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石牟礼道子さんが亡くなりました。 [日記]

作家の石牟礼道子さんが亡くなりました。

石牟礼道子さん死去 水俣病を描いた小説「苦海浄土」

享年90歳。
ご高齢とはいえ、旺盛な執筆活動は衰えを見せなかったと云いますから、誠に残念です。
心よりご冥福をお祈り申し上げつつも、無念の想いは止められません。

「苦海浄土」や「天の魚」が世に問われたころ、私は中学生でした。
そのころになって、テレビなどでも水俣病について掘り下げた特集が組まれるようになり、多感な年頃だった私は、人為的な要因によって引き起こされた「公害病」の恐ろしさとその元凶となった企業などへの怒りで体が震えたものです。
何しろ当時は、至近距離にあった諏訪湖でもカドミウム汚染が進んでいたのですから。
書籍などで関連の記事を読み、テレビでの特集を見ながら、あまりのショックに涙を流し、母からたしなめられたほどでした。

1975年、就職のため上京した私は、当時猖獗を極めていた光化学スモッグに何度も遭遇しました。
体に直接の被害を覚えたわけではありません(明確に自覚しなかった)が、光化学スモッグ注意報などが出された折にはなるべく外出を控えるなどの対策を取ったように記憶しております。

私がきちんと「苦海浄土」「天の魚」の二作を読んだのはその頃のことです。
書かれている内容そのものはあまりにも悲惨ですが、石牟礼さんの文章はまるで詩のような情感に溢れ、ある種のメルヘンを読んでいるかのような錯覚を覚えました。
作品の中では、水俣病患者の方々のモノローグのように扱われた記述がたくさん出てきますが、これらは実際に患者の方々が語った肉声そのものではなかったそうです。
患者の皆さんからいろいろな話を聞き、様々なやり取りをする中で、石牟礼さんが心の中に感じ取った患者さんたちの想いをあのような形で文字にとどめた。
背後にある事実関係などは克明かつ正確に描写されていますが、それを叙述する登場人物の言葉は石牟礼さんを通じて紡ぎだされたもの。
そんなことから石牟礼さんを「患者さんたちの想いを伝える巫女」と評した方もおられるようですが、正に宜なるかなというところです。
この著作の中で、私はとりわけ、亡くなった女性患者の解剖のシーンが印象に残っています。
生々しくも酸鼻を極めるような光景の描写にもかかわらず、私はそこになんとも表現のしようもないエロティシズムを感じ取ったのでした。
二十歳にも達していない若造ゆえの煩悩のなせるところであったのでしょうか、私はしばらくの間、そのように感じた自分を許しがたいほど穢れた人間だと蔑んだものです。
しかし、還暦もとうに過ぎてしまった今の自分から顧みれば、石牟礼さんの文章の持つ豊かさと強さが若造の心を揺さぶったのではないかとも考えています。
私は石牟礼さんの文章の美しさに心を打たれ、「陽のかなしみ」「天湖」「海と空のあいだに」「十六夜橋」などの著作をむさぼるように読みました。
優れたルポルタージュや小説を数多く生み出されましたが、私は彼女を作家というよりも「詩人」としてとらえたいと思います。

残念ながら私は、まだ、能「不知火」を未見です。
何とか観劇の機会を見つけたいと、改めて思いました。

今でこそ「環境立国」などと嘯く日本ですが、足尾銅山鉱毒問題以降、数限りない公害問題を引き起こし、その都度、国家や政府や自治体などは原因企業側に立って、被害者や支援者を弾圧してきました。
さらにひどいことは、直接の被害を受けなかった人々が「(原因企業などは)国家や地元に利益を還元してくれている」からと、企業側に立ったことでしょう。
原因不明だった頃には、公害病を「伝染する業病」だのと言い募って差別し、患者の隔離や村八分的対応に突き進む。
企業による廃液や煤煙などが原因だとわかっても、その企業が倒産したりすれば地域経済に深刻な影響が及ぶからといって、あろうことか患者側に自粛を求めたりする。
国や自治体は、直接に患者を支援すれば責任を認めたことになるので、例えば原因企業に対して解決用の資金などを迂回融資してお茶を濁し、企業が責任を負う形に固執する。
さらに当該企業に融資している金融機関に対して利子の減免などの特別措置を強要し、とにかく企業を延命させて責任を取らせようとする。
こうした複雑な仕組みを運用することによって、真の責任の所在をうやむやにする。
何だか、学校などにはびこっている「いじめ」と軌を一にしたような話ですね。

いくつもの公害病を何とか克服してきたこともあって、さすがにそういうひどいことはなくなりつつあるのかなと思っていたら、福島原発事故の発生で、その性根は全く変わっていないことが暴露されてしまいました。

石牟礼さんの著作、殊に水俣関連のそれは、そういう我々の醜さを自省する上からも読み継がれていくべきものと思います。
「脚下照顧」この言葉を忘れたくないものですね。





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