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諏訪大社上社御射山祭 [日記]

今日のお昼頃、八ヶ岳山麓の実家を出て、横浜の自宅に戻りました。
一ヶ月半ぶりの自宅です。
とはいえ先回は、午前中に着いて夕方には出てしまったので、今回久しぶりにゆっくりできるなと思っています。
先程も、留守中に溜まっていた郵便物や、仕事関係のメールのチェック(資料などのファイルのダウンロードも含む)をしながら、バッハの「音楽の捧げもの」や「フーガの技巧」を聴いていたところです。

今回の帰省では、標題の諏訪大社上社の神事の時期とちょうど重なり、この神事の中心となる、町の御射山神戸(みさやまごうど)地区に居住している義弟が、その神事実行のメンバーに選ばれたこともあって、久しぶりに地元のお祭に出かけました。
8月26日の早朝、諏訪大社上社(諏訪市)に祀られている国常立命(くにとこたちのみこと)の御霊代を神輿に載せて本宮を出発し、里道5キロ、山道10キロの道程を、前宮を始めとするお宮や神社で神事を行いながら厳かに進みます。
義弟はその神輿を担ぎ、妹は今回の神事の模様を記録する係になっていました。
私は実家での用事(ガスレンジフードの清掃など)がありましたので、御霊代が奉遷される御射山(みさやま)社へ、神輿到着の頃合いを見計らって出かけたのでした。

御射山社が祀られている森は「原山(はらやま)」といい、御射山社のことを地元では「はらやまさま」と親しみを込めて呼んでいます。従って、この諏訪大社上社御射山祭は「はらやまさまのおまつり」ということになるわけですね。

御射山社近くの農道に車を止めていたら、上下袴の総代を先頭に神職・神主や烏帽子・白狩衣の使者の一団が静々と畑の中の細い小道を神輿を担ぎ守りながら進んできます。
神輿担ぎというと即座に思い起こされる「わっしょいわっしょい」「そいやそいや」みたいな胴間声や荒っぽく神輿を揺らすなどという野蛮(失礼!)な行為は全くなく、国常立命の御霊代を大切かつ厳かに粛々と運ばせて頂く、というひたむきな想いがみているこちらにも伝わってきました。
やがて一行は御射山社脇を流れる稗田川にかかる橋を渡って本殿に向かいます。
いよいよ国常立命御霊代奉遷の儀式が開始されます。
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御霊代奉遷の儀式は、明日も建御名方命(たけみなかたのみこと)の御霊代の到着を待って行うことになりますので、諏訪大社上社の宮司・神官は、この御射山社に留まります。
その宿泊場所は庵(いお)と呼ばれ、壁は薄(ススキ)の穂を使います。
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屋根と柱はありますが、四方は全て薄の穂。それゆえこれは別名「穂屋(ほや)」とも称されました。

この諏訪大社上社御射山祭はかなり以前から執り行われていた神事であり、残された記録を当たってみると、後醍醐天皇の頃にはその明らかな記述があったようです。
現在の神事は三日間ですが、以前は二ヶ月くらいの期間をかけ、鷹狩りや鹿狩りなどを神事として行いながら御霊代を運んでいました。
「御射山(みさやま)」という名前もその故でしょうし、近くには現在でも「御狩野(みかりの)」という地名が残されています。

そんなわけで、この神事を詠んだ歌も残されています。
品のなるほやの薄もうちなびき御かりの野辺を分かるもろ人(宗良親王)
かりて干すほやの薄の御射や間にかまはやふさや御鷹なるらん(藤原定家)

宗良親王は後醍醐天皇の皇子で、南朝側の支柱のような存在であり、また歌人としても優れた才を発揮しました。
藤原定家については言わずもがなですね。
ところで、「品の」とか「御射や間」は、決して「信濃」「御射山」の誤変換ではありませんから。為念(ねんのため)。

境内には「会津松」という札の立てられた松の大木がありました。由来が気になります。
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国常立命御霊代奉遷の儀式を見届け、御射山神戸の八幡社に出向きます。
ここには明日、奉遷された建御名方命の御霊代を載せた神輿がやってきますので、それをお迎えするため、提灯に灯をともします。
これが参道に並ぶ提灯です。
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一つ一つの提灯に、ロウソクを立て、マッチで灯をともします。
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幻想的ですね。
提灯にロウソクで灯をともすことなど、いったい何十年ぶりのことだろうかと、ちょっと感慨に耽ってしまいました。

8月27日、早朝の5時過ぎ、神事を終えて建御名方命の御霊代が神輿に載って諏訪大社上社本宮を出発。国常立命と同じくお宮や社を回って御射山社に到着し、奉遷の神事が執り行われました。
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御射山社には、本殿のほか富士浅間社や神功皇后社などたくさんのお社があります。
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この図は、寛永年間のものを復元したものだそうですが、これらのお社を奉遷した御霊代が回りながら神事を執り行うわけです。

これは富士浅間社へ向かう神輿の一行。
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富士浅間社での神事。
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これは八幡社での神輿くぐり。
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御霊代の入った神輿の下をくぐることによって、無病息災などのご利益を得るわけですが、もともとは、数え三歳(満二歳)の子供をこの神輿をくぐらせることによって元気に育つようにと願うものです。
「はらやまさま」という別名は、子供が「腹」を「病む」ことのないようにという願いを込めたお祭でもあったことを伺わせます。
御射山祭では、穢れや腹にたまった毒を流すためにという目的から、生きたうなぎを稗田川に放す行事を行ってきました。
私たちが小学生くらいの頃は、御射山祭の終わった翌日あたりに稗田川に出かけ、川の石の間などに隠れているうなぎを捕ったものでした。
何だか罰当たりっぽい気もしますが、もともと子供の為の神事の一環ですから、子供がこうしてうなぎを捕るのは黙認されていたようです。

昨日、灯をともした提灯の根元の方にも薄の穂があしらわれており、この祭の薄の役割が分かるような気がします。
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地元では、このお祭を境に夏から秋に季節が移ろい、薄は穂を出し、蚊がいなくなるとされてきましたから。

これは、御射山社の表参道の入口です。JR中央線「すずらんの里」駅にあります。
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8月28日、御霊代は諏訪大社上社に戻り、三日間に渡った諏訪大社上社御射山祭は無事に終了しました。

最後におまけ。
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諏訪湖の花火です。
諏訪湖の花火大会は、毎度もの凄い人出で、とてもあの人ごみの中を観に出かける気にはなりませんが、8月の一ヶ月間、20時30分から20時45分までの15分間だけ毎日花火を打ち上げています。
これは、試し打ちの意味もあるようですが、いずれにしても無料で堪能できるわけで、ありがたい限り。
しかも、花火大会当日からは考えられないほど空いていますから、身近で鑑賞することも出来ます。
粋な計らいだなあと感心すること頻りですね。
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コメント 10

hirochiki

義弟様は、神事実行のおつとめ本当にお疲れ様でした。
「はらやまさまのおまつり」は、古くから伝わり地元の方たちに愛され続けてきたのですね。
この記事を拝見していると、厳粛な雰囲気の中にも温かさが伝わってきます。
夕暮れ時にろうそくが灯された提灯が幻想的で感慨深いですね。
毎日打ち上げられる花火を見られるなんて、地元の方がうらやましいです。
ところで、今は横浜のご自宅でくつろがれていらっしゃるご様子で何よりです。
日頃のお疲れを癒され、しっかりとリフレッシュされて下さいね。
by hirochiki (2012-08-30 07:00) 

伊閣蝶

hirochikiさん、おはようございます。
昨日、横浜の自宅に戻って来ましたが、あまりの暑さにうんざりしました。
夜も暑くて眠れず、結局、明け方にクーラーをかけるはめになりました。
風がない分だけ、津よりも暑い感じです(^^;

ところで、私の地元のお祭ですが、諏訪大社はやはり大きな存在だなと改めて実感しました。
宗教に関係なく、地区の人たちはみんな諏訪大社の氏子として行事に参加し、それが当たり前になっていますから。

諏訪湖の花火、仰る通り、地元故の特権でしょうね(^^;
正直にいって、地元を離れている私も羨ましく感じました。
15分は短いように思われるかもしれませんが、花火に集中していれば、十分な鑑賞時間のように思われます。
by 伊閣蝶 (2012-08-30 07:59) 

Cecilia

横浜にも帰られたのですね。お疲れ様です。
諏訪大社のお祭り、雅やかな感じがします。
私の住む市でも夏に提灯をたくさん使ったお祭りがあります。何度も使用できるプラスチックの提灯も使われますが、やはり紙の提灯は趣があるなあと思います。しかし大雨が降ると大変なことになり、そんなことも言ってられないのですが。
by Cecilia (2012-08-30 14:15) 

伊閣蝶

Ceciliaさん、こんばんは。
古くからの歴史ある神事ですから、やはりきちんとした作法が残されているようです。
提灯も、この八幡社はもとより、地区の家々はみなこの時期に合わせて飾りますが、もちろん和紙を染料で染めたものを使っています。
値段を聴いてびっくりするほど高価なものですが、確かに雨が降ったら大変ですね(^^;
でも、和紙を貼って作った提灯にローソクの灯をともすのはなんとも風情があって温かな気持ちになりました。
by 伊閣蝶 (2012-08-30 18:40) 

のら人

諏訪大社、と言えば御柱祭ですか。 この後何年後でしょうかね? 生で見た事はありませんが ・・・。 ^^; 七年に一度のお祭りというのが、非常に興味を引きますが、このように地場では毎年のお祭りもあるのですね。 こんな、「うなぎ」も獲れる?里のお祭りが一番心が落ち着きますね。 宗良親王が出てきましたね。 ^^  武人として、そして歌人としても好きです。
by のら人 (2012-08-30 20:34) 

tochimochi

諏訪大社、と言えば御柱祭が有名ですね。
こちらは怪我人が出るほどの激しさでニュースにも登場しますが、御射山祭は正反対に厳粛なもののようですね。
写真からも厳かさが伝わってきます。
放したうなぎを子供が獲るとはまた合理的でもありますね。

by tochimochi (2012-08-30 21:31) 

夏炉冬扇

こんばんは。
神聖な行事なんでしょうが…
花火のほうが…
by 夏炉冬扇 (2012-08-30 22:11) 

伊閣蝶

のら人さん、こんにちは。
次回の御柱祭は2016年申年です。
私は申年ですので、ちょうど還暦のときになります。
諏訪大社としては最大のイベントですが、仰る通り、神事は毎年粛々と進められていきます。それだけ地域に根付いているということかもしれません。
宗良親王は、とりわけ信州の方では縁が深い存在ですね。
武人としてももちろんですが、歌人として素晴らしい歌もたくさん残しています。
by 伊閣蝶 (2012-08-31 09:06) 

伊閣蝶

tochimochiさん、こんにちは。
諏訪大社というとどうしても御柱祭が前面に出てしまいますが、地元に根付いた神社でもありますから、地区では多くの関連した神事がいまでも粛々と執り行われます。
それも嬉しいことですね。
うなぎ捕り、子供の頃は本当に楽しみでした。
by 伊閣蝶 (2012-08-31 09:12) 

伊閣蝶

夏炉冬扇さん、こんにちは。
諏訪湖の花火、何だか得した気分になれます。
そんなことをいうと不謹慎なのでしょうが。
by 伊閣蝶 (2012-08-31 09:13) 

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