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「風立ちぬ」を観てきました [映画]

今日の横浜は、久しぶりの猛暑になりました。
連れ合いは仕事ですので、夏休みの私は、布団を干し、汗だくになりながら、掃除と床のワックス掛けに精を出したところです。
それにしても暑い(^_^;)

昨日は、こちらの友人たちに久しぶりに会って、夜も楽しく飲みましたが、昼間、友人の会社に面会に出かけたあと、飲み会までの間、少し時間が空いたので、宮崎駿監督の「風立ちぬ」を観てきました。
kazetatinu.JPG

平日の15時10分からの回ですので空いているだろうと高をくくっていたのですが、さすがにTOHOシネマズ渋谷、ほぼ満席になりました。
若いカップルが目に付き、そういえばまだ夏休みは続いていたんだなと、妙に納得。
それにしてもジブリの人気はすさまじいものがありますね。

映画の内容に関しては触れないことにします。
しかし、これは特に大人にとってたまらない映画だと思います。
堀辰雄の読者であればなおさらのこと。
私自身、「風立ちぬ」はもとより、「聖家族」「美しい村」「菜穂子」などを読んでおりますので、そうした堀辰雄の世界が展開されていく様に、しみじみと胸を打たれました。

宮崎駿監督は、自分の作ったこの作品を観ながら涙を流し、そうした経験は初めてのことだったと話しておられましたが、私も恥ずかしながら何度も涙してしまい、いい年をした中高年が、とちょっと恥じ入ってしまったところです。
ちなみに、私の右隣は20代前半くらいの女性の二人連れ、左隣は30代半ばの女性でしたので、涙をぬぐうのに少し躊躇しましたが、ふと見ると彼女たちもハンカチで目を押さえていたので、私も安心してハンカチを出しました。

宮崎監督には、アニメは子供が喜ぶものを撮るべきだ、という信念がありました。
そのため、この映画を撮ることに最初はためらいがあったとのこと。
しかし、プロデューサー室の女性の「子供はわからなくてもわからないものに出会うことが必要で、そのうちにわかるようになるんだ」という一言で、企画を進める決心がついたのだそうです。
そうした背景から、これまでの宮崎アニメとはだいぶ毛色が違った作品に仕上がっている、ともいえるのかもしれません。
宮崎監督は、以前次のような文章を書いておられます。
通俗作品は、軽薄であっても真情にあふれていなければならないと思う。入口は低く広くて、誰でも招き入れるが、出口は高く浄化されていなければならない。貧乏ゆすりの肩代わりや、低俗をそのまま認めたり、力説したり、増幅するものであってはならない。ぼくはディズニーの作品がキライだ。入口と出口が同じ低さと広さで並んでいる。ぼくには観客蔑視としか思えないのである。
「日本のアニメーションについて」出典:講座日本映画第7巻「日本映画の現在(1988年1月)」

この作品において、関東大震災、戦前の貧しかった日本、金融恐慌、破滅的な戦争への転落、当時「不治の病」とされていた結核の恐ろしさ、など非常に深刻なテーマが底流に流れている点を強く感じざるを得ませんが、宮崎監督の手によって新たに構築された主人公の飛行機にかける夢がその暗く陰惨な現実と対蹠的に描かれていることによって、私たちはある意味、安心して作品の世界に入り込むことができる。
それは恐らく、宮崎監督が目指してこられた創造の世界そのものなのでしょう。

この映画の主人公が、零戦を設計した堀越二郎氏をモデルにしていることから、零戦のことが全面に出てくるのではないかと期待する向きもあるかもしれませんが、そうした期待は恐らく裏切られることでしょう。
ここに描かれた飛行機や空に対する憧れはそんな矮小なものではなく、もっと大きな人間の希望のようなものなのですから。

ところで、今回の作品において主人公の声を担当したのは、誰あろう「エヴァンゲリオン」の庵野秀明監督!
何という大胆な冒険なのだろうと半ば呆れましたが、これが非常に素晴らしかった。
これは恐らく、同じ「クリエイター」としての目線が一致しているからなのでしょう。実際の堀越二郎氏の声やしゃべり方もこんな具合ではなかったかと思わせるほどでした。
主人公を、その少年時代から空と飛行機の魅力的な世界に誘う、あたかもメフィスト的な役割を演じたカプローニ伯爵の声は野村萬斎氏。
その他、瀧本美織、西島秀俊、西村雅彦、大竹しのぶといった俳優が声優を務めています。
初期の頃の宮崎アニメでは声優を起用していましたが、「となりのトトロ」辺りから声優の起用を減らしてきています。
キャラクターを示して声優に依頼すると、声優の方はそのキャラクターに合わせた役作りを試みてしまう。可愛い女の子であれば、できるだけその可愛さをだそうとする、それは大変に困ったことなのだ、と、宮崎監督がどこかで話していたことを思い出しました。
観客にいらぬ予断を与えることを慎重に避けたいということなのかもしれません。
木下惠介監督や小津安二郎監督は、俳優に半ば棒読みに近い台詞を言わせていました。余計で勝手な役作りを俳優にさせたくなかったのだということを聞いたことがあります。
吉村公三郎監督も、「俳優が役作りをするなんて全く必要のないこと。役作りは監督がするものであって、俳優が勘違いをするなってことですよ」といった意味のことを仰っていました。

宮崎監督のアニメ作品を観ていて、何というか非常に自然な印象を受けるのは、もしかすればそういう要素もあるのかもしれませんね。

余計なことを書いてしまいましたが、この映画は大人のためのアニメだと思います。
もしも機会がありましたら、是非ともご覧下さい。
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のら人

風立ちぬ、これは是非映画観で見たい! と思っていた所です。
しかし、声優を減らしてアクター、アクトレスの起用、その他伊閣蝶さんのアニメにも対する造詣の深さが窺い知れ、更に己の矮小さを知り、恥じ入ったところであります。(苦笑)
近いうちに、見たいと思います! ^^
by のら人 (2013-08-30 23:09) 

伊閣蝶

のら人さん、こんばんは。
この映画は、やはり劇場で観るべきだと思います。
関東大震災の描写の恐ろしさ、空を飛ぶ飛行機の高揚感、こうしたものは、やはり大画面ならではのものでしょう。
私はそれほどアニメに詳しいわけではありませんが、意外にたくさん観ているのかもしれませんね(^^;
是非ともご覧下さい。お薦めです。
by 伊閣蝶 (2013-08-31 01:29) 

夏炉冬扇

おはようございます。
堀辰夫の「風立ちぬ」に関してある作家の随筆ラジオ番組で聞きました。
by 夏炉冬扇 (2013-08-31 08:34) 

伊閣蝶

夏炉冬扇さん、こんにちは。
そのようなラジオ番組が放送されたのですね。
どなたの随筆なのか興味があります。
by 伊閣蝶 (2013-08-31 10:17) 

hirochiki

ジブリファンの我が家は、待ち切れずに上映初日に観に行ってきました。
大泣きすることを覚悟で鑑賞しましたが、映画館では泣けませんでした。
しかし、空の美しさと儚くも強く清く美しい二人の愛が心の奥から
じわっと込み上げてきた瞬間、帰りの車の中でどっと涙が出てきました。
暫くの間、ユーミンの「ひこうき雲」を聞くたびに思い出していました。
堀辰夫の「風立ちぬ」は、早速読みました。
映画を観た後のせいか、ちょっとキザかもしれませんが
小説から匂いや風が流れてきました。
そして、零戦のプラモデルも買ってしまいました。
今までの宮崎アニメみたいに可愛い、楽しい、おもしろいという共通感情ではなく、それぞれの世代で感じ方の違うとても広いアニメになったような気がします。
by hirochiki (2013-08-31 14:12) 

tochimochi

タイトルから堀辰雄を連想していましたが、やはりそうでしたか。
それが戦時中の出来事としてどう描かれているか興味があります。
やはりDVD発売を待たずに観にいったほうがいいでしょうか。

by tochimochi (2013-08-31 22:28) 

伊閣蝶

hirochiki家では、初日にお出かけでしたか。素晴らしい!
仰る通り、あとからもじわりと胸に込み上げてくる映画でした。
私は恥ずかしながら、劇場で泣いてしまいましたが(^^;
映画をご覧になった後、堀辰雄の「風立ちぬ」をお読みになり、零戦のプラモデルもお買い求めになったとのこと。
これにも胸を打たれました。
この作品、きっと宮崎監督が、ご自身の心の生の声に従って創造されたものなのでしょう。
それ故に、幅広い年齢層の観客に訴えかける力を持っているのではないか。
私はそう思っております。
by 伊閣蝶 (2013-08-31 22:39) 

伊閣蝶

tochimochiさん、こんばんは。
仰る通り、この映画は、堀辰雄の世界が中心に据えられていると思います。
小説の世界もそうですが、当時の戦時中の人々の生活のさまが、この映画の中でも非常にリアルに描かれております。
関東大震災の描写など、大画面故の迫力を満喫できますので、もしもお時間がございましたら、やはり劇場でご覧になるのが一番だと考えます。
by 伊閣蝶 (2013-08-31 22:42) 

hirochiki

こんばんは。
昨日の豪雨は大変でしたね。
三重では竜巻が発生し被害も出てしまったようですが、大丈夫でしたでしょうか。

by hirochiki (2013-09-05 19:49) 

Cecilia

PC修理が終わりましたが、5万円もかかりました!(涙)
忙しいのでまだブログ復活できないのですが、今旅行先(これまた観光ではないのですが)のホテルのPCからコメントさせていただいています。
「風立ちぬ」をご覧になられたのですね!
さすが伊閣蝶さん、という記事ですね。堀辰雄の作品もよくご存知であるからこそ楽しまれたり感じられた部分が多かったのだろうと思います。
私も再び作品をじっくり読んでみたいと思っています。
映画からこの時代の空気が濃厚に感じられ、さすが宮崎監督だなと感じました。
by Cecilia (2013-09-06 20:17) 

伊閣蝶

hirochikiさん、こんばんは。
温かなコメント、ありがとうございました。
一昨日の豪雨と竜巻。
幸い津では大丈夫でしたが、名古屋が大変な状況でしたから、名古屋に帰る職員は大変な目に遭いました。
名古屋の状況の方にこそ、本当に驚愕した次第です。
by 伊閣蝶 (2013-09-06 22:13) 

伊閣蝶

Ceciliaさん、こんばんは。
PCの修理、本当に大変でしたね。5万円とはバカにならない金額です。
いずれにしても復活、おめでとうございました。
ところで、ご旅行先からのコメント、ありがとうございます。
いつもご多忙で、大変心配です。どうぞ、くれぐれもご無理をなさいませんように。
ところで「風立ちぬ」。過分なコメントを頂き恐縮に存じます。
この映画を観て、改めて堀辰雄の小説を読み返しました。
そんな力のある作品だなと感じています。
by 伊閣蝶 (2013-09-06 22:18) 

Cecilia

こんばんは。いやおはようございます、でしょうか?
昨晩早く寝たため中途半端な時間に目が覚めました。
実は旅行初日が5日で名古屋までいつもの4倍近く時間がかかり(電車)大変なことになりました。
6日の用事は時間が決まっており、間に合わなかったらどうしよう、と思いましたが何とか無事にたどり着くことができ、少し遅れたのですが、天候が天候だっただけに開催を遅らしてもらうことができ、危機一髪で間に合いました。
ご心配いただきありがとうございます。忙しいですが体に負担はかかっておらず、元気でおります。
8月に津に行きましたが、立派なお寺(専修寺)を見ることができ、かなり感激でした。またいつか機会ができましたらゆっくり観光したい土地です。
by Cecilia (2013-09-07 03:43) 

伊閣蝶

Ceciliaさん、おはようございます。
一昨日の豪雨、Ceciliaさんも大変な状況にあられたのですね。
それでも6日のご用事には無事に間に合われたとのことで、何よりでした。
お体の方もご負担はなかったとのことで、安心しました。

ところで、津にお越しいただき、お疲れさまでした。
高田本山は立派なお寺であるのに、あまり力を入れてアピールをしておらず、津に在住する者としては少々残念です。
Ceciliaさんから、「ゆっくり観光したい」と仰って頂き、感激です。
また是非ともいらして下さい。
by 伊閣蝶 (2013-09-07 08:26) 

九子

小津監督の映画が棒読みみたいな印象だったのは、そういうことだったのですね!
それから、宮崎監督のディズニー評。監督を見直しました!
素晴らしいですね!
by 九子 (2013-09-07 22:18) 

伊閣蝶

九子さん、おはようございます。
小津安二郎監督にとって、映画はフレームであり、そのフレームに写り込むべきものは、俳優も含めて全てが「オブジェ」という強固な考え方があったのでしょう。
宮崎監督の創作の姿勢、私はいつも感動を以て受け止めています。
特に、その反戦・平和に対するぶれない立場に感激です。
by 伊閣蝶 (2013-09-08 09:08) 

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