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武満徹「アステリズム」小澤征爾&トロント交響楽団、P:高橋悠治 [音楽]

週末はまずまずの天気で、空には上弦の月がよく見えます。
中秋の名月がついこの間のことだったのに、もう次の満月が近いのですね。
日の経つのは何とも早いものだなと感じますが、これも自分が歳を取ってきているせいなのでしょうか。

それでも、秋の澄んだ夜空に浮かぶ月の美しさは格別です。

もちろん、空気の澄んだ夜空は星もきれいで、これからはプレアデスやオリオンなど、冬の星座が夜空を飾ることでしょう。
とはいえ、やはり都心近くの夜空はあまりにも周囲が明るすぎて、あまり星の姿は見えません。
私の故郷などでは、月のない夜空も星明かりだけでも十分に明るく、雪が積もっていたりすれば、夜道も歩けるほどでしたが。

さて、そんな空いっぱいの星空を眺めていると、私は武満徹のアステリズムを思い起こします。

武満さんの音楽の初体験が「弦楽のためのレクイエム」であった人は数多いことでしょう。
私も恐らくそうではないかと思っています。
恐らく、と書いたのは、この曲を単独で聴いたというよりも、カップリングされたほかの曲も一緒に聴いたから、ということのほかに、武満さんがかかわってきたたくさんの劇伴音楽の方が先に耳に入っていたからということも大きいようです。
その意味から厳密にいえば、私の武満徹初体験は、NHK大河ドラマの「源義経」でありましょうか。

それから、最も好きな曲は、という問いかけに、これは(どの作曲家に対しても同じことではないかと思いますが)大変な難問でしょうね。
もう少し和らげて、お気に入りの曲をいくつか上げて、ということなら、恐らく私はその筆頭に「アステリズム」を上げることでしょう。

それほど、この曲を初めて聴いたときの印象は衝撃的でした。

この曲は、ピアノと管弦楽のための、いわゆるピアノ協奏曲という位置づけになるのかもしれませんが、そのようなカテゴリー分けはあまり意味のないことのようにも思われます。

名前が示すととおり、ピアノとオーケストラの音の一つ一つが、まるで星雲を形作るように煌めきながら緻密かつ奔放に離合集散を繰り返していく。
まるで星や銀河の一生を描き出そうとするかのようです。

この曲の中には、二つの印象的なクレッシェンドがあり、最初の方はピアノが主体となって繰り広げられます。
これがトゥッティを迎えいったん治まると、分散された音たちは次々に一点に向かって集中して行くかのようなオーケストラによる巨大なクレッシェンドが始まります。
この二つ目のクレッシェンド、言葉で表現することは至難の業でしょう。
全身の神経を逆撫でされるような恐怖心をかき立てながら延々とクレッシェンドは続いて、耐えきれなくなる一歩手前で爆発的に拡散し、一転して静寂が訪れます。
そのあとに余韻を確かめるかのようなピアノの美しい旋律が断片的に奏され、消え入るようにこの曲は閉じられるのです。

そう、私はもちろん見たことはありませんが、ビッグバンというものを音として表そうとすれば、きっとこのようなものとなるのではないだろうかと、思わせる展開なのであります。

この曲の中でのオーケストラ、弦楽器なども流麗とはほど遠い、楽器そのもののもつ単音を音の粒として空間に解き放つような演奏を目指しているかのようです。
それにピアノが加わって、まるで光の粒が煌めくかのような印象を強く与えるのでしょう。

私はこの曲を高校三年生のときに聴いたのですが、あまりの衝撃に呆然としてしまい、しばらくしてから堪え難いほどの恐怖感に襲われました。
それまでに多少なりとも聴いていた、前衛のための前衛音楽の持つあざとさとは全く無縁な、この世界を構築するためにはこの手法を採るしかないのだ!という突き詰めた強烈な意思の力が、音の巨大な固まりとなって押し寄せてくるかのような、そんな想いにかられ、押しつぶされそうになったことを今でも思い出します。

この曲の入っているCDは、恐らく次のものが現在唯一の存在ではないかと思います。(武満徹全集「管弦楽曲篇」は別として、です。念のため。)


1969年1月16日、カナダのトロントで小澤征爾指揮・高橋悠治ピアノ独奏・トロント交響楽団によって録音されたもので、同時期に同じメンバーで演奏会初演を果たしています。
無論、これはノヴェンバー・ステップスの予想を遥かに超える大成功によって企画されたもので、当時、大センセーションを巻き起こしました。
この初演を聴いた米国の音楽評論家ロジャー・デトマーが次のような記事を書き残しています。
だが、とりわけ《アステリズム》に悩殺されていた。タークイ(音楽評論家ヒューエル・タークイ※伊閣蝶:註)がのちに、いみじくも「裸の攻撃」と呼んだものである。わたしはまた《アステリズム》の演奏でわたしのちょうど前の列にいた朗らかで知的そうな洗練された一人の女の記憶につきまとわれた。曲が不気味になって、それから威嚇するようになったとき、彼女は椅子のはじに身をよじらせた。「クレッシェンド・アド・リビトゥーム」(自由な、無制限のクレッシェンド)が音量と凶暴さにおいて予期しがたいほど盛りあがったとき、彼女はとつぜん両手で頸のうしろをつかみ、ほとんどからだを二つに折って「どうか、神さま、あれを止めさせて下さい!」と叫んだ。そのあとで、たとえライナーとかクレンペラーがブラームスをふったとしても、竜頭蛇尾に終わったことだろう。

そういえば、小説家の村上龍さんは、このアステリズムを高校三年生(!)のときに聴いたそうですが、このクレッシェンドについて次のように書いています。
「アステリズム」には、言葉では決して表現できない、ものすごいクレッシェンドがある。初めて聞いた時、田舎のロック少年達は、鳥肌を立てて驚き、「グラスをやっている時じゃなくて良かったな」と肩を叩き合ったものだった。「グラスやっていたら、間違いなく落ちていたな」「いや、アシッドだったら暴れたかもしれないよ」「そう、人を殺したかも知れない」全員がクレッシェンドに怯えた。

この演奏当時、小沢征爾は33歳、高橋悠治は30歳、そして武満徹は36歳でありました。
この若さが、このエネルギッシュで緊張感溢れる演奏を作り出したといえるのかもしれません。
殊に高橋悠治さんは、作曲家としても有名ですが、ほとんどほかに例を見ないほどの天才的なピアニストで、前衛的な現代音楽の超絶的技巧を要求されるパッセージを何の苦もなく弾きこなすテクニシャンでした。
このメンバーであるからこそ、奇跡的に達成し得た演奏といえるのかもしれません。
後続が現れないのも宜なるかなというところでしょうか。

このCD、アステリズムのほか、「ノヴェンバー・ステップス」「グリーン」「弦楽のためのレクイエム」「地平線のドーリア」など、武満さんの初期から中期にかけて、重大な作家的転換点に当たる曲もカップリングされています。
いずれも素晴らしい演奏で、このCDが現在でも版を重ね、しかもデジタルニューマスターでプリントされていることに、改めて喜びを感じてしまいます。

「弦楽のためのレクイエム」を聴いたストラヴィンスキーの「この曲は厳しい(intense)、実に厳しい。こんなに厳しい曲をあんなひどく小柄な男が作るとは」という言葉は大変有名ですが、中期から晩年にかけて、豊穣かつ美しすぎるほど美しい曲を作るように作曲家として進化していった武満さん、その純粋な音の追求という面でのintensityはそれにつれて次第に姿を消して行くことになりました。

それだけに、その突き詰めたような作品達のエネルギーをためらうことなく一気に放出させたこのメンバーによる演奏の貴重さは極めて大なるものがあると私は思っています。
こうした厳しい美しさに彩られた演奏を聴く機会が、本当に少なくなったなあ、と。

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aka

このCD視聴できないのか~!!残念…。なんとも惹かれてしまう記事です!!
小学校時代は器楽部でコントラバスをしていました。3年間すべて全国大会で最優秀賞をもらったんですよ♪
そのせいもあってか、弦楽がとっても好きですね。

あと、ダイエットの記事に丁寧なコメントをありがとうございました。
記事を読ませて頂きましたが、やっぱりきちんと自己管理するということが大事なのですね。そうですよね…。自分の性格から見直すことにします。
by aka (2010-10-18 11:36) 

伊閣蝶

akaさん、こんにちは。
コメントありがとうございます。
そうですか、コントラバスを弾いておられたのですか!
しかも、三年間全て全国大会で最優秀賞!すばらしい!\(^o^)/
このCD、ネットだと1500円足らずで買えます。
私のようなファンにとってはなんともリーズナブルな値段で武満さんの中期までの代表曲を聴けるのが嬉しいところですが、好みの問題もありますからね。初めて聴くと、恐らく世界観が一変するとは思いますが。

ダイエットのこと。
なんだかいろいろと書いて、却って混乱させてしまったようですみません。
でも、食べ方の工夫だけで、十分に効果はあると思います。
無理をせずに気楽に取り組むことが大切だと思います。

by 伊閣蝶 (2010-10-18 12:25) 

かずっちゃ

昨日の夜、南の空を見たらオリオン座が見えました。
もう冬が近いことを感じましたね~。
by かずっちゃ (2010-10-18 16:15) 

伊閣蝶

かずっちゃさん、こんばんは。
あいにく今夜は曇っていますが、晴れていれば、そろそろオリオンが上ってくる時刻です。
星空はもう冬の装いなのですね。
by 伊閣蝶 (2010-10-18 22:41) 

yoshimi

こんにちは。
高橋悠治さんのバッハ編曲や武満ピアノ作品は好きなのですが、「アステリズム」はまだ聴いていませんでした。
前衛全盛期だった時代精神が反映されたような曲ですね。
最近は、現代音楽といっても調性感のあるような耳触りの良い曲が多くなっていますが、前衛的な「アステリズム」の緊迫感は凄いです。
妥協のない厳しさと極限まで研ぎ澄まされた美しさがあります。
好きかどうかというよりも、聴くべき価値があると思わせられます。
カップリングされている曲もCDで聴きたいので(Youtubuでは聴きましたが)、早速オーダーすることにします。


by yoshimi (2014-01-22 12:25) 

伊閣蝶

yoshimiさん、こんばんは。
アステリズムの緊迫感、仰る通り桁違いの世界だと思います。
当時の現代音楽は、調性はもちろん、旋律の呪縛(!)からもフリーになることが条件のようなことがありましたが、そうした制約の中からもこのような衝撃的かつ美しい音楽が生まれるのですね。
「ノヴェンバー・ステップス」や「弦楽のためのレクイエム」はいうに及ばず、「グリーン」「地平線のドーリア」も素晴らしい曲だと思います。
是非ともCDでお聴き頂ければと思います。
by 伊閣蝶 (2014-01-24 23:26) 

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