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ドビュッシー、生誕150年 [音楽]

8月22日はドビュッシーの誕生日であり、今年は生誕150年に当たります。
そんなこともあって、NHKのららら♪クラシックでは、生誕150周年ドビュッシー鑑賞マニュアルが、8月12日に放映されました。
「ふわふわもわもわ」がキーワードという面白い切り口です。
音楽学者の野本由起夫さんの解説が大変興味深く、なるほどなるほど、などと何度も頷いてしまいました。
殊に、「亜麻色の髪の乙女」の美しさの秘密を、和声の法則性を逸脱しているところから導きだす下りは、実際に和声のルールに基づいてこの曲を修正したと仮定して演奏された曲との対比もあって、実に興味深く感ぜられたものです。

また、ドビュッシーはガムラン音楽を聴いて大変な衝撃を受けたことは知っておりましたが、「西洋音楽は子供の遊びに思えた」とまで言っていたとは初めて知りました。

いわゆる現代音楽は、メロディの呪縛から解き放たれたときにその黎明を迎えます。
主題こそが音楽構築の要諦であるとしてきたロマン派までの西洋音楽の行き方を転換した、その嚆矢がドビュッシーであるとされ、故に彼は「現代音楽の父」とまで呼ばれている。
実際にドビュッシーの音楽には強烈な印象を残す主題やメロディがほとんど存在せず、一つ一つの楽器の奏でる音に注目しながら聴いていると、いつの間にか何ともいえない美しい響きの中に入っていってしまう、という感じがします。
一回聴いて強烈な印象が残る、という曲ではありませんが、繰り返し聴いているうちにどんどん引き込まれていってしまう、というところでしょうか。
それゆえに、ドビュッシーはとりわけ好みのわかれる作曲家であるとも申せましょう。
武満徹さんはドビュッシーの音楽が大好きで、彼の曲の特徴である一音の力・美しさの表現の源は恐らくドビュッシーの表現から来ているのではないかと思います。
武満さんの特に初期の頃の作品は、とりわけその影響が強いように感じます。
1991年に作曲された「夢の引用」は、それこそ「海」からの引用に溢れた音楽でした。

ところで、フルトヴェングラーはドビュッシーを認めていませんでした。
頑固者のフルトヴェングラーのことですから、こうしたルール破りは恐らく我慢のならぬところだったのでしょう。
フルトヴェングラーが、ドビュッシーよりも若い世代であるバルトークの曲に関してはかなり積極的に演奏していることからしても、そのことが伺えます。

一方、トスカニーニはドビュッシーの曲を積極的に演奏しており、とりわけ「海」の演奏には相当のこだわりをもっていたそうです。
今でもCDで聴くことが出来ますが、これは実に素晴らしい演奏ではないかと思います。

両巨頭の感覚の違いが浮き彫りにされていて、大変興味深いところですね。

和声や管弦楽法などにおける古典的なルールや法則・作法は当然熟知しながらも、敢えてその枠に縛られない音楽を作ろうとした、その点から言えば、例えばピカソなどの行き方にも通ずるものがありますし、印象派の画家や詩人と深い交流を持ったのも、やはり宜なるかなと感じます。

「音楽は色彩とリズムのある時間の芸術」
これはドビュッシーの言葉なのだそうです。感慨深いものがありますね。

私もドビュッシーの曲は大好きですが、中でも好みなのは交響詩「海」。
私はこの曲を中学三年生のときに初めて聴きましたが、最初は全く受け付けませんでした。
その頃は、グリーグやシューマンやショパンやチャイコフスキーのピアノ協奏曲とか、ベートーヴェンの交響曲、バッハの管弦楽組曲やオルガン曲などを好んで聴いていたわけですから、当然と言えば当然のことでしょう。
高校に入り、クラシック以外の様々な音楽に出会うようになってから、徐々にこの曲の何ともいえない美しさに魅かれるようになっていったのでした。
「海」はドビュッシーの代表作のひとつでもありますから、レコードやCDの数もおびただしく、まさに百花繚乱という感じですが、私は、ミュンシュが振ったパリ管弦楽団による1967年11月14日のシャンゼリゼ劇場ライブ演奏を最上のものと感じています。

このCDに関しては、ベルリオーズの幻想を取り上げた記事の中で一度触れていますが、「海」も恐るべき演奏といえましょう。

海、「La Mer」。
この曲を聴くと、私はなぜか、三好達治の「郷愁」の一節、

海よ、僕らの使ふ文字では、お前の中に母がいる。そして母よ、仏蘭西人の言葉では、あなたの中に海がある。

を思い出してしまいます。

母(Mère)と海(Mer)との持つ共通的なイメージが、日本とフランスとで同じくしている不思議と、それを詩に移し変えた三好達治の感性にため息をつきつつ。

海の声が聞こえますか
海 これが
音楽と言えるもののすべてです

ドビュッシー晩年の言葉だそうです。
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コメント 22

さーやん

おはようございます
迷惑な事ですが今のところ
何も無いので良いのですが???
変更出来ると言うのが気味が悪いですね~
by さーやん (2012-08-19 06:00) 

hirochiki

ドビュッシーの「音楽は色彩とリズムのある時間の芸術」という言葉はがとても印象的です。
初めて出会われたときに全く共感できなかった「海」に少しずつ魅かれるようになっていかれたのは、
クラシック以外の音楽に触れられたことで、あらためてその良さを再認識されたからでしょうか。
私たちが波の音を聞くたびに心が癒されるのは、お母さんのお腹の中にいた時のことを思い出すからかもしれませんね。
by hirochiki (2012-08-19 07:22) 

伊閣蝶

さーやんさん、こんにちは。
特に被害はないとことでなによりですが、やはり気味の悪い話ですね。
ネットのセキュリティなどは所詮その程度のもの、と言ってしまえばそれっきりなのですが。
by 伊閣蝶 (2012-08-19 10:34) 

伊閣蝶

hirochikiさん、こんにちは。
時間というものは、この世に存在する全ての事象を支配する絶対的なものです。音楽はそれを逆手にとっている、とも考えられるのかもしれません。
バベルの塔を持ち出すまでもなく、世界には様々な言葉があって相互に意思の疎通を図ることは結構大変ですが、音楽は誰の胸にも語りかけることの出来る力を持っています。
私が中学生のときは、自分でわざわざその音楽の言葉を狭めていたということなのでしょう。その呪縛から解き放たれたとき、「海」もすんなりと私の胸の中に落ちたのでした。
波の音に心が癒されること。私も母の胎内の記憶によるものではないかと思っています。だから文字にもそうした想いが反映されているのかな、と。
by 伊閣蝶 (2012-08-19 10:43) 

tochimochi

音楽の素養の無い私にはコメントのしがたい話題ですが、「音楽は色彩とリズムのある時間の芸術」とはどういう意味なのでしょうか。
ちょっと気になってしまいました。
by tochimochi (2012-08-19 15:47) 

伊閣蝶

tochimochiさん、こんにちは。
この言葉は、ドビュッシーが音楽というものを考えた時の表現ですから、全てに敷衍されるものではないのでしょうが、音楽は時間の流れの中で表現される芸術であり、その時間を切り取って刻むのがリズム、そしてその中の音の響きをドビュッシーは色彩と感じた、ということなのでしょう。
印象派の画家や詩人と濃密に交わっていた彼ならではの感覚と言えるのかもしれません。
音楽の表現する時間というものは、しばしば現実の時とは無関係に流れます。それを意思によってコントロールし得たときにその人ならではの世界が現出するのでしょう。
by 伊閣蝶 (2012-08-19 18:10) 

のら人

>海の声が聞こえますか
海 これが
音楽と言えるもののすべてです


心を打たれますね。
海が! 海こそが音楽の原点であるならば、まだ自分にも可能性があるのかな?と思います。 海が大好きなので ・・・  ^^
by のら人 (2012-08-19 19:37) 

伊閣蝶

のら人さん、こんばんは。
風もそうですけれども、海の奏でる音は実に自在だと思います。
一つとして同じものがないはずなのに、間断としてとどまるところがない。
私も海の音がとっても好きです。
山国育ちですから憧れもあるのでしょうけれども。
by 伊閣蝶 (2012-08-19 22:38) 

夏炉冬扇

今日は。
こちらは伊能忠敬が測量にやってきて200年です。
by 夏炉冬扇 (2012-08-20 12:55) 

伊閣蝶

夏炉冬扇さん、こんばんは。
そうでしたか。伊能忠敬の測量から200年。感慨深いものがありますね。
by 伊閣蝶 (2012-08-20 21:37) 

mwainfo

私は、モネの絵画とともに、ドビッシーのピアノ曲をこよなく愛します。
by mwainfo (2012-08-21 17:48) 

伊閣蝶

mwainfoさん、こんばんは。
モネの絵画とドビュッシーのピアノ曲、双方に引かれあうような魅力を私も感じています。
by 伊閣蝶 (2012-08-21 22:29) 

Cecilia

私はドビュッシーはやっぱり歌曲でしょうか。
「もう親のない子のクリスマス」はなかなか強烈です。(彼が作詞もしています。)
歌詞は以下。
http://homepage2.nifty.com/182494/LiederhausUmegaoka/songs/D/Debussy/S77.htm
合唱版ですが・・・
http://www.youtube.com/watch?v=iCVO7Pv6T5M
by Cecilia (2012-08-22 01:03) 

伊閣蝶

Ceciliaさん、こんばんは。ご紹介の歌曲は、全く知りませんでした。
しかし、この歌詞は凄い重さですね。
第一次世界大戦の頃にあったとはいえ、芸術家としてここまで明確に姿勢を明らかにしたのは、さすがにドビュッシーという気がします。
それにしても、凄い歌詞でした。
by 伊閣蝶 (2012-08-22 22:15) 

九子

伊閣蝶さんは中学生の頃からクラシック音楽がお好きだったのですね。
きっと前に書かれてあるとは思うのですが、きっかけは何だったのでしょう?
by 九子 (2012-08-26 21:47) 

伊閣蝶

九子さん、こんにちは。
音楽を知るきっかけは父です。
父は若い頃バイオリンを弾き、クラシックのSPレコードもたくさん収集していて、物心つく頃から私たち子供にたくさんの曲を聴かせてくれたのです。
ベートーヴェンの月光や運命などのほか、シューベルトの歌曲、ショパンのピアノ曲などが中心でした。
by 伊閣蝶 (2012-08-27 11:10) 

サンフランシスコ人

2018年はドビュッシー没後100年....

http://www.sfcv.org/event/old-first-concerts/debussy-festival-gala

サンフランシスコでドビュッシー祭があります....
by サンフランシスコ人 (2017-12-22 07:42) 

伊閣蝶

サンフランシスコ人さん、こんばんは。
来年はドビュッシーの没後100年。
日本でも関連の行事が催されるのでしょうか。
by 伊閣蝶 (2017-12-22 23:36) 

サンフランシスコ人

~ドビュッシー没後100年~
イベール/祝典序曲
ドビュッシー/ピアノと管弦楽のための幻想曲
ドビュッシー/牧神の午後への前奏曲
ドビュッシー/交響詩「海」

N響&アシュケナージ指揮

http://www.nhkso.or.jp/concert/concert_detail.php?id=724
by サンフランシスコ人 (2017-12-23 07:16) 

サンフランシスコ人

『ドビュッシーと鎌倉散歩?』

http://www.kamakura-arts.jp/calendar/2018/04/028959.html

ドビュッシー:
《2つのアラベスク》
《夢》
《前奏曲集 第1集》より〈亜麻色の髪の乙女〉〈ミンストレル〉
《ヴァイオリン・ソナタ》 ほか
by サンフランシスコ人 (2017-12-23 07:31) 

伊閣蝶

サンフランシスコ人さん、こんばんは。
貴重な情報をありがとうございます。

by 伊閣蝶 (2017-12-24 23:28) 

サンフランシスコ人

ドビュッシーの交響詩「海」ですが......サンフランシスコ響をオーマンディが指揮した時の録音があります....

http://www.youtube.com/watch?v=wK_tcizULhM

by サンフランシスコ人 (2017-12-27 03:39) 

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