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ベルリオーズのレクイエム [音楽]

今日は高曇りの爽やかな日となっています。
陽が照りつけないので気温もさほど上がらず、節電でクーラーの入らない職場ではありがたい気候となりました。

合唱団に所属していて、オーケストラと共演する機会、というと、ベートーベンの第九のような別格を除けば、宗教曲関連が比較的多いのではないかと思います。
その中でもレクイエムは、それぞれの作曲家が様々な想いを込めて作っていることが多いせいか、感情移入がしやすいという点もあって、合唱団側からのリクエストも多いのではないでしょうか。
私もこれまでに、モーツァルト、ケルビーニ、ブラームス(ドイツレクイエム)、ヴェルディ、フォーレ、デュリフレなどの手によるレクイエムを歌ってきましたが、どれも大変に思い出深い経験となりました。

berlioz.jpg一方、気になりながらも演奏に参加する機会が極めて難しいレクイエムもあります。

ベルリオーズのレクイエムはその最たるものといえるのではないでしょうか。
ティンパニ8対(奏者10人)、ホルン12、バスーン8、別働隊としてトランペット16、トロンボーン16、などという驚天動地な大編成と、混声の六部合唱で最低でも200人とされる合唱団という規模(さらにベルリオーズは、事情が許す限りオケも合唱も増員するのが望ましい、と言っています)を満足させることができるかが一番の障壁といえましょう。
私の知人に、このレクイエムを歌った人間がおりますが、これには心底羨ましく嫉妬を覚えたものです。

私がこの曲を知ったのは、高校生時代に高校の図書館に備え付けられていた名曲解説全集(音楽之友社刊)の宗教曲での記述によってでありました。
この名曲解説全集、作曲の年代・背景から楽器編成や主要旋律などの楽譜まで付いていて、クラシック音楽に興味はあるものの先立つもののない、私のような貧乏高校生にはうってつけの書籍でした。
交響曲や協奏曲などは借り手が多くていつも競争になっていましたが、宗教曲は幸いにしてそれほど一般の高校生の興味を引かなかったせいか、大抵いつでも借りることができ、一時は借りっぱなし、なんて不埒な行動にも出ていたものです。

それはともかく、私はこの曲の楽器編成を読んでまず度肝を抜かれました。
別働隊を使った大編成の曲(声楽を含む)といえば、ヴェルディのレクイエムやマーラーの交響曲第8番などの例もありますが、それらに比べても、特に金管楽器の規模は桁違いでした。
当時、吹奏楽部員だった私は、もうそれだけで目を奪われてしまったわけです。

しかし、(このレコードに限りませんが)当時の高校生の小遣いでは、店頭注文でしか入手できない二枚組のこのようなレコードを購入することなど思いもよらず、先に述べた名曲解説全集のスコアと記述を読みながら空想に耽ることしかできませんでした。

高校を卒業し給料を手にするようになってから、私は本やレコードや映画観賞などにささやかなお金を費やすことができ、この曲のレコードもその中で購入しました。
シャルル・ミュンシュ指揮ボストン響による1959年の演奏です。
価格がいくらだったのか、もう忘れてしまいました(現物は実家の物置にあるはずです)が、とにかく相当な値段であったと思います。

そして、その演奏!これは予想をはるかに上回る曲でありました。
Dies iraeからTuba mirumに移行するときの不気味な半音階上昇進行。
これは、名曲解説を読んでいるときから、いったいどんな形で現れるのかと興味津津でしたが、上昇進行と転調を繰り返しながら、遂に別働隊を動員しての全金管楽器の咆哮と雷鳴が轟くのようなティンパニの連打によって大地を揺るがさんばかりの大トゥッティとなるのです。
それを初めて聴いた時の感動は今を以て忘れられません。

この大編成は、続くRex tremendaeへ引き継がれながら、Lacrymosa(涙の日)で再び大爆発!
これは涙とはいっても「大号泣」ですね(^_^;

しかし、こうした一連の大爆発が収まった後の、OffertoireやSanctusの美しさはどうでしょう。
ヴァロンのテノールが、正に心にしみこむように響いてきました。

その後、38-2トラック(サンパチ・ツートラ)のオープンリールでのFM放送エアチェック(いやあ古い話ですね)による小澤征爾指揮ボストン響の演奏を始め、ミトロプーロスやコリン・ディヴィスやバレンボイムなどによる録音を聴いてきましたが、ミュンシュがバイエルンと組んだ録音も含め、やはりこのボストン響との演奏に勝るものはないのかな、というのが正直なところです。
ただ、1959年という録音年次のせいか、当時私が所持していたステレオで聴くと、どうしても高音部の強音が割れてしまうのでした。
これはひとえに再生環境の問題だろうとは思いますが、その部分が近づくと身構えたりなどして、心底から楽しむという状況にはなかなかならなかったように思い返しています。

それがなんと、SACDの3chでリマスターされ、再登場したのです!

もう、正に目から鱗が落ちるような感動を覚えました。
割れることが気になっていた個所も、全く問題ありません。
しかも、チャンネルごとの音場が極めて明瞭で輪郭がくっきりと浮かび上がってきます。
とても、50年以上前の録音とは思えないほどの完成度でした。

もともと演奏そのものには文句のつけようもなかったわけですから、SACDになって音質の面でも改善されれば、もう鬼に金棒というところでしょうか。
ただし、これはSACDのトラックにおいて、です。
iPodに落として聴いてみたところ、やはり強音の高音部(女声合唱など)はビビリがありましたので、通常のCDトラックの方の改善は今ひとつという感じでしょうか。

それにしても、このような曲を、33歳という若さで作ってしまったベルリオーズの才能には驚嘆せざるを得ません。
作曲の背景がフランス政府からの依頼であり、それも途中でフランス政府側の都合によって慰霊祭が縮小され演奏そのものが中止に追い込まれたため、その後のフランスによるアルジェリア侵攻戦争での戦没者慰霊の際での演奏にこぎつけられるよう画策した、などという、どちらかというと生臭い話もあったりしますが、それも含めて、やはり大したものだと思います。

大編成によるレクイエム、ということで、ヴェルディのそれと比較されることがありますが、ヴェルディは純粋に尊敬するロッシーニやマンゾーニの死を悼んで作曲したわけですから、言い方はよろしくないのですけれども商売ずくで作曲したベルリオーズとでは、その精神的な深さや思い入れに大きな違いがあってもやむを得ないところでしょう。
ヴェルディのレクイエムに比べて人気があまりないのも、やはりそうした背景が音楽の中からにじみ出てくるが故のことなのかもしれません。
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hirochiki

高校の吹奏楽部と聞きますと、やはり練習もとりわけ厳しかったのではないかと思います。
そのような中、きちんと読書もされきっと勤勉な高校生でいらっしゃったことでしょう。
お小遣いではなく自分が働くようになってから、そのお給料で購入したものには、やはり特別な思いがあるものですね。
SACDがどういったものなのかはよくわかりませんが、50年以上も前に録音されたものが、また美しい音になって帰ってくるというのはとても嬉しいことですね(*^_^*)
by hirochiki (2011-05-17 05:13) 

伊閣蝶

hirochikiさん、おはようございます。
高校のクラブ活動は、ある程度生徒の自主性にまかされていた部分もあるので、目標を定めて頑張ろうとする分には、早朝練習も休日練習もそれほど苦痛ではありませんでした。
とても勤勉な高校生とは言えませんでしたが、図書館は好きでしたね。
SACDは、スーパーオーディオCDの略で、記録情報が飛躍的に多くなって、5.1chサラウンドなどにも対応している記録形式です。
私もこの50年も前の録音がこのような形でよみがえってきたことに感動を禁じ得ませんでした(*^o^*)
by 伊閣蝶 (2011-05-17 07:49) 

節約王

"レクイエム"とても勉強になりました。これまでクラッシックにさほど興味が無かった私ですがおかげさまで歴史や背景、生い立ちなどを勉強させていただいた上で改めて聞く事によってこれまで無かった新鮮な感情が自然に湧き出てくるから不思議です。最近では電子音などに興味が無くなり、クラッシックやアコースティックギター、管弦楽などに興味が湧き、かえって新鮮な思いをさせていただいております。

by 節約王 (2011-05-18 22:33) 

伊閣蝶

節約王さん、こんにちは。
何とも感動的なコメントを頂戴し、大感激です。
これは音楽だけに限りませんが、芸術作品には、時代や地域などの垣根を越えて人々の心を動かす「ホンモノ」が確かに存在すると思います。
そうした「ホンモノ」はあたかも永遠の生命を維持しているかのようですが、全てのものを無に帰してしまう時間も、こうした「ホンモノ」には今のところ手出しができないでいるようですね。
それを感じ取る人間が存在する限り、「ホンモノ」もまた生き続けるということでしょうか。
私も、この50年前の録音がこのような形で帰ってきた姿に接し、新鮮な驚きを感じました。
その意味でも、節約王さんのコメントは殊のほか胸にしみます。
ありがとうございました。

by 伊閣蝶 (2011-05-19 12:13) 

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