SSブログ

イ・フィアミンギによる武満徹の音楽 [音楽]

IFiamminghi.jpg武満徹が、クラシック音楽におけるわが国が産んだ最初の世界的大家であることに異論を挟む余地は恐らくありますまい。
今後それを超える邦人作曲家が登場されることを心より願うものではありますが。

それはともかくとして、武満さんの曲は、日本のオーケストラや演奏家のみならず、海外の一流どころによる演奏も引きをきらないのはご案内の通りです。
「エクリプス」を小澤征爾から紹介されてひどく気に入ったレナード・バーンスタインの強い要望により、ニューヨーク・フィル125周年記念委嘱作品として「ノヴェンバー・ステップス」が作曲されたのは象徴的な一例でありましょう。

イ・フィアミンギは、ルドルフ・ヴェルデンが創設した弦楽器を中心とするオーケストラで、その名称は、ルネサンス期に宮廷や教会を回って演奏を披露した「フランドルの音楽家たち」を意味するイタリア語で付けられました。
このオーケストラの創設に当たってヴェルデンは、志を同じくするチェロ独奏者のフランス・スプリンゲルとともに数多くの才能に溢れた演奏者を募ったのだそうです。
極めて高度な演奏技術に支えられたその音色はたとえようもなく清冽かつ豊かで、何ともいえぬ暖かみを感じさせてくれます。

武満さんの弦楽合奏は、例えば初期の代表作でもある「弦楽のためのレクイエム」を聴いても明らかなとおり、分厚く斬新な和声がまるで生き物のように呼吸し歌い、あるいは呻吟します。
そうしたこの世のものとも思えないような深い音色が要求されることもあって、このオケとの親和性はことさら高いのかもしれません。

収録曲は以下の通りです。
  1. (映画「黒い雨」より)死と再生(弦楽合奏のための)
  2. (映画「黒い雨」より)葬送の音楽(弦楽合奏のための)
  3. (映画「ホゼ・トーレス」より)訓練と休息の音楽(弦楽合奏のための)
  4. ノスタルジア(弦楽合奏とソロ・ヴァイオリンのための)
  5. ア・ウェイ・ア・ローンII(弦楽合奏のための)
  6. アントゥル=タン(弦楽四重奏とオーボエのための)
  7. 海へII(弦楽合奏、アルト・フルートとハープのための)

kuroiame.jpgどれも深く美しい曲なのですが、私はとりわけ、映画「黒い雨」のために書かれた最初の二つの曲に胸を打たれます。

この映画は、今村昌平が尊敬する井伏鱒二の原作を用いて1989年に撮った作品であり、カンヌ映画祭において高等技術委員会グランプリを受賞しています。
今村監督は、人間、それも庶民の持つエネルギーをぎらぎらした映像の中で表現し、「豚と軍艦」「赤い殺意」「にっぽん昆虫記」「神々の深き欲望」「復讐するは我にあり」などの傑作を世に送り出した人でした。

その今村監督が、モノクロスタンダードでむしろ抑えた表現を以て撮った「黒い雨」。
公開当時、映画館で何度も観て、深い衝撃と感動に包まれたことを思い出します。

その当時から、この映画に付けられた武満さんの音楽に心酔していましたが、映画音楽はやはり映画とともにあってこそ生きるもの。サウンドトラックなどにはあまり触手が伸びず、その意味でもビデオ化は大変嬉しいものでありました。

しかし、こうして映画から切り離されてみても、この曲の持つ美しさと迫真力は衰えることを知らないかのようで、これは正に嬉しい誤算というべきでしょう。

武満さんは、1980年から取り組まれた「10フィート映画運動」の成果として作られた羽仁進監督の反核ドキュメント「予言」でも音楽を担当しており、「黒い雨」と「予言」とは、いくつかのテーマにおいて共通しているようです。
恐らく、原爆に対する武満さんのイメージが一つのセリーを形作っているのでしょう。
その根源は弦楽のためのレクイエムにも近しいものを感じます。

この映画を観ていてとりわけ胸を打たれた音楽は、映画が終わって流れるクレジットタイトルのバック(トメGの殿山泰司の前あたりから)で演奏されていたもので、このCDの「死と再生」では概ね7分18秒くらいから始まる旋律です。
この哀切極まりない美しい音楽を聴くたびに、私は目頭が熱くなる想いにかられました。

武満さんは、反戦・反核・平和に関し非常に積極的な立場をとっておられました。
そのため、日本のクラシック音楽界の作曲家としては異例なほどの映画音楽を担当(93作品)してこられたのにも拘わらず、戦争や武将を賛美したりする類の冒険活劇的「偉人」伝のようなシロモノには一切手を付けませんでした。
先に挙げた羽仁進監督の「予言」は、「10フィート映画運動」による映像作品の中でも突出した完成度と迫力を有しておりますが、この映画における表現上の力の大半は、武満さんの、そうした思想的な立場を背景とした音楽によって強化されているのではないかと私は思っております。

さて、いろいろと書き連ねてきましたが、このCD、残念なことに現在廃盤となっており、入手が困難な状況です。
これは実に残念でなりません。

そういえば、「10フィート映画運動」で製作された、「にんげんをかえせ」「予言」「歴史 核狂乱の時代」の三部作も、現在、入手はかなり困難だそうです(「平和博物館を創る会」に問い合わせればVHSビデオでは入手できそうですが)。
市民の手によって企画され大きな成果を上げたのにも拘わらず、もしもこのまま朽ち果てていくことになるのだとすれば、これもまた、非常に無念なことではないでしょうか。

nice!(3)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:音楽

nice! 3

コメント 0

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

トラックバック 0