日本人女優を考えていたのだそうですが、引き受け手がなくシム・ウンギョンさんになったとのこと。
なんだかなあ、と思いましたが、結果的にはシム・ウンギョンさんで大正解だったと思います。
私自身、この作品を観てから彼女のファンになってしまい、先日までテレビ東京で放映されていたドラマ「アノニマス」にも出演されていたので、毎週欠かさず観てしまいました。
そういう状況の中で杉原役を引き受けた松坂桃李さんにも、天晴と満腔の拍手を送りたいと思います。

それから音楽が大変すばらしかった。
岩代太郎さんはこれまでにも数々の映画音楽を担当されましたが、この映画の、抑制された中にも緊迫感を盛り上げる表現の仕方は目を見張るものを感じました。
必要なシーンに必要な音を入れる。
当たり前のことのようですが、「音楽」を書きすぎている映画が一層目立つこの頃、このようなつけ方は大変好もしく思われました。

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鬼滅の刃 [映画]

三寒四温という、この時期の形容がしっくりくるようなお天気が続きます。
初夏に近いような陽気の時もあれば、冬に逆戻りの冷え込みもあり、年寄りには応えますね。

そんな中、沈丁花の花が咲き、あの爽やかな香りを届けてくれています。
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週刊少年ジャンプで2016年11号から2020年24号まで連載されていた「鬼滅の刃」、昨年の秋に「劇場版 鬼滅の刃 無限列車編」が公開され、日本歴代興行収入第1位を獲得しました。
海外においても公開されて人気を博しているようで、今年の2月にはアメリカのマイアミでも公開されたようです(これはアカデミー賞候補としてノミネートされるための条件満たすためだった模様)。
因みに6月16日にはBlu-rayで発売が予定されています。

記憶があまり定かではないのですが、一昨年の終わり頃に実家に帰省した折、テレビで再放送されていて、その第1話をたまたま観て一気に引き込まれるものを感じました。
アニメ化当初は深夜枠での放送だったのでタイムリーには観ておらず、いつか続編を観たいものだと思っていました。
昨年の10月に、前述した劇場版の宣伝のため、フジテレビで「兄妹の絆」「那田蜘蛛山編」「柱合会議・蝶屋敷編」が立て続けに放送され、少年漫画とは思えぬ深い世界観の一端を垣間見た気がします。

前述した劇場版も観ようと思っていたのですが、折からのCOVID-19感染拡大で尻込みをし、結局、現在も未見です。
しかし、テレビ放映後の展開がどうにも気にかかり、なんと全巻をそろえてしまいました。




コミックで全巻をそろえたのは、20代の頃に横山光輝さんの「三国志」と「水滸伝」そして手塚治虫さんの「火の鳥」くらいです(前・後編を買ったなどというのはそのほかにもいくつかありますが)。
尤も、23巻を全部本でそろえたのでは、それでなくても満杯になっている本箱には到底収まり切れませんので、電子ブックにしてしまいましたが(;^_^A

それはともかくそこまで魅かれた一番大きな要因は、なんといっても作者である吾峠呼世晴さんの世界観のものすごさとストーリーテリングの見事さに尽きます。
吾峠さんは文章(言葉)に非常な思い入れがあるように思われ、設定が大正時代ということもあってか、漢字などにもかなりのこだわりが見て取れます。
それぞれの呼吸の型を示す数字に「壱」「弐」「参」「肆」などのように旧字体(本字)を使っていたり、鬼殺隊隊員の階級には十干(甲から癸)が割りあてられていたりと、なかなかに凝っています。

「劇場版 鬼滅の刃 無限列車編」では、炎柱・煉獄杏寿郎の壮絶なる討ち死にが中心ですが、もちろん、物語としてはそれ以降が本番です。
上弦の鬼との闘いが始まり、炭治郎・善逸・伊之助などの中心的なキャラクターの成長とともに、鬼殺隊当主・産屋敷耀哉の爆死を嚆矢として残る柱たちも大半が討死してしまいます。
上弦の鬼も全て倒し、鬼舞辻無惨も最期を迎えるのですが、知恵と力と技そして「想い」が込められた鬼殺隊による総力戦は、正に息をも継がせぬ展開を繰り広げます。

と、この調子で書いていくと際限もなくなりネタバレ街道まっしぐらとなりそうなのでこのあたりでやめますが、、ご興味をお持ちになられた方はコミックをお読みになるか、粗々の筋だけでも知りたいと思われる向きはネットをググれば大方の情報は得られることでしょう。

その中でも一点だけ触れさせてもらえるのであれば、「永遠」についての彼我の考察です。

鬼の始祖である鬼舞辻無惨が鬼を増やす目的の一つは、己の唯一の弱点である日光を克服するため、日光に耐性を持つ鬼を作り、それを自らの体に取り込むこと。
それを果たすことが叶えば、滅びることのない体を手に入れ最強者として永久に君臨できる、というものです。

自分を殺しに来たそんな無惨の心中を、耀哉は次のように言い当てます。

「君は永遠を夢見ている 不滅を夢見ている」

無惨はそれを宜い、(日光を克服した)竈門禰豆子を手に入れればそれが叶う、と言い放つ。
それに対して耀哉は、

「君は思い違いをしている」
「永遠というのは人の想いだ 人の想いこそが永遠であり不滅なんだよ」

といい、さらに続けて、無惨を次のように断じます。

「この 人の想いとつながりが 君には理解できないだろうね 無惨」
「なぜなら君は 君たちは 君が死ねば全ての鬼が滅ぶんだろう?」

無惨は、千年以上生きてきた己の存在のみを不滅のものとすることが「永遠」であると考え、耀哉は、人の想いが想いを同じくする人を介しながら連綿と続いていくことこそ「永遠」であり「不滅」であると考える。

このブログの記事の中でも何度か触れてきましたが、この世の中に存在するものである限り時間の支配下に置かれ、必ず滅んでいくこと。
つまり、「永遠」と「存在」は二律背反、存在した瞬間に永遠ではなくなるのです。
どのようなものでも、この世に存在する限り時間の支配からは逃れられない。

しかし、その時間に屹立するものもあります。

芸術などはその典型でしょう。
それを生み出した作者は死んでも、残された文章や絵画や音楽などは、それを後世に伝える多くの「想いを同じうする人々」によって連綿と伝えられていき、その内容によっては、この世にそうした人が存在する限り永久に伝えられ続けるのではないでしょうか。

「永遠」というものは一個人の矮小な存在を以て成し遂げられるものでは断じてない、耀哉はそうした理の中で「永遠」という人の願いと望みを繋げていくことこそが、今を生きる人間に与えられた道であると言おうとしているかのようです。
そして無惨も、最期になってその耀哉の言葉を受け入れざるを得なくなる(かなり捻じ曲げられてですが)。

「儂の利益のために身を犠牲にする者がいるのは当然だ」「儂にはそれだけの価値があるのだ」と考える人間は確かに一定程度存在したりします。
無惨は、そういう連中の象徴として具現化されたもの、ともいえましょうか。
しかし、そういう連中でも、人間である限り寿命などによって死が訪れ肉体は滅んでいく。それゆえにそうした己の行いの報いを現世で受けずに済む者もいることでしょう。
無惨は、千年以上にわたり、そうした理に冷笑を浴びせつつ殺戮を繰り返した。
そして最後にその報いを受けることになるのです。

この作品には様々な伏線が張られていますが、それらのほとんどすべてが最終的に回収されます。
作者である吾峠さんの構成力は見事なもので、驚嘆しました。
というのも、小説や劇作においても張り巡らされた伏線が放置されたままになっている例をしばしば見かけるからであり、そこに作者の誠実さを見出すからです。

それらの中で一番重要なものは、竈門兄妹が、この非常に困難で先の見通せない戦いに赴くことになるいきさつでしょう。
炭治郎が一人で里に炭を売りに行っている間、自宅に残っていた母を含めて家族を鬼に殺され、唯一生き残った禰豆子は、無惨によって鬼にされてしまいます。
炭治郎は、禰豆子を人間に戻すため、その道程として鬼殺隊に入り鬼と戦う道を選び突き進む。
炭治郎の家に代々継承されている日輪の耳飾り、これは400年ほど前に無惨をあと一歩のところまで追いつめた継国縁壱(日の呼吸の使い手)から託されたものでした。
鬼にされた禰豆子でしたが、人を喰うことはなく、炭治郎たちととともに鬼と戦い、やがて日光を克服します。

この二人に深くかかわる育手の鱗滝左近次は、鬼との最終決戦の中で次のように独白します。

「この長い戦いが今夜終わるかもしれない まさかそこに自分が生きて立ちあおうとは」
「炭治郎 思えばお前が鬼になった妹を連れてきた時から 何か大きな歯車が回り始めたような気がする」
「今までの戦いで築造されたものが巨大な装置だとしたならば お前と禰豆子という二つの小さな歯車が嵌ったことにより 停滞していた状況が一気に動き出した」

炭治郎と禰豆子が加わっていなかったとしたら、無惨との戦いは終わりのない絶望的な消耗戦を延々と続けることとなり、産屋敷家の呪いが解けることはなく多くの人たちが鬼の犠牲となったものと思われます。
そして、家族が無惨に襲われた晩に、炭治郎は三郎じいさんに引き留められて難を逃れるわけで、その意味では三郎じいさんも、「この長い戦い」を終わらせるための大きな役割を果たしたともいえます。
炭治郎と禰豆子たちが、凄絶な鬼との戦いを終えた後に自宅に帰った折、三郎じいさんとの邂逅を果たして、この大きな伏線は感動的に回収されました。

さて、この物語の一番のキーワードは、なんといっても「鬼」でしょう。
それも、いわゆる「人喰い鬼」。

鬼はもともと「隠(おぬ)」が語源とされ、得体の知れないものを指す、というのが、どうやら定説です。天変地異や火事、それから疫病などもこの範疇でした(因みに、鬼殺隊の中で、救護や輜重などの後方を担当する部隊を「隠(カクシ)」と呼んでいますが、おそらくはこれを語源としたのでしょう)。
「鬼」という字は、器と同じ系列で、魂の入れ物という用いられ方がなされたようです。

鬼は、今昔物語や宇治拾遺物語にも登場してきますが、最も顕著なのは能における表現ではないかと思います。
「鉄輪」「葵上」「黒塚」「紅葉狩」「道成寺」などなど、鬼が登場する能はそれこそ枚挙のいとまがないくらいです。
登場する鬼のほとんどは、嫉妬・恨み・懊悩・怒りなどに身を焦がし異形のものとなって人を襲います。
「黒塚」は人喰い鬼の典型的な例ではありますが、これも奉公先の姫君を助けるために、その妙薬といわれた胎児の肝を得ようと、安達ケ原で出会った妊婦を我が娘とは知らずその腹を裂き胎児の肝を抜き取るという悲惨な蛮行のもとに気が狂いそのような仕儀となったわけですから、最初から人喰い鬼であったわけではありません。
しかし、いずれにしても、鬼が今日のような形態となったのは能によるものが大きいと思われます。

鬼滅の刃の舞台は大正時代であり、鬼の始祖は千年以上生きているとされています。
平安時代がその始まり(無惨の誕生)と設定されているのは、六条御息所を嚆矢と考えたからでしょうか。

「人喰い」という意味でいけば、人が人を食うこと自体、もちろん古くからあったこと。
動物には「共食い」があったりするわけですから、人間も動物の一種と考えれば別に珍しくもありません。
事実、天明や天保の飢饉の頃には、殺して塩漬けにした人肉を備蓄する甕が農村部のそこかしこにあったといいます。
太平洋戦争中も、南方戦線などで飢餓に苦しみ人肉を食った話が、「野火」を始め小説などにも描かれています。「軍記はためく下に」や「ゆきゆきて神軍」という映画もありました。
また、大正時代はもちろん、昭和初期でも、自分の子供を売ったりすることはありましたし、世界に目を向ければ、いまだにそういう行為はそこかしこで散見されます。
日本においても、昭和のころまでは、子供は親の所有物という認識が一般的だったように感じます。

鬼は、結局のところ人間そのものではないのか。
鬼滅の刃を読んでいて、そういうところにまで想いが至ってしまいました。
私のような老人でも夢中になって読んでしまう要因の一つには、そうした背景や世界観も存在するからなのかなと思います。

ところで、アニメの方では、私は次の歌に大変感動しました。


竈門炭治郎のうた
https://utaten.com/lyric/sa19112890/

作詞はこのアニメの制作元である ufotableで、このアニメ制作会社がどれほどこの作品にラポールしているかを如実に示していると思います。
近々、「吉原遊郭編」も放映されるとのこと。
大変楽しみですね。

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セルジュ・チェリビダッケ DVDボックス&ブック [音楽]

三月に入って荒れたお天気が続きました。
台風並みの強風が吹き荒れ、東横線では、線路わきで建設中のビルの足場が線路に崩れて運行がストップ。
夜の22時過ぎの発生ということもあり、仕事帰りの乗客を中心に大きな影響があったとのことです。
運転再開は3日の昼過ぎでした。
この週末はまたお天気が荒れる予報ですので、注意が必要ですね。

連れ合いを亡くして以来、どうもふさぎ込むことが多くなり、一昨年は衝動的に様々なCDや音楽DVDを買い込んでしまいました。
購入しながらも、すぐに聴くということは少なく、何と言いましょうか、買うことでストレスを発散していたきらいもあったのでしょう。
今はだいぶ落ち着いていて、新たにこうしたものを購入することはほとんどありません。

そうこうするうちにCOVID-19の感染拡大という事態が出来し、在宅ワークが中心となりました。
そんな環境の中、これらは貴重な心の安らぎのもととなり、こうした音楽を聴きながら黙々と一人で作業をする生活にも慣れてきたように思います。

また、以前にも書きましたが、座りっぱなしとなることを避けるため、適度な運動をしています。
在宅ワークという関係上、平日に長時間の外出は不可能ですし、お天気が芳しくなければなおさらこもらざるを得ません。
そんな折、DVDを観ながら(聴きながら)踏み台昇降をしたりしています。

先日も、一昨年に購入した「セルジュ・チェリビダッケ DVDボックス」を再生しながら体を動かしました。
録音嫌いで知られるチェリビダッケですが、晩年はいくつかの映像録画を行っており、貴重な記録となっております。
これは、13枚に及ぶDVDボックスであり、中には、1950年のベルリン・フィルとの「エグモント」や1965年のシュトゥットガルトとの「ティル・オイレンシュピーゲルの愉快な悪戯」、1969年のトリノRAIとのブルックナー9番、といった貴重な記録もあります。


中でも、1992年、38年ぶりにベルリン・フィルを振ったブルックナーの交響曲第7番の映像は、きわめて感慨深いものでした。
世界一プライドが高い、ともいわれたベルリン・フィルに対して、まだ駆け出しともいうべきチェリビダッケが執拗なまでのリハーサルを要求し、楽団員を辟易させたのは有名な話ですが、決定的な軋轢を生じさせて関係を断ってしまったのは1954年11月の「ドイツ・レクイエム」の演奏をめぐってのことだったといいます。

この演奏は、そんなチェリビダッケが、時の大統領ヴァイツゼッカーに請われて最初で最後の復帰を果たした記念碑的なものです。

お互いの確執は、恐らく埋められることはなく、その微妙な緊張感がビデオ映像からもうかがえます。
終始悲しげな表情をしていたチェリビダッケが、時折、笑みを浮かべている姿を見ると、何とはなしに安心感を覚えたりしました。

恐らく、チェリビダッケの演奏としては、ミュンヘン・フィルのほうがより完成されたものなのだろうと思います。
それでも、やはり世界有数のオーケストラであるベルリン・フィルの響きは凄まじいものがありました。
この演奏では、第1・第2楽章だけで1時間くらいかかります。
その間、私は踏み台昇降をしながら聴いていたのですが、どれくらいの時間をそれに費やしたのか全くわからないほど集中してしまいました。

私は、中学・高校の頃に吹奏楽部に所属しており、ホルンやトロンボーンを吹いておりましたが、ワグナーチューバに一種の偏愛に近い感情を抱いています。
この曲は特にこの楽器が大活躍をし、ことに第二楽章のコーダの185小節目からの「ワグナー葬送の音楽」での響きは格別です。
フィナーレの最後でもワグナーテューバは活躍をし、分厚く充実した最後のホ音が鳴り響いた後、万雷の拍手が沸き起こりました。

その響きの幸せな余韻に浸りながらDVDの再生を終えると、テレビ番組に入れ替わりました。

たまたまそのときのチャンネルはNHK総合で、何と、乃木坂46の歌と映像!
そのあまりの音の響きの薄さと軽薄さに愕然とし、即刻テレビの電源をオフにしたのですが、それまで浸りきっていた至福の時間、特にあの最後のホ音が耳の中に残っていたこともあって、何というかやり場のない悲しみを感じてしまったところです。

もちろん、自分が迂闊だったわけなので、大変身勝手なことなのですが。


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小松菜の再生栽培 [日記]

先日、大根葉の再生栽培のことに触れましたが、先日、小松菜の値段がようやく落ち着いたので購入し、こちらもさっそく再生栽培をしています。
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水を替えるのが一日一回で済むのは大根葉と同じで、この時期だからこそですね。
栽培を始めてまだ一週間も経っていませんが、どうやら順調に生育しているようです。
植物の生命力というものは誠に驚嘆すべきものだと、改めて感じ入っています。

ところで、在宅ワークが続くと、どうしても運動不足になってしまいます。
殊に、COVID-19の感染拡大が要因となっている現在の状況からすれば、なるべく初対面の人との接触は避けるべきであり、外出の頻度も時間も限られたものにならざるを得ません。
勤務地が都心であったこともあり、以前は通勤だけで一日の歩数が一万歩を超えていました。
それが現在では、積極的にウォーキングなどに取り組まなければ達成はおぼつかない状況です。
以前にも記事でご紹介しましたが、キノコなども採れる里山がいい塩梅の距離にあるので、ここへの散歩で何とか埋め合わせをしています。
ただ、あくまでも「在宅」の勤務体系ですから、昼休みを利用した限られた時間内での対処となってしまいます。

そんなわけで、在宅でもできる運動として、ラジオ体操第一・第二、それから、NHKで紹介されている「みんなで筋肉体操」がかなりのおすすめかな、と思います。

https://www.nhk.or.jp/d-garage-mov/movie/82-14.html

私は昨年末に64歳となり、本年はとうとう「前期高齢者」になってしまいます。
その年で、このサーキットは、当初かなり厳しいものでした。
しかし、継続は力なりというのでしょうか、毎日取り組んでいるうちに少しずつできるようになり、時折インターバルでズルをしたりしますが、何とかなってきたりします。

年をとっても筋肉を鍛えることはできる。
「ほんとかな?」などと、以前は疑っていましたが、どうやら人間の体はそんなにやわなものではないようですね。

それから、お天気が悪かったり冷え込みが厳しかったりして外に出られなかった場合の対策として、踏み台昇降がかなりいい運動になります。
15cmから20cmくらいの踏み台で一時間程度上り下りを繰り返すと、歩数計で5~6000歩くらいは稼げます。
冬場でもじんわりと汗をかくことができますし、腕をきちんと振るとかなり良い全身運動になるようです。

連れ合いと父を立て続けに亡くして気落ちしていたことと、COVID-19感染拡大の影響もあって、このところ全く山登りからは遠ざかっておりましたが、今年は少しずつでも前向きに取り組んでいきたいなと考えています。

そのためにも、体力づくり・身体づくりは大切ですね。
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ゲルト・シャラーによるブルックナー「交響曲第9番(シャラー校訂完全版・改訂稿)」 [音楽]

独り身になって、家のことを全部ひとりでしなければならなくなったとき、一番気が重かったのは掃除でした。
私は一応家事のほとんどは対応可能なのですが、好き嫌いということでいえば掃除は嫌いな部類です。
「埃なんかでは死なないよ」みたいなことを嘯き、連れ合いにはその都度叱られて尻を叩かれていました。
もちろん、単身赴任もしていましたし、掃除も片付けもせずに部屋の中が汚れ放題で平気、などということではありません。
その折でも、きちんと定期的に掃除はしていました。
でも、嫌いなものは嫌い、だったわけです。しなくてすむのならしたくない。

そんな私のことを熟知していたからでしょうか、
連れ合いが最期を覚悟した2018年の年末、それまで契約していたダスキンのワックスがけモップの契約を解除しました。
残された私に、あまり負担をかけたくないと思ったのでしょう。
必要なら近所のドラッグストアで床のワックスがけ用のシートを買ってくればいいから、と言いました。
その、自分に残された時間を測るような言い方は私に強い悲しみを与えましたが、結局私はそれを受け入れたわけです。

そんないきさつはありましたが、一人になると、やはり掃除は大切なものだなという感を強くしました。
不思議なもので、部屋の隅や桟などにたまった埃にも我慢がならなくなり、気が付くと掃除をしています。
テレワークになっていることもあって、布団を干すと、気分転換も兼ね掃除をするようになりました。
台所も、今まではせいぜいレンジフードの掃除くらいしたしなかったのですが、シンクなどの洗い場から三角コーナー、排水口、洗面台など、ちょっと汚れに気づくと洗い、まな板や三角コーナーなどは折に触れて日光消毒をしています。
風呂掃除はもともと私の役目でしたし、手洗いは汚れに気づいたほうが洗うということにしていましたが、換気扇の掃除は私の気の回るところではありませんでした。
ここに結構な埃がたまり、それが部屋の空気の循環などに影響を与えることも、一人になってから実感した次第です。
嫌だ嫌だ、といいつつ、今ではなんだか習慣化して、しないわけにはいかなくなった、という感じでしょうか。

先日ふと気づいたのですが、私はどちらかというと、やるときには徹底してやってしまう傾向が強く、つまり、掃除などに関しても、やり始めたらきちんときれいするまではやめられない、そんな思いが強く出るのかなと。
だから、連れ合いがいるときには、面倒くさいからみないようにしていた、ということかもしれません。
まことに厄介な性分です。

閑話休題

ゲルト・シャラーは1965年に、ドイツバイエルン州のバンベルグで生まれ、ヴュルツブルク音楽大学で音楽を学ぶ傍らフリードリヒ=アレクサンダー大学エアランゲン・ニュルンベルクで医学も納めました。
1993年、ハノーファー州立歌劇場でデビュー以来、ドイツ各地のオペラハウスなどで研鑽を重ねています。
その一方、1990年にフランコニアにあるエーブラハ大修道院附属教会でのサマーミュージックフェスティバルを立ち上げ、その芸術監督として「フィルハーモニー・フェスティヴァ」を指揮、ブルックナーの音楽を主体とした演奏に取り組んできました。

中でも、2018年7月に行われた「交響曲第9番(シャラー校訂完全版・改訂稿)のライブは出色の演奏であり、世の注目を集めたものです。


ライブ録音ゆえにもちろんいくつかの箇所での傷はありますが、エーブラハ大修道院附属教会の響きを最大限に生かした演奏は実に感動的です。
問題の第4楽章、シャラーの長年にわたる調査・研究と際立った熱意により2016年に校訂され2018年の改訂を以て完成しました。
シャラーは2010年のキャラガン校正版を使用した演奏も行っていますが、自身の改訂はさらに徹底していて、この曲に関するブルックナーの最も初期のスケッチなども取り入れ、欠落した部分の連続性を徹底的に埋めようと努力しています。
恐るべき執念であり、深い感動を禁じえません。
最終的には736小節の楽章となり、演奏時間は25分17秒。
もちろんこれまでの第4楽章補筆改訂版中、最大規模です。

これまで幾種類かの、この曲の補筆改訂版の演奏を聴いてきましたが、それぞれのピースが何となく不自然に配置され流れを阻害しているかのように感ずることを否めませんでした。
この演奏では、それが極めて自然に流れていきます。
シャラー改訂版の肝ともいうべきフーガは充実した緊張感の中で響き、最後のコーダになだれ込む感じです。
第1楽章の冒頭をはじめ、これまでのブルックナーの音楽からの引用も随所に見られ、私としては大いに楽しめました。
聴けば聴くほど新たな発見があります。

それから、このシャラー完全版では、特に中声部の厚みが増しているという印象を強く持ちます。
これまでの補筆版では、第3楽章までの和声の厚みとの差がかなり著しく出ている感があって、その点では不満を持っていたのですが、この演奏ではその点で非常に満足させられるものがあります。
ブルックナーは、年を重ねるごとに和声における大胆な試みに挑んでおり、それまでのセオリーを打ち破る冒険的な響きを作り出してきました。
その流れの中にこの第4楽章もあるように私には思えます。

「いくらなんでもやりすぎ」「これはブルックナーではない」という感想を持たれる方もきっと多かろうと思われます。
しかし、私はこのシャラーの試みの中に、彼の限りないブルックナーへの愛情が感ぜられてなりません。
彼が決して荒唐無稽なことをしようとしたわけではないことは、この演奏の第3楽章までを聴いてみれば明らかです。
ブルックナーの手のよって残された第3楽章までの未完成版でも、これまでのこの曲の数多くの演奏に決して引けを取るものではありません。
この、第3楽章までを聴くだけでも十分価値があると思うのです。
ブルックナーを愛するがゆえに、彼が完成させることのできなかった世界を何とか再現してみたい、という衝動を抑えることができなかった。それゆえに、全力を尽くして捧げた、ということではないのか。
私にはそのように思えてなりません。

さて、未完に終わった第9番。
後年の人々が、何とか完全な形で再現しようと試みていること。
そのことについて当のブルックナーご本人はどのように感じておられるのでしょうか。
以前にも何度か書きましたが、私個人としては、第9番の第3楽章のあの恐るべき深淵を受け止めることのできるフィナーレを、ブルックナーとしては完成することができなかったのではないか、と思っております。
そのことに関しては、シューベルトが未完成交響曲を第2楽章までしか書けなかったことと同じなのではないか、と。
たくさんのスケッチを描いたものの、あの第3楽章に匹敵するようなフィナーレまでもっていくことができなかった。
その意味では、そういう未完のピースをしまっておいた箱を、後年の研究者や識者が無造作に開け放ち、白日の下にさらしてしまったことに、ブルックナー本人は、あられもない姿をさらされたと思い恥ずかしさの極みにいるのかもしれません。
「テ・デウムをフィナーレの代わりに」と言い残したというブルックナーの想いは、いったい奈辺にあったのか、そのことも併せて感慨深く思います。

そのようなわけで、やはりブルックナーの交響曲第9番は、現在残されている第3楽章までの演奏で十分なのではないか。
それから先を見てみたいと思っている私たちは、所詮、興味本位ののぞき見趣味的な聴衆なのかもしれないと、時折振り返ってしまいます。
もちろん、シャラーをはじめとする、真摯な求道者の姿を敬意を以て眺めているのですが。



この全集は、交響曲の全曲のみならず、第4番「村の祭り」版やミサ曲ヘ短調、詩篇146のほか、現存するオルガン曲まで収録したものです。
このような全集が発売されることすら、ちょっと想像がつきませんでした。
これは実に貴重な記録だと思います。
因みに、当代一のオルガンの名手とうたわれ、反目しあっていたブラームス(これはどうも異論があって、反目していたのは当人たちではなく周辺の人間だったようですが)でさえ、その腕前について大変高い評価を与えていたブルックナーがなにゆえに、その最も得意としたオルガンのための曲をあまり残さなかったのか。
その理由の一つとして次のような文章があります。
彼は彼の教え子たちに次のように言ったと伝えられている。「もう私はバッハにあまりかまけたりしないつもりだ。そんなことは想像力のない人にまかせる。私は題による自由な即興演奏をやる。」これはオルガン演奏に対するブルックナー自身の態度を明瞭に示していて、オルガンの名手である彼がなぜ語るに足るオルガン曲を書き残さなかったか、その理由を明らかにしている。(H・シェンツェラー著「ブルックナー」より引用)

これは、ブルックナーが、オルガン演奏に対してどれほどの自信と誇りを持っていたかを示す言葉ではないかと思いますね。
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テレワークの中での生活 [音楽]

今日も暖かなお天気となりました。
明日は大雨になる予報ですので、朝起きて早速お洗濯をしました。
昨日は布団を干して、その間にお掃除。

一人暮らしとなってから家事全般自分でやらなければならなくなりましたが、結婚するまでの15年間は一人暮らしでしたし、結婚してからも二度の単身赴任がありましたので、そうしたことはそれほど苦にはなりません。

特に料理は、もともと嫌いではなかったこともあり、在宅ワークが主になる前の弁当作りも含めて、ほぼ完全な自炊です。
弁当を作っていたときは朝6時には起きていたのですが、在宅ワークによってその必要がなくなると、なんだかんだと7時過ぎまで寝床にいます。
出社の必要がある際には弁当を作らなければなりませんが、前日の夕ご飯の支度の折に一緒に作り、冷蔵庫に入れておくことが習慣になると、もはや朝早く起きて弁当を作る気力は失せてしまいました。
朝と昼は、どうしても似たようなメニューになってしまいがちですが、夕ご飯はそれなりにヴァリエーションをつけようと考えています。
冬の間は、大根が安いのでおでんなどを作ったりすると、一週間くらいはそれを使えますから便利ですね。
大根を買ってきて、根元の部分を切り取り、水栽培すると大根葉が収穫できます。
daikon.jpg
これは大根に限らず、小松菜とか分葱でもでき、思いのほかの収穫があって、味噌汁の身とか炒め物に使えるので非常に重宝します。
夏の間は日に二回くらい水を変える必要がありますが、冬場は一回で大丈夫。
自炊をしていると献立がどうしても偏りがちになりますから、特に野菜の摂取は積極的に行い、魚と肉を交互に使うなど、なるべく同じものが続かないように気を付けています。

こういう生活が続くと、外食をしようという気にはなかなかなりませんから、緊急事態宣言の中で外食産業が厳しい状態に追い込まれているのも宜なるかな。
また、世の中には「自炊警察」みたいなやっかいなお節介焼きが出現しているようで、これも非常に鬱陶しい。
私は独り身ですし料理が苦手というわけでもないので毎日の自炊も苦にはなりませんが、小さな子供などの家族がいて仕事に出かけなければならないご家庭では、外食やお惣菜に頼らざるを得ない場合も多かろうと思います。
要は合理的な選択をして、このCOVID-19感染拡大を乗り切ることが大切で、それは各家庭がそれぞれに合った方法で取り組めばいいのではないでしょうか。

ちょっと余計なことを書いてしまいましたが、昨年、次のようなCDが立て続けに発売されました。





トスカニーニの演奏が、ステレオで聴ける。
これはさすがに驚いてしまい、速攻で買い求めたところです。

特に、1954年のトスカニーニ&NBCによるラストコンサート「ワーグナープログラム」は、当時87歳だったトスカニーニのまさに白鳥の歌ともいうべき録音です。
この時すでに重度の記憶障害に陥っていたトスカニーニは、本来は「ドイツレクイエム」の予定であったプログラムを自家薬籠中の物としていたワグナーに替えて臨んだのですが、それでも破綻寸前であったそうです。
手兵であったNBCだからこそ、それをぎりぎりのところで押しとどめ、カーネギーホールを埋め尽くした聴衆に感動を与えたとのこと。
詳しくは、このCDに添えられたライナーノートをご覧いただければと思います。
そうしたぎりぎりのライブ録音ではありましたが、ステレオであることによって、トスカニーニがNBCからどのような響きを引き出そうとしたのかなどが音の広がりを以て感得できるのではないでしょうか。
恐らく、全盛期の頃のような水も漏らさぬ厳しいバトン・コントロールを尺度にすれば不満は残ることでしょう。
しかし、私はやはり、あのトスカニーニがステレオ音源で演奏を残してくれていたことに感謝の意をささげたいと思います。

一方のヴェルディの「レクイエム」ですが、これは事情が異なります。
1951年の演奏は、現在でもトスカニーニによるこの曲の代表的なものとしてCD化もなされておりますが、ライブ演奏の際に生じた傷をリハーサルの部分などを用いて差し替えることにより、しぶしぶトスカニーニが認めた録音です。
私もそのCDを所有していますが、ほかの凡百の演奏など足元にも及ばぬ苛烈極まりない名演で、殊に「Dies irae」における皮を極度に緊張させた太鼓の連打には身も打ち震える迫力でした。
その「傷物」とされたライブ録音テープがコレクターの間で流通し、さらにこれとは別の位置から録音されたテープまで残されていたとのこと。
今回の疑似ステレオCDは、つまりそれらを合体して作られてものです。
従ってこれは、トスカニーニが拒絶した録音に基づくものであることを認識して聴く必要があります。
しかし、これは後からの修正のない、まぎれもない当時のライブの記録でもあります。
不自然な部分は当然ありますが、84歳という高齢のトスカニーニが、この大曲を最後まで振り抜いた記録として考えれば、やはり万感の思いを禁じえません。



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テレワークの中で [音楽]

二月も半ばとなりました。

COVID-19の感染、もしかすると峠を越えたのかもしれない、と思わせるような風潮が出始めています。
しかし、医療機関の逼迫は依然として続いておりますから、緊急事態宣言の継続はやむを得ないところでしょう。
我慢を強いられる生活はつらいものですが、来週からワクチン接種も開始されるとのことで、もう少しの辛抱かなと思っております。

このブログに記事をアップするのもだいぶ久しいものとなりました。
先月の中旬に亡父の一年祭を執り行い、ようやくブログへの投稿などの気力を取り戻しつつあります。
これまでは、記事のアップはおろか、自分のブログであるのにも関わらず、閲覧すらも忌避しておりました。
浅はかな態度ですが、連れ合いや父の最期のことを書いてしまったので、ここに来ることでそうしたことのいきさつなどを思い返してしまい、どうにも耐えられなかったのです。

父の一年祭が終わって、以前にも書きましたが奇しくも連れ合いと父が同じ誕生日であったことから、先日、ささやかに誕生日のお祝いをしました。
母と妹はその日に二人のお墓参りをしてくれたようで、外出自粛の私としては望外の喜びを感じたところです。

さて、昨年の4月から、月の大半はテレワークとなり、業務の必要性から6月と7月は出社する日が多かったものの、9月以降はほとんど自宅で仕事をしております。
会社としても通勤手当支払いの必要がなくなったので、それはそれで多少の経費削減にはつながっていると思います。
もともと私どもの業界(IT、ソフトウェア関連)では、Web会議などでの打ち合わせも常態化しておりましたから、自宅で仮想デスクトップに接続し、メールや電話のやり取りを組み合わせることでたいていの用務はこなせますので。

ただし、仮想デスクトップで運用するにあたり、自宅のPC固有の各種デバイス(外部記憶装置やプリンタ、スキャナなど)との接続は厳重に遮断しなければなりません。
従って、プリントアウトなどを直接行うことはできませんから、量の多い資料などを印刷して読む、という、私などの古いタイプの人間の仕事のやり方では結構な不都合が生じます。
実をいうと、月のうちの何度かは、そういう必要もあって出社したりもします(もちろん、対面での営業や打ち合わせが主な目的ですが)。

30年あまり前に結婚してから、二度にわたる単身赴任を除き一人暮らしをしておりませんでしたから、常態化する在宅ワークはやはり精神的に厳しいものがあります。
人と直接会話するのは、例えばスーパーなどで買い物をするときに店員さんと一言二言かわす程度のもので、あとはひたすら会話のない生活なのですから。
人は社会的な生き物であり、コミュニケーションは本当に大切だな、と痛感しています。

そんな中で、たまに仕事仲間などとWeb飲み会を開催するのですが、これがとても楽しい!
ついつい時間を忘れて盛り上がってしまいます。
みんなきっと同じ思いでいるのでしょうね。

それから、これも一人きりでの在宅ワークの効用なのかもしれませんが、好きな音楽が聴き放題、ということ。
会社内で流れているBGMは、こういってはなんですが毒にも薬にもならないもので、始末の悪いことにどうしても耳についてしまいます。
自宅で音楽を聴くにつけても、以前は連れ合いと趣味が微妙に異なっておりましたので、今は自分の好きな音楽だけを聴くことができることに、寂しく思いつつも少し満たされた思いをすることも禁じえません。

連れ合いを亡くしてから、寂しさを紛らわす意図もあって、いくつかの新たなCDなどを購入しています。
その中で一番新しいのは、チェリビダッケがミュンヘン・フィルと録音したボックスCD。


これはなかなか聴きごたえがあって、たった一人で在宅ワークに勤しむ私の、目下の慰めの一つです。
49枚もあるので、もちろん玉石混交ですが、チェリビダッケが一番思うところを実現できた楽団との演奏歴史。
違和感のある演奏も、そうしたことを考えると、自然に頬が緩んできますね。

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梅雨がなかなか明けません。 [日記]

昨日と今日、思いがけず晴れ間がのぞいていますが、梅雨明けは未だし、という状況にあります。
気温差も激しく、体調管理もなかなか難しい。
新型コロナの関係もありますから、ほんの少しの体調不良でも気がかりになってしまいますね。

このブログに記事を書くのはいつ以来のことかとため息をついています。一年くらいは間が空いておりましょうか。

昨年の一月に連れ合いを亡くした後、心理的な低空飛行が続き、仕事のような身過ぎ世過ぎのものはまだしも、己に生きがいにつながるような趣味や行動に対しては何事も億劫になってしまっておりました。

そんな中、今年の一月に父が亡くなりました。

連れ合いと父は、奇しくも誕生日が同じで、二人とも誕生日を目前に旅立ってしまい、父がことのほか連れ合いを大切にしてくれていたこともあってか、云いようのない喪失感にさいなまれたところです。
早朝、妹から、父が呼吸困難になり入院した、と聞き、おっとり刀で駆け付け、連れ合いが眠る墓所を横目で見ながら、「頼むからまだ連れて行かないでくれ、母が悲しむから」と、必死で訴えたことを今も思い返しています。
集中治療室での父は、酸素吸入や点滴を受けつつもまだ意識はしっかりしており、体につながれた管を外せとしきりに訴えておりました。
肺炎球菌による肺炎を起こしており、レントゲン写真を見ると、大半が真っ白になっていて状況が予断を許さないことは一目でわかりました。
ディサービス施設での感染ではないかとのことでしたが、父は肺炎球菌ワクチンを接種しておりましたので、何とか持ち直してくれるものと私は信じたのです。

そのうちに、遠くに嫁いでいた孫やひ孫たちも集まってきて、父の入院しているICUはさながらお祭り騒ぎのような活況を呈しました。

病状が落ち着いたようにも思えたので、その晩はとりあえずそれぞれ家に戻りました。

明け方に、病院から緊急の連絡が入り、駆け付けると、すでに父の意識はありません。
病状はさらに進み、SpO2が30%を割り込むような状況になっています。
抗生剤の効き目も芳しくなく、どのようなことがあってもおかしくない、との宣告を受けました。

それでも、人工呼吸器の助けを借りつつ驚異的な復活を見せ、昼前にはSpO2が95%以上まで戻りました。
我々は狂喜し、奇跡を信じたものです。
しかしこれはつかの間のことで、燃え尽きる前のろうそくの炎が一瞬大きく輝くのと同じことだったのかもしれません。

その日の昼過ぎ、我々に手を握られ体をさすられながら、父は眠るように逝きました。

連れ合いや子供や孫やひ孫や甥たちに囲まれたその最期は、誠に穏やかな表情に包まれておりました。

昨年の私の連れ合いの最期も同じく眠るようであったことから、そのことを思い返し、さすがに胸が締め付けられる思いでありました。

二人とも、亡くなる直前まで食事がとれていたこともあり、いわゆる「死に窶れ」とはならず、そのまま起き上がってきそうな表情であったことが唯一の救いです。

連れ合いが亡くなって一年半、父が亡くなって半年が過ぎました。
今、二人の遺骨は、八ヶ岳山麓の墓所で隣り合って眠っています。

私以上に母の心痛が甚だしく、しばらくの間、足しげく帰省をしておりましたが、新型コロナ感染の拡大により、他県への移動が厳しく制限され、3月以降6月の末まで足止め。
昨年は、連れ合いの月命日をめどに毎月墓参りをしていたので、やはり残念です。

一日も早く、この新型コロナの感染が落ち着いてくれるようにと願わずにはいられません。

はなはだ個人的なことを書いてしまい申し訳ありませんが、久しぶりの記事としてアップさせていただきます。
これまで記事をアップできなかった理由などは、またおいおいと書いていきたいと存じます。

それはともかく、私の連れ合いも父も、結果としては肺炎で亡くなりました。
肺炎は本当に恐ろしい。
新型コロナウィルスは、若い人にとってはさほど恐れる必要はないという報道を頻繁に見ますが、ウィルスはともかく、肺炎は致死率の極めて高い疾病です。
甘く見ることのないように、くれぐれもご注意ください。
結果として肺炎で大切な身内を亡くした私の心からの願いです。
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近くの公園のクライミングボード [山登り]

長い梅雨が明けたと思ったら酷暑がやってきました。
特に熱帯夜は厳しく、さすがにエアコンをつけっぱなしという状況が多くなっています。
ところによっては38度を超えているそうで、風邪を引いた時の発熱レベルですね。
水分補給を怠ることなく、熱中症には十分な注意が必要です。

携帯電話を買い換えました。

現在使用中のガラケーは、2015年8月に買い換えたものですが、通信方式が4GLTEへのグレードアップされることに伴い、以前の3Gケータイは使えなくなるのだそうです。
やむを得ず買い替えの検討を始めました。

この際だからスマホへの切り替えも念頭に置いて、まずは現在利用しているキャリアのauに連絡。
還暦を超えてからのスマホデビューで料金が安くなるという話を聞いていたので、その辺を確認してみました。
しかし、いろいろと聞いてい見ると、確かに筐体の割引とかポイントを利用しての値引きはあるようですが、結局、月の利用料金は5000円近くになりそうです。
では、ナンバーポータビリティを利用して別のキャリアに乗り換えたい、と云ったら、ガラケーの乗り換えであれば、安いプランがあるとのこと。

携帯電話に関して、私は電話とメールくらいしか使っていないので、その旨を強調して見積もってもらったところ、2000円の前半くらいのプランがありました。
無料通話がひと月1000円分ついてくるので、現在の契約とほとんど変わらず、少し安くなるような感じです。
楽天電話などへの切り替えも真剣に考えましたが、回線の充実や店舗のことなどを考えるとやはり躊躇するものがあり、この値段ならとこちらにしました。
気を付けるべきはネット利用で、「ダブル定額ケータイ」というプランは500円から4200円までの幅があり、10MBまでなら500円、それを超えると従量課金となり1KBで0.02円かかることになるそうです。
2GB以上は4200円で定額(ただし通信速度は遅くなる)なので、ネットを使いすぎるとかえって高くついてしまいます。
私の場合、eメール以外でケータイをネット接続に使うパターンがごく限られており、その場合は自宅などのWi-Fi環境を使うので、恐らくそれほど超過するとは思えません。
モバイルでネットに接続するのはタブレットとポケットWi-Fiですから、このパターンを続けていけばそれほどの料金にはならないと思います。

まあ、とにかく、実績をみてみないとわかりません。
8月が終わった段階でチェックしてみるつもりです。

新しいケータイは、京セラの簡単ケータイ「KYF37」というもの。
電池の持ちも結構よく、満充電で一週間は使えます。
もともと通話をあまり利用しないのでそんなものなのでしょう。

このケータイのカメラで、近頃ちょっとはまっている近所の公園の遊具を撮りました。
yugu01.jpeg
これは滑り台へ上る斜面なのですが、裏から見るとちょうど被った壁になります。
これの一番下から取りついて一番上まで上ると、ちょっとした前傾壁っぽいクライミングを体験できます。
実際に、下に降りずに何度か上り下りを繰り返しながら壁の中にいると、腕がパンパンになり、なかなか面白い。

yugu02.JPG
こちらはちゃんとホールドを付けた小さなクライミングボード。

裏表にホールドがあり、高さは2メートルくらいでしょうか。
yugu03.jpeg

低い位置から取りついて、裏表をトラバース気味に何度か回っていると、こちらもかなり腕に来ます。
赤いホールドと青いホールドがあるので、ホールドを限定して裏表を回ると、カウンターなどを使う大変面白いボルダリングができます。

夕方など、子供たちや家族連れがいない時を見計らって遊ぶのですが、それなりのトレーニングにはなります。

以前通っていた近所の駅前のボルダリングジムが閉店してしまい、いいトレーニング場所がなかったのですが、手ごろな遊び場所が見つかりました。

因みにこの場所を見つけて教えてくれたのは連れ合いでした。
一緒に遊べなかったのが残念です。

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