SSブログ

テミルカーノフとサンクトペテルブルグ・フィルの演奏会 [音楽]

週末は、午後からは雲が雲が広がってきたものの、まずまずのお天気でした。
今日は、朝から高曇りで、それでも柔らかな陽射があって、暖かさは残っています。
明日からはこの秋一番の冷え込みになるとのこと。
冬の足音が近づいてきています。

yuri.jpg土曜日、ユーリー・テミルカーノフが指揮するサンクトペテルブルグ・フィルの演奏会に出かけました。

サンクトペテルブルグ・フィルというよりも、私などはレニングラード・フィルといった方がしっくりくるのですが、あのエフゲニー・ムラヴィンスキーによって世界屈指のオーケストラに成長し、これまでに、チャイコフスキーの演奏などで数々の名演を繰り広げてきました。
1979年の来日でベートヴェンの田園を聴いたのですが、これがとてつもなく厳しい演奏で、とても「田園」などという牧歌的なイメージではありませんでした。
しかし、これは間違いなく世紀の名演であったと確信しています。

その後、ムラヴェンスキーの死去に伴って、楽団員の選挙によりユーリー・テミルカーノフが音楽監督と首席指揮者を兼務し、現在に至っていますが、このコンビの演奏を聴くのはCDなどの録音も含めて初めてのこと。
このオーケストラの実演を聴くのも1979年以来ですし、メンバーもだいぶ入れ替わっているとのことですので、胸をときめかせながら出かけたところです。

zaseki.jpg演奏会場のシビックホールは、文京区が全額出資して設立した文京アカデミーが運営するホールで、地下鉄の春日駅や後楽園駅から直接入ることのできる利便性も含め、すばらしい施設です。
小さなことかもしれませんが、写真のようにたたんだ座席のスペースに荷物が置けるように作られており、こうした心遣いは大変嬉しいものです。
もちろん、前の人の頭と重ならないように座席の位置も調整してありますし、座席自体は少々狭い感じがしますが、足元が広くゆったりと聴くことができます。人の出入りもスムースで、こうした心配りもなかなかですね。

さて、肝心の演奏ですが、オーケストラの配置は、観客席からみて左側に第一バイオリン・チェロ・コントラバス・フルート・ピッコロ・オーボエ・パーカッション、右側に、第二バイオリン・ビオラ・ホルン・トロンボーン・チューバという形の、現在、しばしばみられるストコフスキー型の、左側に第一・第二バイオリン、右側にビオラ・チェロ・コントラバスではなく、それ以前(戦前)の配置にしてありました。
ストコフスキーは、ステレオ録音の際の音の分離を良くするために、左に高音部、右に低音部を配置したのだそうですが、録音技術もホールの性能も格段に進歩していることもあって、こうした配置に戻す動きも徐々に出始めているようです。

テミルカーノフは、ロシア人にしては少々小柄(ムラビンスキーが長身でしたから)な印象ではありましたが、背筋のピンと伸びて凛とした姿勢は実に美しく、大変ステージ映えのする指揮者でした。
一曲目、ラフマニノフの交響曲第2番の冒頭、地を這うような重い前奏が響き渡り、その段階から私はすっかり引き込まれてしまいました。
サンクトペテルブルグ・フィルの持つ芳醇な響きは失われてはおらず、それがテミルカーノフの指先でコントロールされていく様は見事というよりほかはありません。
ああ、この指揮者とオケとの間には30年の長きにわたって築かれてきた厚い信頼関係が存在するのだな、ということが、その響きの中から明確に伝わってきたのです。

2曲目のチャイコフスキーの交響曲第4番は、彼らのみならずロシアのオーケストラにとって正に自家薬籠中の曲でありましょうが、とりわけ第二楽章のオーボエのソロの美しさはたとえようもないもので、思わず胸が震えてため息をつきそうになりました。
どちらかというと病的で陰惨な印象の強いこの曲ですが、不思議に明るさすら感じたのは、恐らくこのコンビゆえのことなのでしょう。
実演で音楽を聴く喜びを遍く観客に与えてくれた演奏ではなかったかと思います。

この、ロシアを代表する作曲家の二つの交響曲をプログラミングするという豪華さも、私にとっては得難い嬉しさですが、ラフマニノフの第2番は、ロシアではほとんど演奏される機会がないのだそうです。
なるほどそれで、響きを一つ一つ確認するような丁寧な演奏となっていたのだな、と納得したところです。
それゆえにか、パンフレットによるとテミルカーノフはこの2曲のカップリングに当たり、日本の聴衆にとってもチャレンジングな体験となるだろうと、語ったそうですが、私個人からすれば、チャレンジングというよりもハッピーな組み合わせだと嬉しく思いました。

ただ、これは以前との比較という、いささか思い込みの激しい印象の違いに基づくものなのでしょうが、1979年に聴いて衝撃を受けた「田園」のような、あるいは1960年録音のチャイコフスキーの「悲愴」のような、厳しく統制され一糸の乱れも見せない完璧なアンサンブル!からはかなり遠い演奏だと思われました。
ラフマニノフの2番では、第一楽章の最後の打楽器による一撃にもっと決然とした厳しさが欲しかったように思いますし、チャイコフスキーの4番の第一楽章のトランペットのアンサンブルが乱れたのも、旧「レニングラード・フィル」からすれば考えられないことではないでしょうか(コントラバスの奏者が、金管群に向けて厳しい目線を終始送っていました)。
もちろん、ムラヴィンスキーとレニングラード・フィルのコンビの再来をいまさら求めること自体、不毛なことだというのは頭では理解しつつも、ここで鳴っているオケは、その「レニングラード・フィル」ではないのか、と思うと、やはり一抹の寂しさを感じざるを得ません。
観客に極度の緊張感を強いる演奏が全てにおいて良いとは決して申しませんが、妥協を許さない演奏家の姿勢は、やはり聴く者に対して平時とは違った厳しい精神的な緊張感を与え得る貴重なものではないかと思いますので。

その意味で、この演奏(初めて接しましたが)、やはりテミルカーノフとサンクトペテルブルグ・フィルが独自に切り開いた境地なのでしょうね。
何度もアンコールに応え、楽団員が引き揚げてからも、舞台に姿を現して観客に礼を返していたテミルカーノフの誠実な姿も誠に印象深いものでした。
テミルカーノフとサンクトペテルブルグ・フィルの一同は、仙台フィルが困難な状況の中で「音楽の力による復興センター」を立ち上げ、音楽によって被災者の人々を支援していることを知り、同じオーケストラとして力になりたいと考え、北米ツアーの収益の一部を義捐金として仙台フィル及び「音楽の力による復興センター」に寄付(38,800USドル)したのだそうです。
そんな優しさと温かさを感じた演奏会でした。

ところで、アンコールの曲は、エルガーの「朝の挨拶」とチャイコフスキーの「白鳥の湖」から「四羽の白鳥の踊り」。
特に、「朝の挨拶」のチャーミングな弦の響きが最高で、楽団員もどこかしら歓びを感じながら演奏しているように見受けられました。
また、「四羽の白鳥の踊り」を聴きながら、このコンビの他の演奏会でのプログラムである「春の祭典」を聴いてみたいなと思ったところです。

近頃はどうも腰が重くなってしまい、ほとんど実演を聴きに赴かなくなってしまいましたが、やはり実演は良いものです。
時間的なものに束縛されずに、自宅などで思う存分聴くCDの演奏ももちろん得難い時間ではありますが、こうした一期一会の機会も大切にしたいものだとつくづく感じています。

nice!(12)  コメント(10)  トラックバック(0) 
共通テーマ:音楽

nice! 12

コメント 10

ヒロノミンV

 サンクトペテルブルグ・フィルの演奏会のレポート、楽しく拝見しました。
 以前、雑誌でテミルカーノフのインタビューがあって、ソ連崩壊後の混乱の中で、音楽家の給料は1/10以下にまで下落し、優秀な団員が次々と辞めて行ったことなどが語られていました。

 ゲルギエフのマリインスキー劇場管や、プレトニョフのロシア・ナショナル管はその後、スポンサーを見つけて、世界各地から優秀な奏者をかき集めて組織されていますが、栄光のレニングラード・フィル時代の伝統を守るという責務を負ったオーケストラの立て直しは、並大抵の作業ではなかったようです。
 旧ソ連の教育システムも崩壊して、今は西側の指導者が多いそうで、昔のロシアの楽団の、あの運動性能・破壊力抜群のサウンドはもう生演奏で聴くことは叶わないかも知れませんね。
by ヒロノミンV (2011-11-14 18:42) 

hirochiki

先日もコメントさせていただきましたが、ちょうど我が家でも家族でオーケストラ公演を聴きに行きたいねと行っていたところです。
やはり、聴くのであればプロの演奏を聴きたいと思っています。
CDの再生機が出た当時は、マランツのCDにボーズのスピーカーでクラシック音楽をよく聴いていました。
私は、その中でもベルリオーズの幻想交響曲が大好きでした。
チャイコフスキーのCDもあったことを思い出し、今家の中を探しています。

by hirochiki (2011-11-14 21:06) 

伊閣蝶

ヒロノミンVさん、こんばんは。
なるほど、そうした背景があったのですか。
プログラムのインタビューでは、ムラヴィンスキーの頃の伝統はきちんと継承されているというような受け答えがありましたが、楽団を気遣っても言葉だったのかもしれません。
ゲルギエフほどのスター性があればスポンサーもつきやすいのでしょうが、そうしたバックアップが期待できない中で、往事のレニングラード・フィルの伝統を守るのは想像を絶する仕事であったことでしょう。
テミルカーノフとオーケストラの紐帯の強さが印象に残りましたが、判るような気がします。
私たち聴衆も、徒に過去の栄光のようなものに拘泥するのではなく、そうした困難な中でこの演奏を聴かせてくれたサンクトペテルブルグ・フィルの、今後の活躍に期待した方がより前向きではないかと改めて思いました。

by 伊閣蝶 (2011-11-14 21:18) 

伊閣蝶

hirochikiさん、こんばんは。
ご家族でのクラシックコンサートのご鑑賞、是非とも実現させて頂きたいな、と思いました。
名古屋は著名なオーケストラがたびたび公演しますから、きっと良い機会が訪れるものと思っております。
マランツのCDプレーヤーは現在でも名機ですし、BOSEのスピーカーは現在私も使っています。
ベルリオーズの幻想交響曲、私も大好きな曲の一つです。以前、それについての記事も書きました。
http://okkoclassical.blog.so-net.ne.jp/2010-01-18
チャイコフスキーのCDもお持ちとのことで、お家の中をお探しのhirochikiさんに感謝の想いで一杯です。
by 伊閣蝶 (2011-11-14 21:25) 

Cecilia

文京区は良いホールが多いイメージがあります。昔声楽コンクールを聴きに行ったホールは名前を忘れましたがやはり文京区だったと思いますがこじんまりとした良いホールでした。

レニングラードフィルのこともムラヴィンスキーのこともよく知らないのですが、そういえば例の寺西春雄さんがたしか日本ロシア音楽家協会に関わっていらっしゃったことを思い出し検索してみました。
1979年の来日の時のパンフレットに文章を載せておられたようです。
http://www003.upp.so-net.ne.jp/orch/page291.html
by Cecilia (2011-11-15 10:41) 

伊閣蝶

Ceciliaさん、こんにちは。
文京区には、他にもトッパンホールなど良いホールがあり、さすがに「文京」というだけあって恵まれているな、と思います。

1979年のパンフレットに寺西さんの記事が掲載されていたのですね!
実家に帰って探せばあるかもしれないので、帰省した折に探してみたいと思います。
日本ロシア音楽協会に関わっておられる音楽家の方は結構多いようですね。
私の知人の声楽家の方も会員に登録されていました。
by 伊閣蝶 (2011-11-15 12:36) 

にゃお10

伊閣蝶さん、はじめまして。
ヒロノミンVさんのブログからこちらにやってきました。
記事を興味深く読ませていただきました。

私は大阪公演に行きました。自分のブログに感想も書きました。3年前にも聴きました。

私は、ムラヴィンスキー&レニングラード・フィルは、CDでしか聴いたことがありません。
おっしゃるように、今回の演奏には、当時ほどの厳格さ、緊張感などはないかもしれません。
現に、本公演(チャイコフスキー交響曲5番)の序奏で、気の緩みからか、
いきなりミスが発生。興醒めしそうになりました。
“鉄壁のアンサンブル”と称されたあの頃の演奏が、今はもう
生では聴けないことが実に惜しいと思います。

しかし、このオーケストラの濃密な弦の響きには、他ではマネのできない、
独特の深い味わいがあると感じています。
3年前に聴いた「悲愴」交響曲の最終楽章は、ここの弦セクションが威力を発揮し、
聴いて胸が締め付けられるほどの感情にとらわれたため、今でもその時の記憶が強く、
そしてはっきりと心に残っています。
そういった点で、今回の演奏会も、その時と作品は違いますが、
このオケの魅力が存分に出ていて、それが生で聴けただけでも良かったと
思っています。

また時々訪問させていただくかもしれません。よろしくお願いします。
(ストコフスキーの件、最近ですが私も偶然、記事にしていました(笑)。)
by にゃお10 (2011-11-19 17:45) 

伊閣蝶

にゃお10さん、こんばんは。
ご丁寧なコメントをありがとうございます。
心より御礼申し上げます。
こちらこそどうぞ今後ともよろしくお願い申し上げます。

ところで、にゃお10さんは大阪公演をお聴きになったとのこと。しかも三年前にもお聴きになっているとのことで、大変、嬉しく拝見させて頂きました。
仰る通り、このコンビの弦と木管のアンサンブルは例えようもなく深く美しい音色でした。
これは以前の「レニングラード・フィル」にはなかった音ではないかと、思っています。
その意味で、私も深く感動しました。
文中にも書きましたが、テミルカーノフとサンクトペテルブルグ・フィルの深い信頼に基づく音楽作りは、ほかに例を見ない素晴らしいものだと思います。
その音を実演で聴けただけで、私は心から満足しました。

by 伊閣蝶 (2011-11-20 22:44) 

サンフランシスコ人

テミルカーノフとサンクトペテルブルグ・フィルの演奏会が、来年サンフランシスコであります...

http://www.sfsymphony.org/Buy-Tickets/2016-2017/Saint-Petersburg-Philharmonic-plays-Prokofiev.aspx
by サンフランシスコ人 (2016-04-23 02:11) 

伊閣蝶

サンフランシスコ人さん、こんばんは。
この演奏会をお聴きになるご予定でしょうか。
お聴きになられるのであればどうぞお楽しみ下さい。
by 伊閣蝶 (2016-04-24 21:51) 

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。