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「晩禱」本番演奏が終わりました [音楽]

寒さが戻ってきています。
今朝も冷たい風が吹きすさび、とても三月を間近に控えている時期の気候ではありませんでした。
それでも、梅の花は次々に開花し、沈丁花は健気にも蕾をつけています。
菜の花の話題も各地から聞こえてきはじめました。

usigometansu.jpg昨日は、ラフマニノフの「晩禱」演奏会の本番でした。
アリルイヤ合唱団としては最後の「晩禱」全曲演奏会。
この演奏を最後に、10年間にも及んだ活動に終止符を打ち解散することとなっているのです。

そうした事情もあってか、指揮者の神尾先生を始め、団員の皆さまの意気込みは最初から全く違っておりました。
私は、誠に不遜極まりないことながら、昨年の12月に急遽この記念すべき演奏会に参加することになり、本当に最後までジタバタしながらの見苦しい醜態をさらしてしまいました。
神尾先生は、ご自身のブログの記事の中で、「神尾昇の指揮を見ていないのは損だ」と仰っています。
そのことを、この日のリハーサルでも繰り返しておられました。
全くその通りと思いますが、私は残念ながら、楽譜から目を離すことができない楽章がかなりあり、実に実に切歯扼腕の想いでした。
もちろんこれは私自身に問題があるわけですから、己を恨む以外にすべはないのですが。

日本においては、それまで、例えば東京トロイカ合唱団のようなプロの合唱団のみが演奏に取り組んできたラフマニノフの「晩禱」。
その東京トロイカ合唱団の東京カテドラルでの演奏会において、絶対的な人数不足を補う観点から2002年に結成されたのがアリルイヤ合唱団です。この折には第6番のみの参加となりました
2005年2月には西荻窪本郷教会にて初の単独演奏会を開催。このときの演奏は「1,3,6,7,8,10,13,14,15番」の抜粋です。
そして、2009年11月に、三鷹台聖マーガレット教会において、記念すべき「晩禱全曲演奏」が成し遂げられました。

こうした歴史の上に、今回の牛込箪笥区民ホールでの演奏が企画されたのです。

これまでの全曲演奏は三鷹台聖マーガレット教会において取り組まれてきましたが、今回は最初で最後のホールにおける演奏。
本来は教会音楽ですから、ホールでの響きはチャペルでのそれとは異なり、これまで聴いてこられた方には多少の違和感が残されたのかもしれません。
それでも、演奏会に足を運んで下さった方々からは、温かな感想のメールやメッセージを頂戴しました。

一番感動したのは、自閉症のご子息を伴われて聴きに来て下さった同僚のことで、長時間の演奏に果たして耐えられるか危惧していたところ、パンフレットの曲目解説を食い入るように見つめながら身じろぎもせずに演奏に聴き入ってくれていたとのことでした。
その間、ご子息は一度「お父さん、今どの曲を演奏しているの?」という質問を発したそうです。
晩禱は15曲ありながら、例えば1番と2番や14番と15番などは切れ目なく演奏していますから、パンフレットのみではこの疑問に答えるのは、この曲を熟知しておられる方ならいざ知らず、ほぼ不可能に近いと思います。
それはともかくとして、ご子息がそのようなことを訊ねたことに感激しておられ、そのお話を聞いた私も思わず目頭が熱くなってしまいました。
音楽というものの持つ、恐るべき力に改めて感じ入った次第です。
その同僚から頂戴したメールを、やはり私だけが読んで感動しているだけではもったいないので、紹介したいと思います。
長男は演奏中、ずっとパンフレットを握りしめ、今どの曲の歌っているのか追っていました。自分(お父さん)の好きなマラソン大会のパンフレットですら関心を示さないことがあるのに・・
途中で1回だけ何曲目か分からなくなって「お父さん、今どこ?」と小声で聞いてきましたが、こうした「自ら発する質問」もとても珍しいことです。また、演奏が終ると、通常は「帰るモード」になって止めるのが大変なのですが、昨日は指揮者の話に聞き入り、「6番の曲をもう一度」と話されたところで、すぐにパンフレットをめくっていました。奇跡だと思いました。普段ではあり得ない姿です。
それは、晩祷の偉大さもありますが、何よりも皆様の歌声に惹かれたためだと思います。自閉的傾向のある子は正直。興味がないと直ぐに行動にでてしまいます。わが子の場合、演奏中であっても魅力を感じないと「何時に帰る?」と容赦ないですから。
昨日は全くその逆でした。どんどん入り込んでいく、不思議な光景でした。その様子を妻にメールで報告すると「奇跡だね」と、すぐに返信がありました。それだけ、我が家にとっては特別なことでした。

驚くべきことですね。
この話を聞いて、私は深く感動してしまい、不覚にも落涙した、というわけです。
私は自閉症という病気のことは詳しくはわかりません。
でも、同僚の話を伺う中で、大変なのだろうということはわかるような気がしていました。
しかし、彼は常々温かな愛情とまなざしをご子息に注いでおられ、ご子息の大きな可能性を実感として受け止めています。そのようなご子息のご成長の姿が、私の蒙昧な目をもまた啓かせてきていることは疑いようもありません。
その中で、こんなに嬉しいお話に接することができた。
本当に感激です。

さてそれでも、神尾先生は次にように仰いました。
私としては自分の音楽を全てぶつけました。
本番が明けた今日も精神的なダメージは相当まだ残っています。
しかし、本当にこの曲の頂は高すぎて、未だに3合目くらいをうろついているような感じです。
いや3合目だと思っているけれどもっともっと下かもしれません。
なにせ頂上が見えないのですから・・・

今回の演奏会、神尾先生は予定通り催すことを躊躇なさっていたそうです。
「理由は自分の求めているクオリティーが100%ではないにしても、ある程度満足のいく状況に至らない」という想いから。

誠に深い慙愧の念と心の澱のようなものを、私はこのお言葉から痛感しています。
神尾先生の指揮を見ることもできずに、楽譜を目で追っていた自分の浅ましい姿を振り返って、正に冷汗三斗の想いにも苛まれました。
ひたすら悔しい思いでいっぱいです。

それでも、アンコールの6番だけは、譜面を見ずに歌いました。
せめてここだけでも、神尾先生の一挙手一投足まで刻みつけておきたかったからにほかなりません。
アリルイヤ合唱団にとって、その出発点となった6番。
それが最後の演奏の曲となった。
せめてせめて、それだけでも私は、このアリルイヤ合唱団とともにいることを実感したかった。
その想いがとても大きかったということなのでしょう。

本来であれば、昨晩のうちにこうした記事をアップすべきでしたが、昨晩、打ち上げで酔っぱらってしまい、携帯電話をなくしてしまって、それで昨日は全く対応不能でした。
おかげさまで本日、手元に戻ってきました。
そんなわけで、一日遅れですが、アップします。
間抜けな話ですが、届けて下さった方も含め本当にありがたいことでした。
携帯電話は個人情報の固まりですから、本当に気をつけなければ、と改めて痛感しております。
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コメント 16

Cecilia

本番お疲れ様でした。
お仕事で忙しい中練習が大変だったと拝察します。
伊閣蝶さんとしてはもっと指揮を見て歌いたかったと思うのですが、慣れない言語での演奏で最大限の努力をされたことと思います。
また歌う機会があるのではと思いますので、その時に更なるステップアップをされることだろうと思います。
同僚の方の息子さんが聞き入ってくださったとのことで、うれしいですね。
本物の演奏の力が伝わったのだと思います。

携帯、戻ってきてよかったですね!
by Cecilia (2012-02-28 09:31) 

伊閣蝶

Ceciliaさん、こんにちは。
温かなお気づかいのコメント、ありがとうございました。
おかげさまで充実した演奏会となり、私個人としては悔やまれる部分は多数あるものの、盛会であったと感じております。
私の家内は、2時30分の開場時間の15分前にホールに到着したのですが、その時にはもう長い待ち行列ができていたそうです。
開場から五分くらいで7割がたの席が埋まっていて、開演時はほぼ満席状態でした。
本当にありがたいことです。
また歌うことができたらどんなに嬉しいことだろうかと思っています。
同僚のご子息のこと。この話にはさすがに深く感動しました。
音楽の持つ力を、改めて再認識させられたところです。

携帯電話のこと。本当に肝を冷やしましたが、戻ってきて心の底から安堵しました。
現在、パスワードロックをかけています(^_^;

by 伊閣蝶 (2012-02-28 12:04) 

般若坊

伊閣蝶 さんの興奮が そのまま表れている ブログ記事でした。 良かったですね!成功裏に終わられて 満足・・・といったところでしょうか・・・
by 般若坊 (2012-02-28 17:05) 

hirochiki

ラフマニノフの「晩禱」演奏会の本番、本当にお疲れ様でした。
伊閣蝶さんがこの日のためにどれほど努力なさっていたかは、記事を拝見していて十二分にわかっているつもりです。
アンコールの6番をまったく譜面を見ることなしに歌われたとのこと、とても素晴らしいと思います。
また、自閉症のお子さまが皆さんの歌声に惹きこまれて静かになさっていたとのこと、
私も、思わず目頭が熱くなりました。
これからも、是非是非素敵な歌声を皆さんにお届け下さい。

ケイタイのことは、読んでいて冷や冷やしましたが・・・
無事に戻ってきたとのことでほっといたしました。
by hirochiki (2012-02-28 19:00) 

夏炉冬扇

今晩は。
お疲れ様でした。楽譜の読めない私には夢の世界です。
by 夏炉冬扇 (2012-02-28 22:10) 

tochimochi

この演奏会への思い入れは十分伝わっていましたが、本記事を見てその理由の一端が分かった気がします。
本当に大変な演奏会なのですね。
またその演奏を聴いて自閉症の子が歌に引き込まれていったこと、まさにその情熱がなせる業なのでしょうね。
私も一度聞いてみたくなりました。
お疲れ様でした。

by tochimochi (2012-02-28 23:20) 

伊閣蝶

般若坊さん、こんばんは。
演奏しながら、ほとんど時間の観念がなくなる不思議な感覚を久しぶりに味わいました。
練習ではあれほど曲の長さを痛感していたのに、本番は正に一瞬という感じです。
それほど集中できる演奏会であり、その意味では満足すべき演奏会でしたが、私としてはやはり悔いが残っています。
まだまだ足りなさ過ぎる、というのが実感ですね。
by 伊閣蝶 (2012-02-29 00:28) 

伊閣蝶

hirochikiさん、こんばんは。
温かなねぎらいのコメント、ありがとうございました。
この三ヶ月間、音楽の面では正に晩祷漬け、という状況にありましたから、この演奏会が終わって、今はちょっと抜け殻のような状況です。
それでもやはりまだまだ全く足りなかったと、内心忸怩たる想いに苛まれているのが現状でありました。
でも、同僚のご子息のことを聞いて、私は本当に感動しました。
静かにしていたのみならず、恐るべき集中力をもって演奏を聴いてくださったのですから。
音楽の力を改めて痛感した瞬間でした。

ところで携帯電話のこと。
さすがにこれは参りましたね。
晩祷歌い終えた喜びが一瞬にして消し飛んでしまいました。
届けてくださったご親切な方に、心から感謝している次第です。
気をつけなければならないなと、改めて気を引き締めています。

by 伊閣蝶 (2012-02-29 00:46) 

伊閣蝶

夏炉冬扇さん、こんばんは。
晩祷の楽譜、なにしろ歌詞がキリル文字ですから、結構大変でした。
いい経験になりました。

by 伊閣蝶 (2012-02-29 00:47) 

伊閣蝶

tochimochiさん、こんばんは。
なんとも嬉しくなるコメントをありがとうございます。
様々な曲をこれまで歌ってきたところですが、その私にしても、この曲は別格の難しさと厳しさを併せ持っているなと痛感しました。
指揮者の神尾先生は、「命がけの演奏」と常々仰っていましたが、それは誇張でもなんでもなく、正にそうした心構えを要求される曲であると思います。
私たちのようなアマチュアが軽々に手がけることを拒絶するような曲である、ということもできましょう。
しかし、仰るとおり、それを団員の情熱が乗り越えようとした。
恐らくその熱気が自閉症のご子息にも伝わったのでしょう。
もちろん、この晩祷という曲の持つ力があってのことなのでしょうが。
もしも機会がございましたら、是非ともお聴きください。
by 伊閣蝶 (2012-02-29 00:48) 

マチャ

素晴らしい演奏会だったんですね。
音楽が人の心を開く・・・音楽の力、そして演奏する人の力を
感じるエピソードですね。
by マチャ (2012-02-29 12:50) 

伊閣蝶

マチャさん、こんばんは。
温かなコメントをありがとうございます。
音楽によって心が開かれることが現実にあるのではないかと思わせるような感動的なエピソードでした。
そして、音楽は、そんな人々の手によって生み出されるものであるということを改めて実感しております。
by 伊閣蝶 (2012-03-01 00:07) 

らんらん

音楽は、言語の違いや時の流れ、そして障害の有無を問わない、普遍的な心と心のコミュニケーションだと思います。
皆様の歌声は、いつまでも息子と私の心に残ることでしょう。
すばらしいひと時、ありがとうございました。

by らんらん (2012-03-01 13:30) 

伊閣蝶

らんらんさん、こんばんは。
誠に嬉しいコメントを頂戴し、ありがとうございました。
仰る通り、音楽は人間相互に共通で普遍的なコミュニケーションの手段なのでしょうね。
今回のことで私もそれをしみじみ実感しています。
演奏は、聴きに来て下さるお客様とともに作り上げるものだと言われますが、正にその通りだということも痛感しました。
その意味からも、ご来場いただいた上に、このような感動的なコメントを頂戴し、深く感動しております。
重ねて御礼申し上げる次第です。
by 伊閣蝶 (2012-03-01 19:04) 

朝比奈 千歳

少し遅れましたがコメントします。語彙力ありませんがあしからず。

場所が場所なので聴きに行けなかったのは残念な事ですが、これほどの強い結びつきがあって支えられて無事大成功に終えられたという事で今はとても感慨深い気分になっているのではないでしょうか。

最後の演奏会という事もあり、お客様方の名残惜しさもあってか、三位一体の演奏が出来たようで喜ばしい事です。

音楽やそれに因んだ芸術の力というのは一口に形容しがたく、その道に造詣がないとなかなか理解に苦しむ事もあります。その壁を越えられたという事はまさに名演と呼ぶに相応かったのではないでしょうか。本当に、微笑ましいです。
by 朝比奈 千歳 (2012-03-03 00:43) 

伊閣蝶

朝比奈 千歳さん、こんにちは。
お心のこもった温かなコメント、どうもありがとうございます。
この一週間、様々な想いが交錯しております。
アリルイヤ合唱団も予定通り解散の手続きを踏み、後は当日の演奏を録音したCDやDVD、最後の会報などの発送を以て、その歴史を閉じることになります。
それから、記事の中でも触れた自閉症の方のその後の嬉しい話なども聞いており、仰る通り感慨に耽っている次第です。
こうした演奏会に参加する機会が今後も訪れるのか定かではありませんが、僅かでもそうした希望を持ち続けていきたいものだと、今は思っているところです。
by 伊閣蝶 (2012-03-03 14:30) 

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