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ショスタコーヴィチ交響曲第10番(ムラヴィンスキー指揮レニングラード・フィル) [音楽]

朝のうちは爽やかな晴天で、やっと秋を思わせる天気が関東地方にもやってきたのだな、と感じたところです。
午後からは雲が広がり、日没となって雨が降り始め、夜半には雨脚も強くなってきました。
どうやら、明日からぐずついた肌寒い日が続くことになりそうです。

著名な芸術家が国家体制に絡めとられてしまいがちなことは、洋の東西を問わずに良く起こりうることでありましょうが、作曲家としてその渦中にあって翻弄された代表格は、やはりドミートリイ・ショスタコーヴィチではないか、と思われます。
今でこそ「ショスタコーヴィチの証言」によって、その社会主義リアリズムへの傾倒が、ソ連という体制の中で生きて行くための方便であったことがある程度明らかになり、その才能に対する正当な評価がなされていますが、例えば、交響曲第5番や「森の歌」など、スタリーンを喜ばせた作品群に漂うあからさまなソ連的社会主義の賛美は、何とも居心地の悪さを感じさせたりもしますね。

しかし、ショスタコーヴィチの芸術家としての資質はもちろんそんなところにあるはずもなく、スターリンの死後、フルシチョフによって行われスターリン批判などの潮流の仲で、真に世の中に問いたかった作品が次々に発表されていくわけです。

そんな中でも、私の大好きな曲は交響曲第10番。
先に取り上げた「ショスタコーヴィチの証言」には、この曲について、このような記述があります。
私にはスターリン讃歌を書くことができなかった。全く書く気になれなかったのだ。しかし、私は交響曲第10番に於いて、音楽でスターリンを描いたのだ。私はスターリンの死後すぐに書いた。しかし、この交響曲が何について書いたものであるかをいいあてた人は、誰もいなかった。それはスターリンとスターリンの時代を描いたのだ。

これはまた、何という緊迫感に溢れた言葉でありましょうか。
その内面にどれほど深い葛藤が存在したことか、想像するだけで衝撃のあまり涙を禁じ得なくなってしまいます。

CDとして、私はやはり、ムラヴィンスキー指揮レニングラード・フィルによるものを取り上げざるを得ません。


ムラヴィンスキーは、言うまでもなくこの曲の初演者であり、また随所に独自の解釈を取り入れて繰り返し演奏会で取り上げてきました。

このCDは、1976年のステレオ・ライブ録音です。
ライブ故に、聴衆の咳払いなどのノイズも入っていたりしますが、録音状況は極めて良好で、会場の熱気がそのまま伝わってくるような迫真の演奏が展開されます。
余りに完璧すぎる演奏故に、これは本当にライブなのだろうかといぶかってしまうほど。

交響曲第10番は、カラヤンも録音しているなど、外にもいくつかの演奏をCDで聴くことができますが、これを超える演奏を録音で聴くことは恐らく不可能ではないか、とまで思う次第です。
2007年に日比谷公会堂で開催された「日露友好ショスタコーヴィチ交響曲全曲演奏プロジェクト2007」において、井上道義がサンクトペテルブルク交響楽団(レニングラード・フィル)を振った演奏が誠に素晴らしいものだったことを人づてに聞きましたが、そうした僥倖にすがるほかはないのかもしれませんね。

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Cecilia

ショスタコーヴィチ、あまり聴いていませんが「うたごえ運動」に関心があり、「ピオネールは樹を植える」という歌が気になっていました。
「森の歌」の中の曲だったのですね。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%94%E3%82%AA%E3%83%8D%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%81%AF%E6%9C%A8%E3%82%92%E6%A4%8D%E3%81%88%E3%82%8B
by Cecilia (2010-09-27 08:10) 

伊閣蝶

Ceciliaさん、nice!とコメント、ありがとうございました。

「ピオネールは木を植える」は、仰る通り「森の歌」の中の曲です。
私も、実は、うたごえ運動の中で「ピオネールは木を植える」を知った方が先でした。
ソ連邦の崩壊により、「ピオネール」自体の持つ政治的色彩が問題視されたのか、今はあまり歌われていないようですね。
ところで、うたごえ運動は、今どのような状況なのでしょう。
「原爆をゆるすまじ」「がんばろう」などの多くの歌を、私はこの中で知って仲間とともに歌ってきたものでしたが。

by 伊閣蝶 (2010-09-27 12:32) 

Cecilia

今の状況はわかりません。
私自身はうたごえ運動に燃えていたわけではありませんが、アルバイトさせていただいた経験があります。
懐古趣味としてうたごえ喫茶に行く方はいらっしゃると思いますが、政治的色彩を避ける方は多いと思います。
以前ブログで触れたことはありますが、一生懸命やっていらっしゃる方々には失礼な文章になっているかもしれません。
似たような団体である”労音”というのも夫が会員になったりして家族で関わったことがあります。
会員減少の傾向があるのはやはり政治的色彩ゆえでしょうか。
(自分では右でも左でもないつもりですが、学生時代からどちらにも縁がありましたね~。)
by Cecilia (2010-09-27 19:24) 

伊閣蝶

Ceciliaさん、再コメント、ありがとうございました。

そうですか、アルバイトのご経験がおありでしたか。
私より5~6歳上の世代の方から、今でもうたごえ喫茶に時折集まって歌っているというお話を聞いたことがあります。
多感な青年時代とうたごえ運動の中で過ごした世代ですから、想いもまた深いのだろうなと感じました。
労音も日本の音楽シーンの中では大変大きな存在でしたね。
今でも現役でがんばっている神戸フロイデ合唱団とは私もつながりがありますので、感慨深いものがあります。
ただ、特定政党や党派の影響を色濃く受けたと看做されたことは非常に残念なことだと思います。
結局、総評や国民文化会議の衰退・解散と運命を共にしたのではないか、という感じも否定できません。
それまで富裕層の娯楽と看做されていた音楽(殊にオーケストラ)を、労働者にも楽しんでもらおうという初期の志は誠にすばらしいものであったのですが。

by 伊閣蝶 (2010-09-28 12:14) 

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