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シューベルトの未完成 [音楽]

先にブルックナーの第9番を取り上げたから、というわけでもないのですが、同じく未完成で終わった、超有名交響曲であるシューベルトの未完成について。

ブルックナーの場合のように、フィナーレを書く前に力つき最期のときを迎えてしまった、というわけではなく、シューベルトはその後に例のハ長調交響曲を完成させているのですから、それ以前に書かれたロ短調交響曲がなぜ未完成に終わったのかは、大いに疑問とすべきところでしょう。
1933年に公開された映画「未完成交響楽」の、「わが恋の終わらざるが如く、この曲もまた終わらざるべし」という下りはもちろんロマンティックな創作でありますが。

ところで第三楽章のスケルツォは、総譜やかなりの量のピアノスケッチが残されているので、大まかな姿はわかります。
しかしそれは、それ以前の二つの楽章と比べ、明らかな凡作といわざるを得ない出来だそうです。
例えば、指揮者の小林研一郎氏は次のように語ります。
シューベルトは写譜屋さんといわれていまして、再現部で必ず提示部と同じようなことをしますね。それが「未完成」では影をひそめています。本当に別人になったようですね。あの二楽章に匹敵できる作品を書く能力は残っていなかったんじゃないでしょうか。残された第三楽章のスケッチを見てもそのことははっきりと判りますね。あれでは、あのモチーフでは二楽章に匹敵する三楽章を完成させることは不可能でしょう。(芸術現代社刊「交響曲の世界」より)

さらに、第一楽章は4分の3、第二楽章は8分の3、と三拍子が続いたあとの第三楽章も4分の3拍子で書かれていることから、さすがにシューベルト自身もこれでは持たないと感じたのではないでしょうか。

つまりこの曲は、名前こそ「未完成」ですが、第一楽章と第二楽章を以て完成された交響曲であり、さらに極論を言ってしまえば、二つの異なった構造を有する一楽章の交響曲といっても過言ではないと思うのです。

さて、古今東西の交響曲の中でも抜群の人気を誇る曲ですから、レコード(CD)の数も半端ではありません。
いずれも素晴らしい演奏が目白押しですが、私はやはり、カルロス・クライバーがウィーン・フィルを振った録音に心を奪われてしまいます。

この演奏の大きな特徴として取り上げられるのは、1961年にウィーンで出版されたドイチュとヒュッスルとの校訂による「クリティカル・エディション(原典版)」を用いた演奏であるということでしょう。
作曲されてから40年間も放置されている間に、世の中はロマン派の香り紛々の時代を迎えていたわけで、この曲もその洗礼を受け、アゴーギクやディナーミクをやられ放題となりました。
特に、クレッシェンドとディミヌエンドの問題は有名で、時折みられる連続したディミヌエンドは、シューベルトが少し長く書く癖のあったアクセントを誤読したものである疑いも強く指摘されています。
こうした状況もあり、草稿には他人の手による追記がかなりの量に及んでいたようで、先の「クリティカル・エディション(原典版)」では、それらを本来のアクセントに戻し、不当な追記を可能な限り削除したのです。
この原典版で演奏したクライバーの録音(1978年)は、「コントラストの明確さ」「甘美なロマンティシズムを排した厳しさ」「形式構成の揺るぎなさ」などを評価され、大変な評判を呼んだものでした。

これらの評価は、あたかもクライバーが使用した原典版の特徴によるものだとする論調から来るものもあるようですが、原典版を使った演奏は、クライバー以前にも、例えばハイティンクとアムステルダム・コンセルトヘボウにより試みられていました。
しかしこちらの演奏では、クライバー指揮ウィーンフィルのときのような話題とはならなかったように思います。
演奏者の個性の違いによって演奏は全く違うものになるのは当然のこととはいえ、やはりクライバーの持つ特異な才能に注目が集まってしまうが故の現象なのかもしれません。

これまで、甘い甘いロマンティックな演奏の多かった「未完成」が、ここでは実に厳しく、地の底から響き渡るような音で表現されます。正に血の流れるような演奏というべきでしょう。
「夕闇の迫る中、一人で聴いていると底知れぬ恐怖を感ずる」という感想を漏らした知人がおりました。
その意見には私も賛同します。
そして、伝統をなによりも重んずるあのウィーン・フィルが、長い楽団の歴史の中でずっと踏襲してきたであろうボーイングを変えてまで、この原典版による未完成の演奏を成し遂げたことについては、やはり純粋な驚きを感ずるとともに心から感動してしまいました。

一方、シューベルト18歳のときの作品である交響曲第3番の、まるでモーツァルトを思わせるような曲想はどうでしょう。
こちらの方は、聴いていてなんだかニコニコと頬が緩む想いがしたものです。

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cfp

伊閣蝶さん、こんばんは。

私もシューベルトの「未完成」は
C.クライバー盤が一番だと思います。

C.クライバーは晩年に東京で演奏を聴きましたが、
「ドタキャン」のクライバーということで、
演奏会が始まるまで心配でした。

もう20年以上前のことですが。

by cfp (2010-02-08 19:32) 

伊閣蝶

cfpさん、いつもコメントをありがとうございます。

そうですか、クライバーの実演をお聴きになったのですか。

仰る通り、演奏が始まるまで「本当に大丈夫か?」と心配されるクライバーですから、お聴きになれて、本当に良かったと存じます(*^_^*)

昨年、NHKのETV特集で、クライバーの来日公演の録画が放映され、いたく感動しました。曲目はベートーベンの7番でしたね。
by 伊閣蝶 (2010-02-09 07:46) 

cfp

クライバーのベト7見そこないました。残念。クライバーのベト7は十八番ですね。
by cfp (2010-02-09 14:03) 

伊閣蝶

バイエルン国立歌劇場響を振ったもので、いかにも楽しそうに指揮をするクライバーの仕草が大変チャーミングで魅力的でもありました。
池辺晋一郎氏による「リハーサルは『暗いバー』だが、本番は『明るいバー』になる」という例の寒すぎるギャグに不覚にも笑ってしまったことを思い出します。
クライバーとウィーン・フィルによるベト7も素晴らしい演奏でした。
by 伊閣蝶 (2010-02-09 23:07) 

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