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ベートーヴェン「ミサ・ソレムニス」演奏会 [音楽]

気温の変化が著しくなっています。
今日は、朝から気温が上がらず、最高気温は13度でした。

あいにくのお天気でしたが、久しぶりのコンサートに連れ合いと出かけてきました。
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国分寺チェンバーオーケストラ創立20周年記念コンサートです。
演目は次の通り
  1. C.M.v.ウェーバー:歌劇「魔弾の射手」序曲、Op.77
  2. l.v.ベートーヴェン:ミサ・ソレムニス、Op.123

指 揮:坂本徹
独 唱:石井朝菜(S)、北条加奈(A)、中嶋克彦(T)、小笠原美敬(B)
合 唱:東京クラシカルシンガーズ
管弦楽:国分寺チェンバーオーケストラ

(もう一昔以上前のことですが)ともにJ.S.バッハの「マタイ受難曲」を歌った合唱団の先輩が、現在、東京クラシカルシンガーズに所属しておられ、そのつながりからご招待いただいたのです。
精力的に合唱を続けておられることだけでも脱帽ですが、ベートーヴェンの「ミサ・ソレムニス」のような超難曲にチャレンジされていることには、本当に心の底からの尊敬を禁じ得ません。

ベートーヴェンの「ミサ・ソレムニス」は演奏時間80分になんなんとする大曲で、私は恥ずかしながら、実演で聴くのは今回が初めての経験です。
レコードで聴くときにもある程度心して臨まなければならないほどの曲ですから、どのような演奏になるのか、始まる前から期待に胸を躍らせていました。

演奏会の始めの曲であるウェーバーの歌劇「魔弾の射手」序曲。
大変ポピュラーな曲ですから、却って演奏も大変かなと思います。
しかし、滑り出すような弦の響きが会場を満たされると、その艶やかで美しい音に心を奪われました。
この楽団では、基本的に楽器はモダンピッチのものを使っておられるそうですが、その精神はピリオド演奏重視ということで、古楽的で清冽な響きを醸し出しています。

古楽的演奏ではヴィブラートを使わない、という定説めいた迷信が横行しているようですが、もちろんそんなことはありません。
しかし、和声の響きとアンサンブルの繊細さを紡ぎだすために、団員の皆さんはヴィブラートを極めて抑制的に使っていました。
ヴィブラートを使わずに音を安定的に出すのは相当な技術と感性が必要で、このオーケストラの実力のほどが、冒頭から感得されたものです。
ただ、残念なことにホルンをはじめとした金管楽器の音がかなり不安定で、プログラムを拝見したところ、賛助出演の方が担当しておられました。
アマチュアのオケにとって、管楽器や打楽器、特に金管楽器奏者を確保するのは大変なことだと聞きます。
以前も書きましたが、普通の勤め人では「アクティブなウインドオーケストラなどに所属しつつ管弦楽団にも参加、ということでは、とても時間の工面がつかない」ということなのです。
実力のある管楽器奏者は、より高いレベルの演奏を目指して吹奏楽に特化した活動に勤しむことになる。
そうした活動で得られる充足感こそ何物にも代えがたい、ということなのでしょう。

また、特に金管楽器は、練習場所の確保に四苦八苦します。
多摩川の河原などでトランペットなどの金管楽器を練習する人を、以前は結構見かけたものですが、住宅などが増えてくるとそれもままならない。
一番気が楽なのはカラオケボックスなのだ、という話もあります。正に宜なるかな、ですね。

話がそれてしまいましたが、そんな環境の中で、こういったプログラムに挑戦しようという気概には感動を禁じ得ません。

休憩後はいよいよ本日のメインイベントである「ミサ・ソレムニス」です。
この曲は、ベートーヴェンの最大のパトロンであったルドルフ大公のオロモウツ(オルミュツ)大司教就任に合わせて1819年頃から作曲が計画されたもの。
ベートーヴェンは大公に対し、「殿下の就任を記念する式典で、私の荘厳ミサが演奏される日は、わが生涯のうち最も輝かしい一日となることでしょう」という書簡を送っています。
大公のオロモウツ大司教就任は1820年3月のことでしたが、ベートーヴェンの構想があまりに膨らみすぎてしまったためか、結局就任式には間に合わず、遅れること2年の1822年春先に完成。翌1823年の3月に大公への献呈を果たしたのでした。
Kyrie、Gloria、Credo、Sanctus/Benedictus、Agnus Dei、と、テキスト自体はオーソドックスなミサの典礼の様式を備えていますが、Gloriaに「ah!」という感嘆文を付け加えたり、Credo以降の歌詞の取り扱いが著しく変わっていたりと、そこはベートーヴェンらしい独自の創造性が見られます。
この曲の特徴は極めて精緻で大規模なポリフォニーにあり、それはある意味、バッハのロ短調ミサをもしのぐ部分があると思われます。
同じように合唱が活躍する「第9」などもそうですが、繰り広げられる二重フーガ(特にCredo)の壮大さには驚きを禁じ得ませんね。
いずれにしても、余りにも荘厳でかつ余りにも演奏が困難な曲であったためか、ウィーンにおける1824年の初演(このとき同時に「第9」も初演)の際には、Kyrie、Credo、Agnus Deiの三曲のみの演奏に留まったそうです。
結局、全曲が演奏されたのは1830年のことで、ベートーヴェンが亡くなって既に3年が過ぎておりました。

楽曲に関する詳細は煩瑣になりますので省きますが、とにかくこの曲において合唱の果たす役割はかなり大きく、また過酷なものです。
私はもちろんこの曲を歌ったことなどありませんが、「第9」におけるベートーヴェンの合唱への恐るべき要求には困惑しましたので、それをさらに過酷にしているこの曲に挑んだ東京クラシカルシンガーズの皆さんには、心より敬意を表したいと思います。
実際、合唱は本当に素晴らしく高いレベルにありました。
もちろん、国分寺チェンバーオーケストラの演奏も素晴らしく、Benedictusでのコンサートマスターによる独奏ヴァイオリンの演奏にはため息をついたほどです。

もう一つ、観客が大変素晴らしく、魔弾の射手の時もミサ・ソレムニスの時も、フライング・ブラボーやフライング拍手などは一切ありませんでした。
演奏が終わって、指揮者の手が下におろされるまで、観客はその入魂の熱演の余韻に浸っていた、そんな風に感じました。
きっとこの楽団は、根ざした国分寺での活動の中で、観客との奇跡的な共感をこれまで営々と築き上げてきたのでしょう。
そんな素晴らしい結びつきをもまた強く感じさせてくれました。

このことに関して、入場の折に配布された、国分寺チェンバーオーケストラからの「ご協力のお願い」を紹介します。
本日はご来場いただき、まことにありがとうございます。
国分寺チェンバーオーケストラでは「未就学児の入場はお断りします」と謳っておりません。これは、小さなお子様たちにもわたしたちの音楽を届けたいという団員総意によるものです。しかし残念なことに、ごく一部のお子様の発する声が気になるというご指摘が毎回見受けられます。
わたしたちは今日の2時間の演奏のために、半年間、ほとんど毎週の練習を繰り返してきました。音を一つひとつ吟味して積み重ねていくという地味な繰り返しです。そして今日、ホールという空間にその響きが現れ、すぐに消えていきます。この一瞬の響きをお客さまと共有するためには、お客さまのご協力が欠かせません。
いい演奏会を、一緒につくっていただけないでしょうか。
また響きのいいホールでは、演奏中にプログラムをめくる音やアンケートを記入する音なども意外に大きく聞こえるものです。咳もハンカチを口に当てるだけで、その音はかなり軽減されます。今ひとたびのご配慮をいただきたくお願い申し上げます。

これには納得ですね。
実際に、演奏中の異音は全く感じませんでしたから、この「お願い」は観客と完全に想いが一致しているのでしょう。
良い試みだなと感心しました。

ところで、当日のプログラムによるミサ・ソレムニスの楽曲紹介は次の通りです。
ウェーバーの「魔弾の射手」がドイツロマン派の始祖だとしたら、ベートーヴェンの「ミサ・ソレムニス」は古典派の完成形と言えるでしょう。時代はすでにロマン派に移行しつつありましたが、古典派の様式を用いて音楽史上の金字塔と言える作品を作りました。古今のミサ曲でも、ジョスカン・デ・プレの「ミサ・パンジェリンガ」やヨハン・ゼバスティアン・バッハの「ロ短調ミサ」に勝るとも劣らない傑作です。

バッハの「ロ短調ミサ」に並べて、ジョスカン・デ・プレの「ミサ・パンジェリンガ」を古今のミサ曲中の傑作としているところに、このオーケストラの矜持を見るような気がして、大変痛快でした。

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のら人

ビブラート・・・そうなんですか!
知りませんでした。お恥ずかしい限りです。><
自分も昔、湘南の海でテナサックスの練習をしてた事を思い出しましたが、人が近くに来ると恥ずかしく逃げて、結局車の中で練習してました。(苦笑)
by のら人 (2015-11-25 11:49) 

伊閣蝶

のら人さん、こんにちは。
ヴィブラートは、使い方によって様々な表情を音に付けることができますから、大変重宝と私も思っています。
ただ、古典以前の曲ではいろいろと考えなければならず、難しい局面もありますね。
湘南の海でサックスの練習をなさっておられたのら人さんの姿を想像し、思わず笑みが浮かんでしまいました。

by 伊閣蝶 (2015-11-25 12:57) 

夏炉冬扇

ベートーベンの季節になりますね。
冷えてきました。
by 夏炉冬扇 (2015-11-25 17:30) 

tochimochi

確かに金管楽器の練習場所の確保は大変でしょうね。
そういう困難を克服しての演奏会は奏者にとっても感慨の深いものと思います。
>半年間、ほとんど毎週の練習を繰り返してきました
それだけの思い入れを込められるというのも得難いことと思います。
門外漢にはなかなか想像ができませんが、そういう音楽を解する伊閣蝶さんには尊敬の念を抱いてしまいます。

by tochimochi (2015-11-25 22:46) 

伊閣蝶

夏炉冬扇さん、おはようございます。
雨の降る、肌寒い朝になりました。
年末の風物詩、ベートーヴェンの第9があちこちで演奏される季節になりました。
by 伊閣蝶 (2015-11-26 06:58) 

伊閣蝶

tochimochiさん、おはようございます。
仰る通り、オーケストラのメンバーにとって、練習場所と時間を確保するのは大変な難事になっています。
それだけに、白熱の舞台となりました。
そういう演奏会に出会えたことだけでも、本当に嬉しく思った次第です。

by 伊閣蝶 (2015-11-26 07:00) 

ヒロノミンV

 こんばんは。僕もミサ・ソレムニスは一度も生演奏で聴いたことがありません。観客のマナーも含め、素晴らしい演奏で聴けた伊閣蝶さんを羨ましく思います。
 余談ですが、私の家は川原の近くにあるんですが、金管奏者の方がよく練習をしていらっしゃいますが、川原の中の後楽園の森が音を吸収するのか、まったく迷惑には感じません。今は地元の大学オケの奏者が練習していて、ガンバレーと心の中でエールを送っています。都会だとそういうわけにもいかないでしょうね
by ヒロノミンV (2015-11-30 22:20) 

伊閣蝶

ヒロノミンVさん、こんばんは。
ミサ・ソレムニスは、相当な覚悟をもって臨まなければならない難曲ですので、やはり演奏者にとって相当に敷居が高いようです。
レコードでは、私はトスカニーニの1951年盤がお気に入りですが、トスカニーニですら、自分のレパートリーに入れるまでに相当の葛藤があったようですから。
ところで金管楽器の練習場所のこと。
やはり河原はポイントなのでしょうね。
私も散歩中に良く出会いましたが、仰る通り、エールを送りこそすれ迷惑と思ったことはありません。
でも、都心に近いとなかなか難しいようで、何だか世知辛いなと感じてしまいます。
by 伊閣蝶 (2015-12-02 18:56) 

ムース

ミサソレムニス!!。CDでも通して聴くのは大変ですね。私もCDすら滅多に開きません。

管弦楽団だと管楽器奏者は充足しているところも結構多い印象ですが、管楽器奏者が吹奏楽に特化しているところでは、管楽と弦楽が住み分けられてしまうのでしょうか??。私も管弦楽に呼ばれれば行きたいところですが、実力的にかなり厳しいと思います。本格的な管弦楽団ないし交響楽団で末席を汚すのは憧れですが、なかなか本格的な楽曲が多いので、仕事しながらは厳しいでしょうね。

私の行くあるカラオケボックスは、管楽器弦楽器に加えて津軽三味線のかたとか、色んな音が入り乱れています。冬は外も寒いですし、なかなか快適です。
by ムース (2015-12-05 11:39) 

伊閣蝶

ムースさん、こんばんは。
仰る通り、私も、ミサ・ソレムニスを聴くときには自然に気合いが入ります。
故に、やはり滅多に聴きません。

管楽器が充足している管弦楽団は、少なくともアマチュアではあまり出会いません(特に金管)。
この演奏会のオケも、毎週練習を重ねながら、やはり金管の安定感にかなり欠けていました。
仕事をしながら大曲の演奏に臨むのは、相当に厳しいところだなと思います。

ところでカラオケボックス。
私も練習用に使うことがままありますが、結構便利ですね。

by 伊閣蝶 (2015-12-05 23:37) 

九子

さすが!都会はたくさんの人が住んでいるので隠れた能力を持った方がたくさんいらっしゃって素人さんでも難曲に挑戦する素晴らしいコンサートが出来上がるのですね。
ポスターもとても素敵ですし、「お願い」もとても行き届いていて感心しました!
でも実際、子供さんは連れて行っていいものかどうか、お母さんは迷うでしょうね。(^^;;
by 九子 (2015-12-06 22:41) 

伊閣蝶

九子さん、こんばんは。
返信コメントが遅れて申し訳ありませんでした。

さて、「ミサ・ソレムニス」を演目に選んだのは、正しく旺盛なるチャレンジ精神故のことと思います。
名のあるプロの楽団や指揮者でも、滅多にこの曲を取り上げようとはしないのですから、正直に申し上げて驚愕しました。
ある意味では、そのチャレンジ精神に触発されて一緒に挑んだ先輩が眩しくもありました。
その、皆さんの熱い想いがひしひしと伝わる得難いコンサートでした。

ところで、コンサートに就学前のお子様を連れて行くこと。
これは正直に言って迷うところと思います。
コンサートが大好きなお母さんであれば、やはり躊躇なさるのではないか、と。

by 伊閣蝶 (2015-12-14 22:44) 

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