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楢山節考 [映画]

雨の肌寒い週末になりました。

先週の火曜日に人間ドックを受け、水曜日から金曜日まで毎日バタバタと出張をしていたこともあって、さすがにこんなお天気では遠くに出かける気にもなりません。

そんなわけで、洗濯やアイロンがけなどの家事をしながら音楽を聴いたり、リコーダーを吹いたりしていたのですが、今日は久しぶりにDVDなどを観たところです。
作品は「楢山節考」。
今村昌平監督の1983年版の方です。
楢山節考 (1983年度製作版) 【DVD】

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「楢山節考」は、いうまでもなく深沢七郎の小説で、第1回中央公論新人賞を受賞した記念碑的な作品です。
因に、深沢七郎作品は一度も芥川賞などの候補になったことはないそうですが、本人も文春は嫌いだと公言していたとのことで、これは仕方のないところかもしれません。中央公論や谷崎潤一郎は好きなので、これにちなんだ賞はもらうことにした、のだそうです。
この小説、お読みになられた方もきっと多いことと存じますが、実に異様な美しさをたたえた作品だと思います。
私がこの小説を読んだのは20歳前後の頃でしたが、独特のリズム感に引き込まれながら一気に読み進み、読後、心がシンと静まり返るような筆舌に尽くしがたい感動につつまれたものでした。
心の優しい孝行息子が、実の母親を山に捨てにいく。
そのことだけでも酸鼻極まりない酷薄なストーリーなのですが、それが村の伝統行事のような形で淡々と、余計な脚色を一切つけずに展開させていく筆力には正に驚嘆させられます。
中央公論新人賞の審査員であった正宗白鳥氏は、「私は、この作者は、この一作だけで足れりとしていいとさえ思っている。私はこの小説を面白ずくや娯楽として読んだのじゃない。人生永遠の書の一つとして心読したつもりである」と表したそうです。
自他ともに認める辛口評論家であった正宗氏をして、ここまでの賛辞を寄せさせたことからも、この作品の持つ魅力が伝わってくることでしょう。

1956年に発表され、1957年に中央公論新人賞を受賞したこの作品、1958年には木下惠介監督によって早くも映画化されました。

この頃の木下監督は、それこそ一作ごとに新たな映像表現の可能性に挑んでいて、この映画では国産の富士カラーを初めて全編に使用したカラー作品として仕上げています。
山が主体となる話であるのにもかかわらず、全て屋内セットで撮り上げたことも特筆すべきでしょう。
それ故にこの映画は歌舞伎か浄瑠璃のような様式を以て構成され、それに合わせて音楽も邦楽の杵屋六左衛門や野沢松之輔に担当させています。
木下惠介監督作品の音楽といえば、ご舎弟の木下忠司さんの担当が当たり前であったのですから、こうした点からも木下監督のなみなみならぬ野心が伺われることでしょう。
元々原作も、悲惨かつ深刻な話を題材にしているのにもかかわらずどこかおとぎ話のような不思議な雰囲気を醸し出していましたから、木下監督も映画の虚構性を前面に押し出して一篇の「抒情詩」のような映画を作ろうと考えたのかもしれません。
それ故に情感溢れるメルヘンのような美しい作品に仕上がっているのですが、原作の持つ残酷な中にもそこはかとなく漂うユーモアといったような微妙な色合いが失われてしまっているようにも思えます。
恐らく、木下惠介という人の、人としての根本的な優しさが、この原作の奥底に横たわる残酷な世界を描き切ることに躊躇いを感じさせたのではないか、そんなふうにも考えてしまいます。
しかし、作品としては誠に素晴らしい出来で、殊に主役のおりんを演じた田中絹代の熱演が忘れられません。
そういえば、おりんの息子辰平(高橋貞二が好演)の、お調子者の息子けさ吉を演じていたのは三代目市川團子、現二代目市川猿翁でした。

さて、1983年の今村昌平監督作品です。
ご存じのとおり、この映画はカンヌ国際映画祭でパルムドールを受賞しました。今村監督は、1997年に撮った「うなぎ」でも同賞を受賞しており、ご自身の映画作りへの想いと必ずしも同期するものであるのかどうかはわかりませんが、これは快挙と申せましょう。

今村監督の映画は、徹底したロケーションで知られており、原則オールロケで作られます。
また、芝居のリアリティや臨場感を重要視したことからアフレコを嫌い、セリフの同時録音にこだわりました。
この映画ももちろんそうした姿勢を貫徹して作られており、その意味では、先に上げた木下恵介監督作品とは一線を劃するものであります。
映画作りに当たっては、その題材の背景となる事象などを徹底的に取材・調査する今村監督らしく、当時の貧しい僻村の掟や暮らしぶりなども含めて非常に丹念な画面を作っています。
私事になりますが、ワラビ・タラノメ・コゴミなどの山菜を採るシーンには、私自身の体験もあって、その写実性に感嘆したものでした。
性欲も含めた人間の生の生態を徹底的に描き出すのも今村監督の特徴で、この映画でもその部分が大変象徴的に描かれています。
中でも、清川虹子と左とん平によるセックス描写は衝撃的で、確かこのときの清川虹子は72歳くらいになっていたはずです。
彼女はこの映画で初めてのオールヌードを演じたとのことでした。
そのときの「使ってみりゃあ、まだ使えるもんなんだな」というセリフが非常に生々しかったことを思い出します。

深沢七郎の「楢山節考」を題材とした二つの作品。
どちらがより優れているか、といった問いかけはあまり意味をなさないことでしょう。
独特の社会性を有している原作を、そうした社会的意識の強い二人の監督がそれぞれの個性を以て世に問いかけた作品であるからです。

もちろん好みの問題は歴然としてあり、劇場で観たときの私の印象としては、今村監督作品の持つリアリティと迫力に圧倒されはしたものの、様式的な美しさとまとまりの点で木下作品に魅かれました。
何よりも、主役おりんを演じた田中絹代と坂本スミ子との差があまりに大きく、坂本スミ子の熱演はわかりますが、この点はいかんともしがたいと思います。

もう一点。
楢山詣の掟の中に「家を出てから帰るまでしゃべってはならないこと」というものがありますが、楢山におりんを残して戻る辰平がその途上で雪が降ってきたことを知り、踵を返して母の元に戻って「おっかあ、雪が降ってきたよう」「雪が降ってふんとに良かったなあ」と、禁を犯して呼びかけてしまう。
筵の上に端坐したおりんが辰平に向かって無言で手を振り、早く行けと促す。
原作においても誠に感動的なシーンですが、木下版ではここを忠実に描いています。
今村版では、楢山に行く途上で、辰平がおりんに「あと25年もすれば、今度は俺がけさに背負われて楢山詣に行く。そしてまた25年すれば…」と語りかけるシーンが挿入されていました。
辰平の語りかけに対しておりんは無言を通しますが、楢山詣の掟と、原作にももちろんそのような記述はないという、二つの禁を犯してまで入れるようなものなのでしょうか。
当時、大変疑問に感じたものでした。
今回、久しぶりにDVDで観ましたが、やはりこの点の違和感はぬぐえません。
今村監督の意図は那辺にあったのでしょう?

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ハマコウ

「楢山節考」 本を読み心が動かされました
深沢さんの本を 何冊か続けて読みました
懐かしいです
by ハマコウ (2013-10-21 20:27) 

伊閣蝶

ハマコウさん、こんばんは。
深沢さんの小説、どれも大変印象深い作品ばかりでしたが、私は中央公論に掲載され出版禁止になった「風流夢譚」が、今でも強く記憶に残っています。

by 伊閣蝶 (2013-10-21 21:03) 

のら人

生みの母親を、山に捨てに行く ・・・

常識、モラル、勿論感情論を持ちだしところで、絶対に有り得ない ・・・

否、あってはならない行為 ・・・
親父なら捨てられるが・・・男同士!?っと、いう事で ・・・ (爆)

このある意味で限界を超えた行為が、昔はこの事象だけで無く、結構行われていたようですが。 戦国時代の実の息子、娘殺し等。
日本人 ・・・ 実は意外と野蛮な民族の様な気がします。 ^^;
by のら人 (2013-10-21 21:10) 

tochimochi

姥捨て山という話は小学生の頃読んだ記憶があります。
この小説が原点だったのですね。ありえない行為のように見えますが、子や娘を売るということも行われていた時代、頷ける面もあります。
『楢山節考』読んで見たくなりました。

by tochimochi (2013-10-21 23:03) 

伊閣蝶

のら人さん、こんばんは。
棄老伝説、常識ではとても考えられないことですが、実際にあった話のようです。
息子は、親子の情故に母を楢山に連れて行くことを躊躇う。しかし、母は(母の想いからすれば)さらに深い親子の情故にある意味では嬉々として楢山詣に向かう決意を固める。
貧しい僻村においては、そうしたしきたりを守らなければ家族全体が飢えてしまうからにほかなりません。
つまり母は、愛する子供や孫たちを守るために進んでその命を楢山に捧げようというわけです。
子殺しや子供の売買なども、こうした食い扶持の確保を理由として普通に行われていた時代もあったのでしょう。
確かに野蛮ではありますが、何とも悲しい歴史ではないかと思います。
by 伊閣蝶 (2013-10-21 23:30) 

伊閣蝶

tochimochiさん、こんばんは。
「姥捨」という地名があるように、こうしたしきたりは実際にあったもののようです。
深沢七郎は、それを題材にこの作品を書いたのですが、私も子供用に翻案されたものを小学生の頃に読んだ記憶があります。
棄老のみならず、子殺しや子供の売買もあった頃のこと。今の時代では信じられないほど貧しかった日本の状況が見えてくるような気もします。
原作の「楢山節考」、宜しければ是非ともお読み下さい。短い小説ですから、すぐに読了なさると思われますよ。
by 伊閣蝶 (2013-10-21 23:35) 

夏炉冬扇

今晩は。
姨捨、今の世界の現実もあります。深い問題。
by 夏炉冬扇 (2013-10-22 20:17) 

伊閣蝶

夏炉冬扇さん、こんばんは。
仰る通り、現在にも繋がる問題であるように思います。
by 伊閣蝶 (2013-10-22 20:51) 

九子

姨捨山のすぐそばに住む九子です。捨てられないようにしなくっちゃ!(^^;;

伊閣蝶さんのブログを読んで、木下恵介さんのが断然見たいと思いました!
外国の映画祭で賞を取る作品は、必ずしも日本人の好みに合わない場合もありますよね。

田中絹江さんには品格がありました!
by 九子 (2013-11-07 23:59) 

伊閣蝶

九子さん、こんばんは。
そうでしたか、お近くにお住まいでしたか。
でも、少なくとも九子さんが捨てられるなんてことはあり得ませんね(*^o^*)
ところで、木下惠介監督の楢山節考、機会がございましたら是非ともご覧下さい。
じーんと胸に沁みると思います。
田中絹代さんの熱演は絶対に見物です。
by 伊閣蝶 (2013-11-09 00:10) 

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