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新藤兼人さんが亡くなりました [映画]

朝のうちは重い雲が垂れ込めていましたが、昼には穏やかな陽射しが戻ってきています。

映画監督で脚本家の新藤兼人さんが亡くなりました。

今年の4月22日に満百歳を迎え、お誕生会を開いて話題になったばかりでしたから、このニュースにやはりショックを受けています。
老衰とのことですが、年齢を考えてみれば無理もないと思いつつ、無念でなりません。

柄本明、新藤監督は「日本最大のシナリオライター」

「活動写真」にあこがれ、23歳で新興キネマ現像部に所属。その後、日本映画界の美術監督の草分け的な存在である水谷浩氏のもとで美術助手を務め、仕事の傍ら猛烈な勢いでシナリオを書き始めます。
溝口健二監督に酷評されながらもあきらめることなく、劇作集や戯曲集を読み漁りながらシナリオを書き続け、戦後、「待ちぼうけの女」でその才能を開花。
以降は、酷評された溝口監督や盟友吉村公三郎監督のために優れたシナリオを提供するなどして、次第に脚本家としての地位を確立していきます。
この頃の新藤さんの仕事ぶりについて、先輩脚本家である依田義賢さんは自著「溝口健二の人と芸術」の中で「目を爛々と光らせ、セリフをぶつぶつつぶやきながら、原稿用紙が破れんばかりの勢いでシナリオを書いていた」と表現されました。
晩年は穏やかな表情をされていましたが、近代映画協会設立当時の写真を見ると、色浅黒い痩躯で常に鋭い視線を漲らせた厳しい表情が印象的です。
実際、監督としてはかなり厳しい方だったようで、泣かされたスタッフや俳優も数多くいたとのこと。
それでも、独立系映画会社では唯一の成功事例といわれるほどに、佳作やヒット作を次々と生み出すことができたのは、なんといっても新藤さんの人柄と情熱によるところが大きかったのでしょう。
その映画作りの特徴ともいうべき、俳優やスタッフがその役割を超えて一体となり制作に邁進するやり方。
つまり、新藤さんの映画に共感する人々が映画制作の「同志」として集まるということであり、恐らくそれは新藤さんの映画を観る人々にも同じような「同志」としての想いを共にさせることにもつながっていくのではないかと思います。
私はもちろん新藤さんの映画の大ファンでありますが、その作品を観ていると、お会いしたこともないのにもかからわず、新藤さんを大変身近な存在として感じてしまうのです。
うまく表現できないのですが、やはりそこにも一種の「同志愛」のようなものがあるのではないかと考えている次第です。

さて、新藤監督作品は49本で、60年以上にも及ぶ監督生活を鑑みれば決して多作とは言えないと思います。
映画をコンスタントに制作・配給するためには、やはり独立プロでは様々な困難や障害があったことでしょうし、自分の撮りたい映画を撮る、という妥協のない姿勢からすれば、これだけの本数を世に送り出したことはむしろ奇跡であるともいえるのかもしれません。
しかし、脚本家として370本もの作品を世に送り出しており、これはとてつもない数ではないかと思います。
ご自身の映画制作とは違い、それこそ依頼されればどのようなストーリーのものでも書く、という姿勢だったそうで、時代劇・サスペンス・コメディ・恋愛もの・特撮映画などなど、ジャンルを問わず多くの傑作が生み出されました。

そんな中で、私が一番好きな映画は、やはり「裸の島」です。
資金難から近代映画協会の経営に行き詰まり、解散記念映画として、また、これまで同志として過酷な映画制作に共に取り組んできてくれた殿山泰司さんを主役に映画を撮りたいという思いから、職業俳優は殿山泰司と音羽信子の二人、スタッフは11人という編成で撮影された記念碑的な作品でした。
制作費は550万円という破格の「安さ」で、出番のないときには俳優までレフ版を持ったりカメラの移動車を押したりして撮ったそうです。
黒田清巳のカメラと林光の音楽が実に美しく、ストーリーは相当に悲惨なものなのに、一つのおとぎ話になってしまうような不思議な力のあふれた作品でした。
公開当時は、配給会社がこの作品を黙殺したため、系列映画館での上映はできず、自主上映の形で細々と公開されていましたが、翌年のモスクワ映画祭でグランプリを受賞すると、状況は一変。
各国のバイヤーから買い付けが殺到し、最終的には64か国での上映が成し遂げられます。
日本の配給会社もこの状況を見て態度を豹変。ヒット作となりました。
どうも、映画や音楽にかかわる配給や制作会社というものは、金もうけ以外のことにはとんと興味のない拝金主義が蔓延しているようで、黒沢明の「羅生門」などにも顕著にみられるように、自らの眼力や感性で作品を評価しようという姿勢があまり感じられません。
海外での好評価を受けて慌てて国内でも配給しようだなどと、芸術にかかわる立場におりながらよくもそんなに恥ずかしいまねができるものだなと嘆息してしまいますね。

新藤さんの脚本作品でも、多くの傑作が残されています。
赤穂浪士を扱った映画や劇はそれこそ星の数ほど存在しますが、私は新藤さんが脚本を担当した松田定次監督の「赤穂浪士 天の巻・地の巻」はその中でも出色の出来栄えではないかと思いますし、吉村公三郎監督と組んだ諸作品も「安城家の舞踏会」や「偽れる盛装」など、それこそ枚挙の暇もありません。
その中でも私は、亀井文夫監督の「女ひとり大地を行く」と深作欣二監督の「軍旗はためく下に」が非常に強く印象に残ります。
増村保造や三隅研次が監督した諸作品も忘れ難いものでした。

どうもショックが冷めやらず、いつにもましておさまりの悪い散発的な記事となってしまいました。

新藤さんが日本映画界に残した足跡は、とてつもなく大きいものでした。
まさに「偉人」と呼ぶにふさわしい映画人であったと思います。

無念ではありますが、心よりご冥福をお祈りする次第です。  

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コメント 8

hirochiki

新藤兼人さんの映画の作品は、残念ながらほとんど観たことがありませんが
監督の姿は何度かTVで拝見しました。
今年の春のお誕生日会のことも覚えています。
穏やかそうな印象ですが、やはり仕事には厳しかったのですね。
心からご冥福をお祈りいたします。

こちらは、先週末からずっと梅雨のような空です。
仕事も忙しいので、何とか体調を崩さないように過ごしたいと思っております。
伊閣蝶さんも、くれぐれもお身体にご自愛下さい。
by hirochiki (2012-05-31 21:03) 

夏炉冬扇

今晩は。
人生は数奇です。
南無阿弥陀仏。
by 夏炉冬扇 (2012-05-31 21:24) 

tochimochi

あまり邦画は見なかったため、新藤兼人さんの作品も残念ながら見たことがありません。でも作品を見ると興味のあるタイトルがいくつか・・・。そのうちDVDで見てみようかという気になってきました。満百歳ということでは天寿を全うしたと言えるのでしょうが、氏の作品を愛した方々には残念でならないでしょうね。ご冥福をお祈りします。

by tochimochi (2012-05-31 23:18) 

伊閣蝶

hirochikiさん、こんにちは。
名古屋は梅雨のようなお天気が続いているとのこと。
その上、お仕事の面でもご多忙な日々とのことで、どうぞくれぐれもお体にはお気を付け下さい。
お嬢様のお加減、骨に異常もなく内出血もないとのことで安堵しました。
松葉杖をお使いになっているとのことで暫くはご不便でしょうが、ご無理をなさらず一日も早い御快癒をお祈りします。

新藤監督は、こと映画に関しては正に「鬼」のような人だったようです。
自分の撮りたい映画だけを撮る、という一貫した姿勢に共感する人たちと共に作品を作り続けてきた、という点で稀有の存在であったのかもしれません。
その代わり、脚本家としてはビジネスライクに徹し、どんな要求にも応えてこられました。
「激動の昭和史・沖縄決戦」のようなアクション戦記、「銀心中」のような恋愛もの、そして「ハチ公物語」まで。
ご自身の作りたい映画の製作費を稼ぐためならなんでもやる、というアルチザン的な割り切りもさすがにすごいものだと思います。
ご高齢ゆえやむを得ないこととは存じますが、やはり残念でなりません。

by 伊閣蝶 (2012-06-01 12:30) 

伊閣蝶

夏炉冬扇さん、こんにちは。
何かを成し遂げて天寿を全うする。ある意味では誠に羨ましい人生だったのかもしれません。

by 伊閣蝶 (2012-06-01 12:31) 

伊閣蝶

tochimochiさん、こんにちは。
新藤監督の作品は、他の独立プロの映画に比して、そのほとんどがビデオやDVD化されています。それだけニーズもあるということなのかもしれません。
レンタルもされていますので、もしも機会がございましたら、一度ご覧になって頂ければと思います。
本文にも書きましたが、「裸の島」は必見だと思いますし、「鬼婆」などはホラー映画としてもものすごい完成度だと思います。
天寿を全うされた新藤監督ですが、お亡くなりになる直前にも映画を撮影している夢をご覧になっていたようですね。本当に映画を愛された方なのでしょう。
新藤監督の新作を観ることはもう叶いませんが、残された作品は今後もたくさんの感動を与えてくれるものと思います。

by 伊閣蝶 (2012-06-01 12:32) 

Cecilia

宝塚が好きだった私は新藤さんよりも音羽信子さんのほうに関心がありましたが、伊閣蝶さんのブログでかなり新藤さんが気になる存在になりました。作品に興味があります。すぐに観ることはできないと思いますが、作品を観ることで偲びたいと思います。
by Cecilia (2012-06-25 11:04) 

伊閣蝶

Ceciliaさん、こんばんは。
私は逆に、宝塚のことについては大変に疎いので、音羽信子さんが宝塚でどれほどのスターだったのかは今一つピンときません。
新藤監督の作品は、一作一作ごとに新機軸があって、新鮮な感動がありましたが、何といっても、そのほとんどを担当した林光さんの音楽が印象的でした。
機会がございましたら、是非ともご覧ください。
by 伊閣蝶 (2012-06-25 18:27) 

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