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ティントナー指揮「ブルックナー交響曲第3番」 [音楽]

金曜日の晩から雨が降り続いています。
hirusakitukimisou.jpg今日は特にひどい降りになっていて、外出をすると靴の中までびしょびしょになってしまいました。

それでもそんな雨の中に咲いている可憐な花もあります。
昼咲月見草の花に雨の雫が落ちていて、その可憐な姿に何ともいえない気持ちにさせられました。
思わず携帯電話のカメラで写真を撮って、待受に設定したところです。

指揮者、ゲオルク・ティントナー。
以前、ブルックナーの交響曲第1番に関する記事でこのブログに書きましたが、今回は、あまりにも衝撃的かつ感動的だった第3番について書いてみたいと思います。

ティントナーは、いわゆる遅れてきた巨匠という位置付けで語られることが多く、ウィーンに生を受け、ブルックナーの弟子でもあったフランツ・シャルクの指導を受けるほどの才能に恵まれながらも、ユダヤ人であったことから、ヒトラーのウィーン進駐を機に国外脱出を余儀なくされるなどの辛酸を舐めさせられました。
その後は、世界各地を転々とする生活が続き、70歳に近くなってやっとカナダに落ち着くことになったのだそうです。
しかし、その間、誠実に音楽と向き合いながら、特にブルックナーの交響曲において、その曲の作曲当時の最も純粋な形を追い求めるなどの研究と実践を重ねながら、各地で地道な演奏に取り組んできました。
その中には、1887年版第1稿に基づく第8番の北米初演も含まれます。
1994年、ナクソスの社長であるクラウス・ハイマンと運命的な出会いを果たし、念願であったブルックナー交響曲全集の録音が開始されました。
1997年に発売されたその第1弾である第5番は大変な話題を呼び、この折には日本人学生からのファンレターが初めて彼のもとに届いたのだそうです。
その後、発売されるCDはいずれも好評を博し、1998年の秋には全11曲の録音が終了。
ここに、ブルックナー直系の弟子シャルクの指導を受けた現役指揮者によるブルックナー交響曲全集という偉業が成し遂げられたのでした。
しかし、写真を見てもそれとわかるような生真面目で繊細なこの巨匠は、自らに取りついていた業病(悪性黒色腫)を苦にして、自宅マンションの11階から投身自殺をしてしまいます。
1999年10月のこと。享年82歳でした。
2000年には読売日響の招きで来日が予定されていたこともあって、この悲劇的な最期を知らされた多くのブルックナーファンを嘆かせたものです。

さて、標題に書きましたブルックナーの交響曲第3番の演奏についてですが、初期の交響曲の中では比較的人気の高いこの曲だけに、好演が目白押しです。
どれを選ぶかかなり迷うのですが、やはり、クナッパーツブッシュ指揮ウィーンフィルによる1954年の録音が私にとっては最良でしょうか。

モノラルではありますが、当時のDECCAの録音技術は他の追随を許さぬ優れたもので、そのマスターから起こしたTESTAMENTのデジタルリマスターの音質は正に驚嘆すべき出来映えでした。
凝縮され緊張感に溢れた美しい演奏で、さすがにウィーンフィルとクナッパーツブッシュならではと感動してしまいます。
版は1890年の改訂版ですが、1889年の第3稿とほとんど違わないので、その点も好もしいところと思います。

そして、ティントナーによる「ノヴァーク校訂1873年第1稿」の演奏。

オーケストラはロイヤル・スコティッシュ管弦楽団、1998年8月のデジタル録音です。
ブルックナーが、ワグナーへの限りない尊敬と敬愛を込めて作曲した第3番交響曲。その想いがたっぷりつまった1873年第1稿は、正に天国的な長さを持っていました。
さざ波のような弦の刻みからトランペットによる主題が導きだされて、全楽器によるトゥッティの「lang gestrichen」まで、様々に表情を変えながらなんと1分22秒を要しています。
先に述べたクナッパーツブッシュでは55秒ですから、その違いは歴然ですね。
その第1楽章と第2楽章が、誠に以て印象的で素晴らしいものでした。
ワルキューレを始めとするワグナーのモチーフが随所に現れ、聴いていると、あれ?などと思ってしまうほどの傾倒ぶり。第2楽章の16分過ぎくらいからパルシファルの主題が響いてきたりして、思わず頬が緩んでしまいます。
なるほど、この曲の献呈をワグナーが大感動で喜んだ理由もわかろうというものです。

現在、一般的に演奏されている1889年の第3稿は、ちょうど第8交響曲の作曲の頃と重なっており、ワグナーからの引用はかなり削られ、和声や管弦楽の構成も凝縮かつ濃密なものに変わっています。
それ故に、初期の交響曲の中でも一定以上の人気を確保しているということなのかもしれません。

しかし、この1873年第1稿の魅力は、正にそのブルックナーのひたむきな初々しい想いの発露にこそあるのではないでしょうか。
第3稿ですと演奏時間は概ね60分弱となりますが、このティントナーの演奏は77分!
これも、想いの丈を思う存分載せたが故の長さなのではないでしょうか。
少なくとも私は、この時間を長いとは少しも感じませんでした。
それどころか、まだ鳴っていて欲しい、この響きにずっと身を任せていたい、と思いながら聴いていたのです。

ロイヤル・スコティッシュ管弦楽団は、確かにウィーンフィルとかベルリンフィルといった名だたるオケに比べれば、響きの薄さが気にならないわけではありません。
しかし、それはこの1873年第1稿という版の問題でもあるように思います。
第1・第2ヴァイオリンを左右の両翼に配置する「古典的配置」の効果も大変に顕著で、私の自宅の貧相な再生環境ですら、その器楽的な広がりを十分に堪能することが出来ました。

この曲の初演は、1877年12月16日にウィーンで行われました。
これが惨憺たる結果であったことは良く知られています。
ブルックナーがこの曲を持ち込んだ際、楽団員は「演奏不可能」と断じましたが、宮廷楽長のヘルベックがこれを擁護し指揮を引き受け、ワグナーからの引用などをカットすることで何とか演奏にこぎ着けようと努力しました。
しかし、誠に不運なことにヘルベックはその思い半ばで急逝してしまいます。
やむを得ず、なんとブルックナーが指揮をすることになるのですが、もともと穏やかで気の弱い人間であったブルックナーに、くせ者ぞろいで無礼極まりない管弦楽団員を短時間でまとめ切ることは大変な難事であったのでしょう。
ろくな練習も出来ずに臨んだ本番では、延々と続く音の洪水に嫌気のさした聴衆が、楽章の切れ間で次々に席を立ち、フィナーレの最後の音符を弾き終わると、楽団員もそそくさと逃げ帰ってしまいました。
客席に残っていた聴衆はわずかに25人。
しかも、そのほとんどは、この演奏に対する抗議を行うためとか嘲笑を目的としていたというのですから、救いがありませんね。
その中に、例のハンスリックもいたというのですから、全く何をか言わんや、です。
しかし、もちろん、この曲を支持する人たちも数人残っていて、その中に、当時17歳だったグスタフ・マーラーの姿もあったという事実は、何だか心がほっとする感動的な話でありました。
この演奏会のためのリハーサルの時から通い詰めていたという楽譜出版元のテオドール・レティヒが、演奏会の大失敗で悄然としているブルックナーに対して「私の会社からこの交響曲の楽譜を出版しましょう、費用のことはご心配なく」と申し出たのも、心温まる話ですが。

特徴的なオスティナートに身を委ねていると、ふと、この大河を思わせるような反復と、何度も挿入されるゲネラルパウゼに戸惑ったであろう当時の聴衆のことが思い起こされるような気がします。
今でこそブルックナーの響きに無上の喜びを感ずる聴衆が数多く存在しますが、当時の聴衆はきっと持て余したことだろうな、と。
それ故に、前述したマーラーのことが実に微笑ましく思われてなりません。

ただ、やはりこの版を聴くのであれば、これまでの第3稿とは半ば以上違う曲なのだというつもりで臨んだ方が良いと思います。
そんな新しい発見もまた楽しいものではないでしょうか。

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hirochiki

雨の雫に濡れた昼咲月見草は、とても可愛いですね。
思わずケイタイで写真を撮り、待ち受け画面にされたお気持ちがわかるような気がします^^

ところで、ティントナー指揮の「ブルックナー交響曲第3番」は77分にもかかわらず長いとは感じられなかったとのこと、
その素晴らしい演奏に惹きこまれてしまうのでしょう。

台風2号は、夕方には温帯低気圧に変わったようですが、
こちらは強い風と雨が現在も続いています。
胃閣蝶さんも、どうかお気をつけ下さい。
by hirochiki (2011-05-29 21:11) 

伊閣蝶

hirochikiさん、こんばんは。
昼咲月見草の花、写真をとってから、hirochikiさんのブログにもこの花のとっても美しい写真が掲載されていたのを知り、びっくりするとともに、何とも嬉しくなりました。

ブルックナーの音楽は、いったん惹き付けられてしまうと、その響きの中にずっと包まれていたいような気持にさせられます。
本当に不思議な魅力を持った曲ではないかと思います。

台風のこと。ご心配頂き恐縮です。
名古屋の方は暴風雨が続いておられるとのこと。
どうか、くれぐれもお気をつけ下さい。
こちらも強い雨が降っています。
by 伊閣蝶 (2011-05-29 22:34) 

伊閣蝶

かずっちゃさん、nice!、ありがとうございます。
お変わりありませんか?
by 伊閣蝶 (2011-05-30 12:40) 

節約王

ティントナーのお話、面白かったです。ブルックナーの直径の弟子が最近まで活躍していたのですね。何だか身近に感じてしまいます。ユダヤ人迫害から逃れ世界を回り、カナダでようやく安らぎを得られたと思った矢先の病気を苦にし、82歳で自殺というあまりにも波乱万丈で折角才能に恵まれたのに本当に残念です。それゆえ”1994年、ナクソスの社長であるクラウス・ハイマンと運命的な出会いを果たし、念願であったブルックナー交響曲全集の録音”は私のような素人も大変な魅力を感じます。ぜひ入手したいと思います。

by 節約王 (2011-05-30 23:12) 

伊閣蝶

節約王さん、こんばんは。
真摯なコメントを頂き、心より感謝します。
ティントナーの生涯を考えると、やはり何ともいえず無惨な気持ちにさせられますが、人類の大きな財産の一つといっても良い演奏の録音を残したことで、現身は隠れてしまったけれども、長く人々に語り継がれていくことになりましょう。
それはある意味、芸術家としては満足すべきことであるのかもしれません。
いずれにしても、ティントナーのブルックナー交響曲全集は、その内容からすれば信じがたいほどの廉価版です。
もしもご興味を抱いて頂けたのであれば、是非ともお聴き頂ければと思います。
by 伊閣蝶 (2011-05-31 00:38) 

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