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懸垂下降のこと [山登り]

昨日は大荒れの天気になりましたが、今日は気温は低めながらも穏やかな天気になっています。
良い季節になったことですし、本当は山に出かけたいのですが、痛めた膝や足首と肋骨などの具合があまり芳しくなく、リハビリを地道に行っているところです。
そんな中で、先日、スコットの遭難死から100年という節目の年をきっかけに、改めて山登りを安全面から少し考えてみました。
あの折、「退却は高度な技術」という趣旨のことを書きましたが、無論、いくつかの具体的な経験に基づいてのことです。

その中でも忘れられない事故の一つに、懸垂下降の失敗による滑落がありました。
もう15年くらい前のことになりますが、あるパーティが海外遠征のトレーニング目的で瑞牆山の十一面岩正面壁の「春一番ルート」を登攀していた折のことです。
このルートは、IV+/A1の14ピッチを要するもので、特に体力面での地力が試されるアルパインの本チャンルートです。
壁の途中で日没が迫り、途中からの退却を余儀なくされ、連続の懸垂下降を行っていました。
その折、先頭で下降していたリーダーのエイト環からザイルから外れて、しばらくザイルにぶら下がっていましたが、力つきて落下。
大腿部骨折の重症でしたが、その段階では致命傷にはなっておらず、後から下降してきたメンバーによって応急処置を施され、メンバーの一人が救助要請に山を下りました。
しかし、岩場の途中で、しかも夜間という状況からその日のうちの救出が不可能となり、夜半、日付が変わる頃に容態が急変し、残念ながら帰らぬ人となったのです。
死因は外傷性のショック死ということでした。

懸垂下降の途中でザイルがいっぱいになってしまい、エイト環の輪をザイルが抜けてしまったことが原因ではないかと思われますが、ザイルの末端をエイトノットなどで結んでいなかったことによってすっぽ抜けたのではないか、という憶測が、その後、飛び交います。
一緒に登っていたメンバーは、その折ザイルの末端が結ばれていたかどうか、はっきり覚えていないと当初は(気が動転していたこともあるのでしょう)話していましたが、後から落ち着いて考えてみるとやはりちゃんと末端処理は行っていたような気がするとのこと。
ではなぜすっぽ抜けたのか、と、そのことを巡ってちょっとした議論になりましたが、私の山の先輩は「ザイルの末端をエイトノットで結んでいても、エイト環の輪を抜けることはある」と、私たちの勝手な思い込みを否定する体験を話してくれたのです。
それは、穂高屏風岩東壁の東稜を登攀していたときのこと、やはり日没時間切れで、夕闇迫る中を懸垂下降で降りているとき、次の懸垂下降に移るための支点をうっかり通り過ぎてしまったのだそうです。
ザイルを握っている左手が末端処理をしたエイトノットにかかり、その左手がエイト環で止まっている状態で、とにかく確保支点を探しました。
東稜はアブミの架け替えルートであり、大きなホールドは望むべくもなく振り子をしながらやっとのことで残置ハーケンを見つけ、そこにセルフビレイを取った。
やれやれと左手を緩めた瞬間、体は数十センチずり落ち、星が瞬き始めた夜空に向かってザイルが吸い込まれていきました。
末端処理をしてあったわけですから、当然その末端がエイト環の輪で止まるものと思っていたので、そのショックはとてつもなく大きく、しばらく茫然自失状態となったとのことです。
この時は、後続で懸垂下降をするメンバーがいたので、何とか生還できたものの、もしも振り子で支点を探している折に、左手を放していたら恐らく即死だったことでしょう。

この話を聞いた時、私は全身総毛立つ想いがしました。
同じシチュエーションであった時、末端処理をしているから大丈夫だろうと、恐らく私は左手を放してザイルにぶら下がろうとするのではないかと思われたからです。

それ以来、私は、懸垂下降を行う際に、次のようなことを実践することにしています。
まず、ザイルの末端をエイトノットで結びます。
8kot.jpg

ザイルをエイト環に通した後、
kensui03.jpg

ビレイループにクイックドローをセットし、その一方のカラビナをザイルの輪にセットします。
kensui01.jpg

これで下降し、万が一ザイルにぶら下がるようなことになっても、カラビナとザイルの末端がエイト環の輪で止まります。
kensui02.jpg

以前、あるルートを登っていて、やはり日没時間切れとなり、暗闇の中を懸垂下降するはめに陥ったことがあって、次の懸垂下降の支点を探さなければならなくなったことがありますが、この処置をしていたおかげで、振り子トラバースも出来、無事に支点となる立ち木を見つけることができました(もちろん、これはザイルがいっぱいになるという非常時でのことで、予め判っていればザイルの仮固定の方が優先されるのは当然の対応ですが)。

フリークライミングエリアでの懸垂下降のように、ザイルの末端が地面についているなど、確実に安全だと分かっている場合はまだしも、本チャンのバリエーションルートで懸垂下降をする場合には、多少面倒でも、こうした処置を施した方が良いのではないかと思います。
もちろんこんなことは常識の範疇だろうとは思います。
しかし、この機会に備忘的にも記しておきたくなり、かなり生硬な文章ではありますが、書き留めておくことにしました。
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hirochiki

今日からは、新年度の始まりです。
これから少しずつ暖かくなり、膝、足首と肋骨の具合が良くなられますように。

私は、クライミングのことはよくわかりませんが
私の会社でも、仕事をする上で安全に関してはいつも話し合いをしています。
ちょっとした手間を省いてしまったために、事故に至ってしまうケースが多々あります。
伊閣蝶さんも、きちんとこの処置をしていたために安全にクライミングを終えることができたということですね。
こういったことを書き留めておくということは、私はとても大切なことだと思います。
by hirochiki (2012-04-01 18:13) 

伊閣蝶

hirochikiさん、こんばんは。
今日から新年度ですね。
情けない怪我のことでご心配を頂き、心より感謝致します。

仕事の上でも安全面に留意するのは重要なことだと思います。
ちょっとした手間を惜しんで重大事故に陥ることは、仰る通りしばしば見受けられますので、やはり意識の問題かなとも感じます。
私も、山登りでは随分怪我もしました。中には全く幸運としかいいようのない経験もしていますから、これからも安全第一で、と考えています。
こうしたことは、たまに確認をしておかないとどうもおろそかになってしまうので、備忘的で失礼とは思いましたが、敢えて記しました。

by 伊閣蝶 (2012-04-01 19:09) 

tochimochi

ザイルがいっぱいになるような懸垂はしたことはありません。まして振り子トラバースなど本での知識だけでした。大変実践的な知識で目から鱗の想いです。
さらに暗闇での懸垂の体験なども読むにつけ、ますます本格的なクライマーですね。これからもいろいろご教示いただければありがたいです。

by tochimochi (2012-04-02 00:12) 

夏炉冬扇

お早うございます。
なんにでもお詳しい。
いい朝です。今日はサトイモ植える予定です。
by 夏炉冬扇 (2012-04-02 07:49) 

Cecilia

わからないことばかりの私ですが大変興味深く拝見させていただきました。
「ザイルの末端をエイトノットで結ぶ」というのは登山をする上で常識だけれど、伊閣蝶さんはご経験をもとに更に工夫されているという事ですね?
常識と言われている手間の一つ一つを大切にし、それでも不測の事態に備えることが大切ですね。
私が登山をすることは今後もないと思いますが(山歩き程度はしたいです。)、あらためて大変なスポーツであると感じました。それでも心を捉えてやまない魅力があるのでしょうね。
by Cecilia (2012-04-02 09:10) 

伊閣蝶

tochimochiさん、こんにちは。
お恥ずかしい経験を列記してしまい、ちょっと後悔しています。
私は力も弱く運動神経も鈍いので、クライミング技術は全くの低レベルです。未だに5.10当たりをうろうろという感じですし。
それゆえに確保や下降技術はある程度心得ておかなければ危ない、と思ってきたのでした。
とてもとてもクライマーなどといえるようなレベルにはありませんが、山は無事に降りてきてこそ「なんぼ」という気持ちだけは持ち続けようと思っています。
by 伊閣蝶 (2012-04-02 12:06) 

伊閣蝶

夏炉冬扇さん、こんにちは。
私の知識は、極めて限られた狭い範囲にとどまっています。お恥ずかしい限りです。
ところで、今日は里芋を植えられるのですね。お天気はいかがでしょうか?
by 伊閣蝶 (2012-04-02 12:07) 

伊閣蝶

Ceciliaさん、こんにちは。
このようなマニアックな話題にご興味をお持ちいただき、ありがとうございました。
山登りの技術については、それこそ人それぞれの経験に基づく様々なものが存在ます。
そして、こればかりは場数を踏んで経験しないとなかなか身につかないもののようですね。もちろんこれは山登りに限らないことではないかと思いますが。
山登りにおいては、スピード(歩く速さに限ったことではありません)が最も重要な要素だと考えます。ルートを確実に把握し無駄な判断の迷いなどを起こさない、確保システムなどは着実かつ効率的に行う、天候急変など不測の事態の際の対応でもたつかない、などということを日頃から意識してトレーニング(イメージトレーニングも)しておくと、それだけでかなり違います。
極端な例をいえば、10ピッチあるルートの確保システムにおいてそれぞれの確保地点で5分間の無駄な時間を費やすと、単純計算で50分の遅れが発生してしまいます。
これはバリエーションにおいては致命的な遅れといえましょう。
そうした人為的なもたつきやミスは、トレーニングによっていくらでも改善できるということを知るのが大切なことなのかもしれません。
これはもちろん普通の山歩きでも重要なことです。体力を温存し無事に下山することによって、安全も確保され楽しさも倍増するというものでしょう。
by 伊閣蝶 (2012-04-02 12:24) 

般若坊

高所恐怖症の私は、ロッククライミングなんぞ及びもつきませんが、怖くないですか?
クライマーがオーバーハングの途中で、ザイル1本で下界を見下ろしている写真を時々見ますが、その写真を見ているだけで手に汗を握ってしまいます。 ^^; 
by 般若坊 (2012-04-02 16:53) 

伊閣蝶

般若坊さん、こんばんは。
絶対に落ちない、と信じることができれば、高いところから眺める景色は最高です。
クライマーがザイル一本で下界を見下ろしている、というお話は、たぶん、ハンギングビレイのことを指しておられるのだはないかと、勝手に想像しますが、あの、セルフビレイにテンションをかけて岩場から体を離している状態は、実は大変安定している姿勢なのです。そうした姿勢で、私も下を見ることがありましたが、これはある意味大変爽快で気持ちのいいものでした。
でも、所詮、好きだからやっていられる遊びなのではないかと思いますが。
by 伊閣蝶 (2012-04-02 18:54) 

のら人

こんにちは。
備品のチェックに余念がありませんね。 流石です。
10ピッチ以上のマルチピッチ ・・・
どころか、最近岩場に近寄っていませんです。情けない限り。 ^^;
そろそろ小川山の季節ですかね。 スラブかぁ~、間隔置くと辛いんですよね、スラブは。 ^^
by のら人 (2012-04-03 10:47) 

伊閣蝶

のら人さん、こんにちは。
備品は、かなりくたびれたものもありますので、時折、取り出してみたりはしますが、やっぱり常時使っていないのはよくないことですね。
時折、忘れないようにと、基本的なエイトノットやブーリン結び、プルージックやマッシャー結びなどを自宅で復習していますが、現場から離れていると焦りが募ります。
私もロングピッチは、ここ一年くらいご無沙汰です(^_^;
小川山も、もう10年くらいご無沙汰しています。スラブのフリクションの感覚は、やはり間隔を置くと厳しいものがありますね。
by 伊閣蝶 (2012-04-03 12:11) 

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