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ドヴォルザーク、グリーグ、シューマンのピアノ協奏曲(P:リヒテル) [音楽]

ここしばらくは五月晴れの良いお天気が続き、昨晩も宵の口の空に浮かぶ美しい三日月の姿に心を奪われてしまいました。
そのお天気も、どうやら今日の午後から下り坂のようです。

スヴァトラフ・リヒテルの演奏を初めて聴いたのは40年前のことで、曲目はリストの超絶技巧練習曲でした。
NHK-FMの放送だったのですが、あまりの凄まじさに我を忘れて聴き入ったことを思い出します。
当代随一のヴィルトゥオーソであることをその折に知り、薄給をやりくりしながら何枚かのレコードを買いあさったものです。
カルロス・クライバー&バイエルン国立管弦楽団と組んで録音したドヴォルザークのピアノ協奏曲ト短調は、その時の一枚ですが、この、どちらかといえば不遇な曲に、大いなる光を当てた演奏といえるのではないでしょうか。
今日でも演奏されることが稀なこの曲で、リヒテルは三種類の録音を残していますが、スタジオでのセッション録音はこれのみ。
リヒテル自体がスタジオ録音を好まなかったことから、その意味でも貴重な一枚といえましょう。
ドヴォルザークには、あまりにも有名なチェロ協奏曲ロ短調があり、ヴァイオリン協奏曲イ短調もそれなりに演奏の機会はあるようですが、このピアノ協奏曲ト短調は非常に不遇な扱いを受けています。
それ故に曲自体も「凡作」といわれているようですが、如何にもドヴォルザークらしい旋律美に彩られた、それでいて重厚な響きを持つ曲だと私は思います。
「協奏曲」というと、どうしても独奏楽器奏者の技巧を前面に押し出すように書かれる嫌いがありますが、ドヴォルザークは、独奏楽器も曲全体の管弦楽的・交響的な響きを紡ぎだすための要素の一つ(非常に重要な要素ですが)と考え、むしろ全体の調和を大切にしたのではないでしょうか。
稀代のヴィルトゥオーソと目されたリヒテルが、何故にこの曲を好んだのか、もちろん私などは知る由もありませんが、リヒテルという人が、その恐るべき実力に比して非常に控えめで、文字通りのミュージック・サーヴァントであったことによるのかもしれません。
彼の理想とした演奏の姿は、ピアノを持参してふらりと小さな町に出向き、教会や公会堂のようなところに近所の人々を集めて無料でコンサートを開く、というものであったそうで、自分の技量を見せつけて金持ちのディレッタントから入場料をふんだくる、という拝金的かつ自己顕示的な傾向は全くなかったとのこと。
これは私の全くの憶測ですが、リヒテルは、このどちらかといえば慎ましやかな装いを見せる美しいドヴォルザークの曲に、それにふさわしい光を当てようと考えたのではないか。
リヒテルが、ヴィレーム・クルツによるピアノパート譜改訂版を用いずに原典版で演奏していることも、そうした想いの表れではないかと思います。

さて、この演奏ですが、CDに復刻して販売されたものを購入して聴いたところ、レコードよりも響きが薄くてがっかりしたことを思い出します。
そんなわけで、このCDは長らくCDラックの奥底に眠っていたのですが、今回、なんとSACDで復刻されたのでありました。
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ピアノ協奏曲集~ドヴォルザーク、グリーグ、シューマン・・・リヒテル、クライバー指揮、マタチッチ指揮(2SACD限定盤)

早速購入して聴きましたが、これは実に素晴らしい録音です。
リヒテルの個々のタッチが目の前に展開されてくるかのような迫真性を感じました。
しかも、マタチッチ&モンテカルロ・フィルとのコンビによる、グリーグ&シューマンのピアノ協奏曲とのカップリング!
この演奏に関する評価は分かれているようですが、私にとってはトップランクの演奏です。
モンテカルロ・フィルという、実力的には今一つという感のあるオーケストラ(失礼)を、マタチッチはリヒテルの演奏意図を十二分にくみ取ってドライブし、実に重厚で美しい響きを生み出しています。
「悪いオケというものはなく悪い指揮者がいるだけだ」という言葉をよく聞きますが、誠に以て至言だと思います。
ここでもリヒテルの演奏は縦横無尽。速度のコントロールを自在に操り、早いパッセージでも、それこそ一音もゆるがせにしない完璧な音を紡ぎだします。
しかし、徒なアゴーギクなどは決して用いない。
必要以上の感情の横溢によってメロメロになってしまう危険性をはらんでいる両協奏曲を、強靭な精神性で支えている、といった感があります。
リヒテルは、ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番の演奏において至高という評価を得ていますが、この両協奏曲の演奏を聴いていると、正に広大なるロシアの大地を思い起こさせるような響きを感じました。
それ故に好き嫌いが存在するのは蓋し当然といえましょう。

いずれにいたしましても、このSACDのカップリングが「1290円」で購入できるとは、本当に良い時代になったものと思います。

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tochimochi

SACDという規格があったのですね。
恥ずかしながら知りませんでした ^^;
それにしてもCDとの音質の違い、そんなに明瞭に聞き分けられる物でしょうか?
耳には全く自信がない私としては気になってしまいます。

by tochimochi (2015-05-24 18:23) 

伊閣蝶

tochimochiさん、こんばんは。
SACDは、スーパーオーディオCDの略称のようですが、何ともベタな呼称ですね(^^;
SACDの再生には専用のプレーヤーが必要ですが、通常のCDの音源とハイブリッドになっていることが多いので、普通のCDプレーヤーでも一般的には再生可能です。
音質ですが、人間の耳の可聴周波数帯域を外れた音は聴こえないと思われがちですけれども、多くの信号を拾うことができるので、音の広がりや響きの厚さには確かに違いがあると感じます。
デジタルリマスター技術の進展もあり、古いCDとでは明らかに違いがありました。
by 伊閣蝶 (2015-05-24 23:04) 

夏炉冬扇

知らない世界です…
暑くなりました。
by 夏炉冬扇 (2015-05-25 18:16) 

のら人

恥ずかしながら良くわからない世界ですが、確かに良い品が安価で可能になったのは良い事ですね。^^
by のら人 (2015-05-26 07:46) 

伊閣蝶

夏炉冬扇さん、こんばんは。
ご存じない話題にもかかわらずコメントをありがとうございます。
本当に暑くなりました。
by 伊閣蝶 (2015-05-27 22:05) 

伊閣蝶

のら人さん、こんばんは。
申し訳ないこととは存じますが、コメントを頂けるだけで、本当に嬉しいのです。ありがとうございます。
殊にデジタル関連の技術発展は長足の進歩と思いますが、古い録音でも、アナログ故にデータがきちんと録音されていることに感謝です。
それを掘り起こすことができるようになったことで、半世紀以上前の演奏録音が見違える音で蘇るのですから。

by 伊閣蝶 (2015-05-27 22:10) 

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