SSブログ

ブルックナー交響曲第8番、ヴァント指揮BPO(SACD) [音楽]

ギュンター・ヴァントといえば、ブルックナーファンにとって、シューリヒト、クナッパーツブッシュ、朝比奈隆などと並ぶ、正に閑却すべからざる指揮者ということができましょうが、そのヴァントが亡くなる直前に演奏した第8番のベルリンでのライブ録音が、SACDで発売されています。

ヴァント&ベルリンフィルのブルックナー交響曲シリーズは、他に第4番・第5番・第7番・第9番がSACD化されていますが、いずれも極めつけの演奏と音質で、細部に至るまで精緻な表現がなされた絶品でありましょう。

中でも第4番は、この曲の凄絶な美しさを改めて知らしめた演奏ではなかったかと、私は思います。

このメンバーによる第8番は、96年の超名演も存在するのですが、こちらの方は残念ながらCD化されておりません。
私も聴いたことはなく、聴いた!という人からの感動を耳にするにつけ無念な思いをかみしめているところです。

しかし、この2001年1月19-22日のベルリンでのライブ録音は、掛け値なしにすごい演奏だと思います。
当時のヴァントは89歳だったはずで、そんな高齢にもかかわらず、この熱気と厳しさ追及しているのです。
この演奏に当たって、ヴァントは一週間に及ぶベルリンフィルとのリハーサルを行ったそうです。
ブルックナーの8番などといえば、ベルリンフィルにとって正に「自家薬籠の中」の曲であろうものを、そこまで突き詰めたことは驚きといわざるを得ません。

プロ中のプロというべきベルリンフィルが、まるで職業としての演奏を枠を飛び越えるかのように、純粋にヴァントの世界を作り上げるための情熱をほとばしらせている、そんな気さえするのです。
逆にいえば、それほどまでにヴァントの考え方や芸術性は説得力を持つものであり、BPOのメンバーが納得して徹底したリハーサルに付き合いたくなるほど合理的かつ理路整然とした要求だったということなのでしょう。

ヴァントのレパートリーはそれほど広くなく、ブルックナーのほかには、ベートーベン、シューマン、シューベルト、ブラームスといったところが中心で、いわゆる器用な指揮者というカテゴリーには決して入らない人なのだろうと思います。
しかし、指揮の技術や楽曲に対する分析・研究という指揮者本来の力量は極めて高度なところにあり、例えばテンポにしても、同個所におけるテンポは数十年を経ながらも全く変わることはなかったという驚異的な耳と感覚を有しているそうです。
それも、ほとんど自然にそのような演奏になるそうですから、透徹した目で楽譜を熟読し、強固な確信のもとに己のスタイルを確立させたあとは微動だにしない、ということの表れであるのかもしれません。
また、こと音楽ということになれば、誠に呵責ない発言をすることでも有名で、ブルックナーは交響曲の作曲家であるとして、彼の宗教曲は全く評価しないとして演奏しなかったり、ベートーベンの第九は「ニ楽章以下は駄作だ」とまで言い放っています。
第九について言えば、私はあの第4楽章がどうも苦手で(何度も合唱団として参加したことはあるのですが)、あの何でもかんでも詰め込んでそのまま投げ出したみたいな音楽には納得がいきません。
第3楽章のあの美しさは筆舌に尽くしがたいとは思いますが。

話がかなり横道にそれてしまいました。

さて、このブルックナーの8番ですが、演奏はもちろん、SACDであることによる情報量の多さは特筆ものだと思います。
どの楽章も、それまでは全体のハーモニーの中に溶け込んで聴こえてこなかった微細な旋律が、くっきりと姿を現してきます。
もちろんだからといって全体のバランスを崩すわけでは毛頭なく(ブルックナーがそのように書いたのですから当たり前なのですが)、次から次へと新しい発見をしていく、という愉悦を味わえるのです。
基本的にはノンレガートで演奏していながら、全体としての印象は実に滑らか。
しかし、音の粒はそれぞれきちんと立って響いている、という感じがします。
8番といえば誰しもすぐに思い浮かべる第3楽章の上行音型の果ての天上的響きに伴って奏でられる弦とハープの調べにおいても、ハープの音が一音一音くっきりと胸に沁みこんできます。

この調子で書いていくとだらだらといつまでも書き続けることになってしまいますので、私としては特に印象に残った第2楽章についてちょっと触れてみたいと思います。
全体としてインテンポで進められているこの演奏ですが、ヴァント&BPOはここぞという肝のところでテンポを動かし、大きな効果を上げていて、特にトリオではそれが顕著です。
Langsamとなった直後、その入り方に陶然とする思いでした。
1890年改訂から加えられたハープの美しさも印象に残ります。
「野人(ミヒェル)」の夢の中に、これほどまでとっぷりとつかることのできる演奏に初めて出会えたような気がします。
前打音がくっきりと聞こえるスケルツォ主部の凄絶さもすばらしい。

このCDを聴くと、ブルックナーの音楽の中に鳴り響く和声や旋律がどれほど複雑かつ微妙な働きをもって響いているかがわかります。
日本人にはどうしても一定の距離感を感じさせる複音楽が、当たり前のことといえば当たり前なのですが、ブルックナーの頭の中には常に響き渡っていたのだな、とついつい深いため息をついてしまいます。
その世界をきちんと理解することは、もしかすると私たちにとっては永久に不可能に近いのかもしれない、という寂寞たる想いにかられた、ということなのかもしれませんが。

それでも、このCDを聴き、それに陶酔する愉悦は存分に与えてくれる。
私はそのように感ぜられたのでした。
nice!(4)  コメント(4)  トラックバック(0) 

nice! 4

コメント 4

hirochiki

素晴らしい音楽を聴くと、本当に心が和みます♪
ハーブの心地よい音色も、伊閣蝶さんの心に響いたのですね。

by hirochiki (2010-11-25 15:39) 

伊閣蝶

hirochikiさん、こんばんは。nice!とコメント、ありがとうございました。
心が和む音楽、そうした音楽に出会うことの喜びをいつまでも持ち続けたいと思います。
ハープの音色、hirochikiさんにも是非ともお聴き願えたら、と思ってしまいました。
by 伊閣蝶 (2010-11-25 18:15) 

cfp

伊閣蝶さん、こんばんは。

私もブルックナーの
ヴァント、ベルリンフィル盤は、
4、7~9番まで持っています。

最初は8番が好きでしたが、
今はもっぱら9番ばかり聴いています。

シューリヒト、ウィーンフィル盤の
9番の美しさは感動ものです。
by cfp (2010-11-26 00:59) 

伊閣蝶

cfpさん、こんばんは。
やはり、cfpさんもお持ちでしたか。

シューリヒト&ウィーンフィルの9番、以前にもこのブログに書きましたが、全く同感です。
とても40年以上経た録音とは思えません。
by 伊閣蝶 (2010-11-26 01:15) 

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。