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チャイコフスキー交響曲第6番「悲愴」について [音楽]

昨日は暖かな晴天であったのに、今日はまた寒々とした曇天となっています。
ここのところの関東地方はどうも天候が安定せず、春らしい爽やかな陽気から遠ざかっているような感じですね。
実際、東日本における3月の降水量は過去最高だったとのことでした。

そんなうすら悲しい気分の時には明るい曲を聴く、というのも一つの対症療法ではありましょうが、私はどちらかというと気分がブルーなときには落ち着いた暗い色彩の曲を聴きたくなってしまいます。
暗い気分の時に脳天気な明るい曲を聴くと、ますます気分的に落ち込みそうになってしまうので。

幸いなことに、作曲家にも同じような感覚の人が多いからか、うってつけの曲はそれこそ枚挙のいとまがありませんが、私はやはりチャイコフスキーの交響曲第6番「悲愴」にとどめを刺したいところです。
あの一楽章の、深淵からわき上がってくるような序奏に続いてチェロとビオラによる押し寄せる波のような第一主題が奏でられると、たちまちのうちにその音楽に引き込まれてしまいます。
フィナーレにアダージョを持ってくる(当初はアンダンテを考えていたそうで、この版での演奏も、フェドセーエフなどによってなされています)形式の嚆矢となるなど、かなり新しく野心的な試みもなされており、19世後半を代表する交響曲のひとつであることは疑いのないところでしょう。

私は中学3年生の時にこの曲のレコードを買いました。オケはコンセルトヘボウだったのですが、指揮者が誰であったのか、残念ながら記憶に残っていません(そのレコードジャケットを見ればわかることなのですが、生家の物置の奥深くにしまい込まれていたりするので)。
当時からお気に入りの曲で、相当な回数を聴いていました。にもかかわらず指揮者の名前を覚えていないのは奇怪な話ですが、恐らく指揮者やオケによって演奏が別物になってしまう、などという意識は持ち合わせていなかったということなのだろうと思います。

それはともかく、それ以降かなりの数のレコードを買いあさりました。
トスカニーニやマルケビッチの演奏もすばらしいものでしたが、やはり、ムラヴィンスキーとレニングラード・フィル(当時)による演奏は屹立する存在であり、現在、CDで聴くことのできるドイツグラモフォンの1960年録音盤などは、正にこの世のものとも思えない完璧な表現です。比類なき名演、とはこうした演奏のことをいうのでしょう。


さて、しかし私個人としての最大のお気に入りは、フリッチャイ指揮ベルリン放送響の演奏(1959年スタジオ録音)です。


フリッチャイについては、ロッシーニのスターバト・マーテルの中でも少し触れましたが、オーケストラコントロールに長けた人で、それもそのはず、彼自身がすばらしく美しいテノール歌手であるほか、ピアノはもちろんのこと、弦楽器・管楽器・打楽器、いずれの楽器の演奏もこなせる才人だったことから、なるほどと頷けるところですね。
実際、オケのメンバーや歌手にとって、実にわかりやすく丁寧な指示を出していたそうですから、正に「芸は身を助ける」ということなのでしょう。
先に挙げたスターバト・マーテルの頃は、あたかもトスカニーニの再来かとも思われる厳格な演奏形態でしたが、白血病を発症し、数次にわたる手術を含む苦しい闘病生活を経て復活した後は、まるでフルトヴェングラーの再来か、と思われるダイナミックな演奏形態に変貌しました。

このチャイコフスキーの6番はその頃のスタジオ録音盤であり、スターバト・マーテルとの違いには正に瞠目すべきものがあります。
一楽章の序奏からただならぬ世界に引き込まれ、展開部では魂を揺さぶられるようなルバートが出現。そのダイナミックなテンポの動きに、めくるめく恍惚の時間が過ぎてゆきます。
どのようにたとえればいいのか非常に悩ましいところですが、豊穣な響きと自在な表現、というところが、陳腐ながらも私の感覚からすれば最も近いように思われます。しかも、極めて格調が高い。

「豊穣な悲愴」というと、なんだかちぐはぐな印象を禁じ得ませんが、チャイコフスキーがこの曲に付けた副題は仏語の「Pathétique」であったそうですから、むしろ「感動的な」とか「悲壮な」という意味になるのではないでしょうか。「悲壮」であれば、悲しくも勇ましい、つまり破滅や死が待ち受けていることがわかっていつつも勇ましく立ち向かう、という意味となりましょう。
あるいは、この言葉の起源であるギリシャ語の「pathos(パトス)」の方がより近いような気もしています。
対して、日本語名の「悲愴」はどうでしょう。字面からいえば、悲しく痛ましい(愴ましい)という意味となり、ひたすら悲しみにうちひしがれる内向きな姿を想像してしまいます。
チャイコフスキーがこの曲を作るに当たって死を予感していたとか、服毒による自殺を強要されたといった類の俗説は、現在では完全に否定されておりますし、ましてやチャイコフスキー自身がこの曲を遺言のつもりで書いたなどということはありえないことでしょう(コレラ発病の当日、オデッサ歌劇場の指揮を引き受ける旨の手紙も書いているそうですから、なおさらですね)。
当時、チャイコフスキーは「人生」というテーマでの作品の創造を考えており、その人生の中に渦巻く感情を様々な形で表現しようとしたのではないでしょうか(リムスキー・コルサコフの問いに対してもテーマは「人生について」と答えているそうです)。
少なくとも、内向きに引きこもって悲しみにうちひしがれた想いを込めた、などということはありますまい。

ちょっと話が横道にそれてしまいましたが、従って私としては、(日本語訳「悲愴」の意味に囚われない)このフリッチャイの表現に満腔の賛意を表したいと思います。
少なくとも、チャイコフスキーの交響曲第6番がこれほど豊かな響きを醸し出す音楽であることを再認識させてくれた演奏なのですから。
その尋常ならぬ迫真力をフィナーレまで全く途切れることなく持続させたフリッチャイの力量と情熱に打ちのめされ、ひたすら頭を垂れて聴き惚れる。
聴き終わった後で、自分の中の何かが変わったような、そんな充実感に浸ることができましょう。
これこそ、音楽を聴く悦び、というものなのではないか、そんなふうにも思いました。

フリッチャイはこの録音を残した後、1963年に卒然と、48歳という若さでこの世を去りました。
それ故に、この演奏にフリッチャイの死の影を見る、みたいな感想を述べる方もいらっしゃいます。
その方がそのように思われることはいっこうにかまいませんが、一般論からすればこの演奏にそのような余計な背景的考察を持ち込むことなど全く無用のものと考えます。
そうした呪縛のようなものに囚われて聴くのであれば、恐らく極めて大切な何か(言葉では言い表せない精神面での何か)を見失ってしまうことでしょう。
私はそう思っているのです。

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cfp

伊閣蝶さん、こんにちは。

私も物心ついた時に初めて出逢った作曲家が、
ヨハン=シュトラウスとチャイコフスキーでした。

母が好きだったこともありますが、
家では、毎日のようにワルツとバレエ組曲が
流れていました。

そんなわけで、
ラフマニノフを知らない時代は、
もっぱらチャイコフスキー。

特に日本のコンサートでは、
チャイコフスキーのPコンの1番と
交響曲6番悲愴は、
定番中の定番ともあって、
恐らく、私のコンサート人生において、
チャイコの悲愴は一番、聴いている曲だと思います。

私もチャイコについてはムラヴィンスキーが
一番だと思います。
次がカラヤンでしょうか?

コンサートもロシア系のオケが
比較的安かったこともあって、
何度も足を運んでいます。

落ち込んだ時に、
逆療法としての暗い曲は、
私も同じです。

最近はチャイコフスキーを聴くことも
少なくなり、
もっぱらマーラー、ブルックナーに
なってしまいましたが、
一時は、4、5、6番ばかり聴いていました。




by cfp (2010-04-09 18:47) 

伊閣蝶

cfpさん、こんばんは。
私ももの後頃ついた頃から、父が買ってきた「白鳥の湖」などを聴いておりました。
父が好んでいたのはショパンやベートーベンでしたが、かなりまんべんなく様々な作曲家のレコードを所持していたので、私も楽しく聴いていたものです。
父のコレクションではSPレコードも結構あり、チャイコフスキーですと「スラブ行進曲」や「1812年」などはSPで聴いておりました。
中学生くらいまでは、チャイコフスキーやグリーグやドボルザークといった、いわゆる国民楽派に夢中になりましたが、きっとそのくらいの年代にはうってつけの判りやすさだったのでしょう。
高校生くらいになると、やっぱり少し大人びてきて後期ロマン派以降やバロックまでさかのぼったりしましたが。

そんなわけで、私も現在はそれほどチャイコフスキーを聴いているわけではありません。
ただ、このフリッチャイの「悲愴」だけは別格のように感じています。
なんというか、心にピタっとくるのですね。
この演奏を聴いていて、チャイコフスキーという人は本当に美しい旋律を紡ぎだし、しかもべらぼうにオーケストレーションのうまい作曲家だったのだなと、しみじみ思ったところです。
by 伊閣蝶 (2010-04-09 22:49) 

cfp

本当にチャイコはメロディメーカーだと思います。
ヴァリエーションでいけば、
チャイコかブラームスが多彩だと思います。

私も入り口がチャイコとドヴォルザークだったと思います。
by cfp (2010-04-09 23:43) 

伊閣蝶

「ヴァリエーションでいけば、チャイコかブラームスが多彩」
仰る通りだと思います。
特にチャイコフスキーを聴いていると、メロディというものが、旋律とリズムで成り立っているものなのだな、ということを改めて思い知らされます。

by 伊閣蝶 (2010-04-10 08:25) 

cora

お久しぶりです。私も最近チャイコフスキー『悲愴』交響曲を見直そうかと考えていたところで、こちらの記事もしばらくROMで読んでいました。フリッチャイのCD、検索したらAMZに在庫があるようなので(国内盤・DGフランス輸入盤とも)どちらを買おうかな。DGフランス輸入盤なら「エフゲニー・オネーギン」からの2曲(ワルツ・ポロネーズ)も入ってるし。

録音が1959年なら、すでに病身であったとしても「死の影」を考える必要はなさそう。クラシックファン歴は長いけど、フリッチャイはまだ1枚も聴いたことがないので、この機会に検討してみようかと思います。
(私のブログに最新記事をUPしたのですが、実はどうしてもバーンスタインの1986年盤の“毒の塊”について行けず…その後『悲愴』からも長く遠ざかっていた)
by cora (2010-04-11 23:42) 

伊閣蝶

coraさん、おはようございます。
コメント、ありがとうございます。
バーンスタインが、欲しいものを聞かれて、即座に「マイケル・ジャクソンに会いたい」という下りは感動ものでしたね。
「アヴァンギャルスティック(前衛的)なものよりも、サイモン&ガーファンクルの方がずっといい」とバーンスタインは言ったそうですが、その面目躍如たるところがあると思いました。

さて、フリッチャイですが、これは私個人の好みなのでそれが普遍的な評価であるかどうかは措いておきますけれども、実に音楽の「心」を知っている人なんだな、と思います。
仰る通り、1959年頃は、病のふちから復帰した頃ですから、その喜びとでもいいましょうか、大変力のみなぎる演奏が多いようにも思えます。
逆に病を得る前は、極めてアルチザン的な演奏であったようにも感じました。
よろしければ、御一聴をお薦めいたします。
DGの国内盤は音も大変良いものでした。
by 伊閣蝶 (2010-04-12 07:35) 

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