SSブログ

佐渡裕&東フィルのブルックナー第9番、武満徹「セレモニアル」 [音楽]

冬本番の冷え込みが続いています。
先日出かけた丹沢も、もう真っ白けの厳冬仕様に変わっていました。
通勤途上の多摩川の跨線橋から遥か彼方に南アルプスの峰々が白銀に輝く姿が望め、なんだか胸の熱くなる想いです。

そんな寒さが少し緩んだ感のある日曜日、久しぶりにbunkamuraオーチャードホールに出かけ、佐渡裕指揮東京フィルハーモニーによる演奏を聴きに行きました。
sado-tophil.jpg

演目は、武満徹の「セレモニアル-An Autumn Ode-笙とオーケストラのための(1992年)」とブルックナーの交響曲第9番です。

この演奏会を聴きに行こうといったのは、実は連れ合いでした。
連れ合いは、学生時代に合唱サークルに所属していたことから、例えばベートーヴェンの第9を歌ったりといった経験はありますが、どちらかというと歌謡曲や7~80年代フォークやニューミュージックのファンで、クラシックは私にやむを得ず付き合っているような風情がありましたから、ちょっとびっくり。
理由を聞いたところ、私が昨年還暦を迎えたことから、何か具体的なお祝いをしたいと思いつつ果たせなかったところに、郵便局に貼ってあったポスターを見、私が武満徹とブルックナーのファンであることを忖度して、どうかと思ったのだそうです。
もちろん、連れ合いも佐渡裕という稀有の指揮者に対する興味は津々だったので、己の期待も込めてのことだそうですが。
それはともかく、そんな連れ合いの気持ちが嬉しく、また、もちろんこのプログラムの魅力もあり、早速東フィルフレンズに登録。チケットを購入したのでした。

ネットからチケットを申し込むと、優先予約の期間中にもかかわらず、よさそうな席は結構埋まっていました。
さすがに佐渡裕だなあ、と妙に納得。

演奏会への期待は並々ならぬものがありましたが、オーチャードホールに行くためには、あの猥雑な渋谷道玄坂界隈を歩かねばなりませんから、その点だけは憂鬱です。
案の定ひどい人ごみで、ホコテンでもなかったので、歩道は溢れんばかりの人でごったがえしていました。

さて、演奏会ですが、今回の公演はワンステージ。
つまり、二曲を続けて演奏し、途中休憩はなし、ということです。

観客席は、8分くらいの入りというところでしょうか、ところどころに空席はありますが、まずまずでしょう。

「セレモニアル」は、副題が「An Autumn Ode」となっており、これは「秋の頌」ということでしょうか。
頌は頌歌のことであり、特定主題に基づく格調高い抒情詩のことをいいます。
例えば、ベートーヴェンの第9に用いられたシラーの詩などはその範疇に入りますし、場合によっては読経などもそういえるのかもしれません。
この曲では、前奏と後奏が笙の独奏となっていて、奏でられる主題は「秋庭歌」「秋庭歌一具」から引用されています。
耳を澄まし神経を集中させなければ聞こえないほどのあえかな笙の音によりその主題が奏でられ、それがやがてホール一杯に響き渡ります。
宮田まゆみならではの表現力といわざるを得ません。
その主題を、客席の3方向に設置されたフルートとオーボエが受け継ぐのですが、ノンビブラートはもちろんノンタンギングで演奏されるその音、特にオーボエなどは竜笛の音を彷彿とさせました。
やがてオーケストラが、それらを包み込むように響きだし、晩年のあの艶やかで優しく美しい武満サウンドが展開する。
そして、最後に笙が残って主題を奏でるのですが、何とも不思議な深淵に導かれるような音楽なのです。
武満さんの音楽、殊に晩年は、その独特な美しい和音が大変印象に残りますが、この曲も同様です。
武満さんの音楽を「深海の音楽」と評した方がおられ、確かにそういう感じもあろうかとは思われますが、私はその響きからいつも抜けるように透明な空と光を感じます。
魂が浄化されていく、という点では、ある意味ブルックナーの音楽にも共通するようにも思われるのです。
この曲の演奏時間は10分足らずでしたが、何というか、ひたすらその響きの中に身を置いていたいと思わせる作品でした。
ところで、これは一面気の毒なことではありますが、近くにおられた初老の男性が風邪を引いておられたらしく、我慢しつつもしきりに咳をし、とまりません。
笙の後奏ではそれがひときわひどく、これには参りました。

万雷の拍手に宮田さんが送られると、続いて本日のメインプロともいうべき、ブルックナーの交響曲第9番の演奏が始まりました。

ブルックナーの交響曲第9番を実演で聴いたのは1993年のこと(朝比奈隆&東京都響)で、今回の実演鑑賞は26年余りのことになります。
この時の演奏は筆舌に尽くせないほどすさまじいもので、特に第3楽章では、85歳の年齢を全く感じさせない迫力に満ちたものでした。
今回は二回目の実演ということで、ブルックナーの交響曲第9番をこよなく愛していると公言している割には甚だ少なく、この点は忸怩たるものがあります。
元来私は大変なものぐさなので、傍らにシューリヒトやヴァントなどによるレコードやCDがあると、てっとり早くそれを聴くことで目的を達しようとしてしまう嫌いがあり、聴いてみたいというプログラムがありながらも重い腰を上げることがなかなかできませんでした。
その意味でも、今回、連れ合いが提案してくれたのは勿怪の幸いというところでしょう。

佐渡裕は、皆様既にご案内の通りバーンスタインの弟子でもありましたから、ついつい1990年3月のウィーン楽友協会大ホールでの師匠の演奏を想起してしまうのですが、当然のことなのでしょうけれども、趣は全く異なります。
強いて共通点を上げるとすれば、第2楽章などにみられる恐るべき統制力。
正しく一分の隙もない演奏でありました。
全体としても、テンポを極端に動かすことはなく、巨大な構築物や遥かなる山並みを仰ぎ見るかのような微動だにしない堂々たる演奏で、これは全く「正統な」ブルックナーの響きといえるのではないでしょうか。
佐渡裕の描き出そうとする音楽的な宇宙を、東フィルは素晴らしいアンサンブルで実現させています。
弦から金管・木管そして打楽器に至るまで、正に彫琢され統率された美しい響きを繰り広げ、私たちを至福の空間に誘ってくれました。
特にホルンの素晴らしさはどうでしょう。
この曲に限らず、ブルックナーの交響曲にはホルンの印象的な(それゆえに演奏するのには極めて困難の伴う)ソロがいくつも登場しますが、このソロを受け持ったホルン奏者の音は、私の想像をはるかに超える美しい響きを届けてくれます。
もちろんホルン全体のアンサンブルも素晴らしく、こんなに安心して実演のホルン演奏に身をゆだねられるのは久しぶりのことでした。
ただ、これはあまりにも張り切りすぎたからか、第1楽章ではややホルンが突出していたような気もします。
もう少し弦の和音を前面に出して欲しかったと、ちょっとないものねだりをしてしまいました。
また、ワーグナーチューバも同様に素晴らしい響きを醸し出しており、第3楽章の練習番号B(29小節)の冒頭の和音で少し乱れがあったものの、その後の演奏は乗りに乗って、コーダの終盤、練習番号X(231小節)の第7番の主題を回想するところなどは、正に夢見心地でその響きを楽しんだものです。

素晴らしい演奏でした。
観客のマナーも上々で、皆、この正に一期一会の感動的な演奏を聴けた悦びに浸っていたように感ぜられます。
私は、大変恥ずかしいことですが、ブルックナーなどの演奏についていえば、例えば先日聴いたバイエルン響などのような独墺オーケストラによるものが一番だという思い込みがありました。
何といっても歴史的な重みに違いがありますし、独墺のオケのメンバーの大半が当該国民であるが故の共鳴のようなものもあると考えていたのです。
しかし、この佐渡裕&東京フィルの演奏を聴き、改めて日本のオーケストラの底力を痛感しました。
この演奏は、(あくまでも私見ですが)先日のバイエルン響に勝るとも劣らないものだと思います。
こんなことをいうと「セコいかな」とは思いますが、彼我の料金差(4分の一くらいの値段で聴けます)は全く感じられません。
しかも、聴こうと思えばその機会は十分にある。
そういう環境に自分がおかれている幸運に改めて感じいったたところです。

nice!(27)  コメント(15)  トラックバック(0) 
共通テーマ:音楽

nice! 27

コメント 15

夏炉冬扇

佐渡裕さんテレビで折々見ますよ。
今や人気者。
by 夏炉冬扇 (2017-01-25 07:30) 

のら人

奥様からのプレゼント演奏会ですか。
良かったですね。^^
by のら人 (2017-01-25 08:18) 

伊閣蝶

夏炉冬扇さん、こんばんは。
佐渡裕さん、結構テレビにも出演されていますね。
気さくな人柄でファンも多いようです。
by 伊閣蝶 (2017-01-26 20:09) 

伊閣蝶

のら人さん、こんばんは。
家内の心遣いに思わずほろりとさせられました。
ありがたいことです。

by 伊閣蝶 (2017-01-26 20:10) 

ぼんぼちぼちぼち

恥ずかしながらクラシック音楽には疎いのでやすが、
武満徹氏の音楽は、勅使河原宏監督・安部公房脚本の一連の映画で印象深いでやす。
作品の中でワンショット 氏がお顔を出してたりしてるところも嬉しいでやす(◎o◎)b
by ぼんぼちぼちぼち (2017-01-27 21:25) 

伊閣蝶

ぼんぼちぼちぼちさん、こんにちは。
はい、武満さんは、勅使河原宏監督の映画のほぼ全ての作品の音楽を担当していました。
「砂の女」もものすごい音楽でしたが、私は「おとし穴」の音楽も忘れられません。
「他人の顔」ではご本人も出演(安部公房、秋山邦晴といった面々も)しておられ、私もびっくりするとともに嬉しくてたまりませんでした。メインテーマとなったワルツの美しさも印象に残っています。
映画音楽における武満さんの功績は、早坂文夫さんと並ぶ大きなものがありましたね。

by 伊閣蝶 (2017-01-28 14:00) 

tochimochi

遅くなりました。
更新のお知らせメールがなぜか今日になって届きました (??)
佐渡裕さんは名前だけ知ってますが・・・。
奥様からのプレゼントで素晴らしいひと時を過ごされて何よりです。


by tochimochi (2017-02-02 22:41) 

伊閣蝶

tochimochiさん、こんにちは。
so-netのRSS、どうやらシステムメンテナンスで不具合が生じているようですね。
タイムリーに働くようにするためには、一度全部削除して再設定する必要があるようですが、面倒なのでやっていません。
定期的に自分で見に行けばいいかな、くらいに思っています(^_^;
今回のコンサート、家内からの提案というところが本当に嬉しく、それもあって感動が深まったのかもしれません。
by 伊閣蝶 (2017-02-03 12:37) 

いっぷく

奥様のプレゼント、相手の好きなものを自分も知りたいという
その気持ちがうれしいですね。
by いっぷく (2017-02-03 21:30) 

伊閣蝶

いっぷくさん、こんにちは。
なるほど、「相手の好きなものを自分も知りたい」。
恥ずかしながらここまでは忖度できませんでした。
改めて連れ合いの想いに感謝しています。
by 伊閣蝶 (2017-02-04 12:28) 

ヒロノミンV

 昨今の日本のオーケストラ、特に東京のオーケストラのハイレベルな演奏には驚かされますね。もう何かにつけ「日本のオーケストラは・・・」という枕詞は不要になった感があります。
 指揮者陣を見ても、以前は本場では若手に更新を譲ったあとの大巨匠が、伝道師として日本のオーケストラのレベルを引き上げて行くような形が多かったのが、今やパーヴォ・ヤルヴィやジョナサン・ノット、ダニエル・ハーディングといった、まさにヨーロッパでキャリアを重ねている最中のマエストロが、日本のオーケストラにポストを持っていますね。佐渡さんもその一人だと思います。
 錚々たる顔ぶれの指揮者陣と、世界レベルに達したオーケストラを間近に聴くことが出来る伊閣蝶さんはじめ首都圏の好事家の方々が羨ましく思います。
by ヒロノミンV (2017-02-06 21:48) 

伊閣蝶

ヒロノミンVさん、こんばんは。
全く仰る通りだと思います。
欧州本場の若いエキスパートが、自分の表現したい世界を実現できるオケとして日本のオケを評価し、それゆえにそこでの演奏を希望するという形が出来上がり、さらにそれが本人のキャリアアップに繋がるという好循環ができつつある、ということなのでしょう。
日本のオケの実力はそれだけ高いレベルにあるということもありますし、逆いえば「変な癖」がついていない、ということもあるのかもしれません。
これは私の個人的な感覚ですが、例えばウィーン・フィルなどの演奏は1960年代の頃がピークであったようにも思えます。
日本のオケは、もしかするとその頃の欧州のオケに並んでいるのかもしれません。
実演を敬遠していた私ですが、この恵まれた環境を楽しもうと、今は思っています。
by 伊閣蝶 (2017-02-06 22:35) 

サンフランシスコ人

次のブルックナーの交響曲第9番を実演で聴きたかった!

http://archives.nyphil.org/index.php/artifact/8f048139-0acd-4747-9d67-6b0b625916c0/fullview#page/1/mode/2up

指揮者:ラフアエル・クーベリック
ニューヨーク・フィルハーモニー
by サンフランシスコ人 (2017-02-15 08:19) 

サンフランシスコ人

ブルックナーの交響曲第9番をロサンジェルス・フィルとズービン・メータが取り上げます....

http://www.laphil.com/tickets/mozart-bruckner-mehta/2017-12-16
by サンフランシスコ人 (2017-03-01 08:48) 

サンフランシスコ人

佐渡裕.....ワシントンのナショナル交響楽団に登場....

http://www.kennedy-center.org/calendar/event/NSCSG

National Symphony Orchestra: Bernstein's "The Age of Anxiety" / Ravel's Bolero
Thursday, January 11, 2018 - Saturday, January 13, 2018

Yutaka Sado leads a tribute of works composed or conducted by Bernstein, with whom Sado studied conducting. The program includes Rossini's Overture to The Thieving Magpie, Bernstein's "The Age of Anxiety" featuring pianist Jean-Yves Thibaudet, Tchaikovsky's Francesca da Rimini, and Ravel's Boléro.
by サンフランシスコ人 (2017-03-09 04:21) 

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。