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芸術を生み出す力 [雑感(過去に書いたもの)]

爽やかな晴天が続きます。
尤も、場所によっては真夏日一歩手前くらいまで暑くなっている所もあるようで、いくらクールビズとはいえ、今の時期にそれではさすがに厳しいことでしょうね。

そんな麗らかな今朝の通勤電車の中で、ベートーベンのピアノ協奏曲第3番と第4番を聴きながら、「いったいどうしてこんな音楽を創り出すことができるのだろう」と、改めてため息をつく想いがしました。
天才なんだから当たり前、というありきたりの常套句だけではとても納得できるものではありません。

プラトンの忘却の河を敷衍すれば、天上に行った人が現世に生まれ変わるとき、忘却の河の水を飲んで天上の情景やそこでの暮らしの一切を忘れ去るのですが、その水の量が少ないと、その天上の美しさの一部が記憶の奥底に残り、そうした人々が芸術を生み出すのだそうです。
つまり、私などのように意地汚くがぶがぶとその水を飲んじゃったのであろう人間は、そうした天上の美しさを完璧に忘却し去るので、芸術的なインスピレーションなどみじんも存在しない、ということになるのでしょうか(というか、天上ではなく地獄から這い上ってきているのかもしれませんし)。

そんな芸術の持つ玄妙な魅力を生み出す力について、6~7年くらい前に書いた文章があります。
そのころ、割合精力的に曲や詩などを作ったりしていて、ふと同じようなことを考えていたのでした。
つまり、なんのことはない、自分の凡庸さに対する諦念みたいなものですね(^_^;

******** ここから ********

「てふてふが一匹韃靼海峡を渡つて行つた」
安西冬衛の有名な一行詩だ。

「太郎を眠らせ太郎の屋根に雪ふりつむ/次郎を眠らせ次郎の屋根に雪ふりつむ」
いうまでもなく三好達治の「雪」。

こうした言葉の奇跡、或いは例えばブルックナーの交響曲にあるような奥深い和声進行などは、どの様にして生み出されるのか。

人間が経験や伝統から学ぶ生き物であることは論を俟たない。
生み出された言葉も音楽も、それに接する人々に伝わる術を持たなければ何の意味もないのだから。
優れた芸術を生み出す芸術家は、だから恐らく膨大な芸術作品に接し、その芸術表現の手法を自然に体得していくものだと考える。

一つの行き方としてコンピュータという存在がある。
膨大なデータを取り込みそれを体系化して分析する能力は、少なくとのその量的な部分と反復処理などを取り出せば到底人力の及ぶところではない。その能力をフルに発揮させ、様々な「売れ筋」の表現手法を処理させるのだ。
実際にそうしたマーケティングに基づく作品を発表する人も多い。
ヒットした歌詞やコピーを、例えば母音や常套句の配列という観点から分析し、その型に則って構成したり、やはり過去にヒットした曲をサンプリングしてつなぎ合わせたり、といった手法である。

一方の極地に芸術家のインスピレーションのようなものがある。
うんうん唸りながら、或いはあるとき唐突にやってくる閃きなどをもって、己の表現したいものを己の頭脳の中から世の中に生み出していく。

どちらの方が優れているか。答はもちろん明らかだ。
マーケティングからは、先に挙げた詩やブルックナーの和声などは絶対に生み出されないのであるから。
人間の脳髄はそれほどに神秘に満ちている。
海馬の奥底かなんかに眠っていて、自分では完全に忘却していると思っていたあるテーマが、シナプスの刺激を受けて突然に目を覚ましたりする。
それが一つ出現することによって、関連づけられた想念は次から次へとわき起こってくるだろう。そのシナプスの偶然の動きが、もしかすれば芸術家の持つ独自の才能なのかもしれない。

世の中の事象を見る場合、論理学や数学などで分析してみても、殆どの部分がその網目から洩れ落ちてしまうことだろう。
太極的な見地から物事の真理を掴むのには、恐らく芸術が最も適している。
それは、人間の脳髄の宇宙にも似た計り知れない能力と一種の偶然性が生み出す奇跡のような動きの中からもたらされるものなのだから。
芸術家のそうしたインスピレーションを生み出すシナプスの動きは、コンピュータ的に見れば「バグ」なのかもしれない。だがそれこそが正しく芸術家としての「証」に他ならないのではないか。

整然とした論理だけの世界からは芸術は決して生み出されない。私はそう思う。

******** ここまで ********

心中に酌めども尽きぬインスピレーションの泉を持っている芸術家にとって、それを生み出す行為は何ものにも代え難い悦びなのだろうと思います。
ただ、それをきちんとした形に彫琢していくためには大変な労力が必要なのでしょうけれども。

しかし中には、彫琢の技術のみで作品を作り出している人もいます。
その人たちの苦しみもまた如何ばかりのものでしょうか。
アーティストがインスピレーションを求めて覚せい剤に手を出すという行為に走るのにも、もしかするとそんな背景が存在しているのかもしれない、と思うと、何だかやりきれないものを感じてしまいます。


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かずっちゃ

伊閣蝶さんは芸術に対する洞察力が鋭いですね。
芸術はバグ、なるほどと感心しました。
by かずっちゃ (2010-06-03 16:40) 

伊閣蝶

かずっちゃさん、こんにちは。
おほめのお言葉、ありがとうございました。
今、読み返してみると、随分力が入っているなとは思いますが、そのときは一気に書いてしまったのでしょうね(^^;
by 伊閣蝶 (2010-06-03 22:04) 

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