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歌舞伎「通し狂言・霊験亀山鉾」を観てきました [映画]

爽やかな秋晴れがやっときた、と思ったら、またまた雨と、お天気はめまぐるしく変わります。
気温差も激しいので、なかなか体がついていかずに困りますね。
皆様も風邪などには十分ご注意ください。

先日、久しぶりに国立劇場で歌舞伎を鑑賞しました。

舞台で歌舞伎を鑑賞するのは、もう何年振りなんだろうかと、ちょっと感慨にふけっています。

演目は鶴屋南北の「通し狂言・霊験亀山鉾」。
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主役の藤田水右衛門を15代目片岡仁左衛門が演じています

仇討ち物には珍しく返討ちの面白さに本筋があり、さすがは南北、一筋縄ではいかない奇想天外な仕掛けの数々に、それこそ舞台から目が離せません。

この物語、仮名手本忠臣蔵などと同じく史実があります。

亀山の仇討ち

忠臣蔵に影響を及ぼしたといわれるもので、本会を遂げるまでには実に29年の歳月が費やされました。
闇討ちや返り討ちなどの要素は本作にも絶妙に取り入れられ、かつ、史実における仇「赤堀源五右衛門」の名は、本作の大詰め「勢州亀山祭敵討の場」における藤田水右衛門の変名として用いられるなど、随所に様々な工夫がなされています。

なんといっても敵役である藤田水右衛門の極悪ぶりがものすごく、またこれが最大の魅力で、よくもまあここまでやるわい、という呆れた所業に唸らされました。

この演目を歌舞伎の舞台で見るのはもちろん初めてのこと。

歌舞伎には「白浪物」などといった、いわゆる盗賊や悪人を主役とするお話が数多くありますが、ここまで徹底的に悪の所業を描いたものはそれほど多くないのではないかと思います。

藤田水右衛門は、闇討ちにした石井右内の弟である兵介に、果し合いの折の水杯に毒を盛って(これには敵討検使の掛塚官兵衛が加担)斃し、養子である源之丞は偽手紙でおびき出したうえ落とし穴を掘ってそこに落とし、その穴を掘った連中と一緒になって膾切りにして惨殺、その源之丞の子供を腹に宿した芸者おつまの命も腹の子ともども奪う、という極悪非道ぶりです。

その水右衛門を、殊の外所作の美しい颯爽とした仁左衛門が演ずるのですから、私などはそのギャップにちょっと驚きました。
しかし、演ずる仁左衛門の表情は、悪の限りを尽くす水右衛門の陰惨な悪の気配を漲らせて間然とするところがありません。
主役・水右衛門に対してはなんら共感するところはありませんけれども、仁左衛門の迫力には圧倒されましたね。
兵介や源之丞に止めを刺すとき、あおむけに倒れている彼らをまたいで心臓あたりに刀を突きさして凄絶な笑いを浮かべる、おつまと腹の子を殺した後、これまでに何人殺したかと指折り数えて悦に入る、その姿と表情の酷薄さには心底から怒りを覚えますが、その徹底した冷血漢ぶりにある種のカタルシスを覚える向きがあることも、なんだか納得できてしまいます。

他では、源之丞の母親・貞林尼を演じた片岡秀太郎と源之丞役の中村錦之助が印象に残りました。

丹波屋と焼場での仁左衛門と八郎兵衛の早変わり、焼場でおつまを殺すシーンの雨を降らせる演出なども大変見ごたえがありました。

ところで、最後に本会を遂げる源次郎(源之丞の息子)は幼少期からの足萎えで、これを治すためには人の肝の血液を飲む必要があるという設定があります。
先日鑑賞した「生写朝顔話」にも、深雪の目を開かせるために身内の血液が必要、という描写がありました。
人間の生血で病を治すという設定が、古典芸能にはかなりあるようですが、実際にこうしたことが行われていた可能性もありますね。
肉食をあまりせず、生野菜もそれほど食べなかった時代のこと。
恐らく、脚気などビタミン不足を原因とする体の不調や疾病が日常的にあったのでしょう。
その意味からすれば、血液はビタミンやミネラルの宝庫のようなものですから、あり得る話かもしれません。
性病・B型肝炎・後天性免疫不全症候群そのほか、血液から粘膜などを媒介して罹患する深刻な感染症が明らかとなっている現代ではとても考えられないことですが。

さて、物語の大詰「勢州亀山祭敵討の場」。
これまで様々な汚い策略を弄して討手を返り討ちにしてきた水右衛門(「赤堀源五右衛門」と変名)は、勢州亀山家の重心大岸頼母の計略に引っかかり、討手である源之丞の妻お松と一子源次郎の手にかかってあえなく討死。
ここにめでたく本会が遂げられましたが、この最後のどんでん返しの見事さは、それまでの水右衛門による卑怯・陰惨な悪事あるが故の爽快感ともいえましょうか。

今回の観劇。終演後にバックステージ・ツアーが設けられていました。

初めての経験でしたが、花道を通って回転舞台に上がり、その回転するさまを経験しました。
これは非常に大掛かりなもので、客席から袖や背景まで回りながら眺める景色は感動的です。
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これは、水右衛門がおつまを殺した時の雨をしみこませた布で、こうして干しておくと一晩で乾くのだそうです。下にバケツや盥があってなんだか雨漏りのときの風景のようですね。
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舞台では、次の出し物のための背景づくりが佳境を迎えていました。
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これは、花道の下にある「すっぽん」です。
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花道は、通常、役者が舞台に登場する際の通り道で、ここで六方を踏んだり見えを切ったりしますが、幽霊や妖怪だとか動物の精といったものは、このすっぽんからせり上がります。
舞台のセリは非常に大掛かりなものですが、その小型版といったところでしょうか。

「バックステージ・ツアー」という粋なおまけもついたので、連れ合いも大満足の様子。
因みにどの役者が良かったか、と訊ねたら、「源次郎を演じた子役」とのこと。
これには苦笑するとともに、確かにあの年齢できちんとした立ち回りまでこなした芸は大したものと、私もつい頷いてしまったところです。

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