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ノイマンとチェコ・フィルによる「アスラエル交響曲」 [音楽]

ヨゼフ・スークといえば、スーク・トリオで有名な名バイオリニストを思い起こされる方が多いと思われますが、同じ名前の祖父も、いわずとしれたチェコを代表する作曲家であります(本来の読み方は両者とも「ヨセフ・スク」となるそうです)。
祖父の方も同じく名バイオリニストでありました。

ASRAEL.jpgスークのアスラエル交響曲、私がこの曲のことを知ったのは、「名指揮者50人(芸術現代社)」の中でカレル・アンチェルを紹介した劇作家・三谷礼二さんの記事を読んだことによります。1982年のことで、私はまだ25歳の若造でした。
1950年から1968年までチェコ・フィルの主席指揮者を務め、数々の名演奏を世に送り出したカレル・アンチェルは、「プラハの春」事件をきっかけにカナダに亡命し、1973年にこの地で亡くなるのですが、その直前、最初にして最後の故国への里帰りを果たし、その際、チェコ時代の手兵であるチェコ・フィルを振って、スークのアスラエル交響曲を演奏したのだそうです。
三谷さんはプラハでその演奏に立ち会い、感動のあまり身じろぎもできなかったとのこと。
そのときの情景などが正に流れるような美しい文章で表現されていて、それを読みながら私はまだ見ぬ(未だに見ることはかないませんが)プラハの街の様子まで勝手に想像を膨らませたものです。

私はこのとき同時にアンチェルを知り、アンチェル指揮チェコ・フィルによる演奏を立て続けに聴きあさりました。
ドボルザークの交響曲第7・8・9番、スメタナの「我が祖国」、ブラームスの交響曲第1・2番、マーラーの巨人・交響曲第9番、ショスタコーヴィッチの交響曲第5番・第7番、ストラヴィンスキーの春の祭典やペトルーシュカ、などなど、今思い返しても枚挙のいとまがありませんが、残念なことに、このスークのアスラエル交響曲だけは聴くことがかなわなかったのです。

そして1991年、待ちに待ったこの曲が、ノイマンとチェコ・フィルによって演奏・録音されCDとなって発売されたのでした。

昨年12月末、この演奏は1050円にて再販されました。貴重な音源であるだけに本当に嬉しく思います。

スークはドボルザークの弟子であり、愛娘オティリエの夫、つまり義理の息子でもありました。
スークは、巨大な師であり義父でもあるドボルザークを心の底から崇敬しておりましたが、30歳の若手作曲家としてチェコの楽壇における確かな名声を築き上げつつあった矢先の1904年5月に、この岳父を脳出血で失うことになります。

スークは悲嘆のあまり全ての気力を喪失したそうですが、この岳父の偉績に応えるためにも気持ちを新たに奮起し、己の持てる力の全てを結集して新たなる交響曲の作曲に着手したのでした。
五つの楽章を持つ壮大なスケールの交響曲の作曲は順調に進み、第4楽章のアダージョのスケッチに取りかかってまもなくの1905年7月、今度は最愛の妻オティリエが31歳の若さで、まるで父であるドボルザークの後を追うようにして夭折してしまいます。
この世において最も愛する師と妻を相次いで亡くしたスークの絶望の深さは、想像するにあまりあるものがありますが、その慟哭を乗り越えて、1906年、彼はこの交響曲を完成させたのでした。
そして、大いなる悲劇がこの交響曲の構成を大きく変え、死者の霊に寄り添う天使という意味の「アスラエル(Asrael)」という名称が付されます。

スークは恐らく、この耐え難い悲しみを乗り越えた先に必ずあるはずの光を求めてこの曲を書き上げたのでしょう。
その意味では、先に黄泉の国へ旅立った岳父と愛妻に寄り添う天使アスラエルは、正しくスーク自身ということになるのかもしれません。

この曲はハ短調を基調としておりますが、第1楽章などを聴いていると、所々でマーラーの影響を垣間見るような複調や無調性の響きが現れます。何だかマーラーの第10番交響曲を思い出してしまいましたが、さらに高度な半音階進行などが顕著に表れ、それらの響きが大変印象的です。
特に、スケッチのさなかに愛妻オティリエが身罷ってしまった第4楽章は、「オティリエの肖像画」という副題が示すとおり、哀惜の念止みがたい嫋々とした響きが展開されます。

師ドボルザークの他、ブラームスの影響も強く受けていたスークゆえのことでしょう、内声部が極めて充実しており、それに支えられながら奏でられる調べの美しさはたとえようもありません。
スーク自身がバイオリニストであったことも大きいのでしょうが、ところどころにソロ・バイオリンが登場し、これがすばらしく効果的でした。

ノイマンは、さすがにお国ものにはめっぽう強く、恐らくこの曲の演奏ではこのCDの右に出るものはないのではないかと思われます。
この貴重な名演奏が、1050円(HMVのオンライン価格だと893円!)で聴けるとは、誠に嬉しくも驚くべきことといわざるを得ません。

ただ、かなわぬこととは知りながらも、できればアンチェルとチェコ・フィルでこの曲の演奏を聴いてみたかった、そんなふうに思ってもいるのですが…。
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