SSブログ

サンソン・フランソワ/EMI録音全集(36CD) [音楽]

10月も中旬、秋も深まり、昼間の気温は相変わらず高いものの、朝晩はずいぶん涼しくなり、夜具にも薄掛けが必要になってきました。
昼間の天気は良くても朝などは時折雨が降るなど、この時期特有の不安定なところはありますが、過ごしやすい気候がやってきたなと実感する今日この頃です。

ショパンのピアノ協奏曲第1番ホ短調作品11。
ショパン二十歳のときの作品です。

私はこの曲に関して、複雑な想いを抱いております。

若きショパンの恋への憧れと情熱が全編にみなぎる、あの流れるような叙情性と甘美な旋律、ショパンをして「ピアノの詩人」と称するのは、正にこうした曲想からしても蓋し当然のことであり、実際にこの曲を初めて聴いたとき(確か小学校5年生であったと思います)、あまりの美しさに打たれて言葉を失ったものでした。
ショパンのピアノ独奏曲はその前からたくさん聴いていて、どれもお気に入りだったのですが、このピアノ協奏曲の持つ美しさは、小学生の想像力をはるかに超える衝撃的で深遠な世界であったのです。
中学生になり、吹奏楽部に所属して、本格的に音楽を聴き始めることになったきっかけがピアノ協奏曲であったのも、やはり必然であったのでしょう。

そんな思い入れの深い曲でありながら、その後、私はこの曲を聴くことを敢えて敬遠していた嫌いがあります。
理由は単純で、気に入った演奏になかなか出会えないから。

以前、このブログで「アルゲリッチ&新日本フィルによるシューマンとショパンのピアノ協奏曲(ライブ)」という記事をアップし、アルゲリッチによる演奏に感動した、と書きましたが、そこには、東日本大震災に対するアルゲリッチの深い想いに胸を打たれたという事情があってのことでした。
もちろん、このCDの演奏もすばらしいものでしたが、ショパンのピアノ協奏曲第1番に関して言えば、私の心中に深く刻み込まれたある演奏を凌駕するものではなかったように思います。

私の心の中に深く刻み込まれたその演奏は、サンソン・フランソワのピアノ、ジョルジュ・ツィピーヌ指揮パリ音楽院管弦楽団によるもの。
1954年の録音で、もちろんモノラルです。
サンソン・フランソワは当時30歳。煌くような才能を発揮する天才肌のピアニストとして、勇名を馳せていた頃でしょう。
全編、一分の隙もなく、ある意味では鬼気迫る、といった、この曲にはいささかそぐわない神がかり的な演奏ではなかったかと思います。
私はこの演奏を20歳前半の頃に聴き、初めて自分の心に共鳴する表現に出会えたと感じました。
第1楽章の冒頭の管弦楽の主題提示。原曲では、第1主題、第2主題の提示・展開を含む長い序奏で知られています。
通常の演奏では4分くらいかかりましょうか。
ところがこの演奏では、第1主題の提示が終わった後、第2主題や展開部を飛ばして一気に経過句に至り、あの激烈なホ短調和音の強打によるピアノ独奏に至ります。
序奏部分は1分少々。
最初に聴いたときには「これは大胆すぎるな」と感じたものの、このカットの効果は絶大で、これによって全体的な緊張感が最後まで緩むことなく保持された、のではないかと思われました。
この冒頭の序奏のカット、フランソワのアイデアなのかツィピーヌの意向なのか、そのあたりを私は知りませんが、いずれにしても度肝を抜かれのは事実です。
ただ、断っておきますが、これはこの演奏であるからこその私の感想です。
こうしたカット自体に無条件で賛同しているわけではありません。
音楽作品は、やはりその作品を創造した作曲者の意向を尊重すべきものだと考えます。
創造者の想いに寄り添えないのであれば、再現芸術としてのクラシック音楽は致命的な打撃を受けることになるのではないでしょうか。
確かに、ショパンのピアノ協奏曲第1番の序奏は長くて重い印象が強いのですが、そういう曲を敢えてショパンは作ったのです。その事実はやはり重いと思うのです。
フランソワもツィピーヌも、きっと様々な想いを巡らせた上で、この演奏形式を採ったのではないか。
そこにはきっと相当の葛藤があったことでしょうね。

91年、この演奏は、サンソン・フランソワ特集の8枚組CDのトップを飾って復刻されました。
そのことを当時全く知らなかった私は、後でこの全集CDがオークションなどで法外な値段がついていた現実に直面して、正に愕然としたものです。
その後、折に触れて、復刻されないものかとネットなどで調べてみたりもしたのですが、この演奏のCDにはなかなか出会うことがありませんでした。

ところが、先日、職場の同僚と雑談をしていたおり、鈴鹿のタワーレコードでサンソン・フランソワの36枚組CDが3800円で売られていましたよ、という衝撃的な話を聞いたのです。
同僚はドビュッシーやフォーレが好みで、このCD全集でもこれらの作品がたくさん取り上げられており、購入しようと思ったけれども、その折は躊躇してしまったとのこと。
いや、それは絶対にお買い得だ、私もそのタワーレコードに行ってみたいものと申し上げたところ、他日を期して同僚はまたそのお店に出向いたそうです。
ところがなんということでしょう、既に売り切れていたとのこと。そうなると欲しくなるのが人情で、同僚はネットでこの全集を購入。
ツィピーヌとのショパンのピアノコンチェルト、凄い演奏でしたよ、と報告してくれました。
大変嬉しいことに、そのCDなどを持って、先日の三連休の最終日に拙宅を訪ねてくれ、しかも、BOSEのAWMも持参して下さり、これには大感激です。
私も、カセットのみのタイプの機器を以前使用していたことがありましたが、久しぶりに聴くBOSE AWMの音は大変素晴らしいものでした。
そして、このピアノ協奏曲第1番などを含む、ショパンのCDを貸してくれたのです。
夢中で何度も聴き返しているのですが、20歳前半の頃に聴いたときの衝撃の記憶をまざまざと思い出しました。そうだ、この演奏だったんだ!と。
人間の記憶力は本当に不思議なものですね。30年以上も前の感動した時の記憶を、細部に至るまで忘れずにいるのですから。

というわけで私もこの全集が欲しくなりました。

やっぱり、ドビュッシーなども聴いてみたくなったからにほかなりません。
それに、この全集の中には、あの超絶的な名演の誉れ高い、メンデルスゾーンの「アンダンテとロンド・カプリッチョーソ」も含まれているのですから。
先日、発注し、現在取り寄せ中とのこと。今から到着が楽しみです。

ところで、この全集には、1965年録音の、ルイ・フレモー指揮モンテカルロ国立歌劇場管弦楽団と組んだショパンのピアノ協奏曲第1番の演奏も含まれています。
これも聴いてみたのですが、これは期待はずれの「凡演」。
サンソン・フランソワの演奏にはかなりのムラがある、というのが定説ですが、全く、これが同一人物による演奏なのかと愕然とさせられるくらいです。
酒とたばこを愛したサンソン・フランソワ、晩年はかなり重度のアル中であったそうですので、この11年の開きには、そうした影響もあるのかもしれませんね。

1970年に、46歳の若さで卒然と亡くなったサンソン・フランソワ。
正に破天荒と形容したくなるような人生と芸術でありました。
nice!(15)  コメント(14)  トラックバック(0) 
共通テーマ:音楽

nice! 15

コメント 14

hirochiki

最近、急に朝晩が冷え込むようになってきたので風邪を引きやすくなっています。
お仕事もお忙しいようでうですので、くれぐれもお身体にご自愛下さいね。
ところで、30年以上も前の感動した時の記憶を細部に至るまで忘れずにおられたなんて、本当に素晴らしいことだと思います。
この全集が到着するのがとても楽しみですね。

by hirochiki (2012-10-12 06:01) 

夏炉冬扇

お早うございます。
申しありのせんか、クラシック、あまり興味がなくて…
でもぎゃらりぃの「飾り」にはレコードジャケットしてますよ。

by 夏炉冬扇 (2012-10-12 08:17) 

Cecilia

サンソン・フランソワ、評判はよく聞くのですが、じっくり聴いたことがありません。ジャケットの写真、ナイーブな感じで素敵です。
音楽経験を積んでから経験がなかった頃に感動したものを再度聴いてみて当時と同じ感動を覚えることが多いです。もちろんそのような演奏は名演奏と評価されていることが多いですが、人の評価より自分の耳だ、と思います。耳を肥やすということも必要だとは思うのですが、やはり良い演奏というものは音楽経験のない人にも感動を与えてくれる力があるのでしょうね。
by Cecilia (2012-10-12 08:31) 

tochimochi

小学5年生でショパンのピアノ協奏曲に感動するとは驚きです。
お話が専門的過ぎて(と感じるのは私だけ)申し訳ありませんが、コメントが出来ません。
でも音楽に関する素晴らしい感性をお持ちということは分かります。

by tochimochi (2012-10-12 18:21) 

伊閣蝶

hirochikiさん、こんばんは。
本当に、急に冷え込むようになりましたね。気温の差が激しいので体調を崩しがちです。
どうぞ、hirochikiさんもくれぐれもお気をつけ下さいませ。
ところで、音楽の記憶について。やはり明らかに残るものなのだなと、改めて痛感しています。
人の心には、そうした感動を記憶としてしまい込むバッファがあるのではないかなと思いました。
全集の到着、とっても楽しみです。

by 伊閣蝶 (2012-10-12 23:21) 

伊閣蝶

夏炉冬扇さん、こんばんは。
ぎゃらりいの「飾り」はレコードジャケットなのですね。
これは素敵です。
それから音楽に対する思考は千差万別です。私ももちろんクラシックだけを聴いているわけではありません。

by 伊閣蝶 (2012-10-12 23:21) 

伊閣蝶

Ceciliaさん、こんばんは。
サンソン・フランソワのこの写真、なかなか素晴らしいものですが、晩年のアル中時代のものは太ってちょっと鈍重な印象を受けます。
人の評価より自分の耳、本当に仰る通りですね。
最後はその人の持つ感性であり、それも人によって正に千差万別、同じものはないのではないかと思います。
それでも、信頼のおける方の評価はとっても参考になりますね。それはきっとどこかで感性の一致するところがあるからなのでしょう。

by 伊閣蝶 (2012-10-12 23:22) 

伊閣蝶

tochimochiさん、こんばんは。
ショパンは、割合子供にも分かる曲なのではないかと、思ったりもします。
自分の経験からして、本当にすうっと心の中に染み込んでいきましたから。
コメントが出来ません、とのことですが、とても嬉しいコメントを頂きました。
本当にありがとうございます。

by 伊閣蝶 (2012-10-12 23:22) 

木曽のあばら屋

こんにちは。
この曲はかつては「冗長だから」という理由で
第1楽章提示部を大きくカットする習慣があったようです。
第34小節から124小節までをカットするのが一般的だったそうです。
この演奏もそれに従っているのでしょうか。

フランソワのショパン協奏曲第1番のフレモー指揮のものは
私も持っていますが、さっぱり感心しません。
ジョルジュ・ツィピーヌ指揮のモノラル盤が良いのですか、心惹かれるなあ。
このボックス買おうかなあ・・・。
しかし、家には買ったままろくに聞いてないボックスがたくさん転がっているのです。
うーむ・・・。
by 木曽のあばら屋 (2012-10-13 15:47) 

伊閣蝶

木曽のあばら屋さん、こんばんは。
この演奏では25小節から115小節までがカットされているようです。
34小節から124小節のカットは凄すぎますね。楽譜を見る限り、これはちょっと乱暴な気もしますが。

仰る通り、フレモーと組んだ演奏は私も凡演だと思います。
ツィピーヌとの演奏は全く別物で、もしもお聴きになっておられないのであれば力強くお勧めします。
しかし、ボックスセット、仰る通り、全曲を聴くのは結構大変ですよね。
by 伊閣蝶 (2012-10-13 21:54) 

ムース

ついに1枚100円時代ですかね。最近ではCD屋でやたらと安いボックスを散見するのですが、さすがにキリがないので買わないのですが。

ショパンといえば、フランソワもいいですが個人的にはリパッティ。どちらも短命でしたね。記事の内容から外れますが、メンデルスゾーンの「アンダンテとロンド・カプリッチョーソ」がとても気になってしまいました。
by ムース (2012-10-14 21:15) 

伊閣蝶

ムースさん、こんばんは。
全く驚くべき値段設定です。
しかも、デジタルリマスタリングで、音質も飛躍的に良くなってのことですから、昔、一枚3500円とかで買っていた時代は何だったのだろうかと思ってしまいます。
尤も、私も、きりがないのでそうそうは買いませんが、今回のボックスセットは、ツィピーヌとのショパン・ピアノ協奏曲が入っていたので、これ一枚のためだけでも買おうと思ったのです。
注文するおり、メンデルスゾーンの「アンダンテとロンド・カプリッチョーソ」が入っていることを知って驚喜しました。
by 伊閣蝶 (2012-10-14 22:10) 

朝比奈 千歳

一曲のために箱を買う・・・そして他の曲を知り知識が広がっていく。
みなさんマニアック過ぎます。私もあと何年かしたら同じ轍を踏む時が来るのでしょうが・・・

きわめて個人的な意見で、仮に独奏曲はいつでも聴けるとしておきますが、せっかくチェロとピアノのための作品を聴いているのですから、協奏曲にも手を出してみたいですねえ。

いつも参考になる記事を書けてうらやましいです。
by 朝比奈 千歳 (2012-10-15 21:33) 

伊閣蝶

朝比奈千歳さん、こんばんは。
たった一曲のためにボックスを買う、そういう選択が出来るのも、結局、値段がここまで下がっているからなのかもしれません。
ほかの演奏をおまけ(とまでは云いませんが)と考えると、その中に素晴らしいものが入っているだけで、望外の喜びを感じたりします。
一種の病気みたいなものでしょうか

こちらこそ、朝比奈さんの記事にはいつも新鮮な感動を頂いています。
ありがとうございます。
by 伊閣蝶 (2012-10-15 21:54) 

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0