SSブログ

ゲルギエフ&BPO、ライブ録音 [音楽]

今日も朝からぐんと冷え込んだ一日となりました。
実は、年末年始の帰郷の折、凍結した路面で足を滑らせ尻もちをついたことをきっかけに古傷の坐骨神経症が出て、この寒さで耐えがたいほどの痛みに襲われています。
特に下り坂などは厳しく、ズボンや靴下を履くのも結構辛かったりしているので、できれば早く暖かくなってほしいなと願うばかりなのですが。

CDジャケットゲルギエフとベルリン・フィルによる2000年10月のライブ。
曲目は、ギヤ・カンチェリの「Styx, Requiem for Viola,Chorus & Orchestra」とチャイコフスキーの交響曲第5番です。
この、チャイコフスキーの5番の演奏は以前から最良のものの一つに数えられていましたが、正規版のCDが発売されることはなく、FM放送などの録音がCD−Rなどに焼かれて出回る、という状況にありました。

そのCDを聴くことが出来、チャイコフスキーの5番の見事な演奏もさることながら、カンチェリの曲に度肝を抜かれたので、書き留めておきたいと思います。
この曲は1999年に書かれたもので、初演はその年の11月7日、カリユステの指揮によってアムステルダムでなされました。
Styxとは「三途の川」、つまり死者の国との境を流れる川のことで、その水を飲むと生前のことをすべて忘れるという冥界の川レーテ(「忘却の河」でしょうか、福永武彦にこの名を冠した小説があり、私の大好きな本の一つです)とともに、死者と生者を分ける存在といえましょう。
その、深淵ともいうべき冥府をモチーフに、ヴィオラと管弦楽と合唱のために書かれた30分を優に超える大曲です。
カンチェリがヴィオラのために書いた曲としては、1989年作曲の「風は泣いている」が最も有名なのではないかと思いますが、これに合唱までを加えたこの「Styx」の方が、より深い感銘を与えてくれる、と私は感じています。

この曲は、ヴィオラ奏者ユーリ・バシュメットの委嘱ですが、委嘱に当たっては、長い旋律を!とカンチェリに求めたのだそうです。

開始早々、爆発的なオケのトゥッティが不気味な和声進行のもとに鳴り響き、無伴奏の合唱がしめやかに歌いだされると、ヴィオラが息の長い旋律を奏で始めます。
それにオーケストラが静かに合わせ、さらに合唱が絡み、文字通り彼岸と此岸を分ける河の流れのように静かな流れを形作っていく。
やがてその流れを断ち切るような管弦楽の強音が鳴り響き、調子を変えた合唱と管弦楽が重なり合う。
このように強音と弱音が次々に繰り返され発展していくのですが、ヴィオラはその上をたゆとうように悲痛かつ美しい旋律を奏でてゆきます。
このヴィオラはStyxでもあり、そこの渡し守であるカロンをも暗示するのでしょうか。そのソロの美しさはたとえようもなく、この楽器の秘めたる実力を堪能させてくれました。

また、ピアノなどの鍵盤楽器の使い方も大変印象に残ります。
一瞬、あれ?これは何の音なのだろう?とうろたえ、ピアノの音であることを知った時の何ともいえぬ感覚と、恐らくチェンバロなのだろうと思われるあえかな調べ。
うーん、何といううまさなんだろうと、感心してしまいました。

最後に、心拍音のようなシグナル音がピッピッピッと鳴り、長いゲネラル・パウゼの後、フルオーケストラによる強音一撃で閉じられます。

私は初めてこの曲を聴いたのですが、これは実に味わい深く魅力に満ちた美しい曲だと感じました。
ところどころでマーラーやデュリフレやオルフを感じさせますが、現代音楽であるにもかかわらず、変に晦渋なところがなく、すうっと心の中に響いてきます。
カンチェリは映画音楽も数多く手掛けていますが、そうした経験もやはり生きているのでしょうか。
ただ、声楽パートの言葉そのものについては、正直に申し上げてどんなテキストなのか全く分からずじまいです。
Requiemと銘打たれていますが、それを想起させる歌詞は結局確認できませんでした。

BPOの演奏は迫力に満ちていて、それでいて破綻もなく、またベルリン放送合唱団はさすがにすばらしいアンサンブルを聴かせてくれます。
なによりも、バシュメットの演奏がすばらしい存在感をもって迫ってきます。さすがに委嘱した本人だけのことはある、と変に納得してしまいました。

さて、もうひとつの演目であるチャイコフスキーの交響曲第5番。

ゲルギエフ指揮といえばVPOによる超名演が存在しますが、このBPOとの演奏もそれに勝るとも劣らない出来です。
BPOというと、私は特に一糸の乱れもない金管のすばらしい音色とアンサンブルに心を惹かれるのですが、この演奏においてもそれは遺憾なく発揮されています。
さらに凄絶なまでの迫力に満ちた打楽器。
この、金管と打楽器の存在感だけで、VPO版を上回っているのではないかという気さえしました。
第2楽章は、ホルンを始めとする管楽器のソロが次々に繰り出されてくる楽章ですが、これが誠に以て表情豊かな演奏を聴かせてくれます。
オケによっては、冒頭のホルンのソロをドキドキしながら聴かなくてはならない場合すらあるのですが、さすがはBPO、安心して、その奏でる流麗な歌を楽しむことができました。
ライブゆえの傷(特に終楽章)ももちろんありますが、そんな些細な事柄は、この演奏に身をゆだねているうちに雲散霧消してしまいます。

チャイコフスキーの交響曲といえば、誰しも、ムラヴィンスキー&レニングラード・フィルを想起すると思いますし、それも当然というべき決定版でありましょう。
そのCDもほとんどはライブ録音なのに、ライブゆえの傷など見出すことすら難しいほど完ぺきな演奏です。

しかし、このゲルギエフのような、艶と迫力に満ちた熱演もまたチャイコフスキーの交響曲演奏にはふさわしいものといえるのではないでしょうか。
この演奏を聴いていると、稀代のメロディメーカーであったチャイコフスキーの対位法の要諦が、くっきりと眼交に浮かんでくるような想いがします。
数え切れないほど聴いているはずの5番なのに、ああ、こんな旋律があったんだ、などと改めて気づかされるほどに。
そんなふうに、じっくりと耳を傾けたくなるような演奏でした。

ところでこのCD、冒頭にも申し上げた通り、メジャーなレーベルからは出ていません。
ためしにネットを検索したところ爆演堂というショップに在庫があるようです。


nice!(6)  コメント(11)  トラックバック(0) 
共通テーマ:音楽

nice! 6

コメント 11

hirochiki

坐骨神経症は、大丈夫でしょうか。
私も、数年前に一度だけ腰痛になった経験があるのですが・・・
車に乗り込むのも辛かった記憶があります。
やはり、寒い時期だったと思います。
あまりご無理をされませんよう、くれぐれも、お大事になさって下さいね。


by hirochiki (2011-01-13 06:06) 

Cecilia

坐骨神経症のことはよくわかりませんがお大事になさってください。この時期凍結した路面を歩くことが多いですが危ないですよね。私も気をつけます。
ゲルギエフは私が好きな指揮者の一人です。バレエとかオペラばかり聴いて(観て)いますが、視覚的な楽しみがなかったとしても楽しめる演奏をしてくれるだろうと思います。
by Cecilia (2011-01-13 09:02) 

節約王

おはようございます。今回も伊閣蝶様の優れたご説明、夢中になって読ませていただきました。とても読みやすいです。私のような素人でも分かりやすく、自然と引き込まれていきます。
音楽で”「三途の川」、つまり死者の国との境を流れる川”を詳細に表現するゲルギエフとベルリン・フィル管弦楽!すごいですね。音楽だけで物語を語る事が出来るという事ですよね。私には想像もする事さえ出来ません。

最近ようやく、CD屋で”ビシュコフ/ベルリンフィル/交響5番”のCDを発見しました。このほかにもカラヤン/ベルリンフィルのCDがありました。
まずはこの縁のあったCDを購入し、休日の朝、静かに聴いてみたいと思います。いろいろと親身なアドバイスありがとうございました。
ところで坐骨神経痛大丈夫ですか。実は私も持っています。1998年にヘルニアを患いまして、今はほぼ完治しましたがたまに寒い日の朝など調子が悪い事があります。お大事になさって下さい。

by 節約王 (2011-01-13 11:06) 

伊閣蝶

hirochikiさん、こんにちは。
温かなお見舞いのコメント、ありがとうございます。
hirochikiさんも腰痛のご経験がおありでしたか。
車に乗ろうと身を屈めたりする時は、殊に厳しいものがありますね。
さすがに痛みが厳しいので、今日は会社を休んでいます。
情けないことですが、無理をして長引いてもいけませんので。

by 伊閣蝶 (2011-01-13 12:07) 

伊閣蝶

Ceciliaさん、こんにちは。
温かなお見舞いのコメント、ありがとうございます。
凍結した路面は危険ですね。私の場合は脇見をしていてうっかり、ということだったので、単なる注意力散漫、ということになります。
きちんと気をつければ良かった、と後悔しています。
Ceciliaさんもゲルギエフがお好きとのこと。
私も、あの見た目そのもののパワーを存分に味わえるところが気に入っていますが、繊細な歌を歌わせる手腕も見事ですね。

by 伊閣蝶 (2011-01-13 12:08) 

伊閣蝶

節約王さん、こんにちは。
過分なコメントをありがとうございます。
記事を書くモチベーションがまた一気に上がりました。
音楽で情景を描き出すことは、恐らく表現者として実現したい目標の一つなのでしょう。
小説なども、文字だけで情景を描き出し、場合によっては音すらも想起させることが出来る表現手法なのだと思いますが、音楽の方がより汎用性が高そうです。
もちろん大変な難事であることはご指摘の通りです。
私も与えられる一方の立場です。
ところで、「ビシュコフ/ベルリンフィル/交響5番」をお近くのお店で発見されたとのこと!
ショスタコーヴィチの交響曲第5番でしょうか?
これはかなりの名演で、私も聴いて感激しました。
カラヤンのCDが多いのは、ベルリン・フィルとの絆を考えれば当然のことかもしれません。
いずれにしても、このような形でベルリン・フィルの演奏をお聴きになられるとのことは、私にとっても大変感動的なことでした。
ありがとうございます。
ところで、節約王さんもヘルニアのご経験がおありでしたか。
大変でしたでしょう。
私も腰椎の圧迫骨折が座骨神経痛の引き金になりましたから、寒さがやってくると突然出てくる腰痛には悩まされっぱなしです。
お見舞い、心より感謝致します。

by 伊閣蝶 (2011-01-13 12:19) 

節約王

伊閣蝶様
今晩は。たびたび訪問させていただく失礼お許し下さい。
本日、近所のCD屋に行ってまいりました。早速、ビシュコフ/ベルリンフィル/交響5番(ショスタコーヴィチの交響曲第5番)を買いに行って参りましたが、やはり伊閣蝶様がご感激なさったほどの作品だけのことはあり、他の方に先を越されてしまいました。すばらしい音楽を聴きたいと思う考えは他の方も同じなのかもしれません。
ここ神奈川県でも密かなブームのようです。これは後の楽しみに取っておく事にします。
しかしながら伊閣蝶様からご推薦いただいたカラヤン/ベルリンフィルはありましたので同じ後悔はすまいとその場で即購入しました。
”絆”という言葉に興味をそそられました。
ドヴォルザーク第9番新世界/カラヤン/ベルリンフィルとなっております。
今週末にじっくり聞きたいと思います。おかげさまで人生の楽しみの枠が広がりました。感謝します。

by 節約王 (2011-01-14 18:42) 

伊閣蝶

節約王さん、こんばんは。
再コメント、ありがとうございます。
失礼だなどと、とんでもないことです。
本当にうれしく存じます。
ところで、ビシュコフ&ベルリンフィルのショスタコーヴィチの交響曲第5番、既に売り切れであったとのこと。残念でした。
でも、カラヤン指揮のドボルザークの新世界をお買い求めになられたのですね。
私の、このような拙いブログの記事が、もしもきっかけのひとつになれたのであれば、これに勝る喜びはありません。
音楽は、人に安らぎと喜びを届けてくれるものだと私は信じておりますので、節約王さんの、このすばらしいコメントに、言葉にならないような大きな感動をしております。
ありがとうございました。
私のほうこそ感謝感激です。
by 伊閣蝶 (2011-01-14 23:47) 

サンフランシスコ人

ゲルギエフ&サンフランシスコ響の定期演奏会に一度だけ行きました....
by サンフランシスコ人 (2017-09-10 05:44) 

伊閣蝶

サンフランシスコ人さん、こんにちは。
ゲルギエフの実演をお聴きになられたとのこと。
羨ましい限りです。
by 伊閣蝶 (2017-09-10 09:53) 

サンフランシスコ人

ブルーノ・ワルター&サンフランシスコ響の演奏会には行けませんでした....
by サンフランシスコ人 (2017-09-12 07:44) 

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0