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成瀬巳喜男と小津安二郎 [映画]

台風16号と前線の影響で、ここのところひどい天気が続いていました。
今日はようやく天気も回復しています。
地形のせいもあるのでしょうが、大雨が降ると歩道も水浸しとなり、まるで川のような有様。
風が出てくると本当に処置なしですね。
今週はお彼岸ですから、これで暑さも一服という感じでしょうけれども、台風の襲来だけはご勘弁願いたいところです。
それでも、秋は着実にやって来ているようです。
sengukan.jpg
これは、伊勢神宮外宮にあるせんぐう館の庭の木立です。
もう紅葉が始まっていました(*^o^*)

先日、介護施設を運営している友人から相談があり、施設の利用者さんに楽しんでもらうため、利用者さんの世代(70~90歳代)にフィットするような映画のDVDを用意したいのだが、という相談を受けました。
映画の題名などはわからないのだけれども、上原謙・佐田啓二・高峰秀子・坂東妻三郎あたりの出ている映画、とのオーダーです。
この面々であれば、例えば「愛染かつら」「君の名は」「カルメン故郷に帰る」「雄呂血」「無法松の一生」などがたちどころに浮かんできますが、現在、津に在住している関係もあって、これらをDVDにすることはできません。
横浜の自宅にあるテレビのHDに入っていたり、LDやビデオテープのままだったりするからです。
そこで、とりあえずDVDに録画してあるものを中心に、津に持ってきているDVDレコーダーのハードディスクに入っているものなども合わせて、何本か選んでみました。
映画は好みの強いメディアですから、これが果たして友人の(施設利用者さんの)好みに合うのか甚だ疑問ですが、ラインナップは次のとおりです。
  • ありがたうさん(監督:清水宏、主演:上原謙)
  • お嬢さん乾杯(監督:木下恵介、主演:原節子、佐野周二)
  • 二十四の瞳(監督:木下恵介、主演:高峰秀子)
  • 破れ太鼓(監督:木下恵介、主演:坂東妻三郎)
  • 喜びも悲しみも幾歳月(監督:木下恵介、主演:佐田啓二、高峰秀子)
  • 山の音(監督:成瀬巳喜男、主演:原節子、山村聡)
  • 浮雲(監督:成瀬巳喜男、主演:高峰秀子、森雅之)
  • 娘・妻・母(監督:成瀬巳喜男、主演:三益愛子)
  • 荷車の歌(監督:山本薩夫、主演:望月優子)

最後の「荷車の歌」は、リクエストからはちょっとかけ離れます(提示された俳優が出演していないので)が、利用者さんの年代を忖度すればそれなりの共感は得られるものと考えました。
というよりも、この映画についていえば、私の好みの押し付けですね。利用者さんというよりも、一緒に鑑賞するのであろう若い世代の人たちに、日本映画がこれほどの力を持っていることを知ってほしいと思ったからでした。

いずれにしても、「愛染かつら」「君の名は」という、いかにも利用者さんが喜びそうな松竹大船調の大メロドラマが抜け落ちているのは忸怩たるものがありますね。といいつつ私自身は、これらの映画の歴史的価値や興行的な成功は認めつつも、実はあまり好みではなかったりもするのですが。

木下恵介監督の作品は、きっとどれも利用者さんの好みに合致するものと思って選んでみました。「お嬢さん乾杯」「破れ太鼓」は私も大好きな作品です。

そして成瀬巳喜男監督。

成瀬監督の作品は本当はもっとたくさんラインナップしたかったのですが、これも好みの押し付けになりそうな気がして三本にとどめました。
私は成瀬巳喜男という監督が大好きなので、津に赴任するときに持参したDVDの中にもその大半の作品を入れてきたのでした。
大好き、とはいい条、成瀬監督の作品の持つ味わいがある程度わかるようになったのは40歳を越えた頃のことです。
もちろん、「浮雲」「めし」「あにいもうと」などといった映画はずいぶん昔から観ていますし、遺作となった「乱れ雲」も、音楽を武満徹さんが担当していたこともあって、20代の頃には観ていましたから、なじみがなかったわけでは全くありません。
しかし、美術・撮影・照明の見事さや、恐るべき高度な編集によって紡ぎだされる映画的な時間の経過に感嘆し、酔いしれることができるようになるまでには、(私には)それ相応の時間が必要だったのではないかと、改めて思い知らされたのでした。
松竹から東宝(当時の「PCL」)に移籍する際、当時の松竹蒲田撮影所長である城戸四郎が「小津は二人も要らない」と語ったという逸話は有名ですが、もしこれが事実であるとすれば、城戸四郎という人物は映画製作を業としながらも映画のことを根本的にわかっていなかったのではないかと疑わしく思います。
一見すると、取り上げる素材やスタイルなどにおいて、成瀬巳喜男と小津安二郎は似ているような印象を受けるかもしれませんが、この両者の描き出す世界は全く異なります。
それはそれぞれの作品を観れば即座に感得できることでしょう。

小津安二郎という映画監督は、日本のみならず、世界を見渡してもほかに例を見ない存在であったように思います。
小津さんは、自分の描きたい強固な表現世界を自身の中に確立していて、それを表現するために映画という手法を利用したのではないでしょうか。
小津さんの描き出したかった表現世界は小津さんにしかわからないものではありますが、その残された作品を観ていて私が一番感ずることは、そこにあるものがなくなっていく、死に通ずる時間の流れです。
例えば名作の誉れ高い「晩春」。
冒頭に映し出される曾宮家には、ミシンがあり華やかなカーテンがかかっています。
しかし、紀子を嫁に出したあとの曾宮家の同じシーンでは、そのミシンやカーテンがなくなっている。
以前はあったものが時間の経過とともになくなっていく。紀子の父である曾宮周吉にとって、それはとめようのない時間の流れの中で自らの肉体をも滅んでいくことを示唆しているように私には思えてなりませんでした。
小津監督は、あのローアングルのカメラのレンズを、ほとんど寝そべりながら見つめ、そうした小道具などの配置を緻密に調整したそうです。
動かないものは徹底して動かず、その中で動くものとしての人物が時間の流れを表現していく。それを小津安二郎という神のような存在がフィルムに刻み付けている。小津安二郎という神の頭の中に展開された世界を作るため、役者にも余計な演技的味付けを許さず、それゆえにあの抑揚のない独特な台詞回しが必要だったのでしょう。小津さんの念頭には、もしかすると観客の存在すらなかったのではないでしょうか。
「俺は豆腐屋だから豆腐以外は作れない」と、自らの映画製作について語っていた小津さん。
質のいい豆腐なら、黙っていても客は買っていってくれる、そう考えていたのかもしれませんね。もちろんこれは私の邪推ですが。

成瀬さんの映画は全く違います。
成瀬さんにとって、映画はやはり観客が観て楽しんでもらうものであったのではないでしょうか。
助監督に就いた経験のある森谷司郎さんが、成瀬監督に撮影のアイデアを提示した折のこと、成瀬さんは「そんなことをしても見物にはわからないよ」と答えたそうです。
観客ではなく見物。
風景やお祭や見世物小屋などを理屈も何もなく楽しんでいる見物人にわかってもらえるものこそ、興行としての映画の役割だ、と考えておられたのでしょうか。
映画は、観客というある種の目的意識を持って劇場に来る手合いだけのものではない、という思いがあったのかもしれません。
成瀬さんの映画は、ほとんどひっかかりを感ずることもなく、スーッと流れていくような印象を受けますが、子細に見ていくとワンシーンワンカットに見えるような映像が、実にきめの細かいカットバックによって成り立っていることに気づかされて愕然としたりします。
同じく森谷監督の述懐によりますと、成瀬監督はどの撮影においても必ずシーン1から撮影を始めるのですが、その後はどんどん中抜きをして「はい、ひとつ飛ばして。次は三つ飛ばして」という具合に進めて行き、一体どのような映像を作り上げようとしているか全くわからなくなることがしばしばあったそうです。それが、編集を終えると全部きれいに繋がっていく。映画の文法というものを徹底的に教えられたとのことでした。
また、成瀬さんは、ほとんどの映画製作においてスケジュールや予算をオーバーすることがなかったそうで、当時の東宝のプロデューサーは泣いて喜んだそうです。
同じ東宝には黒澤明監督のように、完璧を求めるあまり撮影期間や制作費がどんどんはみ出してしまう例が多かったそうですから、その気持ちはとてもよくわかりますね。
その黒澤監督が一番尊敬していた人は、誰あろう成瀬監督だったというのですから、面白いものです。

さて、そうした表層的なことはしばらく措いておくとして、成瀬監督の描き出す世界のあまりの深さと酷薄さに、私はしばしば背筋が寒くなってしまいます。
映画自体の流れはどこにでもありそうな事柄を淡々と描いているような印象を受けるのですが、そこからはただならぬ緊迫感がひしひしと感ぜられます。
うわべを取り繕いながらも何とか面倒な現実から逃避しようとしたり自分に利益を引き寄せようとする小ずるいやりとりを、感情に激することなく描き出していくその残酷さ。
特に男の卑怯未練な振る舞いは徹底的に描き出されていきます。しかし、映画の中においてそれに対する何らかの断罪がなされることはまれで、多くの場合、ラストでも腑に落ちる解決は示されません。
松竹ヌーベルバーグを標榜する監督たちが、映画のラストで観客に疑問を投げつけて唐突に終わる映画を盛んに撮っていたことがありますが、成瀬監督の映画の方が、その意味ではよほど徹底しているような気もします。
「娘・妻・母」も「稲妻」も、それから先どうなるのだろうかという深い疑問を残したまま終わってしまいます。
成瀬監督作品の中では異色ともいうべき「女の中にいる他人」は、ラストのストップモーションによって、映画から受ける衝撃をより一層高めていました。

今回選んだ三作、どうしようかなと悩んだのですが、成瀬巳喜男とくればやはり「浮雲」は落とせないだろう、川端康成原作の「山の音」も、原節子の、小津作品では決して見ることのできない気迫に満ちた演技を見ることができるし、「娘・妻・母」も、この高齢化社会を見通したような作品なので、観てもらいたい、というくらいの感覚です。
私としては「めし」「流れる」「妻よ薔薇のやうに」「乱れる」「晩菊」などの作品の方によりシンパシーを感ずるのですが、それは機会があったら、ということにしたいと思います。

でもしかし、「流れる」は名作です。
もしも機会がございましたら、是非ともご覧ください。田中絹代、山田五十鈴、高峰秀子、岡田茉莉子、杉村春子、栗島すみ子といった、正に日本映画の黄金期を支えた女優たちの競演が繰り広げられますので。

先に述べましたように、小津安二郎の映画は、彼の極めてユニークな世界観に基づいて作られているもので、これはやはり彼にしかなし得ない表現と申せましょう。
成瀬巳喜男の映画は、恐らくその手法自体は極めてオーソドックスな映画的文法に則って作られているものと思われます。
小津安二郎が一人の弟子も監督にすることができなかったのに対し、成瀬門下からは、森谷司郎や石井輝男を始めとして多くの俊才が輩出されました。先に「荷車の歌」でご紹介した山本薩夫監督も、そういえば成瀬監督の弟子筋でしたし。
木下惠介さんは、小津さんに対して「あなたは一人の弟子も監督に出来なかったことの責任を感ずるべきです」と痛言されたそうですが、小津さんの映画の作り方自体、余人によくなし得るような類いのものではありますまい。
彼に追随する映像作家が出なかったことは蓋し必然ではなかったか、と私などは思ってしまいます。











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hirochiki

このところ三重県に警報が発令されるたびに気になっておりました。
外をまわるお仕事をされているようなので、大変ですね。
私は、この記事に書かれている映画を実際に観たことはありませんが
どれも有名な作品ばかりですね。
介護施設の利用者さんも、きっと喜んで下さることと思います。
by hirochiki (2012-09-20 05:53) 

のら人

昔の映画が沢山手に入れば介護施設に入居されている方々も大変喜ぶでしょうね。 上原謙さんとか ・・・ 自分位の年齢でギリギリでしょうね。加山雄三が息子だと知っているのは・・・。 自分も年をとったものです。^^;
by のら人 (2012-09-20 08:40) 

Cecilia

実は介護施設での音楽にも少し関わっています。伊閣蝶さんが紹介されている映画・役者さんは利用者さんたちが好む歌と切り離せないものがほとんどですね。(「愛染かつら」は特に。)
私も勉強と話題作りのために見てみたいと思っています。
by Cecilia (2012-09-20 08:46) 

夏炉冬扇

今晩は。
昔の映画はいいです。
今のはねぇ…どうも…
by 夏炉冬扇 (2012-09-20 18:38) 

tochimochi

友人の方の相談にすぐこれだけの数のタイトルを挙げられるとはさすがです。
私が知っているのは出演者の名前くらいですから ^^;
入所者の方の娯楽は限られているでしょうから、きっと喜ばれることでしょう。

by tochimochi (2012-09-20 21:18) 

伊閣蝶

hirochikiさん、こんばんは。
ご心配を頂きありがとうございます。
大雨で避難勧告が出ていたいなべ市に、ちょうどその頃、同僚が車で出かけており、大変心配しましたが、無事に戻ってホッとしました。
これらの映画、古い映画ばかりですが、正に日本映画の黄金期の作品ばかりです。
利用者さんが喜んで下されば、これ以上の喜びはありません。

by 伊閣蝶 (2012-09-20 22:57) 

伊閣蝶

のら人さん、こんばんは。
今回は9タイトルですが、評判をみてさらに追加できればと思っています。
上原謙さんが加山雄三さんの父上だということも、仰る通り、我々世代以前の知識でしょうね。
「乱れる」では、その加山雄三さんが高峰秀子さんの相手役として、極めて繊細でシリアスな演技を見せてくれました。

by 伊閣蝶 (2012-09-20 22:58) 

伊閣蝶

Ceciliaさん、こんばんは。
この施設では、音楽面でも取り組みを始めようと考えている模様です。その折にも手伝いが出来るかもしれません。
この頃の映画は、確かに主題歌のヒットが伴うことが多かったと思います。
「愛染かつら」「君の名は」「喜びも悲しみも幾歳月」などなど。

by 伊閣蝶 (2012-09-20 22:58) 

伊閣蝶

夏炉冬扇さん、こんばんは。
私も近頃の映画にはなかなかついていけません(^^;
自分が年を取ったこともありますが、作り方が稚拙だなと思う作品が多すぎます。

by 伊閣蝶 (2012-09-20 22:59) 

伊閣蝶

tochimochiさん、こんばんは。
いやいや、たまたま私の所持しているものに合致していただけのことで。
その意味ではこんなところで役に立って良かったなと思いますが。
仰る通り、介護施設の娯楽は限られているようですから、少しでもお役に立てれば本望です。

by 伊閣蝶 (2012-09-20 23:00) 

サンフランシスコ人

6/1 サンフランシスコで小津安二郎の作品を上映です......

http://prod3.agileticketing.net/websales/pages/info.aspx?evtinfo=77499~d9133282-4896-49aa-be18-b053ee8cefc3&epguid=9352cd82-5442-4c47-913d-f99702ed1ffb&

by サンフランシスコ人 (2014-05-30 07:00) 

伊閣蝶

サンフランシスコ人さん、こんにちは。
「非常線の女」とは、また、小津作品の中でも毛色の変わった映画をかけているのですね。
なるほどなあと、思いました。
by 伊閣蝶 (2014-06-02 14:54) 

サンフランシスコ人

「私は成瀬巳喜男という監督が大好きなので.....」

http://actu.fr/bretagne/callac_22025/deux-grands-classiques-cinema-japonais-callac-dimanche_12938441.html

10/15 成瀬巳喜男.....フランスで上映.....
by サンフランシスコ人 (2017-10-15 04:04) 

サンフランシスコ人

11/16 小津安二郎監督の『浮草物語』をワシントン州で上映.....

http://www.biartmuseum.org/event/a-story-of-floating-weeds/

A Story of Floating Weeds (1935)

By Yasujiro Ozu, the story of an aging actor who returns to a small town with his troupe and reunites with his former love and illegitimate son. Live musical accompaniment and Japanese/English benshi narration by Aono Jikken Ensemble.
by サンフランシスコ人 (2019-11-14 04:16) 

サンフランシスコ人

「私は成瀬巳喜男という監督が大好きなので.....」

成瀬巳喜男の『君と別れて』........

http://silentfilm.org/event/apart-from-you/

Sat, May 7, 2022
5:00 PM

一年近く前に、サンフランシスコで上映したみたいです....
by サンフランシスコ人 (2023-04-27 03:42) 

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