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ムラヴィンスキー&レニングラード・フィルによるブルックナーの交響曲第9番 [音楽]

ぐずついたお天気が続いていましたが、ようやくこの季節らしい晴天が帰ってきました。
立冬を過ぎたこともあり、冷え込みも徐々に厳しくなってきています。
しかし、昼間は太陽の光が燦々と降り注いで、文字通り「小春日和」を感じさせていました。
日比谷公園ではツワブキの花が満開で、陽の光を受けて輝いています。
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以前から大変興味のあった、ムラヴィンスキー指揮レニングラード・フィルによるブルックナーの交響曲第9番のCDを入手いたしました。


1980年1月のライブ録音で、ムラヴィンスキーのブルックナーでは唯一のステレオ録音となっております。
LPレコードでは音質があまり良くなかった模様ですが、さすがにデジタルリマスター版だけあって、この点は素晴らしい改善が見られます。
殊に、このコンビの特徴である輝かしい金管楽器の音色は、正に驚くべき迫真性を帯びておりました。

以前にも何度か書きましたが、私はブルックナーの交響曲、とりわけ第9番が大好きで、それこそ数えきれないほどたくさんのレコードを聴いてまいりました。
一方、ムラヴィンスキー指揮レニングラード・フィルも、私にとってはかけがえのないコンビで、これまた数多くのレコードを聴いてきましたし、実演にも接しているところです。
このコンビによるブルックナーの交響曲は、4番・7番・8番・9番がレパートリーであったそうですが、このうちレコードやCDで聴けるのは7番・8番・9番だけ。
しかも、ステレオ録音は、先にも書きましたように9番のみ。
その貴重な録音をこれまで聴いてこなかったのは、ある種の先入観に基づくものだったような気がします。
あの、無駄な虚飾の一切をそぎ落とした筋肉質の、冷厳かつ峻厳な演奏スタイルから、ブルックナーの逍遙の音を、若い頃はどうしても想像できなかったのでした。

今、そろそろ還暦に間近い年齢を私自身が重ね、この世の中の事象が複雑で多様な面相を有していることにつき、ある種の痛みなどを伴いつつ実感してきております。
主に癒しを求めて聴いていたブルックナーの音楽の中から、犯しがたい厳しさと崇高さを感じいるとき、それを極限までに磨き上げた演奏にも接してみたいという思いが強くなってまいりました。

真っ先に思ったのは、トスカニーニによる演奏です。
トスカニーニによるブルックナーの演奏の録音は、今のところ1935年のニューヨーク・フィルとのライブ(カーネギーホール)のみが残されているようで、ネットではかなりの話題になっています(曲目は第7番)。
「Ansfelden label」からCDRで限定販売された(ANS-0127)のですが、現在のところ入手は困難で、ヤフオクなどでは相当な高値がついたとのこと。
mp3で入手する方法もあるようですが、残念ながら手法がわかりません。
欠落部分も相当あって、特にフィナーレのカットや欠落は致命的、という話ですが、第2楽章のアダージョは素晴らしいカンタービレを歌うせてくれているそうです。
トスカニーニというと「インテンポ」という答えが即座に返ってきそうですが、少なくともヨーロッパで活躍していた1930年代くらいまでは。非常にダイナミックな緩急をつけた演奏を試みていたとのこと。
事実、バイロイトでのパルシファルの演奏では、クナッパーツブッシュよりも遅く荘厳なテンポでの演奏だったそうですから、戦後のNBCとのコンビの録音だけを以て決めつけるのは問題なのかもしれませんね。

話がそれてしまいましたが、そんなわけで、トスカニーニによるブルックナーの完全なる演奏を聴く機会がない現在、ムラヴィンスキーによる演奏を聴いてみたいという想いが日増しに強くなってきたのでした。
そんな折に、このCDに出会ったのです。

一聴して思わずうなりました。
恐るべき演奏です。
9番は、ブルックナーの交響曲の中でもとりわけ厳しい音楽ではないかと思うのですが、そのことを改めて痛感させるような、そんな緊張感を久々に味わわせてくれたのです。
ブルックナーの交響曲のスコアを読むと、縦の音の連なりがひときわ精緻であることに気づかされます。
ブルックナーの自筆譜も、非常に整然と書かれており、その肖像画や写真などから想像される村夫子然とした風貌からは想像できないほど几帳面な人だったのでしょう。
その縦の音の響きが、輪郭線もくっきりと伝わってくるのです。
特にスケルツォは、その効果絶大だと感じさせられました。

先入観のようなあいまいなものを徹底的に廃し、楽譜に書かれている音を正確な響きに変える。余計なものは一切付け加えない。
このコンビにおける最高峰ともいわれるチャイコフスキーの悲愴などでも明らかなように、特にその終楽章において陥りやすい「憂愁」「寂寥」「哀切」などという感情的な夾雑物は、一切入り込む余地がありません。
恐らくチャイコフスキーも、純粋に音楽としての新たな地平をここに盛り込もうとしたはずで、それ故にこそ、このコンビの演奏は、この曲の本質をえぐりだす名演となったのではないでしょうか。

同様のことが、このブルックナーの9番からも強く感じさせられます。
ブルックナーの交響曲では、やはり金管楽器の輝かしい響きや中低音部の分厚い和声の響きなどに耳がいってしまいがちですが、そうした堅固な音の構築物の上に奏でられる木管などの美しい調べにも心を動かされます。
こうしたパートでは、しばしば微細なテンポの揺らぎとか僅かな装飾音(ある種の「小節」みたいなものでしょうか)が試みられることがあったりします。
それを積極的に容認する演奏も存在し、その気分がいい方向に全体を支配すると、いわゆる「馥郁たる響き」といったような効果を上げることもありましょう。
ムラヴィンスキー&レニングラード・フィルの演奏において、こうしたゆらぎのようなものは虚飾として排除されているように思えます。
しかし、弦楽器を中心に、オケ自身の響きが素晴らしいので、決して無機的な演奏にはなっていません。
それは、第3楽章のアダージョを聴けば納得がいくのではないでしょうか。
先程、「テンポの揺らぎがない」と書きましたが、無機的なインテンポなどでは決してなく、ここぞというキモにおいて絶妙なテンポのコントロールがあり、それが曲に絶妙の表情を与えているのです。
ここでも弦と木管の響きが極めつけの美しさで、とりわけ155小節からの弦の和音は実に艶やかで温かみをたたえていました。
それからもう一つ。ゲネラルパウゼの表現が何とも「粋」です。
第1楽章の504小節目。ホルンのソロのあと、木管楽器による痛切な主題が奏でられるのですが、楽譜の上ではホルンのソロの後に休符はありません。
しかし、ムラヴィンスキーは、ここにたっぷりとした「間」を置きました。
それまで、厳格なほどのインテンポで進んできたわけですから、これには驚かされましたね。一瞬、何が起きたのだろうかと狼狽えたほどです。

そのような細かな表情をきちんと現しつつ、弱音から強音までをダイナミックに表現する。消え入らんばかりのピアニッシモの後、強烈なフォルティッシモが鳴り響くとき、そこにはえも言われぬ芳醇な響きが広がっていく。
この曲を聴く悦びを、また新たな局面から気付かされたような気がします。

さて、気になる点ですが、まずはライブ故の傷。
聴衆の咳払いなどの音がかなり入っていて、結構耳障りです。
デジタル・リマスタリングによって音質は飛躍的に向上しているのですから、こうしたノイズも除去して欲しかったなと、ちょっと贅沢な注文を付けたくなりました。
それから、トランペットの咆哮があまりにも強烈過ぎるように思われます。これはブルックナーとしては如何なものかと(^^;
さすがにホルンはかなり抑制が利いていますが、それでもときおりビブラートがかかるのはご愛嬌でしょうか。

この演奏。
恐らく、聴く人によって評価はかなり割れるのではないかと思います。
ヴァントやチェリビダッケを至上と考えれば、抵抗感を感ずる向きもあるでしょう。
しかし、それでも聴くべき価値は大いにあると私は信じます。
ムラヴィンスキーの、音楽に対する真摯な姿勢、それをたっぷりと実感できるCDではないでしょうか。



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夏炉冬扇

そろそろですか。
私はとっくに。
by 夏炉冬扇 (2014-11-15 20:40) 

伊閣蝶

夏炉冬扇さん、こんにちは。
週末になり、ますます冷え込みは厳しくなってきました。
そちらもだいぶ冷え込んでおられるようですね。
by 伊閣蝶 (2014-11-16 13:50) 

tochimochi

朝晩めっきり寒くなりましたね。
そのせいか分かりませんが先週の土曜日、卓球の練習中に左ふくらはぎ肉離れになってしまいました。
前回よりは症状は軽いのですが、山はお預けになるかもしれません。

by tochimochi (2014-11-17 12:38) 

伊閣蝶

tochimochiさん、おはようございます。
本当に冷え込んできましたね。
ところで肉離れが再発なさったとのこと。
話によると肉離れは癖になってしまう虞があるそうです。
どうかくれぐれもお大事になさって下さい。
私もなかなか「治った」という実感が感じられません。気をつけたいと思います。
by 伊閣蝶 (2014-11-18 07:23) 

gkrsnama

トスカニーニの7番はYouTubeにあります
https://www.youtube.com/watch?v=jLy68N3CDKU

by gkrsnama (2016-06-25 19:44) 

伊閣蝶

gkrsnamaさん、こんばんは。
大変貴重な情報をありがとうございました。
早速聴いてみました。
ところどころにノイズはあるものの、音質は想像以上に素晴らしく、昔年の願いが叶った想いです。
トスカニーニの歌わせ方、7番だからということもあるかもしれませんけれども、深く感じ入りました。
by 伊閣蝶 (2016-06-27 22:15) 

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